邪神




孤島という名の牢獄で、様々な人々が己の持ち得る全てを懸けて、凄惨な殺し合いに没頭している。
その惨劇を引き起こした張本人である篁は、独り物思いに耽っていた。

長らく続いた愉快な遊戯も、終焉の時が近付いてきている。
ある者は親しき者を守る為に、ある者は己の信念を貫く為に、またある者はただ生き延びる為だけに、互いの命を奪い合っていった。
首輪をつけて少し脅しを掛けただけで、僅か二日足らずの間に大部分の人間が命を落とした。
参加者の大半が戦いとは無縁の生活を送っている、所謂一般人であるにも拘らず、だ。
結局の所人間とは、欲深く、姑息で、醜悪な生物。
幾ら普段は善人面をしていようとも、追い詰められれば平気で人を殺す、罪に塗れたどうしようもない存在なのだ。

しかし――追い詰められた鼠は猫を噛むというが、人間にも同じ事が言える。
この圧倒的な現実を前にしてなお抗い続ける者達は、確かに存在する。

殺し合いをより円滑に行わせる為、ジョーカーとして送り込んだ少年。
前回大会を圧倒的な強さで制した彼は、異能力を持たない者にとって逃れようの無い死神である筈だった。
しかし少年は、メンバーの大半が一般人で構成された集団によって倒されてしまった。
リサ=ヴィクセンがゲームに乗ったのは意外だったが、彼女に対してもまた多くの一般人が立ち向かった。
そして最後は、本来殺人鬼であった筈の異能力者によって引導を渡された。
その二人以外の積極的に殺人を行っていた者達も、殆どが命を落としてしまった。

まだ数人は優勝を目指す人間がいるようだが、最早ゲームの破壊を目論む者達は止めれまい。
過酷な戦いを経験してなお生き延びている人間達が、いつまでも内紛を続けるとは考え難い。
生き残った参加者達は、恐らく総力を結集して自分に歯向かおうとするだろう。
どのような形で来るかは予測出来ないが、必ず敵として肉薄してくる筈である。
しかし所詮は人間、『理外の民』である自分にとっては何の脅威にも成り得ない。
一般人は勿論として多少の異能力を秘めている者ですらも、世界そのものをある程度操れる自分の敵では無いのだ。
無力な人間共が死力を尽くして殺し合う様は実に愉快であったが、それがゲームを開いた目的な訳では無い。
参加者達との決戦も、殺し合いを眺めて愉悦に浸るのも、自分にとっては些事に過ぎぬ。
あくまで肝要なのは『想い』を集め、それによって『幻想世界』への扉を開く事だ。

自分の最終目的は『根の国』を永久に消し去る事だが、執行者がこの世に存在する限り、それは成し遂げられぬだろう。
たとえ一時的に『根の国』を滅ぼした所で、執行者によって新たな世界を作り上げられてしまえば意味が無い。
そして『根の国』に侵攻するには執行者の覚醒が必要であるにも拘らず、自分では執行者に勝てぬという、絶対の矛盾。

――その矛盾を唯一解決し得るのが、半年程前に発見した『幻想世界』より漏れ出る特殊な力だ。
『幻想世界』への入り口に位置するこの地域一帯では、異能力の類が大幅に制限される。
それは『理外の民』である自分ですら例外で無いのだから、執行者が持つ『世界の生成と消滅を司る』などという馬鹿げた能力も押さえ込める筈。
『幻想世界』に侵攻して、異能を制限する力の元となる物を奪い取れれば――敵対する者共の異能力を自由自在に封じ、執行者も倒せるに違いない。
つまり、『幻想世界』の力さえ手に入れれば後は簡単、那須宗一に変わる執行者が現れるのを待って、『根の国』への復讐を成し遂げれば良いのだ。


準備はほぼ整った。
元は海であったこの地域で『想い』を集める為に、多大な費用を投じて人工島を建設した。
『幻想世界』の物質であったと思われる青い宝石と謎の獣により、『想い』の回収も容易だ。
僅か数日で90人以上の者が死んだこの島には、既に『想い』が十分過ぎる程蓄積している。
後は、最後の詰めを行うだけだ。

自分を追放した理会の者が住まう『根の国』――絶対に滅ぼしてみせる。
己の欲望のままに生きる、醜く脆弱な人間共――消えてなくなれば良い。
そしてそんな存在がのさばる穢れ果てたこの世界自体も、認めなどしない。
全てを滅ぼし、『理外の民』と『幻想世界』の力を用いて、自分が新たなる世界を創り上げる。
「……思い知るが良い、愚かな理会者共、取るに足らぬ人間共。神と呼ばれるに相応しいのは他の誰でも無い――この私のみなのだ」




【時間:二日目・23:35】
【場所:不明】
篁
【所持品:不明】
【状態:健康】
【目的:まずは『想い』を集めて『幻想世界』に侵攻する】

※ゲームの舞台となっている島は篁が造った人工島です(場所は幻想世界の入り口付近、地球上のどの辺りに位置するかは不明)
※能力制限は幻想世界から漏れ出る力の影響です
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