ゆとりトリオのそれぞれ




里村茜は柚木詩子と坂上智代の軽挙を忸怩たる思いで見ていた。
来訪者の鹿沼葉子と名乗る一見して年上の女性は、全身ずぶ濡れでいたる所が汚れ、腿に怪我をしていた。
深夜の来訪者など信用できない。否、深夜でなくとも……。
果たしてどう扱かったらよいものか。
受け入れてしまった以上は、いつまでも警戒を露にしているのは得策ではない。
上辺だけの友好を取り繕い、詩子や智代をといえども欺きながら様子を窺うことにしよう。
ニューナンブM60を下ろし左手を差し出す。
「失礼しました。里村茜と申します」
「夜分遅くすみません。宜しくお願いします」
目と目が合う。
能面のように感情の起伏がなく何を考えているのかわからない人だ。

「何かお食事でもいかがですか?」
詩子がタオルを渡しながら尋ねる。
「はい、いただきます」
「その前にシャワーを浴びられたらいかがですか? 着替えを用意しておきますよ」
「……ではそうさせていただきます」
返事があるまで少しの間があった。
「茜、案内をお願いね。あたしは、ごはんの用意っと」
──私に案内を頼むとは詩子もどこか不安に思うところがあるのか。
何か裏があるのかと詩子の顔を見つめるが、引き攣った笑顔が不自然だ。
茜はもしもの場合に備え、葉子のほぼ横に並び浴室へと向かう。
背中を見せるのは恐ろしくてできることではない。
緊張感を漲らせ殺気を窺うが、葉子は何ら不審な挙動は見せなかった。
「何か代えの着物を持ってきます。ごゆっくりどうぞ」
「ありがとうございます」
脱衣所を出て間もなく浴室の開き戸を開ける音が聞こえる。
茜は振り返り、葉子の神経のず太さに舌を巻いた。

事務室の棚を漁り、消防署員の制服を手に脱衣所へと戻る。
ガラス戸越しに葉子の姿を確認し、彼女の着ていた物を調べる。
──やはりあった。刃の部分を厚紙で作った即席の鞘に納まるメス。
部屋に戻ると詩子と智代がデイパックを調べ終えたところであった。
三人小声で話し合う。
「共通の物しかなかったよ。茜の方は?」
「メスを持ってました。強力ではありませんが闇討ちに使うなら手軽で便利です」
「もういい加減疑うのをやめたらどうなんだ。不審な所は見当たらないし気分を害してしまうではないか」
「そこまで言うのならこれだけは言っておきます。心の片隅にわずかながらでも疑念を持ち続けて下さい」
必死の説得に智代は軽く頷く。
「彼女にはこちら側の情報はどこまで教えようか?」
「首輪の秘密やまーりゃんという女の子のことも言っていいだろう。いや、内容からして全部いいのでは?」
「そうですね。私達の情報は大したことではないですから」

台所に行ってみると、詩子は準備をすると言っておきながら何もしてはいなかった。
「どうしましょう。ポタージュがもう残ってません」
「冷凍物のスパゲティがあったような気がするよ」
──冷凍室の扉を開けようとした手に茜の手が重なる。
「唯一修羅場を経験しているのに、よくもまあ脳天気ですね」
「わかってるよ。用心に越したことはないって言いたいんでしょ?」
「葉子さんから何も感じませんか? 邪悪な気配とか……。もっと感性を働かせて下さい」
小声で諫言するが詩子の楽観的な見方は変わりそうもない。
「あんまり顔顰めてると眉間に縦皺が寄っちゃうよ」
「縦皺が寄るくらいならマシです。穴を開けられたらおしまいではないですか」
──それでも詩子なら……詩子ならきっと何とか理解してくれる。
どこまで理解してくれるかわからないが、茜は念を押さずにはいられなかった。

湯上りした葉子に智代と詩子の視線が注がれる。
蛾が蝶になったがごとく、みすぼらしかった彼女は容姿端麗な女性に変貌していた。
智代は葉子に見とれつつ策を弄してみることにした。
──この人がどれほどのものか試してみよう。
「このあたりで人が集まりそうなところといえば役場です。今夜のうちに移動するのはどうでしょう?」
「人は動物と違って闇を恐れます。土地勘のない所を夜間、無闇に移動するなど自殺行為も同然と思いませんか?」
「……そうですね。警戒にかなりの気力を使いますから」

(何がそうですね、ですか。葉子さん自身、鷹野神社からここまで来るなど無謀なことをしてるではありませんか。矛盾してます!)
台所で二人の会話を聞きながら、茜は平静を装いつつ苛立ちを募らせる。
智代は腕っ節は強いが謀略には弱そうだ。
よくもまあ、生徒会長が務まるものだと呆れるほかない。

「もし通り道に殺し合いに乗った人がいたとすると、待ち伏せに遭います。こちらが多勢でも大混乱に陥ると思います」
「では行動するなら明朝にしましょう。作戦について何か案はありますか?」
「現状を鑑みると少人数のグループでの行動は危険です。せいぜい一グループ五、六人ぐらいの編成が良いかと思います」
さすが見識のある人だと感心する智代。
「ところで脚の傷は大丈夫ですか?」
「……忘れてました。すみませんが消毒と包帯の交換をしてもらえませんか?」
「今すぐします。詩子、救急箱はどこだったか?」
処置をしながら考える。
(今の「間」はなんだろう。まあ、酷い目に遭ったから話しにくいのかもしれないが……)
初めて見た時から感情の起伏がないのが引っ掛かるが、茜がいうほど心配するまでもなさそうだ。
これで私達も戦力アップしたも同然。
怪我が治ったら葉子さんに指揮を取ってもらいたいものだ。
智代はすっかり葉子に心酔していた。

「申し訳ありませんが、フォークがないので箸で召し上がって下さい」
「スパゲティはいつも箸で食べてます」
(箸でスパゲティを? 変な人)
怪訝な顔をする茜をよそに、そこへ詩子が割り込む。
「とぐろを巻いた形したチョコと鹿せんべいがあったとすると、葉子さんはどっちが好きですか?」
「私は……チョコです」
「そのチョコなら私も好きだ。あたり麻枝の……ハッ」
「えっ、智代と葉子さんがリアルウンコチョコ好きだなんてショックゥ! あたしは鹿せんべいだけど、茜も鹿せんべいよね?」
茜は失望を禁じえない。
確かに『鹿せんべい』は好きだが話があまりにも下らなさ過ぎる。
誘導質問のようなことはできないものか。
「葉子さん、そろそろあなたの情報を教えて下さい」
「そうですね。診療所とその付近の出来事をお話しましょう」
都合の悪いことは除き、葉子の口からは淡々と滞りなく「事実」が述べられる。
診療所をめぐる攻防を聞くうちに、三人の表情が蒼ざめていく。
生々しい体験談は詩子が目にしたものを凌ぎ、今後の戦術を再考するほどのことであった。

葉子の来訪により部屋替えを行うことになった。
三人が寝る部屋を葉子に譲り、詩子は茜と共に別室で寝支度をしていた。
「彼女、素敵な人だね。あたしなんだか魅了されちゃった」
「それだけですか?」
「なんか腑に落ちないとこあるけどねえ。あたしの勘だと特殊な環境にいたんじゃないかって気がするんだ」
台所で聞いた忠告を詩子は内心反芻していた。
これも茜との長い付き合いによるものである。
「葉子さんは否定してましたが、私は人を殺した経験があるような気がします」
「どうだろうねえ。あの達観した性格はただものじゃないってことは確かだよ。気休めに占いをやってみようっと」
その時智代の呼ぶ声がした。
「オーイ茜、詩子。見張りの割り当てを決めるから来てくれ」
詩子は一人残り、結果が出るまで待つ。
「どうでるかな。はにゃにゃん、はにゃにゃん。しぃーちゃん、はにゃにゃん……」

詩子が戻ると冷静な智代の様子がどうもおかしい。
「さあ、詩子も「せっぽう」を聞くがよい。葉子さんがお世話になった宗団に入ると『人生の宝物』が見つかるそうだ」
妙にノリノリな智代は幼女のように目を輝かせている。
「『せっぽう』? え、『ポア』だっけ。聞いたことあるようなないような」
「申し訳ありませんが私がいた宗団は既に消滅しました。今日のところはここまでに……」
そう言って葉子は入れ違いに部屋を出て行く。
「『人生の宝物』なんて興味はありません。割り当てについての話を始めて下さい。私は朝が弱いので一番目を希望します」
茜はどことなく不機嫌である。
「では始めよう。零時から二時までが茜。二時から四時までが詩子。残りを私。名簿チェック後少し寝させて欲しい」
「銃の受け持ちは交代でいいですね」
「ああ、それでいい。後を頼んだぞ」
鼻歌交じりに智代はスキップしながら出て行った。

「まずいことになりました。智代が葉子さんの虜になってしまいました。葉子さんは新興宗教の信者です」
「へえー、新興宗教ねえ。道理でアブナイ人の気がしたわ」
深刻に悩む茜をどう励ましたらよいものやら……と、隣に座り、彼女の膝頭の上に手を置き、ゆっくりと撫でる。
「この非常時に何をやているんですか。そんなことはいけません」
きゅっと太腿を閉じ軽く睨むが詩子は平然と撫で続ける。
「さっきのチョコの件だけど。七瀬さんがあれをコンビニの……ローリコンだったか、こっそり買ってるの見たことあるよ」
「はうっ……七瀬さんて、私のクラスの……七瀬留美さんですか?」
「そう、あの七瀬さんよ。顔に似合わず恐ろしい物を買ってたなんてショックだったわ」
言い終わるや蠢く手がスカートの中に滑り込み──その手が掴まれる。
「こんなこといつまでもしてると、妙なレッテルが永遠につきますよ」
「人は見かけによらずとは、このようなことをいうのよね。彼女、二面性があるのはわかってたけど……」
潤んだ眼差しで見つめるが茜は一向に取り合わない。
──もう寝よっと。
溜息をつき立ち上がろうとしたところを、手を引っ張られ座り直す。
「詩子。くれぐれも用心を怠らないでくださいね」
「…………わかってるって。二時間後、お願いね」
熱い友情を交わし、詩子は余韻に浸りながら寝室へと向かった。

詩子が去った後火照りから醒め、部屋を見回す。
到着時に気づいたものの、二人とも気づかなかったのだろうか。
──ここには私達が来るよりも前に誰かがいた。
そんな気がするのは自分だけだろうか考える。
もしかしてゲームに乗った者が隠れているのだろうか。
少なくとも室内にはいないようだ。
懐中電灯を手にドアを開け、ガラ空きの車庫を照らすがこれといって変化はない。
──否、倉庫の戸が僅かに開いていた。
開けて見ると消防の機器がいろいろと置いてあるが、もともとは三つだったのであろう消防斧が二つ。
手にとってみるが、
(重い。非力な私には使いこなせないけど、役に立つこともあるかもしれない)
一つ拝借し急いで部屋へと戻り、清掃用具入れに隠しておく。

あの人──葉子は今夜動くだろうか? 否、疲労の度合いからして今夜は動くまい。
彼女に対する不信の念は相性の違いではないような気がする。
癌のように気づいた時には既に遅し、というようなことが起きなければいいが……。

外の様子を窺うと雨はまだ降っているようでる。
(朝の放送でまた死者が増えているに違いない。怖い、聞きたくない)
明かりを消し、耳を澄ませると静寂の中にいることを実感する。
(今日は、晴れるかしら)
椅子に座り、真っ暗な部屋で冷めた紅茶をすする。
ゲーム開始後、今まで無事に過ごせた幸運を噛み締めずにはいられなかった。




【時間:三日目・00:15頃】
【場所:鎌石村消防署(C-05)】
坂上智代
【持ち物1:手斧、LL牛乳×3、ブロックタイプ栄養食品×3、食料1食分(幸村)、他支給品一式(食料は残り1食分)】
【持ち物2:専用バズーカ砲&捕縛用ネット弾(残り1発)、38口径ダブルアクション式拳銃用予備弾薬69発ホローポイント弾11発使用】
【状態:就寝中。健康、若干の焦り、葉子を信用】
【目的:同志を集める】

里村茜
【持ち物1:ニューナンブM60(5発装填)、予備弾丸2セット(10発)、包丁、フォーク、他支給品一式(食料は残り1食分)】
【持ち物2:LL牛乳×3、ブロックタイプ栄養食品×3、救急箱、食料二人分(由真・花梨】
【状態:見張り中、健康、まだ葉子を信用していない】
【目的:同志を集める】

柚木詩子
【持ち物1:鉈、他支給品一式(食料は残り1食分)】
【持ち物2:LL牛乳×3、ブロックタイプ栄養食品×3、食料1食分(智子)】
【状態:就寝中、健康、葉子にやや懐疑心を持つ】
【目的:同志を集める】

鹿沼葉子
【所持品:メス、支給品一式(食料なし)】
【状態1:消防署員の制服着用、マーダー】
【状態2:就寝中、軽度の疲労、肩に軽症(手当て済み)、右大腿部銃弾貫通(手当て済み、激しい動きは痛みを伴う)】
【目的:何としてでも生き延びる、まずは偽りの仲間を作る】

【備考1:ニューナンブM60と予備弾丸セットは見張り交代の度に貸与】
【備考2:智代、茜、詩子は葉子から見聞きしたことを聞いている(天沢郁未と古河親子を除く)】
【備考3:葉子は智代達の知人や見聞きしたことを聞いている(古河親子と長森瑞佳を除く)】
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