さらば!屋上生徒会




私はずっと一人ぼっちだった。
いつも冷静な振りをして、心には蓋をして寂しさを忘れようとしていた。
ううん、寂しいとか思っちゃいけない、辛いとか思っちゃいけないと思っていた。
それが私の幸せなんだって。
一人でいることなんか全然平気。
傷つくことなんて何も無い、そう思いこもうとしていた。
でも、そんな私を否定した人が二人いた。

――まーりゃん先輩。
どこからともなく現れて、私の意思なんかまるでお構いなしに心の中に入ってきて、私に新しい世界を教えてくれた。
やることすべてが私の想像なんかはるか上を行っていて、慌しくて、それでいて新鮮で楽しくて。
彼女と過ごしていると、自分の抱えた悩みがすごいちっぽけで、下らないものに思えた。
何よりも私と言う人間を理解してくれていた。
彼女と過ごした時間はいまや何にも変えられない私の宝物。
……私の一番大切な人。

――河野貴明さん
私が一番辛い時に、私を励ましてくれた人。
まーりゃん先輩とは別の意味で私の中に入ってきて、正直あの時は戸惑っていた。
あの時はまーりゃん先輩の存在だけが私の全てだったから。
彼女と別れてしまうなんて考えたくも無かったのに、過ぎていく時がその残酷さを私に叩きつけていて。
だから全てを忘れようとした。彼女との思い出を全て。
自暴自棄になっていたのかもしれない。出会いは本当に偶然だった。
彼は彼女とは違う方法で。それでも私に対する想いは同じくらい真摯で。
彼の純粋な心は、暗闇に投げ出された私の心を明るく灯してくれた。道を指し示してくれた。
……私の一番大好きな人。

自惚れているつもりはなかった。
二人が私を好きでいてくれると同時に、私も二人が大好きだったから。
二人がいれば私は他には何もいらない。
ずっとそう思っていたのに。

私の目の前には貴明さんが。
私の背中にはまーりゃん先輩が。
二人とも満身創痍で。
それは私を守るために。
同じ目的なのに違う道を選んだ二人の物語。
耐えられない。
片方だって失いたくない。
ささらは悪い子だから。とても我侭な子だから。
二人が私のために争うなんて見たくない。
ねえ、貴明さん。
そんな目でまーりゃん先輩を見ないで。
まーりゃん先輩は悪くないの。
悪いのは全部私。
私がいなければまーりゃん先輩はきっとこんなことをしなかった。
これは私の罪なの。
だからまーりゃん先輩とお話をさせて欲しい。
きっとわかってくれる。
まーりゃん先輩のしたことは絶対誰も許してはくれないのかもしれないけれど、それは私の罪でもあるのだから。
私が一緒に罪を償うから。
だから、その銃を下ろして。

でも私の口はまったく開かず、目から大粒の涙があふれるだけだった。

「久寿川先輩、そこをどいてください」
貴明さんがゆっくりと口を開く。
飛び出た言葉は、私の思いを打ち砕くように耳から脳へと伝えられた。
「どうして……どうしてまーりゃん先輩を殺さなくちゃいけないの」
「久寿川先輩だってわかっているはずでしょう? まーりゃん先輩は人を殺した。人を殺されて悲しむ人がたくさんいるはずなのに」
「貴明さんも同じ事をしようとしているのよ」
「……」
貴明さんは答えない。
「まーりゃん先輩が死んだら私はとても悲しい」
「……」
勝手な事を言ってるのはわかっていた。
「それでも貴明さんは、まーりゃん先輩を撃つの?」
私はなんてずるい女……。
「……久寿川先輩に恨まれても構わないと思ってるよ。俺にはもうこうすることしか出来ないから。みんなを守るためにはここでまーりゃん先輩を止めないといけないから」
「撃たなくったって! 私がちゃんと話すから! わかってもらうから!!」
「――たかりゃんを困らせちゃダメだよ……さーりゃん」
まーりゃん先輩が私に声をかけた。
たしなめるような、厳しいけどやさしい口調で。
「――っ!」
「さーりゃんが何を言っても、あたしはこの道を変えない。さーりゃんが困るのだってわかってる。
でもね、私は馬鹿だから。こうするしか思い浮かばなかったんだよ。
たかりゃんみたくみんなで力を合わせるとかね、出来なかったんだよ。今更止まれないんだ。だから私を止めたいなら……」
そしてまーりゃん先輩貴明さんの瞳をじっと見詰めて――
「――撃ちなよ、たかりゃん。撃たないと私はまた人を殺す。たかりゃんを殺して、たかりゃんの仲間を殺して。それ以外の人間もみんな殺して。さーりゃん以外の人間はみんな殺す。
最後に私が死んで、さーりゃんが優勝。もしも願いが嘘だったとしても、これでさーりゃんだけは生きていられる」
そう告げていた。

「私そんなの望んでいない! まーりゃん先輩が死ぬなんて、まーりゃん先輩がいないなんて、そんな世界望んでないの!!」
「うん、わかってる。けしてさーりゃんが望んだことじゃない事だって事は。
こんなあたしのことを恨んでくれていいよ。ごめんね我侭な先輩で。身勝手でいつもさーりゃんを困らせてたよね。
そんなさーりゃんを見ていつもあたしは笑ってたっけな。ああ、ホントにダメダメな先輩だったね」
「そんな事無い、そんな事無いの! まーりゃん先輩がいたから私は……私は!」
私はどうしたいんだろう。我侭ばかり言って二人を困らせて。
どうしたいかなんて決まっているけれど、どうすればそれが叶うかなんてわからなかった。
だからあふれ出る感情だけを吐き続けた。
でもそれはかなわなくて……
「さあ、お喋りの時間はもう終わりにしようか。たかりゃんを待たせすぎるのもアレだしね」
まーりゃん先輩は貴明さんに向かってはっきりと遺言であろう言葉を紡ぎ出した。

「待たせてゴメン、たかりゃん。もういいよ」
「……まーりゃん先輩」
「何も考えなくて良いから。その引き金を引くだけ。ちょっと指に力を入れるだけでたかりゃんは自分の意志を貫ける。
さーりゃんを、仲間をまた一つ守れるんだ。あたしと言う殺人鬼からね」
「本当にダメなんですか。今の久寿川先輩の言葉を聞いても、本当にそうするしか道は無いんですか!」
「自分で言ったろ、あたしを許すことは出来ないって。ちみの覚悟はそんなものか? さーりゃんを守るって覚悟はそんなものか?」
まーりゃん先輩が全身を震わせ、その瞳はまっすぐと彼に向けられたまま強く強く、貴明さんに向かって感情を搾り出すように吼えていた。
「今更泣き言を言ってあたしを失望させるなよ……。あたしを安心させてくれ。さーりゃんを任せてもいいって確信させてくれ!
自分が正しいと思うなら覚悟を見せろ! 手を汚しても道を示せ! さぁやれっ! 河野貴明っ!!」
「うぐ……う……うあ……うあああああアアアァァァッッ!!!!」

絶叫とともに、銃を握る手に力がこめられたのがわかった。
貴明さんだって先輩を殺したいはずがあるわけが無い。
でも、私たちの間に作られた壁は見上げても見上げても終わりは見えなくて。
それが私には崩すことは出来ないんだって言う事がわかってしまって。
止める言葉が出てこなくて。
そして――

パンッと、まるで花火にも似た音が大気を揺らし私の耳に届いた。
飛び散る鮮血が私の身体に降り注ぎ、私の世界は紅く染まる。
私は直視したくもない現実から目をそむけることも出来ず、呆然と立ち尽くしていた。

目の前の貴明さんは右胸から血を撒き散らしながら。
握ったフェイファー ツェリスカが貴明さんの手を離れ地面に落ち、それに続くように貴明さんの身体もゆっくりと、とてもゆっくりと地面に吸い込まれるように倒れていった。
何が起こったのかわからなかった。
引き金を引こうとしたのは貴明さんで。
そして今倒れているのも貴明さん。
声を出すと言う簡単な事すら出来ないほど、私の頭は混乱してしまっていたらしい。

「さーりゃん!!」
先輩の叫びが聞こえ、そして私の手が勢いよく引かれた。
その勢いに地面に叩きつけられて思わず呻き声を上げてしまう。
同時に私をかばうように地面に伏せると、まーりゃん先輩は叫びながら89式小銃を取り出しあたりに向かってやみくもに撃ち始めた。
「誰だ!」
先輩の叫びに返ってる言葉は何もなく、一瞬の間とともに再び銃声が響き私たちの地面の土を勢いよくえぐった。
「くそぉぉっ!」
ボロボロの身体のどこにそんな力が残っていたのか、まーりゃん先輩は勢いよく跳ね起き身体を起こすと、私の腕を引く。
銃を撃ちつづけながら向かう先に見えたものはひしゃげた強化プラスチックの大盾。
それに向かってまーりゃん先輩が跳ねたと同時に、再び響いた銃声が彼女の右足を貫いていた。
「アアアアァアアァァッ」
89式小銃が手から零れ落ち、悶絶しながらまーりゃん先輩が苦悶の声を上げる。
「まーりゃん先輩!!」
盾に身を隠しながらまーりゃんの先輩の右足を見ると……肉が飛び散り白い骨が半分欠けながら、かろうじて繋がっていると状態になりながら血が噴出していた。
「……ハァハ……ァ……さーりゃん……怪我……は……ない? ……撃たれ……てな……い……?
「私は平気……でも、先輩は!」
ボロボロと零れる涙が私の視界を塞ぐ。
「こん……なのたい……した……怪我じゃ……」
刹那鳴り響く銃声は、まーりゃん先輩の言葉を邪魔するように盾ごと私たちの身体に衝撃を与える。

1発…2発…3発…そこでようやく銃声は鳴り止んだ。
「んなとこに隠れてないで出てこいよ」
止まった銃声の変わりに出てきたのは笑いをかみ殺したような、下卑な男の声だった。
どこかで聞いたことのあるような声に私は反射的に盾から顔を出しそうになるのを、まーりゃん先輩に慌てて推しとどめられる。
「ククク、なんだつれないな。せっかくの再会だってのによぉ」
再会…?
「別の男を引き連れて女王様気取りか? 高槻はどうした、捨てちまったのか? ククククク……」
高槻さんの事を知ってる人……?
「なんだぁ忘れちまったのか? 昨日は学校で世話になったよなあ。わざわざお礼に来てやったんだぜ、寂しい事言うなよな」
再び盾に響き渡る衝撃に、まーりゃん先輩の身体が大きくふらついた。
支えるようにまーりゃん先輩の身体を抱きすくめ、横目からちらりと見えたその人物は――確かに昨日学校で高槻さんと戦っていた人物、岸田洋一だった。

・
・
・

弾切れのデザートイーグルを興味も無く投げ捨て岸田は小さく呟いた。
「まったくよぉ、高槻も可哀想なやつだよな」
バックからウージーを取り出すとそれに構えなおし岸田はゆっくり歩を進める。
「俺様を怒らせちまったばっかりに、仲間がどんどん死んでいくんだからよ」
侮蔑するように地面に倒れこんだ貴明の姿を見やり、近づくと同時に彼のわき腹を蹴り上げた。
ピクリとも動かなかった貴明の身体が、小さな呻き声とともに痙攣した。
同時に咳き込む声とともに大量の吐血を巻きちらすと共に、宙に浮いた血は重力のままに彼の顔を覆い尽くしていく。
うっすらと目が開かれ、目の前の男を睨み付けるものの、そんな彼の行動を見て岸田は割れんばかりの大声で笑っていた。
「まだ生きてやがったのか、なかなかしぶといじゃねえか兄ちゃん」
ウージーを貴明の右足に向け、軽く引き金を絞る。
パラパラといった無機音と共に、右足の肉がはじけ飛ぶ。
「がアアァあアァぁッッ!」
「ぎゃはははは、もっと鳴け、もっと鳴けよ!!」
身体の制御も聞かず襲いくる衝撃のなすがままに全身が跳ね上がり、貴明の悲鳴と岸田の歓喜の叫びが場に木霊した。

「たかりゃん!」
「貴明さん!」
岸田は哀れむような目で貴明を見下ろして笑う。
「ったく、素直に死んでおけば苦しまなくてすんだってのによ。難儀な身体してるな、兄ちゃん」
言いながら地面に野ざらしにされたフェイファー ツェリスカを拾い、貴明の顔面に狙いをつけ
「――じゃあな」
絶対的な余裕の中で、もう自分の勝ちは確定的だという状況の中で。
岸田の注意が貴明に集中していた油断の中、麻亜子が動いた。
引き金が指にかけ、まさに弾が飛び出そうとした瞬間。
「うぐぁっ!」
右肩に焼けるような熱さが走り、直後訪れた鋭い痛みにフェイファー ツェリスカが再び地面へと落ちる。
岸田の腕に生えていたのは一本のサバイバルナイフ。
まーりゃんが取り出し投げつけたそれは、的確に岸田を貫いていた。
「たか……りゃんは……殺……させない……よ。さーりゃ……んを……守れ……る……のは、もう……たかりゃんだ……けなんだ……か……ら……」
最後の力を全て使い果たしたのか、麻亜子はそのまま倒れこむ。
「うぜええええっっ!!!」
怒りのままに麻亜子に駆け寄ると、その胸倉をつかみ挙げ、岸田は麻亜子の顔面を殴りつける。
一発ごとに麻亜子の口から嗚咽と鮮血とがはじけ飛び出していた。
「やめて! やめて!!」
哀願するように叫びながら岸田の足にささらはしがみつく。
だがうっとおしいと言わんばかりにしがみつかれた足を跳ね上げ、ささらの身体は弾き飛ばされていた。
「邪魔しなくても次はおまえの番だから安心しろよ。高槻が悔しがるように楽しませてもらってから殺してやるからよぉぉ」
ささらの目に恐怖の色が浮かぶ。
「そん……なこと……は……させな……い」

岸田の背後から上がった声。
「んなっ!」
全身から血を流し、右足はほぼ原形をとどめてない状態にもかかわらず貴明はフェイファー ツェリスカを握りなおして立ち上がっていた。
口からは絶え間なく血が零れ落ち、襲いくる痛みに意識が飛びそうになる。
それでも貴明は、立ち上がっていた。
大事な人達を守るために。
この島から出て、再び笑いあうために。
岸田が貴明に向かって身構える間もなく、向けられていたフェイファー ツェリスカの銃口から岸田へと向かって弾は発射された。

・
・
・

「く……そ……」
貴明の身体は力なくその場に倒れこんでいく。
今出せる自分の最後の力。
だがそれは暴れるフェイファー ツェリスカを抑える事は叶わなくて。
引き絞られた銃弾は、岸田の身体を捕らえることも無くその脇の木へと突き刺さっていった。
「けっ……死にぞこないが驚かせやがって!」
岸田の言葉に反応する力も無かった。
先輩が悲痛な叫びを発しながら駆け寄り、俺の身体を抱きすくめてくれていた。
全てを使い果たしたような脱力感に覆われ、声を出そうにも出てこない。
俺はここで終わるのか。先輩も、珊瑚ちゃんも、誰もまだ守りきれてないのに。
先輩が泣いている。
泣かせたいわけじゃないのに。笑わせたいはずだったのに。
生きてこの島から出て、元の生活になんかけして戻れないけど、悲しみを乗り越えた先にきっと笑い会える日々がくると信じてたはずなのに。
全身から力が抜けていって、先輩の声が遠くなってきた。
ああ、俺は死ぬんだな。
そう思った。
悔いが無いはずが無い。
でも、もうだめなのがわかった。
だから最後だけでも先輩に笑って欲しくて。
笑顔の久寿川ささらでいて欲しくて。
俺は口を開こうと、全ての力を口にまわした。
「久寿川……先輩……ご……めん……。やくそ……く……守れ…な……かった」
「――!!」
ああ先輩が何かを言っている。そんな泣かないでよ。
わかってる、言いたい事はわかってるさ。
それでも俺は先輩に笑って欲しいんだ。
だから――

「たかりゃん!」
声が聞こえた。
もう機能を果たしていないはずの俺の耳に。
岸田につかまれたままのまーりゃん先輩の声。
まーりゃん先輩だって、もう限界のはずなのに、聞こえた声は今まで出一番力に溢れていて。
「ぐああああああああ!!」
同時に聞こえたのは岸田の声と思しき絶叫。
「たかりゃん……は、……そこ……終わ……のか!? 違うだ……ろう。さーりゃん……守……だろ……。あた……を……させるなよ!」
あはは、まーりゃん先輩、無茶言わないでくださいよ。
本当にいつもいつも無茶苦茶を言う人だ。
指一本動かす動かす力が無い俺にこれ以上何が出来るって言うんだ。
でもその言葉が、俺に本当に最後の最後の力をくれた。
あの人に言った言葉は嘘じゃないから。
それは絶対に証明してみせる。
「くす……がわせ……んぱい……にげて……、必ず追いつくから……みんなの下へ……。そして高槻さんを探して……みんなで脱出するんだ……」
言葉が口を出ていた。
目の前の先輩は泣きじゃくりながらかぶりを振っている。
「絶対に……すぐに行くから……だ……から……」
これが最後だ。
出し惜しみなんてしない。
細胞の全てを集中させろ。
抱き抱えられた身体を起こし、先輩を跳ね除けると俺は岸田に向かって駆け出した。
岸田の身体にはもう一本ナイフが刺さっていた。
右肩にはさっき投げつけられたサバイバルナイフ。
左肩にはそれとはまた別のバタフライナイフ。
そしてまーりゃん先輩も欠けた足をかばい、ふらふらになりながら右手にまた別のナイフを構えていた。
俺のことなんて気にも止めていなかったであろう岸田は、俺の渾身の体当たりを防ぐ間もなくくらいもんどりうって倒れた。
身体がばらばらに引きちぎれそうな痛みに襲われる。
倒れてなどいられるものか。
だが意思とは裏腹に倒れこみそうな身体。

ちくしょう、ちくしょう。
だが、そんな俺を支えてくれた人はいた。
傷だらけの身体で。
俺よりもずっと小さな小さな身体で。
ちょっと体重を乗せただけでもつぶれてしまいそうなその身体で。
道は違ってしまったけれど、目指すものは一緒だったはずの……大好きだった先輩。
……もしも真っ先に出会っていれば。
……もしも学校で止めることさえ出来ていれば。
止めよう。もしもなんて言葉はもう要らない。

――久寿川ささらを守る
すれ違った二人の心は、同じ目的の元にようやく一つになっていたのだった。

起き上がろうとする岸田に向かってまーりゃん先輩がボーガンを打ち込み、再び岸田は絶叫を上げた。
同時に二人で走る。一直線に。俺"達"の敵に向かって。
俺は倒れこんだ岸田に馬乗りになって、そしてまーりゃん先輩はポケットから何かのスイッチを取り出すと、ためらいもせずにそのボタンを押した。
自爆装置でももっていたのか?
ははっ、一体この人は幾つ武器を持っているんだ。
思わず笑いがこみ上げてきた。
そしてまーりゃん先輩も岸田にしがみついてその身体を押さえ込む。
「離せ、この糞餓鬼ども!」
岸田が必死に抵抗しているが、近づいてみるとこいつもかなりの傷を負っているのがわかり、俺達をはがすまでの力が無いようだった。
そりゃそうだ。俺の最後の力をそう簡単に跳ね除けられてたまるものか。
(たかりゃん、もうすぐここにミサイルが飛んでくるから逃げて)
必死に岸田を押さえつける傍らで、先輩が息も絶え絶えに俺の耳元でそう呟いた。
「なんだとっ!」
同時にその言葉が聞こえてしまったらしい岸田は全身を激しく揺らし暴れ始める。
少し黙ってろよ、今おまえと話してる暇は無いんだ。

必死に身体が離れないようにしがみつき、まーりゃん先輩にへと言葉を返す。
(無理でしょう、俺の身体はこんなだし、俺が離れたらきっとこいつに逃げられる。俺もいっしょにこいつを止めます)
(そんなことしたらさーりゃんはどうなる。守ってくれるんじゃなかったの。あれは嘘だったのか?)
痛いことを言う……でも、俺はもう覚悟を決めたんだ。
(嘘じゃないですよ。俺に出来ることは何でもします。そしてこれが、俺に残された久寿川先輩のために出来る最後の仕事なんです。だから、許してください)

頭上で何かが光ったのが見えた。
殺すとか、殺されるとか。
そんなのはやっぱりくだらないことでしかないんだ。
でもそんなくだらないことをもう一回だけ。
許してくれ、先輩。
最後まで守れなかった俺達を許してくれ。
珊瑚ちゃんも高槻さんも約束守れなくて、本当にごめん。
そして、後は任せたから。
絶対に死なないで、俺達の分まで、きっときっと、笑っていてくれることを信じてるから。

(そんな言葉だけじゃ許さないぞ。あの世であったらたっぷりとお仕置きしてやるからな)
(ははは、お手わらやかに)

「ちくしょぉォォ!!! たかつきいいいいいイイイイィィィッ!!!」

・
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・

岸田の絶叫があたりに響き渡り、誘導装置により舞い降りたミサイルが爆音と共にあたりを焼き尽くす。
貴明と麻亜子は最後にゆっくりと手をつなぎ、そして笑った。
約束を果たすことは出来なかった。
でも最後の一瞬までささらを守ったことは確かだったから。
やり遂げた顔を浮かべ、二人は岸田と共に爆風の中へと消えていったのだった。

爆風に飛ばされながら、ささらの目に映ったのは、自分に向けられた二人の笑顔。
悲しみも全て忘れさせるように、ささらの意識は遠く深く闇へと落ちていた。




【2日目・23:30】
【場所:F−2右下】
久寿川ささら
 【所持品1:スイッチ(未だ詳細不明)、トンカチ、カッターナイフ、支給品一式】
 【所持品2:包丁、携帯用ガスコンロ、野菜などの食料や調味料、支給品一式】
 【状態:右肩負傷(応急処置及び治療済み)、疲労大 気絶】


朝霧麻亜子【死亡】
河野貴明【死亡】
岸田洋一【死亡】

【備考】
ささらの持ち物以外は全て爆発により大破
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