前回のゲームが行われた時と同じく、決戦の地と化した平瀬村工場の屋根裏部屋。 その場所で宮沢有紀寧は、予測し得なかった事態に目を見張り、驚きの声を洩らす。 「こんな……有り得ない……」 自分が手を下すまでも無く、岡崎朋也一人で鼠共を掃討出来た筈である。 それをより確実にする為に、敢えて朋也の事情を敵に教え、同情を誘う作戦だって実行した。 事実敵は朋也に対して、殺すつもりでは攻撃を仕掛けていない。 あくまで相手を殺さぬよう加減して戦っている女子高生と、死に物狂いで敵を殺しに掛かっている大柄の男。 そんな二人の戦いの勝敗なんて、決まりきってる筈なのに―― 「――――ハッ!」 「があっ!?」 日本刀の背で左肩を思い切り殴打され、朋也が苦痛に喘ぐ。 少女――七瀬留美は体格差を物ともせず、完全に朋也を圧倒していた。 日本刀と薙刀のリーチ差も相俟って、本来ならば朋也の懐に入るのは困難を極める。 しかし既に留美は六回、朋也の薙刀を払い除けて、至近距離で剣戟を叩き込んでいた。 「このっ――――負けるかっ!」 朋也が声を上げながら、身体を横回転させ、それに合わせるように薙刀を横薙ぎに振り回した。 全体重を乗せたそれは、並の相手に対してなら、十分に勝負を決め得る程の一撃。 「無駄よ!」 だがそれも留美には通じない。 留美は日本刀の刀身で迫る剣戟を受け止めると、その衝撃に身を任せて後退した。 埃を巻き上げながら床を踏み締め、六メートル程距離を取った所で身体を止める。 それから留美は凛とした顔付きで、朋也に視線を送った。 「結構粘るわね……でも、もう止めといた方が良いわ。あんたじゃあたしには、絶対勝てない」 すると息を乱した朋也が、焦りの表情を浮かべながら、苦々しげに口を開いた。 「何でだっ……! どうしてこんな一方的に……」 朋也は理解出来なかった。 確かに自分には右肩の古傷によるハンデもあるし、相手は相当剣の扱いに慣れている様子。 だがそれでもここまで手も足も出ないのは、流石に有り得ない。 男女の体力差もあるし、何より自分は相手を殺すつもりで躊躇無く戦っている。 にも拘らず繰り出す攻撃の悉くが、一切通用しないのだ。 そんな朋也の疑問を見透かした留美が、鋭い声で告げる。 「分かってないわね――そりゃまともにやったら、あたしだってもっと苦戦しちゃうと思う。 でもね、今のあんたには『迷い』がある。嫌々やらされてるだけの奴に負ける程、あたしは弱くないわ」 朋也と違って、留美には一切の迷いは無い。 やるべき事は分かり切っている。 邪魔する者は全員叩き伏せて、此処で有紀寧を倒す。 勿論戦力的に相当劣る現状では、ゆめみの改造が終わる事や柳川の救援に期待したい所ではある。 だが人任せの甘い希望に縋り続け、自分に出来る努力を放棄する気など毛頭無い。 自分達を庇って死んだ藤井冬弥のように、今自分がすべき事を全身全霊で遂行する。 一人一人が諦めずに自分達の出来る事をしてゆけば、きっと道は開ける筈だ。 男相手に挑んでいる今の自分の姿は、かつて目指した『乙女』とは程遠いものとなっているだろう。 だがそれでも構わない――此処で有紀寧を倒せず、冬弥のおかげで繋げた希望を断ち切られるよりはずっと良い。 仲間を守り有紀寧を倒す為なら『乙女』としての自分などかなぐり捨てて、戦士と化してみせよう。 「ぐっ……」 対する朋也は、徐々に戦意が萎えつつあった。 元々望まぬ戦いである上に、今この瞬間においての実力差は明らか。 これでは何度挑みかかっても、ただ一方的に痛め付けられるだけのように思えた。 しかしその時、後方より有紀寧が威圧するような声を投げ掛けてきた。 「――岡崎さん」 朋也の背中がピクリと反応するのを確認してから、有紀寧が続ける。 「分かってますよね? 此処で貴方が敗れれば、その瞬間に渚さんが死ぬという事を」 いつもの嘲笑うような調子では無い、明らかな苛立ちの色が混じった声。 それは紛れも無く最終警告であり、失敗すれば情けを掛けるつもりなど一切無いという事が分かった。 (そうだ――俺がここで負けたら……渚がっ……!) 確かにゲームに乗っていない者を殺すのに『迷い』はあるし、勝ち目があるようにも思えない。 それでも此処で自分が敗北すれば、確実に渚は殺されてしまう。 それだけは絶対に許容出来ない。 秋生に託されたのもあるし、何より自分には絶対渚が必要なのだから。 どんなにこの手を汚したって良いし、間違った事に全生命を注ぎ込んだって良い。 自分の全存在を懸けてでも、渚だけは―― 「う、あああああ――――ッ!!」 「えっ!?」 留美の顔が、この戦いにおいて初めて驚愕の色に染まった。 これまで終始迎え撃つ形で戦い、防戦一方だった朋也が突如攻めに転じてきのだ。 朋也は先程までとは違う、獣のような瞳を湛えて一直線に突撃してくる。 しかしすぐに留美は気を取り直し、これは逆に好機だと自分に言い聞かせて刀を構え直す。 肩口を狙って振り下ろされた朋也の一撃を掻い潜った後、素早く横に腰を捻る。 その勢いを活かして、横薙ぎに日本刀を思い切り振るう。 「っ――――ぐ、かはっ……」 一発。峰打ちによる剣戟が命中する。 「いい加減諦めなさいよっ!」 裂帛の気合と共に、次々と剣戟を繰り出す。 一瞬にして放たれた四発の旋風は、その全てが朋也の身体に直撃した。 微かに呻いて後ろに下がる朋也に対して、留美が彗星の如き勢いで踏み込む。 「これでぇぇ――――ラストォォォォッ!!」 工場全体に響き渡る程の咆哮を上げて、トドメの一撃を振り下ろす。 狙いは朋也の頭部だ。 この一撃で相手の意識を刈り取り、勝負に終止符を打ってみせる。 それはこれまで朋也が避け切れなかった剣戟をなお上回る、文字通り必殺の一撃。 「――――え!?」 「ぐっ……おお……」 だが鈍い音がして、刀は振り切られる前に動きが止まった。 朋也は左腕を盾にして、叩き込まれる一撃を受け止めていたのだ。 朋也からすれば、相手が殺す気で来ていない以上意識さえ飛ばさなければ良かった。 即ち――頭部に来る攻撃にのみ最大限の警戒を払っていれば、逆転の好機は訪れる。 朋也は千載一遇の機会を活かすべく、留美の右腕を掴み取った後、片手で薙刀を振りかぶる。 「オオオオぉぉぉ――――!!」 「しまっ――」 留美の胸目掛けて、猛り狂う白刃が一直線に迫る。 留美は必死に逃れようとするが、純粋な力比べではどうしようもない。 右腕を固定されたまま、上半身を傾かせる程度が限界だった。 「あぐうっ!」 留美の左肩に衝撃が跳ね、赤い色の霧が宙に舞った。 続いて激しい痛みが襲ってきたが、留美はそれよりも寧ろ、目前の光景に意識を集中させなければならかった。 朋也が間髪置かずに第二撃を振り上げていたからだ。 (やられる――――ッ!?) 留美の顔が戦慄に引き攣った。 回避はもう無理だ。今度こそあの刃は、自分の心臓を捉えるだろう。 反撃するしかない……だが、日本刀を握り締めた右腕は封じられている。 ならば―― 留美は激痛に苛まれている左腕を無理やり動かして、ポケットの中に手を突っ込んだ。 「このぉぉぉぉっ!」 「ぐっ、があああああああああああっ!?」 想像を絶する程の悲鳴が、周囲一帯に響き渡る。 留美はポケットの中に入れておいた――麻酔薬付きの青矢を、朋也の左目に突き刺したのだ。 吹き矢用の青矢は、細い針程度のサイズだったが、それでも眼球を貫くには十分過ぎる程だった。 「うあっ、ああ、ああああっ……!」 朋也が背を丸め、地面に膝を付き、顔を覆ってもがき苦しむ。 だがすぐに麻酔薬の効果が発揮され意識を失い、ぐったりと地面に倒れ伏せた。 留美は血に染まった左肩を抑えながら、ぎゅっと唇を噛み締めた。 「……ごめんね」 出来れば後々にまで障害が残るような倒し方はしたくなかったが、他に選択肢が無かった。 一撃で相手の動きを止めれる箇所以外を狙えば、麻酔の効果が出る前に殺されてしまっていただろう。 ……ともかく、今は他の事に気を取られている暇無い。 全ての集中力を――あの悪魔との対決に注ぎ込まねばならない。 留美の鋭い視線を一身に受けた有紀寧が、大きな溜息をついた。 「……やれやれ、長瀬さんといい岡崎さんといい、本当に使えませんね」 有紀寧はそう呟くと、すいと水平に電動釘打ち機を構えた。 それから静かな殺意を湛えた目で、留美を睨み付ける。 「どうやら私自身の手で、鼠退治をするしかないようですね」 ここに来てようやく有紀寧は、少々のリスクには目を瞑って戦う覚悟を決めていた。 自分自身で戦闘を行えば少なからず危険が生じるが、今回は優勝の為の必要経費だ。 この圧倒的有利な状況下で留美達を殲滅しておかねば、後々より厳しい状況に追い込まれるだろう。 ならば此処で確実に、不安要素を断ち切っておかねばならない。 有紀寧が初めて見せる、混じり気の無い純粋な殺意を一身に受けて、留美はごくりと息を飲み下した。 「これからが本番ね……」 そう、留美にとって先の一戦はあくまで前座に過ぎぬ。 朋也は所詮傀儡であり、その主である有紀寧を倒さねば決戦は終わらないのだ。 しかし、はっきり言って勝機は限りなく零に近い。 「七瀬さん、随分お辛そうですね。ではその身体でどれだけ逃げ回れるか、試してみましょうか」 「ぐっ……」 留美は憎悪に満ちた目で有紀寧を睨み返したが、状況は変わらない。 飛び道具を持っている有紀寧相手では、身体が満足な状態ですら勝ち目が薄かったというのに、今や自分は満身創痍だ。 絶対に負ける訳にはいかないが、きっと勝負になどならない。 一方的に追い立てられ、攻撃する機会も与えられず、すぐに全身を撃ち抜かれてしまうだろう。 最早自分一人では有紀寧の打倒も、時間稼ぎも絶望的だった。 留美は背後に目を移したが、まだ改造作業が終わっていないのだろう――姫百合珊瑚は苦々しい表情を形作っていた。 その事を確認した留美はもう、背筋が薄ら寒くなるのを止めることが出来なかった。 命を落とすのはある程度覚悟しているが、有紀寧を倒せずに終わる事が何よりも悔しく、恐ろしかった。 だがそこで足音が聞こえたかと思うと、留美の横に倉田佐祐理が並び掛けていた。 「佐祐理……?」 「……留美は自己犠牲が過ぎるよ。死ぬなら一緒に、ね?」 留美が訝しげな顔で尋ねると、佐祐理は儚げな笑みを浮かべて答えた。 その笑顔に秘められた強い決意を見て取り、留美は何も言えなかった。 最早戦闘能力の有無などで後方支援に徹していられる状況ではないのだ。 戦えば死ぬと分かっていても、一秒でも長く時間を稼いで、逆転の好機が訪れるのを待つしかない。 佐祐理と留美は武器を構えて、結果の見えている勝負に身を投じようとする。 二人の様子を眺め見た有紀寧が、馬鹿らしい、と言わんばかりに溜息を吐いた。 「お涙頂戴の友情劇を演じるのは結構ですが、鼠が二匹に増えた所で何も変わりませんよ?」 有紀寧は電動釘打ち機を構えたまま、あくまで涼しい顔をしている。 ――そんな時である。 ザッと床を踏みしめる音が、留美達の絶望を切り裂いたのは。 「――待たせたな」 屋根裏部屋の入り口に、あの男が立っていた。 氷川村で別れて以来連絡が取れず、そしてリサ=ヴィクセンとの決戦を行っていたという――柳川祐也が。 柳川の姿を目にするや否や、佐祐理は希望に満ち溢れた顔で叫んだ。 「柳川さん!」 続いて半ば涙目で、掠れた声を絞り出す。 「無事……だったんですね…………」 勿論待ち望んでいた救援が現れたというのもあるが、それ以上に柳川が生きていてくれた事が嬉しかった。 不安だった――あの最強の雌狐に、柳川が殺されてしまうのではないかと。 会いたかった――ずっと自分を支え続けてくれた柳川と。 「倉田……良く頑張ったな……」 佐祐理の無事を確認して、柳川もまた安堵の表情を浮かべる。 だが柳川はすぐに強烈な眩暈を感じ、身体がぐらりと揺らいだ。 「柳川さんっ!?」 投げ掛けられた佐祐理の声を聞いた柳川は、飛びかけた意識をどうにか押し留めて、体勢を立て直す。 リサとの死闘を経た柳川は、この場の誰よりも消耗し切っていたのだ。 「く……心配は無用だ。後は俺に――任せておけ……」 口ではそう言ってみせたものの、柳川に一切の余力が残されていないのは明白だった。 その事を確認すると、有紀寧は凄惨に口元を吊り上げた。 ◆ (――――計画通り!) 有紀寧は腹を抱えて大笑いしたい衝動を抑えるのに必死だった。 自力で立ち続ける事すら困難に見える柳川は、最早脅威でも何でもない。 そして柳川が此処に来たという事は、つまり―― 既に確信を持っていた有紀寧は、皮肉気に柳川へと笑いかけた。 「大体想像は付きますが、一応聞いておきます。柳川さん――リサさんはどうなりましたか?」 「……奴は死んだ。俺がこの手で、殺した」 柳川が静かに、そして微かに憂いの混じった声で答える。 すると有紀寧は笑みを一層深め、とても愉しげに口を開いた。 「フフフ、そうですか。あの方は長瀬さんや岡崎さんとは違って、非常に役立ってくれました。 少し心の傷を突いただけで馬鹿みたいにあっさりと騙されて、私の思い通りに動いてくれましたよ」 「貴様は……そうやってこれまで、どれだけ多くの人間を苦しめてきたっ……!」 柳川が眉を鋭く吊り上げ、双眸に紅蓮の炎を宿らせる。 その目より放たれる怒気を受ければ、並みの胆力しか持たぬ人間ならば例外無く腰を抜かしてしまうだろう。 しかし有紀寧は向けられた殺意を一笑に付し、とんでもない事を言ってのけた。 「――貴方は今まで食べたパンの枚数を覚えているのですか?」 それは絶対の余裕があるからこそ可能な、度の過ぎた挑発。 死に体の柳川が激昂して飛び掛ってきたとしても、確実に撃退する自信が有紀寧にはあった。 だが柳川は寧ろ怒りの矛を納め、とても静かに――鬼の力を解放しながら、言った。 「もう良い――貴様は死ね」 「――――ッ!?」 部屋の温度が数度下がった程にも思える圧迫感。 有紀寧の舞い上がっていた意識が一瞬にして凍り付いた。 掛けられた声はとても静かなものだったのに、有紀寧の本能が全力で警鐘を鳴らしていた。 全身の表面には鳥肌が立ち、喉は呼吸を忘れてしまったかのように動かない。 細胞の一つ一つまでもが、今すぐ逃げなければ殺されてしまうと叫んでいる。 「う…………ああ…………」 それは長瀬祐介やリサとは違う、本物の怪物に対してのみに抱いてしまう、本能的な恐怖心。 全世界の生態系から逸脱した異常な存在を前にして、有紀寧の身体が竦み上がる。 そこで柳川が日本刀を握り締めて、一歩足を踏み出した。 その瞬間有紀寧の理性は完全に崩壊し、身体が勝手に電動釘打ち機の引き金を引いていた。 「アアアアッ!!」 作戦など無い――迫り来る絶対の恐怖を少しでも遠ざけようと、釘を放つ。 だが柳川は先程までの疲弊し切った姿が嘘かのように、刹那のサイドステップでそれを躱した。 人間では決して有り得ない速度、常識外れの反射神経。 その余りにも馬鹿げた動きは、有紀寧の心に植え付けられた『異能への恐怖心』を、際限無く増大させてゆく。 「来るな……」 今度は左右に大きく釘を撒き散らすべく、電動釘打ち機を乱暴に振り回した。 横への移動では決して避け切れぬ、広範囲に及ぶ一斉射撃。 しかし柳川は一瞬の判断で身を屈めてその攻撃を凌ぐと、素早く前方に駆けた。 「来るな……来るな……」 有紀寧がすぐに次の釘を放った為に、柳川の前進は一瞬で止まる。 だがその一瞬の間だけで、両者の距離は驚く程縮まっていた。 残る距離は、約5メートル。 有紀寧の絶対に死守すべき生命線は、たったそれだけしか残されていなかった。 「どうして、当たらないっ……!」 間断無く電動釘打ち機の引き金を絞ってゆくが、放たれた釘はどれもが虚しく空を切るばかり。 ある時は上体を逸らし、ある時は横に跳び、またある時は身体を斜めに傾ける。 そんな予測不可能の動きを見せる柳川に対しては、照準を定める事すら困難を極めた。 そうしている間にも徐々に間合いが縮まってゆき、逃れようの無い恐怖が迫ってくる。 人間とは決定的に違う正真正銘の怪物が、じりじりと近付いてくる。 自分の目では、飛んでいく釘の姿は殆ど捉えられない。 にも拘らず、何故この怪物はこちらの攻撃が全て読めているかのように、最小限の動作で身を躱せるのだ――! 「来るな、来るな、来るなぁぁぁぁっ!!」 肉食獣を上回る獰猛さを秘めた眼光、口から血を垂れ流しながらも前進を止めない頑強な意思。 今の有紀寧にとっては、柳川の全てが恐ろしかった。 ただ恐怖心から気を紛らわせる為だけに、がむしゃらに釘を乱射する。 その数実に7本――これ迄に放った中でも最大の一斉射撃。 だが次の瞬間大きな音が有紀寧の耳に届き、柳川が天高く舞っていた。 人間の限界を超越した跳躍力による飛翔は、易々と二メートル近い高さにまで達した。 当然それ程の高度に向けての攻撃は行われていなかったので、全ての釘は柳川の下を通過するに留まった。 ドスン!と大きな音を立てて、柳川が有紀寧の眼前に降り立つ。 そして降り立った時にはもう、日本刀を大きく振り上げていた。 「あ………」 有紀寧はトリガーを引く事すら出来ない。 最早手を伸ばせば届く距離であり、何をやっても、それより先に殺されてしまうだろう。 死にたくなど無いが、どう考えても怪物の振るう豪刃の方が早い。 一秒後には確実に、自分の身体が両断されているに違いなかった。 これ以上の恐怖を感じる暇すらない。 回避も反撃も不可能な圧倒的暴力により、自分は破壊し尽くされるのだ。 だから有紀寧は思考を放棄して、ただゆっくりと目を瞑った。 しかし一秒が経過しても、二秒が経過しても、変化は無い。 いつまでも訪れぬ死に有紀寧が目を開けると、予想外の事態が起こっていた。 柳川の――あの怪物の動きが、ピタリと止まっていた。 「く……そ……」 忌々しげにそう洩らした後、柳川はゆっくりと地面に崩れ落ちていった。 この場誰もが、助かった有紀寧自身も、何が起こったのか理解出来ない。 こちらの攻撃は一発も当たっていない筈なのに何故―― 有紀寧は頭の中に充満した恐怖という名の霧を吹き飛ばし、恐るべき速度で思考を巡らしてゆく。 そしてすぐに、答えは出た。 とどのつまりこの怪物は、リサとの戦いで力の殆どを使い果たしていたのだ。 先程見せた異常な動きは桁外れの気力によるものだろうが、それも遂に底を尽きた。 やはりリサと柳川を潰し合わせるという自分の作戦は、これ以上無いくらいの名案だった。 「柳川さん……柳川さああああああんっ!」 悲痛な叫び声を上げる佐祐理に顔を向けて、有紀寧は勝ち誇った笑みを浮かべた。 「流石に今回ばかりはもう駄目かと思いましたが――どうやら私の勝ちのようですね?」 【時間:2日目23:45】 【場所:G−2平瀬村工場屋根裏部屋】 柳川祐也 【所持品:イングラムM10(24/30)、イングラムの予備マガジン30発×6、日本刀、支給品一式(食料と水残り2/3)×1】 【状態@:極度の疲労と数々のダメージの影響で気絶中。左上腕部亀裂骨折、肋骨三本骨折、一本亀裂骨折】 【状態A:内臓にダメージ大、肩から胸にかけて浅い切り傷(治療済み)、極度の疲労】 【目的:有紀寧と主催者の打倒。最優先目標は佐祐理を守る事】 倉田佐祐理 【所持品1:支給品一式×3(内一つの食料と水残り2/3)、救急箱、吹き矢セット(青×3:麻酔薬、赤×3:効能不明、黄×3:効能不明)】 【所持品2:二連式デリンジャー(残弾0発)、暗殺用十徳ナイフ、投げナイフ(残り2本)、レジャーシート】 【状態:呆然、中度の疲労、右腕打撲、左肩重傷(止血処置済み)】 【目的:珊瑚と柳川の防衛、有紀寧の打倒】 七瀬留美 【所持品1:S&W M1076 残弾数(7/7)予備マガジン(7発入り×3)、消防斧、日本刀、あかりのヘアバンド、青い矢(麻酔薬)】 【所持品2:何かの充電機、ノートパソコン、支給品一式(2人分、そのうち一つの食料と水残り2/3)】 【状態:呆然、疲労大、腹部打撲、左肩重傷、右拳軽傷、ゲームに乗る気、人を殺す気は皆無】 【目的:珊瑚の防衛と有紀寧の打倒】 姫百合珊瑚 【持ち物@:デイパック、コルト・ディテクティブスペシャル(2/6)、ノートパソコン】 【持ち物A:コミパのメモとハッキング用CD】 【状態:軽度の疲労、ゆめみの改造中】 【目的:まずはゆめみの改造を終わらせる】 ほしのゆめみ 【所持品:無し(持てる状態で無くなった為に廃棄)】 【状態:電源オフ、胴体に被弾、右肩に数本の罅、左腕右腕共に動く】 【目的:不明】 宮沢有紀寧 【所持品@:トカレフ(TT30)銃弾数(6/8)・参加者の写真つきデータファイル(内容は名前と顔写真のみ)、スイッチ(0/6)】 【所持品A:ノートパソコン、ゴルフクラブ、コルトバイソン(1/6)、包丁、電動釘打ち機(27/50)、ベネリM3(0/7)、支給品一式】 【状態:精神肉体共に軽度の疲労、前腕軽傷(治療済み)、腹にダメージ、歯を数本欠損、左上腕部骨折(応急処置済み)】 【目的:敵の殲滅。自分の安全を最優先】 岡崎朋也 【所持品:・三角帽子、薙刀、殺虫剤、風子の支給品一式】 【状態@:麻酔薬の効果で気絶中。極度の疲労、マーダー、特に有紀寧とリサへの激しい憎悪。全身に痛み(治療済み)、腹部打撲】 【状態A:背中と脇腹と左肩に重度の打撲、左眼球欠損、首輪爆破まであと22:55(本人は46:55後だと思っている)】 【目的:有紀寧に大人しく従い続けるかは不明、最優先目標は渚を守る事】 - BACK