決戦を終えて




熾烈な決戦を終えた柳川祐也とその仲間達は、未だに工場から動かないでいた。
参加者中最も脅威であった宮沢有紀寧一派の殲滅には成功したものの、自分達が受けた損害もまた計り知れない程のものだった。
長らく行動を共にしていた七瀬留美は変わり果てた姿となっており、救援に来てくれたという橘敬介も後頭部を砕かれていた。
そして有紀寧を打ち倒したゆめみまでもが、その機能を完全に停止させてしまった。
柳川自身も満身創痍という言葉ですら足りぬ程に疲弊し切っており、とても戦闘出来るような状態では無い。
このゲームでは動き回れば動き回る程、他者と遭遇する可能性が高くなる――逆に言えば、敵と会いたくなければ極力動かぬ方が良い。
だからこそ柳川達は死臭に支配されたこの地に留まり、少しでも体力を回復させようとしているのだ。


「橘さん……」
柳川達から決戦の顛末を聞いた向坂環は、作業場に横たわっている敬介の傍まで戻ると、感情を押し殺した声で独り呟いた。
握り締められた拳、噛み締められた唇――それでも環は、今にも溢れ出しそうな激情の雪崩を懸命に抑え込む。
敵に対して不覚を取るのも、仲間を死なせてしまったのも、初めてでは無い。
騒いだ所で結果は変わらないのだから、ここで取り乱す訳にはいかなかった。
「人は意志を継いで生きていく動物……残された者が志を受け継いでいく限り、皆の死は無駄にならない。
 だから今度は私が橘さんの志を背負って生きていく番――そうですよね?」
問い掛けても、既に生命を失った敬介の口が開かれる事は無い。
それでも環には、強い肯定の意を含んだ言葉が返ってきたように思えた。
敬介と共に行動した時間は決して長くないが、彼がとても立派で尊敬すべき人物だったのは分かっている。
頑なに人を信じようとし、リサ=ヴィクセンが殺し合いに乗った時も敵と断定せずに、限界まで説得を試みていた。
そして致命傷を負った後も決して諦めず、仲間達を逃がす為に最後まで抗い続けたという。
環は思う――自分では敬介程人を信じ切れないし、今際の際まで強い意志を持ち続けれるかも分からない。
それでも理想を追い求めて生きた敬介の生き方は、とても素晴らしいものに違いないから。
少しでも敬介や英二に近付く為に、自分は彼らの背中を追い続けよう。
たとえそれが、どれだけ努力しようとも決して辿り着けない目標であったとしても。

   *     *     *    *     *     *

一方柳川は倉田佐祐理や姫百合珊瑚と共に、屋根裏部屋で休息を取っていた。
目の前には、変わり果てた姿となった七瀬留美の亡骸が安置されている。
藤田浩之と同じように、彼女もまた極力殺人を拒み続けてきた。
どうして自分のような冷酷な男が生き残り、留美のような優しい者から死んでゆくのか――そんな事は分かっている。
このゲームでは他人に対する情けなど、自らの寿命を縮める要因に他ならない。
留美は岡崎朋也との戦いで手加減をした所為で、余計な手傷を負い有紀寧に敗北したのだ。
己の信念に従った結果命を落としたのだから、この結果は仕方ないと言えるだろう。
それでも柳川は、心の水面に波紋が広がってゆくのを禁じえなかった。
今更感傷に浸ったりなどはしないが、軋むように心が痛むのだけはどうしようも無い。

――自分は変わったのだと思う。
佐祐理との、浩之との、留美との付き合いを通じて、確実に変わった筈だ。
そしてその変化が無ければ、実力で自分を上回るリサ=ヴィクセンには決して勝てなかっただろう。
柳川は留美の頬を優しく撫でた後、ぼそりと一言だけ呟いた。
「……礼を言う、七瀬、藤田。お前達には色々教えられた」
それは奇しくも、浩之が川名みさきの遺骸に対して行った行為と酷似していた。
本人も自覚している通り、柳川は間違いなく浩之や留美の影響を受けているのだ。

柳川が留美の死体から視線を外し、身体を後ろに向けると、髪を弄っている佐祐理が目に入った。
「……倉田?」
佐祐理は両肩と両腕に重傷を負っており、身体を動かすだけでも激痛に襲われる筈。
事実その表情は苦痛に歪み、額には大きな玉汗が浮かんでいる。
柳川は眉を顰め訝しむような顔となったが――すぐに、事情を理解するに至った。
「倉田、お前……」
「少しでも多く、留美の分まで頑張りたいと思って付けてみたんですけど……ヘンですか?」
佐祐理は留美が使っていた赤いリボンを使い、髪型を所謂ツインテールに変えていた。
柳川は僅かばかりの間呆然とした後、取り繕うように答えた。
「――いや、良いんじゃないか。髪の長さも丁度合っているし、問題無いだろう」
佐祐理は確かに留美の死を受け止めて、前に進もうとしている。
舞の死を受け入れれずに泣き崩れていた頃とは、比べ物にならないくらい成長しているのだ。
戦いなど知らなかった筈の少女が、また一つ大きな悲しみを乗り越えた――柳川にはその事が嬉しくもあり、悲しくもあった。


そこで、唐突に部屋の隅から呻き声が聞こえてきた。
「う……うぅ……」
「――――!」
それは有紀寧に脅迫されて佐祐理達を襲っていたという、朋也のものだった。
全ての元凶である有紀寧が倒れた以上、朋也が自分達を襲う理由は無い筈だが、万が一という事もある。
柳川は半ば反射的に手を伸ばし、日本刀を握り締めた。
瞬間、腹部に痺れるような痛みが奔り、思わず得物を取り落としてしまいそうになる。
(く……この身体で俺は戦えるのか!?)
極限まで消耗し切った体力は言い訳程度に回復したが、怪我の方はこんな短時間で癒す事など出来ぬ。
それでも傷付いた身体を酷使して、警戒態勢を取ろうとしていた柳川だったが、不意に横から手が伸びてきた。

「――姫百合?」
視線を横に移すと、珊瑚が両腕を広げて悠然と屹立していた。
「喧嘩したらあかんで〜。悪い人はもう倒したんやから、仲良くせな駄目やもん」
珊瑚は柳川に向けてそう言い放つと、つかつかと朋也に歩み寄った。

◆

「ぐあぁっ…………」
目を覚ましかけた朋也が最初に認識したのは、左眼から伝わる鈍痛だった。
その痛みで一気に意識が覚醒した朋也は、慌てて上半身を起こした。
「――宮沢はっ!? あいつが持ってたリモコンはどうなったんだ!」
自分が留美によって倒された所までは覚えているが、そこから先の記憶が無い。
有紀寧は朋也が負けた瞬間に、渚を殺すと言っていた。
自分が気を失ってる間に、渚はもう殺されてしまったのでは――最悪の光景が、朋也の脳裏を過ぎる。

我を忘れて周囲を見回している朋也に対し、珊瑚が静かな声で言った。
「大丈夫、有紀寧はもうやっつけたよ。それにリモコンの説明書を見たけど射程は三メートルまでらしいから、渚って人も無事やと思う」
「え……」
「はい、読んでみるとええよ」
朋也は差し出された説明書を受け取ると、その隅々にまで目を通した。
説明書に書かれていた内容は、以下の通り。

・首輪爆弾は作動してから24時間後に爆発する。また、同じ対象に向かって二度スイッチを押せば即座に爆発する。
・但しその射程範囲は半径3mに過ぎず、しかもきちんと先端を首輪に向けてから押さないと不発に終わる。
・作動の成否に拘らず、リモコンは六回までしか使用出来ない。
・一旦作動させると、このリモコンでは最早解除不可能である。

「クソッ、俺は騙されてたって訳か!」
真実を知った朋也は、心底忌々しげに吐き捨てた。
とどのつまり、自分は有紀寧の虚言によって踊らされていたに過ぎなかったのだ。
リモコンの射程が無限であるというのは嘘であるし、作動した首輪爆弾の解除も不可能だ。
これでは幾ら有紀寧に従おうとも、僅か1日程度の延命にしかならなかっただろう。
そして苛立ちの次に沸き上がる感情は、焦り――リモコンで首輪爆弾を解除出来ないのなら、どうやって渚を救えば良いのだ?
このまま何もしなければ、後一日足らずで渚と自分の首輪は爆発してしまう筈だ。
自分はともかく渚が死ぬのだけは絶対に避けたいが、打開策の足掛かりすら思い浮かばない。
「どうすりゃ良いんだ……」
絶望的な現実に頭を抱える朋也だったが、そこで新たな紙が差し出される。
「もしかしたら、何とかなるかも……詳しくはこれを読んでみてくれへんかな?」
「……分かった」
自分の力だけでは既に手詰まりである以上、人を頼る以外に選択肢など無い。
朋也は一も二もなく頷いて、次の紙を流し読みしていった。
そこには首輪解除に対する試みと、その経過が書かれていた。

――珊瑚達は一度ハッキングを行ったが、ダミーの解除方法が得られただけで、実質失敗に終わった。
その後『放送者』と連絡を取って情報を集め、今は再度ハッキングを考えている所であるという。

色々と不確定要素の多い案ではあるが、勝機は十分有るように思えた。
「そうか……。あんたが北川の言ってた姫百合珊瑚だったんだな……」
朋也はまじまじと珊瑚を見つめながらそう言うと、入り口に向かってくるりと踵を返した。
珊瑚の作戦自体には不満など無いが、その前にやらねばいけない事がある。
「どうするん?」
「まずは渚――俺の知り合いをここに連れてくるよ。あんた達は何時頃まで此処にいそうなんだ?」
「ん〜と……」
訊ねられた珊瑚だったが、自分の一存だけで答える訳にもいかず、柳川の方へと目を移す。
「何時までも呑気に休んでいるつもりは無いが、俺達の状態ではすぐに動くという訳にもいかん。
 敵の襲撃がある可能性も考えられるし断言は出来んが、少なくとも次の放送までは此処にいるつもりだ。
 それと、武器も持たずに行くのは危険だろう――これを持っていくが良い」
柳川はぶっきらぼうにそう言い放つと、朋也にトカレフ(TT30)を投げ渡した。
「サンキュな。何時までも渚を独りにはしとけないし、ちょっと行ってくるよ」
父親を殺された渚は、今頃教会で独り心細い思いをしているに違いない。
朋也としては、まずは渚と合流して安心させてやりたかった。
「……無理矢理やらされた事とはいえ、あんた達は悪くないのに襲っちまって、本当にすまなかった」
最後に深く頭を下げてから、朋也は一目散に外に向かって駆け出した。

足を踏み出す度に全身の至る所に負った傷が酷く痛んだが、きっと渚の心はもっと傷付いている筈だ。
だから朋也は残された体力を振り絞って、一心不乱に駆けた。
秋生から託された約束を――最も大切な人を、今度こそ守り抜く為に。
深く刺し貫かれた自分の左眼は、きっと手術をしても完治しないだろう。
無事にこの島から脱出出来たとしても、自分は右肩と左眼の二箇所に障害を抱えて生きていかねばならないのだ。
それでも渚さえ傍に居てくれれば、何時の日かまた笑える気がした。




【時間:3日目2:25】
【場所:G−2平瀬村工場屋根裏部屋】
柳川祐也
 【所持品:イングラムM10(24/30)、イングラムの予備マガジン30発×6、日本刀、支給品一式(食料と水残り2/3)×1】
 【所持品2:S&W M1076 残弾数(7/7)予備マガジン(7発入り×3)】
 【状態@:左上腕部亀裂骨折・肋骨三本骨折・一本亀裂骨折(全て応急処置済み)】
 【状態A:内臓にダメージ大、肩から胸にかけて浅い切り傷(治療済み)、疲労大】
 【目的:主催者の打倒。最優先目標は佐祐理を守る事。まずはもう暫く休憩する】
倉田佐祐理
 【所持品1:レミントン(M700)装弾数(5/5)・予備弾丸(10/10)、レジャーシート、吹き矢セット(青×3:麻酔薬、赤×3:効能不明、黄×3:効能不明)】
 【所持品2:二連式デリンジャー(残弾0発)、暗殺用十徳ナイフ、投げナイフ(残り2本)、日本刀、支給品一式×3(内一つの食料と水残り2/3)、救急箱】
 【状態1:中度の疲労、留美のリボンを用いてツインテールになっている】
 【状態2:右腕打撲、左肩重傷(腕は上がらない、応急処置済み)、右肩・両足重傷(動かすと激痛を伴う、応急処置済み)】
 【目的:主催者の打倒。まずはもう暫く休憩する】
姫百合珊瑚
 【持ち物@:デイパック、コルト・ディテクティブスペシャル(2/6)、ノートパソコン×3、コルトバイソン(1/6)、何かの充電機】
 【持ち物A:コミパのメモとハッキング用CD、工具、携帯電話(GPS付き)、ツールセット、参加者の写真つきデータファイル(内容は名前と顔写真のみ)、スイッチ(0/6)】
 【状態:健康】
 【目的:主催者の打倒。まずはもう暫く休憩する】

【時間:3日目2:25】
【場所:G−2平瀬村工場作業場】
向坂環
 【所持品@:包丁・ベアークロー・鉄芯入りウッドトンファー】
 【所持品A:M4カービン(残弾7、予備マガジン×3)、救急箱、ほか水・食料以外の支給品一式】
 【状態@:後頭部と側頭部に怪我・全身に殴打による傷(治療済み)、全身に痛み、脇腹打撲】
 【状態A:左肩に包丁による切り傷・右肩骨折(応急処置済み)、中度の疲労】
 【目的:主催者の打倒、今後の方針は不明】
※環は、珊瑚達が企てているハッキング計画についての情報を入手しました

【時間:3日目2:30】
【場所:G−2平瀬村工場付近】
岡崎朋也
 【所持品:三角帽子、薙刀、殺虫剤、トカレフ(TT30)銃弾数(6/8)、風子の支給品一式】
 【状態@:疲労大、マーダーへの激しい憎悪。全身に痛み(治療済み)、腹部打撲】
 【状態A:背中と脇腹と左肩に重度の打撲、左眼球欠損(応急処置済み)、首輪爆破まであと20:10】
 【目的:最優先目標は渚を守る事、まずは教会へ行って渚と合流する】
※朋也は、珊瑚達が企てているハッキング計画についての情報を入手しました

【備考:留美・有紀寧・ゆめみの亡骸は屋根裏部屋に。敬介・リサの亡骸は作業場に置いてあります。それぞれが持っていた荷物は大半が回収済み、残りは放置】
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