解体作業




まーりゃん先輩……
もう戻ることは出来ないんですね……
貴女が闇に手を染めるなら……
俺は……その闇を……





貴明さん……
貴明さん……
貴明さん……
あんなに怪我を負っているのに……
あんなに早く動いている……
追いつけない……
見失う……
まーりゃん先輩を……
……殺してしまうの?
貴明さん……
「貴明さん!」
待って……
待って!





っ……! 糞……あの餓鬼に撃たれた傷が疼きやがる……
……銃声が鳴ったのは確かこっちのほうだったな。
高槻……存分に楽しもうじゃないか。
こんな楽しみはないぞ?
食うか食われるか。
殺すための武器まで頂いてるんだ。
くくくくくくくく……
ああ……楽しいなぁ? おい……
「貴明さん!」
あ?
あれは……
「くくっ……」
そうかそうか……
高槻の女じゃないか……
ええ?
しかも誰の名前を呼んだ?
高槻はどうした?
残念だったなぁ……高槻ぃ……
あの女を犯して……ははっ……肉人形にしてやるか……
高槻の前でもう一度犯してやったらどんな顔をするかねぇ?
最高だ……最高だよ……!
なんて楽しいんだ……!
「くくっ」
さっさと前の餓鬼を葬って高槻を狩りに行くか……
待っていろよ……高槻……!





「ひっ……た……助けてください……」
そういって俺はこの坊ちゃんの前に飛び出す。
餓鬼に撃たれた腹を抱え、銃声のした方角から。
脂汗を浮かべ、助けを請うるような眼で。
デザートイーグルをすぐ出せる位置に仕舞い込み、特殊警棒を持ちながら。
「……どうしたんですか?」
無警戒にも両手を下ろして俺を迎える。
こういう甘ちゃんがよくこんなとこまで生き残れたなあ……
高槻におんぶに抱っこか?
ははっ……残念だったな。
お前はここまでだ。
さて……高槻の女が来る前にとっとと片付けないと……
「あっちのほうで……いきなり撃たれて……ごほっ!」
そういって俺は左手の警棒で銃声のした方を指差し、右手で見えないようにデザートイーグルを抜き放ち……





ドガンッ!




「っがぁっ!!」
耳を劈く銃声が響き、放たれた銃弾は肉を弾けさせる。
60口径の巨大な銃弾は抉る、どころではなかった。
右腕の付け根を撃たれた岸田の腕は、最早ぶら下がっているだけと言うべき様相を呈していた。
その衝撃の圧迫は心の臓に届き、その動きを一瞬止めさせ、岸田に束の間の死を与えた。
撃たれた本人は吹っ飛び、背後の木にぶち当たる。
そして瞬間、岸田は息を吹き返す。
「ごぉ……おお……貴様……」
「……防弾チョッキは着ていないのか」
闇に紛れて岸田からは見えなかった貴明の眼は、酷く冷たい輝きを帯びていた。
貴明の右腕からはフェイファーツェリスカがぶら下がり、硝煙を銃口から立ち昇らせていた。
……イルファの残したフェイファーツェリスカが。
「貴様ああああアアアアアアアアアアアアアア!」
岸田が吼える。
その獣の様な咆哮は、しかし貴明には何の変化も齎さなかった。
「2秒やる」
「ふざけるなああアアアアアアアアアアアアア! 殺す! 殺してやるううううううああああああああああああ!」
「岸田洋一。お前の名前は?」
「ああああああああああ!? ふざけるなあああああああああああああ!」
「に、いち、ぜろ」
貴明はステアーAUGを取り出し、セミオートにして一発撃つ。
岸田の未だ無事な方の肩に。
「っがああああアアアアアアアアアアアアアアあ!?」
パン、と先ほどの音に比べて酷く小さな音がした。
しかしそれでも人の身体に突き刺さるには十分な威力を持っている。
それは岸田の左肩を抜けて組織を持っていき、地面に刺さる。
「岸田洋一。お前の名前は?」
「貴様アアアアアアアアアアアアアアああああああ!」
「に、いち」
「っく……待て! 岸田洋一だ!」
貴明は興味もなさそうに聞いている。
「岸田洋一。お前はこの島に着てから何人殺した?」
「はぁ……はぁ……は……忘れたね。そんなこと」
「そうか」
貴明は岸田に近付いていく。
そして銃を左手に持ち替え、右手で岸田の顔に触れる。
「はぁ……はぁ……おい餓鬼……まさか……!」
手を滑らせて、岸田の瞼をそっと摘み、思いっきり捻り上げた。
ぶちぶちぶちっ!
「……っく……」
瞼を千切り取る。
それでもそれ自体は銃痕に比べれば然したる痛みもなかったので、呻く事もしなかった。
しかし……
「おい餓鬼……やめろ!」
暴れようと腕に力を込めるだけで激痛が脳に響く。
千切れ落ちそうな右腕の痕からはどくどくと溢れる血。
それでも腕は動かない。
それでも貴明は止まらない。
貴明の指が岸田の眼窩に触れる。
触れて、隙間を探り、廻し、抉り、突っ込み、掻き出す。
千切られた瞼を閉じることも叶わず、自分の眼球が摘出される様を摘出される眼球で見続けた。
「ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
喉の奥から絶叫が迸る。
眼球の後ろからでる視神経が伸びきったまま引きずられる。
「ヴぁああっ! ああああっ! ごろず! 殺すうううあああああああああああ!」
黙って視神経を引きちぎり、その眼球を未だ叫び続ける岸田の口に放り込む。
「がっ! ああっ! 貴様! げほっげふぉっ! 殺す! ごほっ! 殺してやるからなあああああああああああ!」
「……うるさいな」
地獄の底から響くような声が貴明の口から上る。
「殺してみろよ……皆を殺したみたいに……お前は殺すと言って殺していたのか……? お前が殺すと言えば相手は死んでくれるのか? 俺は死ぬのか? なら早く殺してみろよ……俺にこんなことされる必要なんてないだろ? どうした……殺してみろよ……」
「がああああアアアアアアアアアアアアアアあああああああ! 調子に乗るなあアアアアアアアアアアアアアアああああああ!」
「……岸田洋一。お前はこの島に着てから何人殺した?」
「あああああああああっ……くそっ……4~5人だ! 一々覚えてられるか!」
「そうか……」
貴明は岸田の千切れ掛けた右腕に手を伸ばし……





「きゃああああああああああああああ!」
え?
これは?
何なの?
貴明さん?
何をしてるの?
誰?
それは誰なの?
貴明さん!
「きゃあああああああああああああああああああああああああ!」
気付かない内に口から絶叫が迸る。
なにがなんだか分からない。
貴明さんを止めないと。
「貴明さん!」
気付いた時には貴明さんに後ろから抱き付いていた。
多分、私は羽交い絞めにしているつもりだったんだと思う。
「やめて……! 貴明さん……」
何で止めたのかも分からない。
足元の血溜りの中で変わり果てた姿で横たわっているのは岸田洋一。
貴明さんがが悪いことをしてるわけじゃない……はず。
でも、私は止めようとしている。
何で?
貴明さんに手を汚してほしくないから?
偽善にも程がある。
ここで岸田洋一を野放しにするほうが危険なのは明白なのに。
それでも。
貴明さんが狂気に染まっていくのを見たくない。
そう。
そうなんだ。
私は貴明さんに正気でいてほしいんだ。
だから止めるんだ。
「貴明さん……」
貴方は、今、正気ですか?
「先輩……」
貴明さん……
大丈夫なの?
「ぁん……」
胸を押された。
でも……ああ……貴明さん……笑ってる……
大丈夫なのね……?
もう……大丈夫なのね……?
「ごめん。邪魔しないで」
え……?
た……かあき……さん……?
どうして……?
「かぁき……ん……」
どうして……?
どうして私は離れてるの?
貴明さんが……
貴明さんが……!
「……先輩」
貴明さん……?
ああ……戻ってくれた……?
そうなのね……?
「……金槌と包丁、貸してくれないかな」
「ぇ……」
「いい?」
「ぁ……はぃ……」
「ありがとう」
何で?
何で私は応えてるの?
何で貴明さんを止めなきゃいけないのに金槌を探しているの?
何で貴明さんは……微笑んでるの!?
「貴明さん……」
「ありがとう。先輩」
「ぁ……」
何でそんな、笑って応えるの?
そんなちょっとそこにある鉛筆とってくれって言ったみたいに……
何で私は……止めないの……?
「先輩。危ないから、離れてて。でも、俺の見えないところには行かないでほしいな」
「……」
「先輩?」
「ぅん……」
「ありがとう」
何で……貴明さん……
貴明さん……





先輩、追いかけてきちゃったんだな。
しょうがない。
じゃあ先輩も守らないと。
さて。
続けるか。
「っく……」
?
今のこいつか?
「くっくっく……」
何で笑ってるんだ?
黙って目線を戻すと、空いた眼窩と残った眼球、それに無傷の口で岸田は冷笑を浮かべている。
「ははは……少年……愛しい愛しい恋人が追いかけてきたじゃないか。どうするね? このまま恋人の目の前で解体ショーを続けるか?」
?
こいつは何を言っているんだ?
「ほぅら……次は耳か鼻か口か? それとも腹か? いっそ頭か! 高槻から乗り換えたってのに恋人も可愛そうになぁ……愛しの想い人の趣味が凄惨な殺人ショーだなんて。ええおい? 少年。今までのお前の勇姿を聞かせてやったらどうだ。恋人が惚れ直してくれるかもしれないぞ?」
恋人?
珊瑚ちゃんもついてきたのか?
「なんなら俺から話してやろうか? 凄かったぞ少年は。無抵抗の俺にいきなり銃をぶっ放しその後馬乗りになって……」
ああ……
久寿川先輩を恋人と勘違いしてるだけか……
……取るに足りない、か。
「岸田洋一。増えるのと減るのと変わらないの。どれがいい?」
「またも銃を……は?」
「に、いち」
「ま……待て!」
「ぜろ」
「待て! 少年!」
全部、だな。
岸田の壊れた右腕に手を伸ばす。
「待て! 変わらないだ! 少年!」
遅い。
2秒と言った。
久寿川先輩から借りた肉厚の包丁……切れ味はどうなんだろうな。
岸田の右手をこいつの頭の横に持ってくる。
馬乗りの状態から前傾姿勢になれば丁度真下に頭と右手が来る。
包丁を岸田の指に当てて……体重を……
掛ける。
どっ
「がああああああああああアアアアアアアアアアアアああああああ!」
下が俎板じゃないと高い音ってしないものだな。
岸田の指が裂けている。
縦に。
激痛が走るのか叫んではいるが、腕にもう力が入らないのか手はぴくぴく動いているだけだった。
「貴様! きさま! キサマァァァアアァアアアアア!」
……次。
どっ
「ぐおおおおおおおおおおオオオオオオオオオオおおおお!」
次。
どっ
次。
どっ
次。
どっ
「ヴァああっ! がああっ! ああああああああああアアアアアアアアアアアア!」
10本。
次。
岸田の右手を掴んで持ち上げる。
10本に増えた指の間から血を流し続け、指は力なく垂れている。
指を……立てて……付け根に当てて……
削ぐ。
ぞりっ
「ぎゃああああアアアアアアアアアアアア!」
……肉を削ぐのって結構難しい。
包丁がおかしな方向に行って岸田の頬に少し刺さってしまった。
まぁいいか。
もう一度。
「っぐああああああああああああああ!」
今度はさっきよりは上手く行った。
岸田の10本に増えた親指の片方は削げ落とされている。
逆からも。
「ををおおオオオオオオオオオオ!」
何度か続ける。
これで2本だった親指は骨と落としきれなかった肉だけになった。
「うぐああああアアアアアアアアアアアア! ヴァああっ! あああああああああああああああああ!」
他の指も。
それなりに適当に。
それなりに丁寧に。
残った肉もあるが、殆ど骨だけになってもいるが、ちゃんと指は5本に戻っている。
「おおおおおおおお! 糞餓鬼がアアアアアアアアアアアア! 調子に乗るなああああアアアアアアアアアアアア!」
次。
先輩から借りた包丁を置く。
血塗れになっちゃったな。
後で先輩に謝らないと。
先輩から借りた金槌を拾う。
血塗れになっちゃうのかな。
後で先輩に謝らないと。
岸田の手を近くの木に添える。
指先を広げさせて、丁寧に添える。
左手で岸田の手の甲を押さえる。
右手で先輩の金槌を振り上げる。
まず小指の先端に狙いを定めて……
打ち下ろす。
ごりっ
「がアアアアアアアアアアアアああああアアアアアアアアアアアア!」
骨は……皹が入っているだけで砕けてない。
丈夫なものだな。
次はさっきより力を込めて。
振り下ろす。
ゴッ……
「ぐオオオオオオオオオオおおオオオオオオオオオオおお!」
関節から先が飛んだ。
砕くのもなかなか難しい。
次。
第二関節。
ごりっ
ごりっ
ばきっ
「づあアアアアアアアアアアアア!」
上手く行った。
次。
付け根。
ゴッ……
しまった。
また飛ばしてしまった。
まぁいいや。
4本。
次。
ガッ……
ガッ……
ばきっ
次。
次……
次……



……ゴッ
ゴッ
ばきっ
これで0本。
「があああアアアアああああアアアアアアアアアアアアあっ! 貴様! きさまあっ! 殺す! 絶対に殺してやるアアアアああああアアアアアアアアアアアア!」
さて……次は……
「いいや殺すだけじゃ飽き足らん! 貴様の首を切り取ってその前で貴様の恋人を犯し尽くしてから殺してやる! 殺す! 殺す! 殺してやるぅぅぅぅああああアアアア!」
……今……何て言った……?
珊瑚ちゃんを……犯す?
珊瑚ちゃんを……殺す?
珊瑚ちゃんを……?
珊瑚ちゃんを……!?
「今……何て言った……」
岸田が俺の下で笑う。
「お前の恋人を犯してやるといったんだ。股座を濡らして自分から我慢出来ずに強請る様になるまで丹念に丹念に準備してからな。その穴に思いっきり突っ込んでやるんだよ。くくっ……少年。お前の恋人はいい体しているじゃないか。さぞいい肉奴隷になるだろうよ」
こいつ……は……
殺す……
「ええ? いい声で鳴いてくれそうじゃないか……飽きるまで犯しつくして……その後は……」
金槌を振り上げて……
全力込めて……
振り下ろす!
「貴様の生くはぉうっ!?」
ぐにゃっ、という感触があった。
柔らかいものが潰れる様な。
金槌振り下ろした先、岸田の股間からは何か液が出てきている。
精か、尿か、それとも血か。
何でもいい。
関係ない。
「珊瑚ちゃんを犯す……?」
ぐちゃっ
「珊瑚ちゃんを殺す……?」
ぐちゃっ
「させない……」
ぐちゃっ
「絶対……」
ぐちゃっ
立ち上がる。
踏み潰す。
何度も何度も踏み潰す。
もう感触が変わらなくなるまで何度も何度も踏み潰す。
こいつは許せない。
絶対に許せない。
この島であろうと、なかろうと。
悪であるかどうかなんて。
そんなことは関係ない。
俺にとっては敵だ。
殺す。
殺す。
殺し尽くす。



「はぁっ……はっ……はぁっ……」
気がつくと、岸田の股間は血まみれで岸田は口から妙な液体を出して止まっていた。
しまった。
生きているんだろうか。
まだ聞かなきゃいけない事が沢山あったのに。
「心臓は……」
……動いてる。
信じられないくらい丈夫な奴だ。
まぁこれは都合がいい。
それにこうなったらもう珊瑚ちゃんを……女の人を犯すなんて出来ないだろう。
「岸田洋一。起きろ」
……起きるはずもないか。
どうすれば起きるだろうか。
痛みを与えれば起きるだろうか。
右手を掴んで。
先端を地面に擦り付ける。
「っぐぎゃあアアアアアアアアアアアアあっアアアアっ!」
起きた。
これは存外有効だな。
「ごほっ、ごほっ……がはぁっ……づぁっ……」
現状認識が追いついていないのだろうか。
岸田は彼方此方に隻眼となった顔を振り回している。
やがて俺の顔に焦点が合った。
「貴様……貴様ああアアアアアアアアアアアアああああアアアアアアアアアアアアっ!」
説明する前に思い出したようだ。
都合がいい。
「くそっ! クソッ! 糞っ! 少年! づぅあっ……貴様、何てことしてくれやがったんだ! ええ!?」
さっさと聞くことを聞いてしまおう。
いつ死なないとも限らない。
「さぞかし気分がいいだろうな!? 無抵抗の人間を一方的に痛めつけられて! がはっ……少年! 貴様の恋人もそこで震えてるぞ! はははははっぐ……ふ……はははははは!」
「これでもう……」
「あ……?」
「貴様は珊瑚ちゃんを犯せない」
「なっ……!」
愕然とする岸田。
何故だ?
何か俺おかしな事言ったか?
「それだけのために……づっ……俺のちんぽを……潰しやがったのか……?」
「他に何がある?」
「狂ってやがる……」
岸田の表情が傍目から見て分かるくらいに青褪める。
何でだ……?
まさかこいつ今まで生きて帰れるとでも思っていたのか?
まさかそんなはずないよな。
ああそっか。
唯血を流しすぎただけか。
早く聞かないと。

「岸田洋一。先程の銃声はお前か?」
「……あ?」
「に、いち」
「あれは……俺じゃねえよ……」
違うのか。
何処まで信用できるかはわからないけど、まーりゃん先輩のものだったっていう可能性もやっぱりあるのか。
元々こいつに聞いて否定できる可能性でもないけど。
「そうか」
ステアーをズタズタの右手に一発。
「づぅっ……」
あまり反応がない。
もう痛覚も死んでいるのだろうか。
右の脛に照準を変更してもう一発。
「がぁっ……」
反応が薄い。
「少年……嘘じゃねえよ……だから撃つな……」
どうなんだろう。
さっきとの態度の違いが気に掛かるけど。
取り敢えずもう一発。
「ぐぅっ……」
脛に二つ目の穴が開く。
こんなことで嘘をついて痛みを伸ばすような真似はしないか、と取り敢えずは考えておこう。
「岸田洋一。お前はどうやってこの島に来た?」
これがメインだ。
この質問の答え次第でこれからの事が大きく変わる。
こいつがここにいるということはこの島が密室ではないということ。
こいつが入った後に密室になった、そもそも主催者の手先、色々可能性はあるが少なくとも主観では可能性は上がる。
ただ俺が主催者ならこいつは首輪をつけて参加者の中に紛れ込ませる。
……少年のように。
少年という前例があってこいつがそうでない可能性は……無いとは言えないが薄いだろうと思う。
メリットが少ない。
俺たちがここまで情報を得て行動するとはいくらなんでもそうそう思っていないだろう。
主催者が最初からそこまで考えていたということは……多分、無い。
別の対策を講じる方がずっと楽だ。
岸田洋一……
お前はこの島のイレギュラーなのか?
「に」
岸田は胡乱に俺を見る。
「いち」
こいつは応えるのだろうか。
「ぜろ」
「……船だ」
……船?
そうか……船か……
ぱんっ
「ぐぁっ……!」
船……
これで脱出の可能性が現実味を帯びてきたんだな……
「岸田洋一。お前はどうやってこの島に来た?」
よかった……
珊瑚ちゃん達を……脱出させられる……
「に」
きっと……これで……
「いち」
「……船……だ……」
「そうか」
ぱんっ
「ガッ……」
当ての無い希望じゃないよな?

「ごほっ……少年……お前俺が何を言おうと撃つつもりだろ……」
撃つだけとは限らないけど。
どうやって来た、という所に全く反応しなかったということは主催者の手先ではないのだろうか。
それとも全て演技?
ここまで半死半生でそれをするような奴だろうか。
……船でなくとも何かしらの移動手段で来てはいるのだろう。
と、思いたい。
「船でどっかの砂浜に乗り上げたんだよ……船は壊れるし島はこんなだし仕方ないだろ? やらなきゃやられるんだ。ごふっ……殺すしかないじゃないか。殺されたくないんだから。……俺もお前達も、被害者なんだよ」
これは嘘。
こいつは嬉々として殺していた。
俺に助けを求めたときも右手はデイパックに伸びていた。
あの段階で俺が撃つとは思っていなかったはず。
だから後ろなんか振り向いた。
岸田の顔にステアーを横から近づける。
「お……おい……少年……」
高さを合わせて、撃つ。
ぱんっ
「んぐぁっ……がああアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」
岸田の鼻に横から穴が開く。
「岸田洋一。その船の場所は?」
「がっ! ぐぁっ! じ……じるがあああアアアアアアアアあっ!」
「に、いち、ぜろ」
「ぐっ……じょうねん……もうやめ……」
無事な方の手を取る。
その指先を自分の方に向ける。
その指を撃つ。
縦に。
ぱんっ
「んぐアアアアああああアアアアアアアアアアアア!」
腕の途中から弾が出てきた。
真っ直ぐには撃てなかったようだ。
「があアアアアああああアアアアアアアアアアアア! ふぐああああアアアアアアアアアアアア!」
「岸田洋一。その船の場所は?」
「がぁっ……ばじり回ってたじ……ぼんどにおぼえで無いんだ……」
「に、いち」
「まで! どっがのずなばまにのりあげだ! ぞじでばじりまわっでだらばやじにでだんだよ! ぼんどにごれいじょうばわがらん!」
「そうか」
撃つ。
今度は横に。
親指が吹っ飛んだ。
「っガッ!」
「岸田洋一。最後だ。今回は好きなだけ時間をやる」
「ぁ……に……?」
「岸田洋一。俺達の助けになるようなことを知らないか?」
「な……?」
「答えろ」
「……ぞうが、じょうねん、だっじゅづずるずもりなのが」
当然。
皆で帰るためには必須。
「あのぶねばごわれでいるぞ? ぞれにぶねをうごがずものもいる。なおぜるのが? うごがぜるのが? じょうねん、俺をごろずどだっじゅづでぎなぐなるぞ?」
つまり岸田を殺すと俺達は帰れない、と。
それだけか?
「ま……まで! なにをずるぎだ!?」
岸田の残った目に伸ばしていた手を止めて答える。
「話が終わったようだから」
「な……」
瞼を掴む。
「まで! じょうね……」
ぶちぶちぶちっ!
「まで! やめろ! ぶねのエンジン部ば無事だ!」
眼球に触れていた手を引っ込める。
「ごうぐもある! 俺をづれでいげばなおぜるぞ!」
そのまま岸田の話を聞き続ける。
「まだうごぐ! おれをごろずどだっじゅづのぎがいがなぐなるぞ!」
聞き続ける。
「じょうねん! ざぁ! どいてぐれ!」
終わりか?
再びゆっくりと岸田の眼球に手を伸ばす。
「なっ……!」
もうねたは尽きたか?
「おい……じょうねん!」
あるなら……生きてるうちに答えてくれるか。
「……お前みたいな奴が」
「やめろ……」
眼球と骨の隙間を指で探る。
「いなければさ……」
「じょうねん……やめろ……!」
入り易そうな所に力を入れて突っ込む。
「イルファさんも……瑠璃ちゃんも……」
「おい! じょうねん!」
そのまま指を回して眼球を抉り出す。
「死ななくてすんだのかな……」
「があああアアアアあアアアアああああアアアアアアアアアアアアっ!」
眼球を握り潰す。
ぷちゅっ、と手の中で弾けた。
「ぐああああああアアアアアアアアアアアアあアアアアアアアアアアアアあっ!」
こいつは最後に何を見たんだろうな。

手に張り付いた眼球を払い、イルファさんの銃を岸田の額に当てる。
「岸田洋一。もう見えてはいないだろうけど俺は今お前の額にイルファさんの銃を突きつけている。もうすぐこれを撃つつもりだけど、何か言いたい事はあるか?」
そう告げると、岸田は叫ぶのをやめてもがくのもとめた。
打って変わって静かになった岸田は見えていないはずの眼で俺の方を見つめる。
「……少年。貴様は、俺を殺すか?」
「ああ」
何を今更。
「そうか……」
俺は、お前達を殺す。
この島で殺し合いに乗った奴は皆。
ああ、酷い矛盾だ。
俺だって殺し合いに乗った奴との殺し合いに乗っているのに。
でも、もういい。
俺は皆を守る。
珊瑚ちゃんを守る。
この目的だけは掛け違えない。
だから……最後はイルファさんのこの銃で、お前達の止めを刺す。
誓おう。
イルファさんに。
瑠璃ちゃんに。
雄二に。このみに。笹森さんに。るーこに。由真に。春夏さんに。
この島で散っていった唯生きようとしていた人達に。
自己満足は分かっている。
死んだ人を勝手に使っているだけなのも。
それでもいい。
これは俺の勝手だ。
地獄にならば甘んじて行こう。
……ふと思う。
まーりゃん先輩も同じようなことを考えたんだろうか。
先輩を守るために。
その為に俺とは違う道を選んだのか。
唯先輩を生きて帰らせるために。
自分を捨てて。
自分以外を捨てて。
先輩を守るために。
……やりきれない。
でも……
その為に俺の大切な人を手に掛けるのなら……
「少年」
っ……
馬鹿か俺は。
思考に没頭するのなら危険が無い場所でしろ。
再びフェイファーツェリスカを強く握る。
「何だ」
「地獄に堕ちろ」
「覚悟してるよ」
少し銃口を岸田の額から離して、引き金を……
「来たら真っ先に殺しに行ってやるからな」
引く。
岸田の頭が落としたスイカのように砕ける。
弾けた肉片骨片が俺にも降り注ぐ。
無傷だった岸田の口は……最後笑っているように見えた。
死んだ。
殺した。
俺が殺した。
これで、いい。
俺の手は既に血塗れ。
手を汚す人間はそんなに多くは必要ない。
同じ手で珊瑚ちゃんを抱くことは出来なくなっていくんだろうけど。
その覚悟はしているよな?
河野貴明。





「先輩」
「あ……貴明さん……」
貴明さんがいつの間にか目の前にいる。
私は……
岸田洋一は……?
っ……
……貴明さんに、こう、させないために止めようとしてたのに……
「ごめんね。包丁と金槌、汚れちゃった」
貴明さんは包丁と金槌を自分の服で拭いてから私に返す。
……なんで……そこまで……
私は呆然としたまま受け取っている。
「予想外に時間を食っちゃった。行こう」
……そ、うだ。
このまま行くと貴明さんはまーりゃん先輩も……
いや……
それは……いや……
「貴明さん……」
「どうしたの?」
まーりゃん先輩は……殺さないで……
言いたいのに……
声が出ない……
私の勝手で……
危険に飛び込んで皆を守ろうとしている貴明さんを止めるなんて……
出来ない……
「先輩……?」
「なんでもないの……行きましょう」
貴明さんを止められないなら……
まーりゃん先輩を止めるしかない……
まーりゃん先輩……
止めよう。
絶対に。







【時間:二日目:23:10頃】
【場所:G-2右上】
河野貴明
 【装備品:ステアーAUG(23/30)、フェイファー ツェリスカ(5/5)、デザートイーグル(.44マグナム版・残弾7/8)、仕込み鉄扇、良祐の黒コート】
 【所持品:ステアーの予備マガジン(30発入り)×2、フェイファー ツェリスカの予備弾(×8)、カッターナイフ、鋸、特殊警棒、支給品一式】
 【状態:怒り、左脇腹、左肩、右腕、右肩を負傷・左腕刺し傷(全て応急処置および治療済み)、マーダーキラー】
 【目的:銃声の先へ向かう、ゲームに乗った者への復讐(麻亜子含む)、仲間が襲われていれば命懸けで救う】
久寿川ささら
 【所持品1:電動釘打ち機(5/12)、ウージー(残弾25/25)、スイッチ(未だ詳細不明)、血のこびり付いたトンカチ、カッターナイフ、ウージーの予備マガジン(弾丸25発入り)×1】
 【所持品2:血のこびり付いた包丁、携帯用ガスコンロ、野菜などの食料や調味料、支給品一式】
 【状態:右肩負傷(応急処置及び治療済み)】
 【目的:貴明についていく、向かった先に麻亜子がいれば説得する】

岸田洋一
 【状態:死亡】

 【備考:岸田の支給品一式は食料・水のみを移し破棄します】
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