折原浩平からの報告を受けた高槻以下三人の間に重苦しい空気が流れていた。 同行した立田七海が行方不明になったことは一大事である。 高槻は理解してくれたが、皐月と小牧郁乃は疑念の眼差しを向ける。 疲労困憊で帰宅した浩平を待っていたのは湯浅皐月の詰問だった。 「なんですぐに戻らなかったの? 七海は嫌がってなかった?」 「何もしないで帰るよりは情報収集した方がいいと思ったんだ。立田は……帰ろうと言ってたが」 「遊びじゃないのよ。命懸けってこと忘れてるんじゃないの?」 今更ではあるが、古河秋生らがいないと判断した時点で引き返さなかったことが負い目になった。 (言う通りだが湯浅の奴、なにカリカリしてやがんだ。ちょっとムカつくな) 皐月の個人的事情など知るよしもない。 親しい那須宗一が死亡し今また七海が行方不明になってしまい、皐月は情緒不安定に陥っていた。 傍目には勝気でしっかりしているが、意外と繊細な女の子のようだ。 「本当は猥褻なことしようとしたんでしょ? あの子ロリ系だから男の人にモヤモヤさせる要素があるもんね」 挑発的なその言葉が萎縮していた浩平の気分を転換させた。 「この非常時に馬鹿なこと、いや、俺がそんなことするかっ」 「服やズボンの汚れは何かしら?」 「追っかけて外に飛び出した時に、外で死んでた少女に躓いたんだってば」 「まあ湯浅、落ち着け。お前、月のモノが来てるんじゃないのか? それとも不定愁訴とかいうやつか?」 高槻が宥めようとしたが、 「来てなんかないわよっ!」 目を吊り上げ甲高い声をあげる。 「オッサン、月のモノってなんだ?」 「月と言えばMOONに決まってんだろ。あー、ドットつきだぞ。型の方じゃねえからな」 ──クスクス。 失笑を抑えきれず郁乃がキャラ○コーンの袋で顔を覆っている。 「正直に仰い。暴行して殺したんでしょ?」 どこまでも皐月は挑発的である。 「テメー! 言って良いことと悪いことがるぞ。冗談は──」 「ヨシコさんなんて言わせないわよ」 「お前なあ……寒気がしてきたぞ。見た目と中身に相当の差があるな」 「埒が明かないわね。それではズボンの前が半分開いてるのは何かしら?」 皐月は立てかけてあったH&K PSG-1を取り、構える。 「わっ、開いてる。これはなあ……小便した後に締め忘れただけって、オイ、銃口向けるなよ」 「怪しいわね。話が出来過ぎてる気がするんだけど」 「なあ、俺の信用って、ちっぽけなものだったのか?」 「そうよ。いつ裏切るかもしれないのに七海を預けたのが間違いだったわ」 「湯浅、いい加減にしろっ」 高槻の手が皐月の手に触れた途端、 ──カチャッ 迂闊にも引き金を引いてしまった。 だがH&K PSG-1が火を噴くことはなかった。 微かな金属音が場の緊張感を最高点に高める。 興奮していたとはいえ、うっかり引き金を引いてしまったがもう遅い。 (くっ、不発とは!) 「お前、引いたな?」 それまでの鬱屈が溜まりに溜まり、浩平は顔を真っ赤にして睨みつける。 (やる気ね? それなら──) 浩平の手が腰のホルダーに行くのを見るや、横っ飛びに床を転がり、伏せ撃ちの姿勢から撃つ。 しかしH&K PSG-1は沈黙していた。 背筋に冷たいものが走り顔面蒼白となる。 ゆっくりと目の前に影が立ちはだかった。 「ハイ、銃を捨てて、立って手ー上げてー」 「はあ……煮るなり焼くなり勝手にしなさいよ」 皐月は仕方なく指示に従った。 この距離ではどうあがいても逃げようがない。 「役場に行く前にお前の銃見といて良かったぜ」 「弾切れだったこと知ってたんだ。はぁ……」 項垂れたまま次の言葉を待つ。 「見えないけど脇のお手入れはちゃんとしてるか? 髭ボーボーは嫌いだぞと」 「へ?」 「さあて、お仕置きはどっちに穴開けようか。右のおっぱいにしようか。左のおっぱいにしょうか」 浩平は突き出ている二つの膨らみの先を交互に軽くつつく。 「折原、いい加減やめないか。仲間割れしてどうすんだ?」 「三……二──」 「あ、あぁぁぁ」 「一……バーン」 余裕の笑みをみせながらも浩平の目つきは真剣である。 「はあっ……撃たないの?」 「言っただろ。俺は殺し合いには乗らないって。但し岸田相手には例外だがな」 「……ごめんなさい。あたしが悪かったよ」 皐月はようやく非礼を詫び、頭を下げた。 「わかってくれりゃいいよ、ごがつ」 「ごがつ? ……折原君ってセンスなさ過ぎ。背中に氷入れられたみたいだわ」 苦笑しながら安堵の溜息をつく。 危うく浩平を撃ち殺すところだった。 弾が入ってなかったのは不幸中の幸いである。 全身汗びっしょりになり、着ている物が張り付いて気持ち悪さが募る。 一件落着に見えたが浩平は以外な行動を始めた。 水筒の水を補充し、拾ってきたデイパックから食料を詰め替え始める。 「何やってんだ、折原」 「信を失った以上、俺はあんたらといっしょに行動する気にはなれない。俺は俺のやり方で島を抜け出したい」 予想もしない宣言に皆戸惑いの色を隠せないでいた。 「行く宛てなんてないだろ? 単独行動は命を縮めるぞ」 「わかってるよ。せめて俺の探し人を見つけられたいいと思ってる。その先はまだ考えてないが」 「あたしが出て行くからあなたは居なさいよ。あたしが悪いんだから」 「いや、いいからいいから。またどこかで会おうな」 皐月の顔に焦りの色が浮かび、いたたまれなくなり、出て行こうとする浩平を背後から抱き締める。 「ねえ、行かないでよう」 「なあ湯浅。こういう時はまず「捕まえた」って言うんだぞ。気分は横断歩道の真ん中にいる感じでな」 「横断歩道? なになに……」 「そしてだな、公園の草むらで膝枕をするんだ。下から見上げるおっぱいはなかなかのもんだなあ」 口をあけて呆然としている皐月の目がみるみるうちに吊り上がる。 「ヘンタイ! 何訳わかんないこと言ってんのよっ」 申し訳ないと思っていた気持ちが吹き飛び、尻めがけて膝蹴りを浴びせる。 「グワァッ!」 浩平は尻を押さえながら床に転がった。 だがすぐに立ち上がりドアのノブに手をかける。 「クソッ、白いパンツはいてやがる。湯浅にはどどめ色がお似合いさ!」 「折原待てっ。二人とも冷静になれって……」 高槻の声を背に浩平は雨降る夜の闇へと姿を消した。 「あーあ、行っちゃた……」 「明日迎えに行ってやれ。行き先は役場だろう」 玄関にしゃがみ込む皐月にすうーっと手が差し伸べられた。 軽く会釈し手を借り立ち上がる。 見た目より案外いい人なのかもしれない。この男は……。 テーブルにつくと郁乃が紅茶を入れてくれる。 ややぬるめになっていたが気落ちした心を癒すのにはちょうど良かった。 「七海のことなんだけど、明るくなったら戻ってきたりして。生きていればね」 「そうだな。悪い方に考えないことだ。道に迷ってどこかで固まってるんだろう」 「もしかしたら古河さんが保護してるかもよ」 落ち込む皐月をよそに郁乃は雄弁だった。 「おおっ! 古河達のことを忘れていたぜ。あいつらもまだ鎌石村に留まっているのだろう。早く合流したいところだ」 「ふあ〜、なんだか眠くなっちゃった。もう遅いから休ませてもらうわ」 高槻は郁乃を見送ると寝室に向かおうとしたが足を止め、振り返る。 皐月の肩が小刻みに震えていた。 「元気出せ。肩が凝ってるなら揉み揉みしてやるぞ」 「アン! 何すんのよう。気持ち悪い」 首筋にフーッと息を吹きかえられ皐月は思わず立ち上がる。 「湯浅を頼りにしてるから明日は期待してるぞ。疲れただろうからもう寝な」 人相とは裏腹に優しい言葉をかける高槻。 冷え切った心に、俄かに暖かな日差しがさしたような気が満ち溢れる。 「そう言ってくれると嬉しいな。ありがとう、高槻おじさん」 「おじさんなんて言うんじゃねえ。お兄さんとでも呼んでくれい」 皐月は肩を抱かれ、はにかみながら寝室へと歩いて行くのであった。 その頃浩平は数軒先の民家の軒下で思案に暮れていた。 成り行きで飛び出したものの行く宛てはない。 雨の音を聞きながら闇の彼方を見つめるばかりである。 (まずは明日、みさき先輩を埋めてあげよう。後のことはそれからだ) デイパックから大きな透明のゴミ袋を出すと、カッパ代わりに頭から被る。 (う〜、怖いな。しかし立田も怖い思いしてるんだろうな。どうか何事も起きませんように) 気を新たに引き締め浩平は去って行った。 【時間:二日目・21:30】 【場所:C-04】 折原浩平 【所持品1:S&W 500マグナム(4/5 予備弾7発)、34徳ナイフ、だんご大家族(残り100人)、日本酒(残り3分の2)、ライター、支給品一式(食料は二人分)】 【状態:大き目のビニール袋を被っている。頭部と手に軽いダメージ、全身打撲、打ち身など多数。両手に怪我(治療済み)】 【目的:鎌石村役場へ。みさき埋葬後は未定】 【場所:C-4一軒家】 湯浅皐月 【所持品1:H&K PSG-1(残り0発。6倍スコープ付き)、自分と花梨の支給品一式】 【所持品2:宝石(光4個)、海岸で拾ったピンクの貝殻(綺麗)、手帳、ピッキング用の針金、セイカクハンテンダケ(×1個)】 【状態:首に打撲、左肩、左足、右わき腹負傷、右腕にかすり傷(全て応急処置済み)】 高槻 【所持品:コルトガバメント(装弾数:6/7)、分厚い小説、コルトガバメントの予備弾(6)、スコップ、ほか食料以外の支給品一式】 【状態:全身に痛み、中度の疲労、血を多少失っている、左肩貫通銃創(簡単な手当て済みだが左腕を動かすと激痛を伴う)】 【目的:最終目標は岸田と主催者を直々にブッ潰すこと】 小牧郁乃 【所持品:写真集×2、車椅子、支給品一式】 【状態:就寝中】 ぴろ 【状態:就寝中】 ポテト 【状態:就寝中】 【備考:要塞開錠用IDカード、武器庫用鍵、要塞見取り図、支給品×3(食料は一人分)は家に置いてあります。高槻達の翌日の行動は未定】 - BACK