お兄ちゃんといっしょ




頬に触れる熱い感触とともに、視界が白くなる。
「うう……眩しい」
長森瑞佳はあまりの眩しさに手をかざした。
「やあ、お目覚めかい?」
傍から優しい声がかかる。
視界が安定してくると、どこかの部屋で仰向けになっていることと、傍に座り込む者の姿も明確になってくる。
指の隙間から覗くと眩しかったのは天井にある蛍光灯だった。
そして心配そうに覗き込む月島拓也がいる。
熱い感触は蒸しタオルで顔を拭われていたのだった。

「あ……月島さん」
「お兄ちゃんだろ?」
「ごめんなさい。お兄ちゃん、ここはどこなの?」
布団に寝かされており、この島に来てからまともなところで寝るのは初めてである。
「鎌石村の外れにある消防分署だよ。ここに来るまでいくつか民家があったけど、みんな鍵が閉まっててね。ここだけ開いてたんだよ」
瑞佳は安堵の溜息をついた。
「ご苦労さま。お兄ちゃんも休んだら?」
「早速だが今から傷口の消毒をする。ついでに全身の清拭もしよう。申し訳ないが服を脱いでもらうよ」
「えっ、脱ぐの? ……はうっ……下着はいいよね?」

胸と股間の清拭は自分でやるとの了解を基に、仕方なく着ているものを脱ぐことにした。
包帯代わりに巻いていたYシャツ、上着が解かれ畳に置かれる。
スカートを脱ぎ白い太腿が露になると、拓也がゴクリと唾を飲み込んだ。
「目の保養になるなあ」
「あんまりじーっと見ないでよ。恥ずかしいんだから、もう……」
血に塗れたブラウスを脱ぐと、頬を緩ましていた拓也の顔が険しくなった。
「まずい。予想していたとおり化膿している」
脇腹の傷口を見ると確かに腫れあがり、化膿している状態がみてとれる。
「どうなの? あうっ……」
拓也は答えず手際よく処置をしていく。

包帯を巻き終わると首のあたりを拭い始め──その手がふと動きを止める。
(いくつもの小さい穴は……はっ、もしかして盗聴器!? だとしたら僕達の会話が主催者側に筒抜けなのか)
「どうしたの? 怖い顔して」
「可愛そうに、すっかりやつれて見るも無残なほどにガリガリだよ」
そう言いながら拓也は畳に指で文字を書く。
【とうちようきらしきものがついてる。たぶん、せいしがわかるセンサーもついてるだろう】
「えっ、そんなぁっ!」
瑞佳は驚きのあまり顔を強張らせる。
──そういうことだったのか。
およそ二百五十平方キロの島内で、百二十人もの人間の生死の判別をどうやって把握していたものか、解ったような気がした。

「僕も驚いたよ。やつれているとはいえ、スタイル抜群なんだから」
「ああぁっ! そこはいいからぁっ!」
視線を下の方に向けると、いつの間にかブラジャーが外され、乳房が円を描くように拭われていた。
「ごめん、うっかり余計なことをしていたよ。悪い手だなあ、まったく」
「うー、酷いよ。こんなこと……するなんて、はふん」
「悪かった。謝るから許してくれ」
拓也は申し訳なさそうに詫びながらも、乳房から背中、そして足の先までしっかりと清拭をしていった。
タオル越しに指圧する手は少女のツボを確実に刺激して行く。
「あうぅ……ああん……あふぅ、はぅっ……あはん」
瑞佳の声に艶が籠もり、足首が折れ指がきゅっと曲がる。
全身は桜色に染まり瞳は潤んでいた。
このまま抱かれてもいいと思ったが、拓也は軽くキスしただけでそれ以上のことはしなかった。
「ハイ、終わり。浴衣があるから着替えといて。もうすぐお粥ができるから楽しみにしていてくれ」
「救急箱とかお米とかよくあったね」
「うん、他に日付のない生卵や牛乳もあるぞ。探せばまだいろいろと出てきそうだ」
「まだ時間がありそうだから、今度は私が処置してあげるよ」
自分の傷がおもわしくなかったことから拓也の手の傷が気になっていた。

「ありがとう。……う〜、いててて……」
「……ところで瑠璃子さんを生き返らせること、まだ考えてる?」
消毒をしながら聞いてみる。
「う、うん。まあな。瑞佳の言いたいことは解ってる。解ってるんだが、頭の片隅に残ってて消えないんだ」
やはり拓也は優勝者になる考えを捨て切れずにいた。
「そのうちわたしを殺すんだね?」
「いや、それは……できないよ」
何かのきっかけで拓也はまた殺人鬼になりかねなかった。
「私達は主催者のてのひらの上で踊らせられてるんだよ。殺人ゲームが終わり、おにいちゃんが運良く優勝するとするよ」
「ああ、百二十分の一の確立だな。そこまで行き着くにはまさに運次第だな」
「主催者の目的が何かは解らないけど、瑠璃子さんを連れて元の世界に帰してもらえるのかな」
「僕もそこが気になる。望みを叶えてもらっても帰してはくれないだろう。改造人間にでもされるのかな」
瑞佳は拓也の手を両手で包み、見詰め合う。
「難しいけど、脱出しようとしている人達と協力しようよ。最後の一人になるよりは、より現実的だと思うよ」
「そうだな。瑞佳のいう通りだ。もう生き返らせようとは考えないから安心してくれ」
「うん、誰か瑠璃子さんの消息を知っている人に会って、彼女を見つけてお墓を作ってあげようね」
「そこまで気遣ってくれるなんて……嬉しいよ、ありがとう」


拓也が部屋を出て行くと改めて回りを見渡す。
どうやらこの部屋は休憩室か仮眠室らしい。
畳敷きなのが日常を彷彿とさせるが、なぜか色褪せておらず新品に近い気がした。
「残りの部分」を蒸しタオルで拭うと浴衣に着替え布団の中に潜り込む。
今日もまたたくさんの人が死んでしまった。
芳野祐介が気にかけていた婚約者の妹、伊吹風子の名前も放送にあった。
果たして本人なのか同姓同名の別人か確かめることは困難になってしまった。
(誰か伊吹さんのこと知っている人、いないかなあ)
口にはしなかったが拓也も知り合いがいたようだ。
残る四十三人からゲームに乗っている者を差し引けば、同志と呼べるのは三十五、六人くらいか。
明日の放送では何人生き残っているのか想像しただけでも恐ろしくなる。

「一階の詰所に電話があるからかけてみるよ。人が集まりそうなところにかけてみるつもりだ」
「なるべく早く戻ってきてね」
拓也は瑞佳の不安げな声を背に階下へと降りて行く。
建物は小規模ながらコンクリート製二階建てで、銃撃には十分耐え得るものでありそうな気がした。
一階は車庫と詰所。車両はない。
入口を入ってすぐに詰所と階段があり、階段を上りきったところに鉄製のドアがある。
内から鍵をかけて閉じ籠れば、まさに砦には打ってつけの構造であった。

詰所に入り二つの電話機を見つめる。
一つは一般用でもう一つは公共施設用の直通電話。
直通電話には本署、三つの村役場、診療所、鎌石小中学校、郵便局、琴ヶ崎灯台の表示つきのボタンがついている。
──果たして使えるか。
──室内の電気やガスが使えることから電話も使えないことはないはずだ。
ゆっくりと受話器を取るとツーという通話音が聞こえた。
連絡先に診療所を選んでみる。
……十秒……十五秒……二十秒……。
受話器からは虚しく呼び出し音が聞こえるのみであった。
(診療所が無人だとすると他は駄目だな)
水瀬名雪から聞いた話を思い出す。
彼女を保護していた二人の看護婦らしき人は診療所から避難していたのだろうか。

外を見ると雨が降っている。
雨の音を聞きいているとこみ上げるものがあった。
数少ない知り合いだった国崎往人と神岸あかりも死んでしまった。
(もう一度会いたかったな、あいつら。神岸さん、僕の学ラン返してくれよう〜)
特殊技能を持つ国崎が生き残れなかったことはショックだった。
瑞佳の他に信頼できるのはもう、長瀬祐介しかいない。
(長瀬君、どうか生きていてくれ。君と力を合わせれば道はきっと開く)
拓也は明かりを消すと力なく階段を上っていった。

七瀬留美が蹲り泣いていた。頭をタライに突っ込んで。
後ろにはこちらを背に折原浩平が佇んでいる。
「もう、また七瀬さんイジメてる〜。泣かせちゃ駄目じゃない」
瑞佳は浩平の横顔を覗き込んだ途端、凍りつく。
彼の目からは涙が溢れ、そして手にしているのは黄色いリボン。
「それ、わたしの……」
髪につけているはずのリボンはなく、なぜか浩平の手中に……。
全身に鳥肌が立ち、体が震える。
「なんで泣いてるの? なんで? もしかしてわたし死んだの? ……いやっ、怖い、怖いよ〜。いやあぁぁぁっ!」
「……か! 瑞佳っ! しっかりして!」


部屋に戻ると瑞佳の容態が急変していた。
大粒の汗をかきながら悪寒に苦しむ姿が痛々しい。
「わたし、駄目かも、しれない。なんだか、気が遠くなってく……」
瑞佳はうっすらと目を開け呟いた。
「大丈夫だよ。僕がついてるから気をしっかり持って」
「おにいちゃん、ぎゅってして」
その言葉を最後に瑞佳は昏睡状態に陥った。
「瑞佳が死んだら僕はどうすればいいんだよう。お願いだから僕のために頑張っておくれ」
拓也は布団の中に入り悪寒に苦しむ彼女を抱き締め、自らの体で暖める。
手を握ると微かに反応があるのが救いだった。

窓には雨が打ちつけ、いくつもの雫が垂れて行く。
瑞佳の身に、予断を許さない状態がいつ終わるとも知れず続いていた。




【時間:二日目・22:00】
【場所:C-06鎌石村消防分署】

月島拓也
 【持ち物:消防斧、支給品一式(食料は空)】
 【状態:瑞佳を暖めている。両手に貫通創(処置済み)、睾丸捻挫、背中に軽い痛み、疲労】

長森瑞佳
 【持ち物:ボウガンの矢一本、支給品一式(食料は空)】
 【状態:昏睡、悪寒に苦しんでいる、重篤。出血多量(止血済み)、脇腹の傷口化膿(処置済み)】
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