次々と仲間が倒されてしまった。 駆けつけてくれた向坂環も橘敬介も、圧倒的な戦力差の前に蹂躙された。 そして遂に――数々の敵を屠ってきた柳川祐也すらもが、力尽きてしまった。 勿論、自分達だって何もせずにただやられていた訳では無い。 凄まじい激戦を経て、敵側の人間も倒れていった。 リサ=ヴィクセンも、岡崎朋也も既に地に倒れ伏せている。 だが諸悪の根源にして、主催者以上の狡猾さを誇る悪魔――宮沢有紀寧は電動釘打ち機を手にしたまま、未だ健在だった。 対する倉田佐祐理達は最早全員が満身創痍で、飛び道具も持っていない。 「それではフィナーレと行きましょうか、皆さん?」 そう言って、有紀寧が愉しげに笑いを噛み殺す。 一方、佐祐理は覆しようの無い圧倒的な絶望を、その身に感じ取っていた。 「柳川さん……」 床に横たわる柳川はピクリとも動かない――その姿は、呼吸をしているかどうか不安になってくる程だ。 だが今柳川に駆け寄って安否を確認するなど、出来る筈が無い。 そんな大きな隙を晒せばその瞬間に、有紀寧に殺されてしまうだろう。 自分達が倒れれば、有紀寧は確実に倒れている者達にもトドメを刺してゆく。 柳川を救いたいなら此処は決戦を挑んで、有紀寧を打倒するしかないのだ。 ――どうすれば、この圧倒的な絶望に侵食された状況を打開出来る? 「……珊瑚さん、ゆめみさんの状態はどうですか?」 注意は決して有紀寧から外さずに、背中を向けたままで問い掛ける。 すると後ろから謝罪の意を多分に含んだ、か細い声が聞こえてきた。 「アカン……」 「…………」 「みんなゴメンッ……作業は全部終わったのに……ゆめみが……動かへんっ……」 距離も離れており、背中越しだというのに、珊瑚が抱いてる絶望と無力感が造作も無く感じ取れる。 元々無茶な作戦だった。 イルファとはまるで仕様の違うロボットであるゆめみに、OSの移植が成功する保証は何処にも無かった。 それにゆめみの機体は岸田洋一に撃たれた銃創や、先程リサから受けた攻撃により、既に相当痛んでいる筈。 何時故障しても――そう、強引な改造が原因で故障しても、何も可笑しくは無かったのだ。 とにかく、これで残されていた逆転のカードは全て潰えてしまった。 一体これからどうすれば―― そこで佐祐理は、服の袖を横から引っ張られている事に気付いた。 ナイフを構えたまま視線だけ送ると、七瀬留美が悲壮な決意を込めた瞳でこちらを見ていた。 「……留美?」 「とても危険だけど……一つだけ作戦を思いついたわ」 「――え?」 「失敗すれば、間違いなく死ぬ。でももう、他に手が無いの。お願い佐祐理、貴女の命をあたしに――預けて頂戴」 ◆ 「…………?」 こちらに聞こぬ程度の小声で話をしている佐祐理と留美に対して、有紀寧が訝しげな顔をする。 この期に及んで、まだ何か小細工を弄するつもりなのだろうか? しかし生憎これはドラマや映画では無いのだから、敵の作戦会議が終わるまで待ってやる義理など無い。 「誰がお喋りをして良いと言いましたか? いい加減貴女達の顔も見飽きました――そろそろ死んでください」 無機質な声でそれだけ告げると、有紀寧は容赦なく電動釘打ち機の引き金を絞った。 唸りを上げて、宙を奔る鋭く尖った釘。 動きの鈍った人間では、とても躱しきれない勢いで飛来するそれを――佐祐理は、デイパックで受け止めていた。 「――――ッ!?」 有紀寧が目を見開くのとほぼ同時に、佐祐理と留美が縦一列に並んで、一斉に前方へと駆ける。 前を行く佐祐理は三つのデイパックで身体の大部分を覆い隠し、その背後に隠れるようにして留美が日本刀を構えながら疾駆してくる。 「く――そう来ましたか!」 敵の狙いは至極単純――佐祐理がデイパックで釘を防ぎながら間合いを詰めて、後ろにいる留美が攻撃を仕掛けてくるつもりだろう。 言うなれば佐祐理は弾除けの盾であり、留美は敵を仕留める為の剣だ。 有紀寧は二発目、三発目の釘を連続して放ったが、それらは全てデイパックに遮られてしまう。 電動釘打ち機による攻撃は、生身の人間に対してなら十分な殺傷力を発揮するものの、障害物を貫通する程の威力は持ち合わせていないのだ。 「アンタだけは……絶対に許せないッ……!」 深い憎悪がたっぷりと籠もった声が、佐祐理の後ろより聞こえてくる。 留美の姿は完全に佐祐理に覆い隠されており、有紀寧の位置からではその表情までは伺い知れない。 「フン……そんな小細工でどうにかなると思っているんですか」 どんどん間合いが詰まってゆくが、有紀寧にはまだ余裕があった。 確かに電動釘打ち機ではデイパックを貫けないが――ならば他の部分を狙えば良いだけの事。 それに―― ◆ ◆ 「ぐぅっ!」 左太股に走った激痛に、佐祐理が呻き声を上げる。 有紀寧は狙いを変えて、佐祐理の無防備な部分――剥き出しの足に攻撃を仕掛けてきたのだ。 3つあるデイパックは腹や首といった急所を覆うのに使っている為、足や肩を守る物は無かった。 「ほらほら、どんどん行きますよ?」 嘲笑うような声と共に次々と釘が発射され、それが佐祐理の肩や足に容赦無く突き刺る。 その度に肉が引き裂かれ、鮮血が噴き出し、身体が言う事を聞かなくなってゆく。 だがそれでも佐祐理は、倒れはしなかったし、走る足も決して止めなかった。 電動釘打ち機による連激の嵐の中、言い訳程度の盾を用いて正面突撃を敢行する。 それは余りにも無謀な作戦であったが、これが正真正銘最後の博打にして、最後の勝負なのだ。 最早新たな救援には期待出来ぬ以上、ここで敗れれば本当に後が無い。 今この瞬間に於いては、自分一人がどれだけ耐えれるかに、仲間全員の命運が懸かっているのだ。 ならば自分の生命全てを注ぎ込んででもこのまま駆け続け、敵に肉薄してみせる。 鬼気迫る様子で突撃し続ける佐祐理を前にして、次第に有紀寧の表情が焦りの色に染まってゆく。 「く……ああああっ!!」 佐祐理は両足と両肩に何本も釘が突き刺さった状態で、痛みを誤魔化す様に大きく叫びながらなお突き進む。 その後ろでは既に留美が、衝突の瞬間に備えて刀を振り上げていた。 もう有紀寧は目前、後数歩足を進めるだけで、こちらの射程に入るだろう。 予想外の佐祐理の粘りに、烈火の如き気合を以って攻撃を仕掛けようとする留美に、有紀寧の顔が狼狽に歪む。 「っ……やられ――」 だが更に間合いが詰まり、留美が刀を振り下ろす寸前に。 有紀寧は口元を緩ませて、本当に愉快そうに微笑した。 「……る訳が無いでしょう。貴女達は馬鹿ですか?」 「――――え?」 佐祐理達がその言葉の意図を理解出来ないうちに、有紀寧は素早く横へ飛び跳ねた。 二人並んで突き進む形であった佐祐理達は急激な方向転換が出来ない為に、その後を追う事は適わない。 有紀寧はそのまま佐祐理達の横に陣取ると、三度続けて電動釘打ち機の引き金を絞った。 横方向から――角度的に、遮蔽物の無い状態で狙撃を受けた留美の腹に、次々と釘が突き刺さる。 急所を貫かれた留美はヘッドスライディングをするように、前のめりに地面を滑ってゆく。 やがて派手な音を立てて前方にあった机にぶつかり、留美の身体は停止した。 力無く横たわる留美を見下ろしながら、有紀寧が呆れたように吐き捨てる。 「その下らない猿知恵を見せて貰った時は、笑いを堪えるのに苦労しましたよ? 貴女達の作戦は、二人三脚の状態で戦うようなものでした」 それでようやく佐祐理は自分達の過ちと、敵の狙いを理解して、掠れた声を絞り出した。 「そ……んな……」 自分達の作戦には、余りにも致命的な欠点があった。 縦に二人並んでの突撃が有効なのは、あくまで正面から動かない敵に対してのみ。 そんな戦術では横からの攻撃を防げぬし、機敏に動き回る相手を追尾する事も出来ぬのだ。 有紀寧はそれを分かっていたからこそ、敢えて追い詰められた振りをして、佐祐理達を引き付け――必殺の一撃を叩き込んだ。 「留美さん、貴女には一番手間を掛けられました。ですが、それもこれまでです」 そう言うと有紀寧は素早く移動し、足元に転がる留美の腹を思い切り踏みつけた。 「がっ……あああっ……!」 負傷した腹部を圧迫され、留美は耐え難い痛みに悶え苦しむ。 体重を掛けられる度に、腹のより深くへ釘がめり込み、流れ落ちる赤い血が勢いを増す。 有紀寧は拷問を続けながら、顔だけを佐祐理の方へと向けた。 「佐祐理さん、どうしたんですか? 早く助けないと、留美さんが死んでしまいますよ?」 余りにも無慈悲な、誇らしげな、そして嘲笑うような声。 それを聞いた佐祐理は、弾かれたように飛び出した。 「留美ぃぃーっ!!」 既に何本もの釘が突き刺さった足で、それでも懸命に駆ける。 その最中、唐突に、もう生命力の大半を失った留美と目が合った。 留美は弱々しく首を振ってから、震える声で言った。 「だ……め……に……げ…………て…………」 そこで有紀寧がすいと、電動釘打ち機を下に向ける。 「……仇は討てませんでしたね、留美さん」 有紀寧はそのまま何の躊躇も無く、まるで虫を殺すかの如く平然と、引き金を引いた。 釘が二本、三本と、留美の首に吸い込まれてゆき、鮮血を撒き散らす。 眼前の光景を目の当たりにした佐祐理が、喉が張り裂けんばかりの悲痛な絶叫を上げた。 「い……嫌あああああああぁぁぁっっ!!」 友の死に、佐祐理の中で既に限界まで感じていた筈の絶望が、より深くより大きく肥大化してゆく。 ――何をやっても通じない。どれだけ頑張っても、この悪魔からは誰も救えない。 「これで詰まらない友情劇も終わりですね。ですがご安心下さい……すぐに貴女も、あの世にお送りしてさしあげますから」 有紀寧は正しく悪魔のように禍々しく口元を歪め、全てを嘲笑っていた。 その足元で、光を失った留美の瞳孔が急速に散大していった。 ◆ 「る……留美ぃ……」 屋根裏部屋の最深部では、珊瑚が奥歯を噛み締めながらその光景を眺め見ていた。 唯一ハッキングをし得る技術力を持った自分が、主催者の打倒に於いてどれだけ重要かは自覚している。 だからこそどれだけ戦いが激化しようと、あくまでも後方支援のみに徹した。 しかし自分がそうやって守られている間に、仲間が一人、また一人と倒されていった。 そしてその間に、自分が唯一行ったゆめみの改造すらも――失敗してしまった。 「ゆめみ……動いてよ……」 何度もゆめみの肩を揺さぶるが、何の反応も返っては来ない。 節々に未知の技術が用いられているゆめみを改造するなど、無謀な行為だったと悔やんでももう遅い。 イルファのOSを取り付けられたゆめみは、まるで死んでしまったかのように、ただ眠り続けている。 「今動かへんと……みんなやられてまうよ……お願いだから……動いてよ……」 どれだけ呼び掛けても、一向にゆめみが目を覚ます気配は無い。 それでも珊瑚は呼び掛け続ける――もうそれくらいしか、自分に出来る事は残されていなかった。 「ウチは……いっちゃんにも瑠璃ちゃんにも守られっぱなしやった……今回だってそうや……」 イルファも姫百合瑠璃も、命懸けで自分を守り抜いて死んでいった。 それなのに、自分はまだ何も出来ていない。ただ仲間の足を引っ張り続けているだけだ。 仲間達の死に報いれるような事は、何一つ、成し遂げれていない。 「ウチが役に立てるのは機械の事くらいやのに……それさえ駄目やったら……死んじゃった皆に会わせる顔があらへんやん……。 もうウチはどうなってもええ……でもせめて他の皆だけでも、助けてあげてっ……!」 悲しみに満ちた涙の雫がぽたりと、ゆめみの頬に零れ落ちた。 すると声が――とても懐かしい声が、聞こえてきた。 「泣かないで下さい……珊瑚『様』」 「え?」 唐突に、奇跡でも起こったかのように、何かの魔法のように。 珊瑚が気付いた時には、それまで何をやっても決して動かなかったゆめみが、目を開いていた。 ゆめみはゆっくりと上半身を起こし、優しく珊瑚の身体を抱き締めた。 まるで在りし日の、イルファのように。 「遅れて申し訳ありません……。ですが後は私が何とかしますから、どうか泣き止んでください」 「貴女はゆめみ……? それともいっちゃん……?」 珊瑚が訊ねると、ゆめみはすくっと立ち上がった。 胸を穿たれ、右肩に罅が入った小柄な少女の姿はしかし、とても美しく感じられた。 こちらを眺め見る瞳の、水と油が混ざり合ったような反射は、光学樹脂独特のものだった。 「私はゆめみです――けれど、イルファさんの記憶もあります」 「え……?」 OSを移植しただけなのに何故――訳も分からず、珊瑚が呆然とした表情になる。 続けて絶望の霧を消し飛ばす凛と透き通る声で、ゆめみが言った。 「――事情は分かっています。宮沢有紀寧さんを、倒せば宜しいんですね?」 珊瑚がはっきりと頷くのを確認すると、ゆめみはくるりと向きを変えた。 その先にはとても冷めた目をした有紀寧が、電動釘撃ち機を構えながら立っていた。 新たなる敵の出現を受け、有紀寧が不快そうに言葉を洩らす。 「……スクラップが起きましたか。ですが武器も持たずに、一体何をなさるおつもりで?」 有紀寧からすれば、留美と柳川の両者を倒した時点でもう勝負はついている。 残る敵は全て問題にもならぬ矮小な存在であり、後は簡単な事後処理を行えば良いだけだった。 だからこそ勝利の余韻に浸っていたというのに、それを取るに足らない存在に邪魔されたのは堪らなく不愉快であった。 しかしゆめみは有紀寧の怒りを意にも介さずに、凍て付くような声で告げた。 「申し訳ありませんが――貴女を倒します」 そして、イルファよりは少し薄い水色の髪を靡かせながら、ゆめみが疾駆した。 「な――――」 渦巻く突風、迫る強大な圧力。 有紀寧は目前の光景が信じられなかった。 取るに足らぬ筈の人形が、数人掛かりですらリサの相手になっていなかったスクラップが、凄まじい勢いで突撃してくる。 だがその動きは柳川やリサのような、明らかに別次元の存在である『怪物』程ではない。 (予想外ですが……この程度なら!) 有紀寧は電動釘撃ち機の引き金を引いた――『怪物』が相手でなければ、十分に勝機はあると信じて。 しかしそれは、時間稼ぎにすらならなかった。 ――ゆめみは攻撃を避けずに、ひたすら直進してきたのだ。 生身の人間相手ならともかく、ロボットが相手では釘の一本や二本など致命傷とは成り得ない。 「馬鹿なっ……そんな馬鹿なっ……!」 狼狽した有紀寧は、残弾数が残り少なくなっているのも忘れて、闇雲に釘を連打する。 何度も鈍い音がしてゆめみの胸に、腹に、次々と釘が突き刺さってゆく。 突き刺さった箇所を中心として、ゆめみの胴体に何個も円状の罅割れが形成される。 だがすぐに、カシャ、カシャという音がして、電動釘撃ち機が弾切れを訴えた。 そしてその時にはもう目の前でゆめみが、大きく拳を振りかぶっていた。 「珊瑚様には――」 イルファの声で。 「お客様には――」 ゆめみの声で。 「指一本触れさせませんっっっ!!!」 裂帛の気合を乗せた叫びと同時に、怒りの鉄槌が有紀寧の腹に叩き込まれた。 「があああああああああっ!!」 凄まじい衝撃を受け、有紀寧の身体が猛烈な勢いで後方へと吹き飛ばされる。 そのまま有紀寧は背中から壁に叩きつけられて、ずるずると地面に滑り落ちた。 そしてその直後――ゆめみもまた、糸が切れた人形のように力無く床に倒れ伏せた。 有紀寧から受けた攻撃だけが原因ではない。 相性の悪いOSを搭載し、『リミッター』まで解除して戦うのは負担が余りにも大き過ぎた。 その事をゆめみ自身が一番分かっていたからこそ、短時間で勝負をつけるべく、あんな無茶な戦法を取った。 それでもゆめみはやり遂げた。 柳川も、留美も、どうしても叩き込む事の出来なかった一撃を、完璧なまでに決めてみせたのだ。 ◆ ◆ 「ぐっ……あああっ……」 脇腹の骨という骨を砕かれた有紀寧は、途方も無い激痛に喘ぎ苦しんでいた。 折れた骨の何本かが内臓を傷付けたらしく、喉の奥底から血が湧き上がってくる。 それでも未だ有紀寧は諦めずに、倒れた姿勢のままで床を這っていた。 (くぅ……こんな所で……死ぬ訳には…………!) 死にたくない――唯一にして恐るべきその執念だけが、有紀寧に最後の活力を与えていた。 どれだけ無様でも良い。どれだけ滑稽でも良い。 何としてでも逃げ切って、怪我を癒し、生き延びてみせる。 自分の怪我は致命傷では無い筈だから、この場さえ凌げればきっと何とかなる。 死んでしまっては全てが無意味なのだから、逃げ切った後は復讐に拘らず身を潜めよう。 階段まで、後もう少しで辿り着く。 (あそこまで……あそこまで行けばっ……!) あそこまで辿り着ければ、敵の前から姿を眩ませれれば、きっと―― 「――逃がすと思うか?」 そこで、殺意に満ちた底冷えのする声が聞こえた。 声のした方に首を向けると柳川と佐祐理が、お互いに支え合う形で立っていた。 柳川は横に視線を移し、少々困惑気味に訊ねた。 「倉田……本当にお前もやるのか?」 「はい。佐祐理も罪を背負います」 「……そうか」 迷いの全く見られぬ佐祐理の返答を前にして、柳川は頷くしかなかった。 そして二人は片方ずつ手を伸ばし、一本の武器を――留美が使用していた日本刀を握り締めた。 訊ねるまでも無くこれから起こる事が理解出来、有紀寧は必死に声を絞り出した。 「ま、待ってください……!」 柳川達がピクリと反応するのを確認してから、有紀寧は続ける。 「私は首輪爆弾を解除する方法を知っていますよ? 主催者の居場所だって把握しています」 ――知らない。当然だが、そんなものは知る筈が無い。 出鱈目でも何でも良いから、ただ助かりたかった。 「此処で私を殺したら、主催者を倒せなくなりますよ? それでも良いんですか? それに私なら主催者の裏を突く作戦だって幾らでも思いつくし、ゲームに乗った人間の殲滅も簡単です」 相手に余計な思考を挟む時間を与えぬよう、有紀寧は怒涛の勢いで言い連ねる。 最後に有紀寧は、長瀬祐介や柏木耕一を騙した時と同じ、柔らかい笑みを浮かべた。 「今までの事は謝りますから、これからは協力しましょう。主催者が人を生き返らせる力を持っているのなら、これまで死んだ人だって蘇らせれます。 ですから過去の遺恨は捨てて、私と一緒に戦って皆さんを生き返らせましょうよ、ね?」 その言葉を最後に、数秒の、しかし有紀寧にとっては永遠にも感じられる沈黙が続いた。 やがて柳川が、全く表情を変えずに、冷淡な口調で吐き捨てた。 「……一つだけ言っておく。たとえ天と地が割けようとも、俺達が貴様を許す事は有り得ない」 柳川や佐祐理からすれば有紀寧は主催者以上に憎い敵であり、交渉の余地など初めからある筈も無い。 その事実に気付いた――否、ただ単に現実から目を逸らしていただけの有紀寧は、突き付けられた死刑宣告に、呻いた。 「うああ……ああああっ…………」 顔の向きを前方に戻し、形振り構わず階段に向かって這い続ける。 「嫌だ……嫌だ……死にたくない…………死にたくないっ…………!」 服が埃塗れになるのも、地面に擦れる腹部の傷口が痛むのも、些事に過ぎない。 死より――完全なる無より怖い物など存在しない。 『死を恐れる』という生物の本能に従って、有紀寧は最後まで生を望む。 「死にたく――」 だがそこで、ズンという音がして、有紀寧の意識は唐突に途切れた。 背後から追い付いた柳川と佐祐理が、有紀寧の首に刀を突き立てたのだ。 貫かれた首筋から赤い血が噴き出し、柳川が少し横方向に力を加えると、首から先が千切れ落ちた。 ――この殺し合いに於いて最も手段を選ばず、最も多くの人間を不幸の底へと叩き落した悪魔。 宮沢有紀寧は最期の瞬間まで己の生のみを渇望し続けて、その生涯を終えた。 * * * 凄惨な決戦に終止符が打たれた後。 最早自力で立ち上がる事も出来なくなったゆめみは、珊瑚に抱きかかえられていた。 後ろでは佐祐理と柳川が黙ってその様子を見つめている。 「ゆめみ……」 「珊瑚様……」 ぐったりとしているゆめみの姿は、数分前に鬼神の如き戦い振りを見せた者とは、とても同一人物に見えなかった。 しかしゆめみは確かにその小さな身体で戦い、誰も倒せなかったあの有紀寧に勝利したのだ。 死にゆく運命にあった仲間達を、救ってみせたのだ。 ゆめみはぼそりと、とても静かに呟いた。 「珊瑚様――ロボットの私でも……皆さんと同じ天国に行けるでしょうか? 天国でまた、皆さんと会えるのでしょうか?」 「絶対……行けるよ……だってゆめみには……、『心』がちゃんとあるんやから……誰よりも暖かい人間の心が、ちゃんとあるんやから……」 珊瑚が涙ながらに、途切れ途切れで言葉を返す。 そうだ――ゆめみには、汚れた人間達などよりもよっぽど素晴らしい、純粋な『心』がある。 珊瑚がゆめみと一緒に過ごした時間は決して長く無いが、それでも彼女がとても優しい『心』を持っている事だけは、十分に理解出来た。 続けてゆめみは柳川と佐祐理の方へと首を向ける。 その動作に合わせて、羽虫がたてるようなジジジという音が聞こえた。 「皆さん……どうか珊瑚様を、宜しくお願いしますね……」 柳川と佐祐理が強く頷くのを確認すると、ゆめみは視線を天井に移した。 ――機材無しでは、屋内では、雨空では、見える筈が無い星空の景色を思い浮かべて。 それから誰に向けてでもなく、独り語り始める。 コンパニオンロボとしての、プラネタリウム解説員としての、本来の役目を果たす為に。 「プラネタリウムは……いかがでしょう?」 「どんな時も決して消えることのない、……美しい無窮のきらめき」 「満天の星々が……みなさまを、お待ちしています……」 「プラネタ……リウムは…………いかが……でしょう?」 「……どんな時も…………決して…………」 「…………消える…………こと、の………………な………い………」 そこで、言葉は途切れ、ゆめみの動きも止まった。 しかし完全に機能が停止したゆめみの頬を、一筋の涙が伝っていた。 ゆめみは、本来ロボットでは流せる筈の無い涙を流していたのだ。 『神様、どうか――天国をふたつに、わけないでください』 ――『心』を手に入れた彼女なら、涙を流せた彼女なら、絶対に見れる。 ――仲間達に看取られて見る、穏やかな夢。 ――天国でお客様達と見る、幸せな夢。 ――それはきっと、小さな小さな、ほしのゆめ。 【残り25人】 【時間:3日目0:00】 【場所:G−2平瀬村工場屋根裏部屋】 柳川祐也 【所持品:イングラムM10(24/30)、イングラムの予備マガジン30発×6、日本刀、支給品一式(食料と水残り2/3)×1】 【状態@:やり切れない思い、左上腕部亀裂骨折、肋骨三本骨折、一本亀裂骨折】 【状態A:内臓にダメージ大、肩から胸にかけて浅い切り傷(治療済み)、極度の疲労】 【目的:主催者の打倒。最優先目標は佐祐理を守る事】 倉田佐祐理 【所持品1:支給品一式×3(内一つの食料と水残り2/3)、救急箱、吹き矢セット(青×3:麻酔薬、赤×3:効能不明、黄×3:効能不明)】 【所持品2:二連式デリンジャー(残弾0発)、暗殺用十徳ナイフ、投げナイフ(残り2本)、レジャーシート、日本刀】 【状態:悲しみ、疲労大、右腕打撲、左肩重傷(腕は上がらない)、右肩・両足重傷(動かすと激痛を伴う)】 【目的:主催者の打倒】 姫百合珊瑚 【持ち物@:デイパック、コルト・ディテクティブスペシャル(2/6)、ノートパソコン】 【持ち物A:コミパのメモとハッキング用CD、工具】 【状態:軽度の疲労、涙】 【目的:主催者の打倒】 岡崎朋也 【所持品:・三角帽子、薙刀、殺虫剤、風子の支給品一式】 【状態@:麻酔薬の効果で気絶中。極度の疲労、マーダー、特に有紀寧とリサへの激しい憎悪。全身に痛み(治療済み)、腹部打撲】 【状態A:背中と脇腹と左肩に重度の打撲、左眼球欠損、首輪爆破まであと22:40(本人は46:40後だと思っている)】 【目的:最優先目標は渚を守る事】 七瀬留美 【所持品1:S&W M1076 残弾数(7/7)予備マガジン(7発入り×3)、消防斧、あかりのヘアバンド、青い矢(麻酔薬)】 【所持品2:何かの充電機、ノートパソコン、支給品一式(2人分、そのうち一つの食料と水残り2/3)】 【状態:死亡】 ほしのゆめみ 【所持品:無し】 【状態:機能停止】 宮沢有紀寧 【所持品@:トカレフ(TT30)銃弾数(6/8)・参加者の写真つきデータファイル(内容は名前と顔写真のみ)、スイッチ(0/6)】 【所持品A:ノートパソコン、ゴルフクラブ、コルトバイソン(1/6)、包丁、電動釘打ち機(0/50)、ベネリM3(0/7)、支給品一式】 【状態:死亡】 - BACK