「まーりゃん先輩、完全に見失っちゃったな」 鎌石村の入り口で河野貴明は白み始めた空を見上げながらポツリと呟いた。 「なに他人事みたいに言ってんのよバカ」 ツッコミ代わりに観月マナの放ったスネ蹴りが見事に直撃する。筆舌に尽し難い痛みが貴明の身体を駆け巡り、ウサギのようにぴょんぴょん飛び回る。 「さんざんカッコ良さげな事を言ってたくせに…ハア、こんなので大丈夫なのかしら」 麻亜子を追って学校を出たはいいものの時既に遅し、ものの見事に見失っていた。 麻亜子の足が速いのもあるが、武器の分配に手間取ってしまったというのもある(ちなみに麻亜子の捨てていったSIG P232と鉄扇はまともな武器がないささらに渡った)。 腕組みするマナにささらがフォローを入れた。 「仕方がないと思います、まーりゃん先輩は逃げ足だけは早い人ですから」 「確かに、あんなヘンな格好してるのにすごい早さで走ってったわよね…」 マナの脳裏に麻亜子の姿が思い出される。電光石火とはこの事かと言えるくらいの俊足。あんな感じでチョコマカ動き回られたら探すのは困難を極める。 とすれば目撃者を探すのが一番手っ取り早いのだが、麻亜子が『乗って』いる人物である以上出会い頭に攻撃されて死んでいる人間も何人かいるはずだった。 つまり、他の参加者からの情報は期待できないということである。 少し考えたマナは、二人に意見を求める。 「聞きたいんだけど、もし、もしもよ? 久寿川さんや河野さんがそのまーりゃんの立場だったとして、効率良く殺して…いくためにはどういう行動を取るのが最も有効だと思う?」 マナの質問に、うーん…と二人はしばらく考えこんでからまず貴明が意見する。 「俺なら…やっぱり人が集まりそうな、それでいて目立つ場所へ行くと思う。だから鎌石村にいるんじゃないかって思ったんだけど」 「そうですね。まーりゃん先輩は何て言うか…目立ちたがり屋で自信家で…けどそれでいて意外とずる賢いというか、機転は利く人です。だから、派手に騒ぎを起こしては美味しいところを持っていく、そんな戦い方をなさると思います」 「頭は悪くないのね?」 「成績は最悪だけどね。お情けで卒業させてもらってたくらいだし」 ふうん、とマナが唸る。学校での貴明との会話や自分との戦闘から窺う限りではやかましくて運動能力がやや高いとだけ思っていたが油断しない方が良さそうだ。 「じゃあまずは人の集まってる場所に向かってみるのはどうかしら? 鎌石村でも人の集まる場所、集まらない場所もあるでしょうし」 マナの提案にささらも頷く。だが貴明は「それはいいんだけど…」と言って言葉を濁した。その態度に少しムッとしたのかマナが強い口調で言う。 「何よ、何か意見があるんだったら早く言って」 「じゃあ言うけど…行った場所で戦闘が起こり得る、ってのは承知してるよね?」 言葉は柔らかいものだったが、そこに甘さはない。その雰囲気に多少言葉を詰まらせたマナだったが、すぐに「…当たり前じゃない」と言い返す。それを受けた貴明がさらに続ける。 「まーりゃん先輩が出てこない可能性も十分にある。それどころか、俺達の装備じゃ歯が立たないような凶悪な奴と戦うことになるかもしれない。その時…観月さんは迷わず、人を撃てる?」 今度はすぐに返答できなかった。迷わず人を攻撃できるどころか…引き金すら引ける自信があるかどうか、分からなかった。 「そういう…河野さんはどうなのよ」 自身の不安を隠しながら、逆に貴明に尋ねる。 「それは俺にも分からない。このショットガンだって実はまだ一発も撃ってないんだ。だけど…それでも『やらなきゃならない』って決めてる。今だから言うけど、1回目の放送で友達が死んでた。 それで、タマ姉やこのみ…久寿川先輩や、他の皆を守る為にそれまで一緒に行動してた仲間と別れてここまで来た。だから…その事を無駄にしないためにも、もう誰も失わないためにも…俺は『覚悟』を決めなきゃならないんだ」 予想とは違った。死線を潜り抜けている訳ではない。別れた仲間の為に、誰も悲しませないために、それだけの理由で貴明は手を血に染めようとしている。恐怖や、心を押し殺して。 そんな貴明の雰囲気に何か感じるものがあったのか、ささらが不安そうな顔で貴明の顔を覗き込みながら言った。 「貴明さん…あまり気負いこまない方がいいと思います…これから先、この島で手を汚さずに進んでいけるなんて少なくとも私は思ってません。 ひょっとしたら数分後には戦闘になって、貴明さんを守るために人を撃ってしまうかもしれない。もちろん、それが正しい事だなんて少しも思っていませんけど…かと言って黙って貴明さんが殺されるのを見ていられるほど私は優しくもない、と自分で思っています。 それは誰だって同じ。同じだから…貴明さん、自分一人が罪を背負うだなんて思わないで下さい」 「…先輩」 ささらの励ましに、僅かながらも貴明は強張っていた顔を緩ませる。 しかしこれでいざ戦闘になって容赦なく撃てるか、というともちろんそういう事は少しもない。未だ全員が『撃てるかどうか分からない』のだ。言葉では口に出せても、心の奥底が最後まで殺人という言葉を否定し続けている。 それは人間として当然の考えであるが――この殺戮の島においては足枷にしかならないのだ。 気違いにでもならないとやってられないなあ、とマナは思う。 実際、狂人になってしまった方が何倍も楽には違いない。何も考えずに殺し、何も考えずに死ねるのだから。 しかし、それでも、マナ達は――人間だった。 「ともかく、先に進みましょ。何にしてもあの人をこのまま放っておくわけにはいかないわよね?」 「うん…その通りだ。立ち止まっててもあの高槻って人に怒られそうだもんな」 「そうですね…今頃は…みなさんと上手く合流している頃かしら」 遠く、森の向こう側にいるであろう無学寺へ向けてささらが視線を飛ばす。今はまだ、何も見えない。 そうして、少しだけ寺の方角を見やった後、また三人は歩き出した。中途半端に、覚悟を残したまま。 河野貴明 【所持品:Remington M870(残弾数4/4)、予備弾×24、ほか支給品一式】 【状態:左腕に刺し傷、出血はあったが現在行動に大きな影響なし。麻亜子を止めるために一路鎌石村に】 久寿川ささら 【所持品:スイッチ(未だ詳細不明)、トンカチ、カッターナイフ、SIG(P232)残弾数(2/7)、仕込み鉄扇、ほか支給品一式】 【状態:麻亜子を止めるために一路鎌石村に】 観月マナ 【所持品:ワルサー P38・支給品一式】 【状態:足にやや深い切り傷、麻亜子を止めるために一路鎌石村に】 【時間:2日目6:00前】 【場所:C-5】 【備考:由依の荷物(下記参照)と芽衣の荷物及び二人の死体は職員室内に放置】 (鎌石中学校制服(リトルバスターズの西園美魚風) カメラ付き携帯電話(バッテリー十分、全施設の番号登録済み) 荷物一式、破けた由依の制服 - BACK