――待つ時というのは長いもの。 情報収集の傍ら、パソコンの時計機能を見返し見返し焦れる時を過ごす。 あの兎が時計機能に細工して僕の反応を楽しんでいるんじゃないかという位流れる時の歩みは遅かった。 それでもいつかは変化が訪れる。 『メールが届きました』 「!!」 来た。 ついに来た。 少なくとも向こうはこちらに興味は持ってくれた。 さあメールを開け。 希望の扉を開くんだ。 兎共を騙し、欺き、裏を掻き、僕らが無思慮に行動していると思わせるんだ。 希望の鍵を鋳造しろ。 0%の勝率を唯ひたすらに上げていけ。 僕は潜れなくてもいい。 あの島にいる人達が通れれば。 覚悟はとうに決めている。 何があろうと奴らを殺すのだ。 『ハッカーより放送者へ』 『はじめまして。俺は河野貴明と言います。 断っておきますが、俺はハッカーではありません。 ハッカーの名前は伏せておきます。 俺達は貴方の事を信じます。 俺達も主催者が心底憎いです。 是非協力して主催者を倒しましょう。 貴方はどうやって俺達を特定しましたか? カメラに俺達は映っていますか? カメラは動いていますか? 他にも聞きたいことが出来たら随時送ります。 それでは。』 ――愕然、としてしまった。 違う。 違う! 違う!! これじゃ駄目なんだ! 自分の名前を簡単に名乗って! 僕が反主催者だとあっさり信じて! 聞きたいことがあったら随時送るだって!? 何を考えているんだ! 望みが…… 主催者を倒すには……ハッカーの協力がいるのに…… 知恵が働かない味方なんて足手纏いでしかないのに…… どうしよう…… どうする…… 「――ぁ?」 声にもならない声が喉から漏れる。 メールの最後に添付が付いていた。 「?」 絶望に身を窶しながら開いてみる。 ――僕が送った情報? 何だ? 何でこんなものを? その瞬間、頭の中で仮定が構築される。 自分でも止められない速度で色々な事が駆け巡る。 もしかして……もしかして……もしかして……! 希望的観測じゃないか? 構わない! どの道最初のメールを送った時にすることは決まっているんだ! そうなら……もしそうなら! 知恵が働かない味方なんて足手纏いだ! さぁ考えろ! 僕が足手纏いになってはいけない! 主催者も神ではない筈だ。 きっと全ては分からない。 手の上で踊る振りをし続けろ。 最後にその手を食らい尽くす為に! 「信じて……くれた……」 油断しろ。 僕らは無害だ。 こんなにも愚かなやり取りをしているんだ。 指を刺し嘲笑え。 自分が磐石の上にいると思い込んでいろ。 絶対に……逆転してやる。 「……」 「……」 「……」 「……」 今、皆さん寝ていらっしゃいます。 寒を凌ぐ為に固まって。 それでも心底熟睡して。 無理にでも休息を取る必要がありました。 休むことに抵抗を感じていらっしゃいましたが、横になるとすぐに寝息を立てられました。 当然……ですね。 特に貴明さんは全身傷だらけです。 あのままでは何もせずとも死んでしまいかねませんでした。 あのメールは恐らく返信までに時間が掛かるでしょう。 その間に少しは休めるはずです。 ……久瀬、という方がどちらであれ。 何故……殺し合いなど強要させられているのでしょうか。 貴明さんも、姫百合さんも、久寿川さんも。 こんなことをさせる必要があるのでしょうか。 主催者の方々は何を考えているんでしょうか。 私は……どうするべきなのでしょうか…… どうやって……皆さんを助けるべきでしょうか…… 「せめて……」 やれることはやっておきましょう。 それがどんなに小さなことでも。 ゆめみは手持ちの忍者セットを思い返し、立ち上がった。 …………………… どぉぉぉ……ん…… ……爆音? 距離は……結構あるでしょうか…… どぉぉぉ……ん…… また…… 「ゆめみさん……」 久寿川さん…… 今ので起きてしまったのでしょうか。 問うような目。 「恐らく遠いです。今は問題ないでしょう。休んでいてください」 「でも……」 「今は……回復のほうが重要です。寝てください」 「……何かあったら」 「起こします。……ですから……」 「ありがとう。……おやすみなさい」 再び目を閉じる久寿川さん。 寝た……少なくとも寝る気にはなってくれたようです。 回復……攻撃……情報収集…… 今はただ時間がほしい…… 無駄にできる時間はありません…… 私も…… どごぉぉぉぉぉん…… 大きい……? 先程よりも大きな爆音。 爆発の規模が大きいのか、それとも近付いたのか…… 久寿川さんは今度は眠っています。 もしくは、目を閉じているだけなのか…… 「っ……つぅ……」 貴明さんの呻き声が聞こえます。 何故あんなに傷を負ってあれほどまで頑張れるのでしょうか。 怖くはないのでしょうか。 辛くはないのでしょうか。 痛くはないのでしょうか。 時折、ふと貴明さんの眼がとても鋭く険しくなることがあります。 一瞬でそれは掻き消えてしまうのですが、もう錯覚とは思えないほど何度も見ています。 そういう眼をしたとき、大抵は姫百合さんが貴明さんに触れるのもそれが原因なのでしょうか。 姫百合さんも気付いているのでしょう。 恐らくは、久寿川さんも。 「瑠璃ちゃん……」 その呟きが聞こえてきたのはこの場に音を立てるものがなかったからでしょうか。 殆ど聞き取れない、微かな囁き。 双子…… 姉を守って死んでいった姫百合さん…… 妹に守られたことをずっと――恐らくは一生――背負い続ける姫百合さん…… 双子というのはそんなに重い存在なのでしょうか。 姫百合さんにとって姫百合さんはどんな意味を持っているのでしょうか。 任意で生み出される存在の私達には永遠にわからないことなのでしょうか…… …… ……? 雨……? 夜……雨…… 回復、攻撃、情報収集。 今大切なのは時間。 無駄に出来る時間は1秒もありません。 これで島の時間が緩やかになってくれるといいのですが…… 「起きてください。来ました」 「……そう」 ゆめみさんが私を揺すって起こしている。 起きた事を言外に告げて、貴明さんから離れて立ち上がる。 背を伸ばすとぽきぽきと音が鳴った。 大分体が楽になっている。 ゆめみさんに感謝しないと。 「じゃあ、二人も起こしましょう」 「はい」 貴明さんも姫百合さんもよく眠ってる…… 本当なら起こしたくない。 特に貴明さんは傷だらけ。 出来ることなら眠りたいだけ寝かせておいてあげたい。 でも、ここで二人で決めて失敗したら全てが終わってしまう。 そんな勝手は出来ない。 「貴明さん……姫百合さん……起きて……」 「っ……ぅん……」 やっぱり……痛そう…… 「貴明さん……」 「ああ……」 「来ました」 「うん……」 出来ることをやっていくしかない。 そうですよね……? まーりゃん先輩…… 貴明さんは傷が痛むのか少し顔を顰めながら立ち上がろうとして、 すとんと落ちた。 姫百合さんが抱きついたままだから無理に立ち上がらなかったみたい。 ……いいな。 じゃなくて。 「姫百合さん……起きてください」 「珊瑚ちゃん、起きて」 「んぅー……」 「姫百合さん……」 「珊瑚ちゃん」 「うぃー……」 起きない…… 「起きないわね……」 「そうですね……」 そんなに疲れているのかしら。 「珊瑚ちゃん」 「なにぃ……」 「珊瑚ちゃーん」 「あいぃ……」 貴明さんが姫百合さんを揺すりながら起こそうとする。 微妙な反応はするみたいだけどそれでも起きない。 眠った姫百合さん……ね…… 眠り姫を起こすには…… 「王子様のキス……」 貴明さんの顔が一瞬で赤く染まる。 心なしか呼びかける声と揺する手が強くなった気がする。 「キス?」 ゆめみさんが不思議そうに尋ねてくる。 「口付けで眠った人が目覚めるのですか?」 「御伽噺よ。茨の森の奥で眠り続ける呪いを掛けられたお姫様は王子様の口付けを受けると目を覚ますの」 「そうですか……」 ゆめみさんは暫し黙考した後、貴明さんに話しかける。 「あの、貴明さん。こんな状況ですしやれることはやったほうがよろしいのではないかと思うのですが」 「……いやでも唯の御伽噺だし」 「すひゃー……」 「珊瑚ちゃん! 起きて! 珊瑚ちゃん!」 「ぉー……」 がっくんがっくん揺さぶっても姫百合さんはまるで起きる気配がない。 貴明さんの動きが止まる。 俯いたまま暫し硬直。 覚悟を決めたのか、真っ赤になりながらゆっくりと姫百合さんの口に近づいていく。 ちゅ……と小さな水音が聞こえてきた気がする。 「んぃー……」 姫百合さんは…… 「……あー……貴明〜……」 起きた…… 「おはよう。珊瑚ちゃん」 「おはよー。ほなここ、天国?」 むしろ地獄に近いと思うけど…… 王子様のキスってちゃんと効果あるのね…… 知らなかったわ…… 「姫百合さん、きました」 「あー……あ〜……うん……」 「じゃ……」 『見ようか』 筆談に切り替える。 『ええ』 そして、希望の糸を繋ぐメールを開く。 【時間:二日目21:30頃】 【場所:G-3左上の教会】 姫百合珊瑚 【持ち物@:デイパック、コルト・ディテクティブスペシャル(2/6)、ノートパソコン】 【持ち物A:コミパのメモとハッキング用CD】 【状態:決意。メールを送った。工具が欲しい】 河野貴明 【装備品:ステアーAUG(30/30)、フェイファー ツェリスカ(5/5)、仕込み鉄扇、良祐の黒コート】 【所持品:ステアーの予備マガジン(30発入り)×2、フェイファー ツェリスカの予備弾(×10)】 【状態:左脇腹、左肩、右腕、右肩を負傷・左腕刺し傷(全て応急処置および治療済み)、半マーダーキラー】 久寿川ささら 【所持品1:スイッチ(未だ詳細不明)、トンカチ、カッターナイフ、支給品一式】 【所持品2:包丁、携帯用ガスコンロ、野菜などの食料や調味料、支給品一式】 【状態:右肩負傷(応急処置及び治療済み)】 ほしのゆめみ 【所持品:日本刀、忍者セット(忍者刀・手裏剣・他)、おたま、ほか支給品一式】 【状態:胴体に被弾、左腕が動かない、忍者セットから鳴子を協会周辺に配置しました。引っかかったらその場ではなく、ゆめみ側の手元で鳴ります。ゆめみは鳴子のことを珊瑚達には知らせていません】 イルファ 【状態:停止、激しい損壊、椅子に座らされている、左の肘から先が無い】 久瀬 【場所:不明】 【状態:主催者と戦う決意、珊瑚達に全てを託すつもり、パソコンに入っていた情報を小出しにして主催者の出方を伺う】 【備考:久瀬・珊瑚のパソコンの中に入っている情報は作内以外にもお任せ、ただし主催に関する情報は入ってはいない、一回目に久瀬が送った添付は参加者一覧表、二回目は各種島内施設概要】 - BACK