忌まわしき来訪者




天に雷雲が立ち籠め、雨と共に、木々に叩きつける怒槌が響き渡っている。
本来人々に光を与える筈の月も、今は雲に覆われてしまっていた。
高槻達はそんな劣悪に過ぎる環境での行動は避け、鎌石局傍の一件屋で休息を取っていた。
高槻と小牧郁乃は同じ部屋で、湯浅皐月は別の部屋にて、睡眠中である。
とは言え何時敵が現れても可笑しくないこの島で、全員が一斉に眠るなど出来る筈も無い。
故に交代で見張りを行ってゆく事となり、その一番手は高槻が引き受けていた。

灯りという灯りを全て消し、暗闇に包まれた寝室の中で高槻は独り物思いに耽る。
思うにこの島に来てからの自分は、『らしくない』事ばかりしてきた気がする。
その切っ掛けは郁乃や立田七海との出会いだ。
あの時何故自分はわざわざ危険を冒してまで、郁乃と七海を助けたのだろうか。
逃げるだけなら一人で十分だった筈。
どうして自分があのような事をしたのか、未だに分からない。
そして、分からないのはそれだけでは無い。
数度に渡り激戦を繰り広げた、岸田洋一。
己の欲望のままに動き、女は犯し、男は殺す――それがあの男の行動原理。
そう、かつての自分と然程差異の無い、行動原理。
ならば自分は岸田の事を少なからず理解出来、同属嫌悪以上の憎しみなど抱かない筈。
だというのに自分は岸田に対して、猛り狂う業火の如き怒りを感じている。
何故このような気持ちを抱くのか、本当に分からない。
ただ――首を横に回せば目に入る、郁乃の安らかな寝顔。
この少女を守りたいと思う気持ちは、嘘じゃないと思うから。
沢渡真琴が死んだ時に流した涙は、偽りなどでは無いから。
胸の奥底から沸き上がる憤怒の炎は、間違いなく本物だから。
もう二度と迷う事無く、最後まで自分『らしくない』生き方を貫いてみせよう。

というか――
「あ〜、ウダウダ考えるのなんざ面倒くせえ! 理由なんざどうでも良いから、俺様は岸田の糞野郎も主催者もぶっ倒してハーレムを作るんだ!」
高槻はそう叫ぶと、独特の癖毛をわしゃわしゃと掻き回した。
その叫び声に反応した郁乃が、ごしごしと目を擦りながら身体を起こす。
「ふぁぁ……。もうアンタ、一人で何騒いでんのよ……」
「おっと、わりい。起こしちまったか」
「ったく、もう……」
安眠を妨げられた郁乃が、不満げに頬を膨らます。
しかしすぐに郁乃は表情を元に戻し、少し躊躇いがちに訊ねた。
「……ねえ、身体は大丈夫?」
「ん? ああ、少しマシになったぞ。俺様はそこらのモヤシ共とは違うからな、このくらいなんて事ねえよ」
高槻はそう言うと、多少大げさな動作で胸をドンと叩いてみせた。
決して虚勢を張ったりしている訳では無い。
銃で撃ち抜かれた傷は一日や二日で到底癒えるものでは無いが、体力的な面では既に十分回復していたのだ。
しかし昼間の疲弊しきった高槻を見ている郁乃は、まだ不安が拭い切れていない表情をしていた。
それを見て取った高槻が、付け加えるように、言った。
「マジで平気だって。さっきだって、あんな事を出来たじゃねえか」
「……あんな事って?」
郁乃が聞き返してくるのを確認し、高槻はにやりと唇の両端を持ち上げる。
それから右手をばっと郁乃の胸の近くまで伸ばして、揉む様な動作をしてみせた。
「コ・レ・だよ」
「……?」
僅かばかりの間、沈黙が場に落ちる。
やがて高槻の言わんとする事に気付いた郁乃の顔が、見る見るうちに紅潮していった。
「ちょっ、ちょちょちょちょちょっ、ちょっと、何言ってんのよ……!」
慌てふためく郁乃の様子を見ながら、高槻は底意地の悪い笑みを浮かべていた。
「だからな、もう心配すんなよ。じゃねえと、大丈夫だってトコを見せる為にもう一回ヤっちまうぞ?」
「も、もうっ……馬鹿ぁ……」
心底より楽しんでるといった表情の高槻に対し、郁乃が半ば涙目で非難の視線を送る。
そして再び高槻が何か言おうと口を開いたその時、ソレは訪れた。

「――――っ!」
高槻と郁乃が同時に、弾かれたように同じ方向へと振り返る。
まるで包み隠そうともしない大きな足音と――刺々しい殺気を伴って、何かが玄関の前まで来ていた。

◆

高槻達が寝泊りしている大きな一軒家の前で、一つの影が屹立している。
猛獣と同等にも感じられる程の殺気を撒き散らしながら、虎視眈々と敵の様子を窺っている。
その影――醍醐は右手に握り締めた円状の物体、即ちレーダーの画面を確認した。
「113番湯浅皐月――間違いないな。ここにあの宝石がある筈だ」
醍醐はそう言ってから画面上のもう一つの光点へ視線を移し、興奮に筋肉を震わせた。
「62番高槻――FARGOの狗か。フフ……、ただの一般人相手よりは楽しめそうだな」




【時間:二日目・23:30】
【場所:C-4一軒家】
湯浅皐月
 【所持品1:H&K PSG-1(残り0発。6倍スコープ付き)、自分と花梨の支給品一式】
 【所持品2:宝石(光4個)、海岸で拾ったピンクの貝殻(綺麗)、手帳、ピッキング用の針金、セイカクハンテンダケ(×1個)】
 【状態:睡眠中かは不明。首に打撲、左肩、左足、右わき腹負傷、右腕にかすり傷(全て応急処置済み)】
高槻
 【所持品:コルトガバメント(装弾数:6/7)、分厚い小説、コルトガバメントの予備弾(6)、スコップ、ほか食料以外の支給品一式】
 【状態:警戒、全身に軽い痛み、左肩貫通銃創(簡単な手当て済みだが左腕を動かすとかなりの痛みを伴う)】
 【目的:最終目標は岸田と主催者を直々にブッ潰すこと】
小牧郁乃
 【所持品:写真集×2、車椅子、支給品一式】
 【状態:警戒】
ぴろ
 【状態:就寝中】
ポテト
 【状態:就寝中】

醍醐
【所持品:高性能首輪探知機(番号まで表示される)、他不明】
【状態:健康、興奮】
【目的:極力参加者を殺害せずに、青い宝石を奪還する】

【備考:要塞開錠用IDカード、武器庫用鍵、要塞見取り図、支給品×3(食料は一人分)は家に置いてあります。高槻達の翌日の行動は未定】
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