なめないでよ




七瀬留美達は平瀬村工場の屋根裏部屋で、必死に武器を探していた。
見知らぬ男性がリサ=ヴィクセンを引き留めてくれていたが、恐らく数分と保たぬだろう。
その僅かばかり与えたられた時間の間に、逆転の秘策を見出さねばならぬのだ。
留美は部屋の片隅に散在してある雑品を物色しながら、視線を移さず問い掛けた。
「……佐祐理、そっちは何かあった?」
「駄目……使えそうなのは何にも無いよっ……」
机の下を探していた佐祐理が、焦りを隠し切れぬ声で返答する。
屋根裏部屋には――前回参加者達の夥しい血痕が残されているこの部屋には、めぼしい武器は残されていなかった。
血で錆びて折れた日本刀、銃身が曲がって使えなくなった猟銃など、既に廃棄物同然となってしまった物しか無かったのだ。
有紀寧が入手したような電動釘打ち機があればまだ逆転の目もあったかも知れないが、そのような物は無かった。
それも当然だろう、この部屋は既に北川潤達が訪れ、大方物色した後なのだから。
前回参加者達の痕跡があるこの部屋だけは北川も完璧に調べており、使える物は全て持ち去った後だったのだ。
だが、全ての希望が途絶えた訳では無い。
もう一つだけ――ほんの僅かながら、勝機が生まれる可能性は存在する。

「珊瑚……ゆめみはどう?」
「アカン……もう少し時間が掛かりそうやわ……」
留美が訊ねると、珊瑚はゆっくりと首を振った。
珊瑚の傍らで横たわるゆめみは、電源が落とされた状態となっている。
珊瑚は部屋の最奥に陣取りながら、床に落ちていた工具を用いて、ゆめみに対し緊急の修理――否、改造を行っていた。
ゆめみの両腕が動かない原因は、一部回路の断線だったので、修理だけならばすぐに終わった。
だがそれだけでは意味が無い。
あの恐ろしい強敵達に対抗するには――以前より大幅に強化された状態で、ゆめみに復活して貰わねばならない。
必要な部品は、ある。
教会を出発する前に、必要な部品はイルファから取り出していた。
イルファに搭載されていた最新型OSを移植し、機体維持の為に設定されている『リミッター』も解除する。
平たく言えば最高の反応力を持つ神経機能と、無尽蔵に運動能力を引き出せる身体を、ゆめみに与えようとしているのだ。
その状態では機体に凄まじく負担が掛かるに違いないが、僅かの時間ならば相当な強さが得られる筈だった。
しかし飛び抜けた技術力を持つ珊瑚といえども、この作業は困難を極める。
目にも留まらぬ速度で工具を振るってはいるものの、完了まではまだまだ時間が掛かりそうに思えた。

そしてあの悪魔が――宮沢有紀寧が、余分な時間など与えてくれる筈も無い。
扉の向こうより、階段を駆け上る複数の足音が聞こえてきた。
「…………来たわね」
留美はそう言うと覚悟を決めた表情となり、日本刀を握り締め、すっと立ち上がった。
その間もけたたましい足音は鳴り響き続け、やがて部屋の扉が開かれる。
「――――見つけましたよ」
開け放たれた入り口に、聞こえてきた声の方に、留美は視線を注ぎ込む。
そこには有紀寧と、その傀儡と化した岡崎朋也が直立していた。
歪に吊り上った、有紀寧の口元。
そこより発せられる軽々とした調子の、しかし確かな重圧を感じさせる声。
「全く無意味な逃避行を続けて余り手間を掛けさせないで下さいね? 貴女達みたいな鼠相手に労力を注ぎ込みたくはありませんから」
「五月蝿いわね。アンタの方こそ氷川村の時は涙目で逃げ出したじゃない」
余裕げな有紀寧に対抗してか、留美も負けじと憎まれ口を叩く。
そんな折に、何時の間にか留美の横まで来ていた佐祐理が口を開いた。
「……リサさんはどうしたんですか?」
それは当然の疑問だった。
『脱出の糸口』を断つ事に一番躍起になっていた筈の、リサの姿が何処にも無かったのだ。

ふふ、と微かに有紀寧が笑った。
「先程柳川さんが来られましてね。リサさんは今頃、柳川さんと戦っているでしょう」
「柳川さんが――」
半ば絶望感に打ちひしがれていた佐祐理の心が、希望の光で照らされてゆく。
氷川村で別れて以来音信不通であった柳川祐也だったが、彼は生きていて、しかも此処まで助けに駆けつけてくれたのだ。
だが佐祐理の目に灯った光を見て取り、有紀寧は言った。
「ですが、助かったなどと思わない方が良いですよ? 貴女達は十分に思い知ったでしょう――リサさんの実力を」
そうだ――リサはたった一人で何人もの人間を同時に相手して、なお圧倒する程の怪物。
そんな怪物が相手では、いかな柳川と言え苦戦は必至だろう。
そして、柳川がリサの相手をしてくれているとは言え、眼前の二人だけでも十分過ぎる脅威だった。
特に電動釘打ち機を持つ有紀寧は、銃器の使えぬこの地に限れば最悪の処刑人だ。
有紀寧がその気になれば、満身創痍の自分達など一人きりで打倒出来るだろう。
今は出来るだけ時間を稼ぎ、逆転の機会が訪れるのを待つしか無かった。

◆

佐祐理の顔が再び曇るのを確認してから、有紀寧が続ける。
「それで、何か良い策は見つかりましたか? このままぶつかれば勝負は見えていると思いますが」
「…………」
留美も佐祐理も、答えない。
だがその時有紀寧は、留美達の後方に珊瑚とゆめみの姿を発見した。
珊瑚は一心不乱にゆめみの改造作業を続けている。
ゆめみがロボットであった事実を知り、有紀寧は少し驚いたが、すぐに冷静さを取り戻す。
リサと戦っている際のゆめみを見る限り、その運動能力は常人以下だったのだから、少々手を加えようとも問題になる筈が無かった。
「ふふ……、今更あんなスクラップを弄った所で、何になると言うんですか」
有紀寧は呆れたような表情でそう吐き捨ててから、朋也に視線を移した。
「では岡崎さん――まずは貴方が戦って下さい。私は高みの見物を決め込ませて貰います。
 それから岡崎さんが敗れればその瞬間に渚さんを殺しますので、文字通り死ぬ気で戦って下さいね」
「ぐ……てめぇっ……!」
朋也は歯を剥いて有紀寧を睨んだが、しかしすぐに否応無く薙刀を構えた。
朋也を一人で先に戦わせる理由は単純にして明快、敵の手の内を探る為だ。
電動釘打ち機を持つ自分は、この場において間違いなく最強の存在だが、防御力自体は他の人間と変わらない。
予想外の一撃を受けてしまうような事態だけは、避けたかった。
それに有紀寧が見た限り、相手でまともに戦えるのはツインテールの女のみ。
男であり且つ十分な体格を持つ朋也ならば、一人でも敵を殲滅させれるように思えた。
だが、まだ甘い。
敵は偽善者の集団なのだから、そこを突かぬ手は無い。
「それと、留美さんでしたっけ? もうお分かりかも知れませんが、岡崎さんは私に人質を取られているだけです。
 その辺りを十分にお考えになった上で、相手してあげて下さいね」
「アンタって奴は……!」
忌々しげに向けられる留美の視線を、有紀寧は優雅な笑みで受け流した。
これで、詰みだ。
甘い思考しか出来ぬ敵は、朋也の境遇に同情して全力を出し切れないだろう。

◆

一歩一歩近付いてくる朋也の前に、留美が立ちはだかった。
その手にはしっかりと日本刀が握り締められている。
「止めてくれって言っても、無駄そうね」
「……そうだな。悪いけど、俺にはお前達を殺す以外道が無いんだ」
朋也が答えると、留美は日本刀を深く構えた。
それから、きっと朋也の目を睨み据えて、言った。
「そっか。でもね、あたしだって此処は譲れないの。貴方や人質に取られてる人には悪いけど、勝たせて貰うわ」
それが留美の瞬時に出した答えだった。
勿論、人質も救えるものなら救ってやりたかったが、現状ではどう考えても不可能だ。
此処で大人しく自分達が殺された所で、有紀寧は朋也を傀儡として操り続けるだろう。
ならば心を鬼にしてでも、悲劇の連鎖を此処で終わらせなければならなかった。
「佐祐理、アンタは珊瑚を守ってて頂戴。この人は、あたしが一人で倒す」
狡猾な有紀寧の事だから、自分と朋也が戦っている隙に珊瑚を狙うかも知れない。
その対策だけは打ってから――留美は、前方へと駆けた。

薙刀と日本刀。圧倒的なまでのリーチの違いにより、留美は必然的に後手となる。
横薙ぎに、唸りを上げる白刃が留美へと迫る。
まともに食らってしまえば、間違いなく一撃で死に至るだろう。
それを、留美は、
「でぇぇぇぇいっ!」
力任せの一振りで、あっさりと払い除けていた。
「何ッ……!?」
朋也が大きく目を見開き、驚愕に声を洩らす。
彼が驚くのも、至極当然の事であろう。
朋也の体格は留美を大きく上回っており、体重にすれば1.5倍はあるだろう。
普通に考えれば、力比べで留美に勝機は無い。にも拘らず――
「せやああああっ!」
「ぐっ……」
屋根裏部屋の中に、大きな金属音が鳴り響く。
留美は再度迫る薙刀を、日本刀を振り下ろす事により叩き落していたのだ。
少し手を伸ばせば触れることが出来る距離に見える朋也の顔は、焦りの色に染まっていた。
留美は手首を返し、峰打ちの形を取ってから、朋也の背中に強烈な剣戟を叩き込む。
鈍い感触が、留美の手にまで伝わってくる。
「がっ……あああ!」
渾身の一撃は確かに決まったが、しかし朋也は咆哮を上げて反撃を繰り出してきた。
瞬時に留美は後方へ飛び退いて、斜め上より飛来する剣風から身を躱した。

一旦距離を置き、息を整えながら、留美は思った。
(ふぅ……まだ腕は然程錆び付いてないみたいね)
かつて腰を痛め辞めてしまった剣道であったが、そこらの男如きに遅れを取らぬ程度の実力は残っていたらしい。
先の斬り合いで悉く朋也の攻撃を弾き飛ばせたのも、全てはそのお陰だ。
朋也の剣筋を正確に見極め、正面は避け真横から刀を激突させる形で迎撃したからこそ、力勝ち出来たのだ。
留美はばっと日本刀の切っ先を朋也に向けて、大きく一喝した。
「――なめないでよ。七瀬なのよ、あたし!」




【時間:2日目23:30】
【場所:G−2平瀬村工場屋根裏部屋】
宮沢有紀寧
【所持品@:トカレフ(TT30)銃弾数(6/8)・参加者の写真つきデータファイル(内容は名前と顔写真のみ)、スイッチ(0/6)】
【所持品A:ノートパソコン、ゴルフクラブ、コルトバイソン(1/6)、包丁、電動釘打ち機(46/50)、ベネリM3(0/7)、支給品一式】
【状態:軽度の疲労、前腕軽傷(治療済み)、腹にダメージ、歯を数本欠損、左上腕部骨折(応急処置済み)】
【目的:まずは様子見。リサと柳川の生き残った方を殺す。佐祐理達を殺す。自分の安全を最優先】
岡崎朋也
【所持品:・三角帽子、薙刀、殺虫剤、風子の支給品一式】
【状態@:中度の疲労、マーダー、特に有紀寧とリサへの激しい憎悪。全身に痛み(治療済み)、背中に重度の打撲、腹部打撲。最優先目標は渚を守る事】
【状態A:首輪爆破まであと23:10(本人は47:10後だと思っている)
【目的:留美の打倒、有紀寧に大人しく従い続けるかは不明】

姫百合珊瑚
 【持ち物@:デイパック、コルト・ディテクティブスペシャル(2/6)、ノートパソコン】
 【持ち物A:コミパのメモとハッキング用CD】
 【状態:軽度の疲労、ゆめみの改造中】
 【目的:まずはゆめみの改造を終わらせる】
ほしのゆめみ
 【所持品:無し(持てる状態で無くなった為に廃棄)】
 【状態:電源オフ、胴体に被弾、右肩に数本の罅、左腕右腕共に動く】
 【目的:不明】
倉田佐祐理
 【所持品1:支給品一式×3(内一つの食料と水残り2/3)、救急箱、吹き矢セット(青×3:麻酔薬、赤×3:効能不明、黄×3:効能不明)】
 【所持品2:二連式デリンジャー(残弾0発)、暗殺用十徳ナイフ、投げナイフ(残り2本)、レジャーシート】
 【状態:中度の疲労、右腕打撲、左肩重症(止血処置済み)】
 【目的:珊瑚の防衛】
七瀬留美
 【所持品1:S&W M1076 残弾数(7/7)予備マガジン(7発入り×3)、消防斧、日本刀、あかりのヘアバンド、青い矢(麻酔薬)】
 【所持品2:何かの充電機、ノートパソコン、支給品一式(2人分、そのうち一つの食料と水残り2/3)】
 【状態:朋也と対峙、中度の疲労、腹部打撲、右拳軽傷、ゲームに乗る気、人を殺す気は皆無】
 【目的:まずは朋也を殺さずに倒す】
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