猜疑心




実を結ばぬ捜索活動で蓄積した疲労を取り除くべく、一時の休息を取っていた里村茜達。
そんな折、彼女達が滞在する鎌石村消防署に、予期しえぬ来訪者が現れた。
「中に居る人達、聞こえていますか? 私は戦う気などありません……出来ればお話がしたいのですが」
それは重い沈黙の降りた部屋の中にまで、よく響く落ち着いた声だった。
来訪者の言葉を素直に飲み込めば、同志を増やす好機という事なのだが――
茜は少し考えた後、緊張した面持ちで口を開いた。
「待って下さい、まずは名前を聞かせてくれませんか? ちなみに、私は里村茜といいます」
何よりも最初にまず相手の名前を聞きだし、自分達の知り得る情報と照合し危険人物かどうかを判断する。
それで、間違い無い筈だった。
対主催の同志を集めねばならぬとはいえ、このデスゲームにおいて安易な選択は命取りとなりかねないのだ。
どうか自分達の知る人物であってくれと願う茜だったが、現実はそう甘くない。
「……鹿沼葉子です」
扉越しに向かい合っている人物の名は、鹿沼葉子。
茜達は葉子の情報を一切持ち合わせていない。
即ち相手を信用し得る要素は、先の『戦う気などありません』といった言葉だけなのだ。
どうすべきか茜が思案しているその時、唐突に坂上智代が言った。

「私は坂上智代という者だ。殺し合いに乗っていないという事は、お前もこの島からの脱出を企てていると考えて良いんだな?」
「ええ、その通りです」
「そうか。なら遠慮する事は無い、早く中に入れ」
智代は既に警戒を解き、専用バズーカ砲の銃口を下ろしてしまっていた。
純粋で真っ直ぐな性格の智代は、葉子の言葉をそのまま信じ込んでしまっていたのだ。
だが智代が信じたからと言って、他の者もそうだとは限らない。
「では、入りますよ」
葉子がそう言ってから、扉のノブを回そうとしたその時、大きな叫び声が消防署に響き渡った。
「待ちなさい!!」
「茜……?」
突如声を荒げた茜の顔を、智代はぽかんと口を開きながら見つめた。
見れば茜はまだ身構えたままで、その手にはしっかりと包丁が握り締められている。

「どうしたんだ? 折角同志が向こうから来てくれたんだぞ?」
「……正気ですか?もう少し頭を使って下さい。もし相手が殺し合いに乗っていれば、中に入れた瞬間撃たれて終わりです」
苛立ちを隠し切れぬ様子で、ぴしゃりと撥ね付ける茜。
茜からすればただの一言で相手を信用するなど、有り得ない事だった。
ゲームに乗った者ならば平気で嘘をつくに決まっているのだから、まだまだ警戒を解くべきでは無い。
だというのに平然と来訪者を中に入れようとした智代に対し、茜は憤りを感じていた。

そんな茜を宥めるように、詩子がひらひらと手を振りながら言った。
「まあまあ、そんなにピリピリとしないでも良いじゃない。仲間を集めるんなら、人を信じなきゃ駄目だよ」
だがその軽い口調も、言葉の意味そのものも、茜を酷く苛立たせるだけだった。
――詩子も智代も、まるで話にならない。
何故そんな簡単に相手を信じるのだ。何故二人とも武器を下ろしているのだ。
そんな事では、もし相手がゲームに乗っていれば何も抵抗出来ぬまま殺されてしまう。

茜は鋭い眼で詩子を睨みつけてから、言った。
「詩子は黙ってて下さい! 前にも言いましたよね? 油断すれば――住井君のようになると。
 この島では一つ選択を誤まれば、その瞬間に命を落としてしまうんですよ」
そう、住井護は人に裏切られて命を落としてしまった。
かつて行動を共にした柏木耕一による騙し討ちを受け、殺されてしまったのだ。
仲間が相手ですらそうなのに、見知らぬ人間が騙まし討ちを仕掛けてこぬ保障など何処にも無い。
「じゃ、じゃあどうするっていうのよ……。追い返しちゃうつもりなの? そんな事してたら、仲間なんて集められないよ……」
それも確かにその通りだった。
島からの脱出には多くの人手が必要である以上、ようやく訪れた機会をみすみす逃すのは余りにも惜しい。
「……借りますよ」
茜はそう言うと、詩子の手からニューナンブM60を奪い取った。
それから扉に向かって銃を構えながら、厳しい声で告げる。
「鹿沼葉子さん、でしたね? 中に入っても良いですが一つ条件があります。武器を持たずに、両手を頭の後ろで組んでから入ってきて下さい」
「おい、やりすぎだぞ……!」
智代が非難の声を上げるが、茜はそれを黙殺した。

暫しの間、場を沈黙が支配する。やがて扉の向こうから、静かな声が聞こえた。
「分かりました、ですが扉を開ける瞬間だけは手を使う事をお許し下さい。そうしなければ、中に入れませんから」
「……良いでしょう」
茜が返答した後、扉のノブがゆっくりと回転し、それから少しずつ開かれていった。
続いて葉子が茜の指示通り、両手を頭の後ろで組んだまま、一歩ずつ部屋の中へと侵入してくる。
見た所武器は持っていないようだし、何かを企てている様子も無かった。

「ほら、やっぱりお前の言ってた事は杞憂に過ぎなかったんだ」
智代は得意げに微笑みながらそう言って、つかつかと葉子に歩み寄った。
それからすっと、葉子に向けて片手を差し出す。
「もう一度自己紹介をしておこう。私は坂上智代だ、呼ぶ時は智代で良い。宜しく、葉子さん」
「……こちらこそ、宜しくお願いします」
葉子が表情を変えぬまま、その手を握り返す。
続いて同じように詩子も手を伸ばし、葉子と握手を交えていた。

だが、その間も。
茜は険しい顔で、ニューナンブM60を握り締めたままだった。




【時間:二日目・22:50頃】
【場所:鎌石村消防署(C-05)】

坂上智代
【持ち物1:手斧、LL牛乳×3、ブロックタイプ栄養食品×3、食料1食分(幸村)、他支給品一式(食料は残り1食分)】
【持ち物2:専用バズーカ砲&捕縛用ネット弾(残り1発)、38口径ダブルアクション式拳銃用予備弾薬69発ホローポイント弾11発使用】
【状態:健康、若干の焦り、葉子を信用】
【目的:同志を集める】

里村茜
【持ち物1:ニューナンブM60(5発装填)、包丁、フォーク、他支給品一式(食料は残り1食分)】
【持ち物2:LL牛乳×3、ブロックタイプ栄養食品×3、救急箱、食料二人分(由真・花梨】
【状態:苛立ち、まだ葉子を信用していない】
【目的:同志を集める】

柚木詩子
【持ち物1:予備弾丸2セット(10発)、鉈、他支給品一式(食料は残り1食分)】
【持ち物2:LL牛乳×3、ブロックタイプ栄養食品×3、食料1食分(智子)】
【状態:健康、葉子を信用】
【目的:同志を集める】

鹿沼葉子
【所持品:メス、支給品一式(食料なし、水は残り3/4)】
【状態:軽度の疲労、肩に軽症(手当て済み)、右大腿部銃弾貫通(手当て済み、激しい動きは痛みを伴う)。マーダー】
【目的:何としてでも生き延びる、まずは偽りの仲間を作る】
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