オープニングセレモニー/開宴・ティーパーティーへようこそ




神塚山の山麓に、一際大きな声が響き渡った。

「どういうことなんだ……!」

焦燥の色濃い声音は、久瀬である。
広げた地図に拳が振り下ろされ、鈍い音がした。

「―――落ち着け、久瀬」

傍らに立つ銀髪の男、坂神蝉丸が腕組みをしたまま静かに告げる。

「しかし……!」
「上に立つものが浮き足立てば、兵もまた揺れる。君の立場を思い出せ」

言われ、黙り込む久瀬。
だがその表情には隠しようもない動揺が浮かんでいた。
宥めるように、蝉丸がどこまでも穏やかな口調で言葉を続ける。

「とにかく今せねばならないのは、詳細な状況の確認と善後策の構築だ。
 ……夕霧、君たちの意識共有に何らかの障害が発生しているというのは確かなんだな?」

問いにこくりと頷いたのは砧夕霧、その中核をなすという少女である。
首肯の拍子に、額がきらりと陽光を反射して煌いた。

「―――B隊の半数とは連絡が取れない、か」

最初にその報告が上がったのは、一時間ほど前のことだった。
幾つかの交戦情報の後、東崎トンネルを突破したB隊から入った報告は不可解なものであった。
一部のユニットが隊列を離脱したというのである。
山道を経由して山頂北側を目指すはずが、鎌石小中学校へと進路を変えているという。
意識共有にも奇妙な返答をするばかりで、まともに応じようとしない。
初めは数体に見られるのみだった異常は、瞬く間にB隊の多数に伝染していった。
登山道に入る頃には一万の内、実に半数近くが隊列を離れていたのである。

「……そしてC隊は上陸直後に甚大な被害を受けて潰走。
 一体、I−4地点に何がいたというんですか」

苦々しげに、久瀬が言う。
若干の平静を取り戻してはいるようだったが、渋面は晴れることがない。

「不明だ。接敵した個体の悉くが、相手を認識するよりも早く殺されている。
 尋常ではない殲滅力をもった何か、としか言えんな」
「……その何かによって三々五々に散さられたC隊の内、予定通り平瀬村に向かった一群が
 これまた壊滅的な損害を被っているというのも信じられません。
 いかに悪天候下とはいえ、これほど容易く撃破されるとは……」
「夕霧たちの力は君もよく知っているはずだ」
「しかし……」
「我々が敵の戦力を過小評価していたに過ぎん」

断言され、久瀬がようやく口を閉ざした。

「別働隊の作戦計画に修正が必要なのは確かだが、天候は回復している。
 これ以上、戦況が悪化することはないと考えていいだろう。
 それより目下最大の問題は……」

久瀬の矛先を逸らすように、蝉丸は地図を指差す。
指し示したのはF−5地点。神塚山の山頂を表わす点だった。

「我が本隊の先遣、既に山頂へと到達していなければならない筈の隊が、何者かに悉く水際で
 食い止められているということだ」
「山頂に占位する敵は、報告によれば二人でしたね……」
「容姿から判断すれば、おそらく古河秋生、長瀬源蔵の二名だろう。
 重傷を負っているということだが、これだけの時間、夕霧の攻勢を凌ぎきるとなれば、
 相当に手強い相手と考えなければならんだろうな」
「しかし、我々に打てる手は……!」

落ち着き払った蝉丸の声に、久瀬が噛み付く。
それは先程から、散々に検討してきたことだった。

「そうだ。細い山道を通じて一度に山頂に送り込める数には、限りがある。
 夕霧たちの本領は数による殲滅戦だ。少数を各個撃破されてしまっていては話にならん」
「しかしB隊、C隊の山頂到達までは、まだ……」

混乱した別働隊の再編までは、今しばらくの時間を要する。
現状で山頂に投入できるのは本隊だけだった。

「絶対的な突破力が足りん。単体で突出した火力があれば、一気に制圧することも可能かもしれんがな」
「くそ、時間がないっていうのに……!」

歯噛みしながら久瀬が幾つもの書き込みがされた地図から視線を上げ、夕霧の大軍勢で渋滞の様相をみせる
山道を睨んだ、正にその瞬間である。

「―――お困りのようですねっ」

ぎょっとして振り向いた、すぐ目の前に、何かがいた。

「単体で、突破力と、火力がいる……はい、おまかせですっ!
 佐祐理は難しいことはよくわかりませんが、魔法はなんでも叶えてくれますから、安心してくださいねっ」
「な、な……倉田、さん……!?」

何故、倉田佐祐理がここにいるのか。
周囲の砧夕霧をどうやって突破したのか。
坂神蝉丸をしてこれほど接近するまで気配を感じ取らせなかったというのか。
そして、幾つもの疑問にレスポンスの低下した久瀬の思考回路を支配する最大のクエスチョンマーク。

 ―――その手に持っている、ピンク色のそれは何ですか。

絶句しながら視線を動かせば、傍らの蝉丸もまた表情を引き攣らせたまま固まっていた。
坂神さんでもこういう顔をするのか、などという思考が現実逃避以外の何物でもないと、自身でも理解していた。

「大丈夫です、佐祐理は困った人の味方ですからっ。……えいっ」

目の前にいる何かが、手にした杖のようなものを振るのを、久瀬は呆然と眺めていた。
きらきらと零れ落ちる光が綺麗だと、そんなことを考えていた。


******


「……なあ、爺さん」

満身創痍の身体に闘志だけを宿し、一振りの銃を構えながら男が言う。
荒い呼吸の合間、擦れた声で交わされる会話。

「……何じゃ、若造」

流れ出る血すら既に枯れ果て、それでも黄金の拳を下ろすことなく老爺が応えた。

「……ヒーローって何だか、わかるか?」

男の銃に、真紅の光が揺らめいた。

「負けねえ男? いいや、違う」

赤光。
眼前の一体が吹き飛び、急斜面を転げ落ちていく。

「強い男、挫けねえ、諦めねえ、違う、違う、違う。話にならねえ」
「……ならば、何と?」

もはや連射のきかぬ赤光を掻い潜って近づいてきた一体を、老爺の拳が捉える。
重い一撃にのけぞったところに追撃を叩き込まれて周囲の何体かを巻き込みながら落ちていく個体には
目もくれず、次の獲物を探しながら老爺が訊ねた。

「ヒーローってのは―――正義の味方、だ」
「ほう」

背中合わせに回転しながら、赤と金の光が閃く。
その度に、小さな影が山頂から弾き飛ばされ、転落する。

「悪の怪人をぶっ飛ばす。そういうもんなんだよ」
「成る程の。―――ならば」

苦笑じみた声が、応える。

「……ああ、うってつけの状況ってやつだ、こいつぁ」

二人の眼下。
登っては叩き落され、しかしいっかなその数を減じる様子をみせない不気味な少女たちの動きが、
ここにきてその様相を一変させていた。

「長生きしてると、……ああいうもんにも、馴染みができるのかよ、爺さん」
「来栖川では、夢も売るがの……生憎と、あの手のものは扱っておらん」

見下ろす先には、山道に密集した少女たちがいる。

「あのような―――人を食って取り込む化け物は、の」

吐き棄てるように言った老爺の視線の先、山頂に程近い斜面で、ぐずり、と。
少女が、融けた。
それはまるで、火に炙られた蝋細工のように。
唐突に、人の形を失って融け落ちたのである。

「畜生……またかよ」

融け落ちた、乳白色の水溜りに、近くの少女たちが一斉に群がる。
ずるりずるりと、音がした。啜っている。
つい今し方まで己と同じ姿形をしていた少女の成れの果てを、少女たちが四つん這いになって啜っている音だった。
怖気立つような光景の中で、同胞を啜る少女たちの身体に変化が訪れる。
ごぐり、という奇妙な音と共に、少女を構成する骨が、筋肉が、その配置を変えていく。
肘が、膝が、本来あり得ない方向に曲がっては、正しく接ぎ合わされていった。
奇怪な人体実験の如き、それは凄惨な光景だった。
そして、何よりおぞましいことには、

「一人を食えば、一人分……ってか……」

嫌悪感も露わな、秋生の言葉どおり。
同胞の血肉を啜った少女の身体は、一回り大きく成長していたのである。

「連中、食った分だけデカくなりやがる……」

既に周囲の同胞から頭一つ抜け出た少女が、山道を埋め尽くす群れのそこかしこに見え隠れしていた。
一回り大きくなった少女は、しかしすぐにまた融け崩れ、周囲の少女に食い尽くされる。
食った少女が立ち上がれば、他の少女よりも二回り大きく育っていた。
二回り大きな少女が、融けて崩れる。崩れて喰われる。喰われて育つ。育って融ける。
それは紛れもない、悪夢の連鎖であった。
しかし、秋生と源蔵は既にその光景を見てはいない。

「……そろそろ来るぞ、小僧」
「ああ、わかってらあ」

二人の視線が捉えていたのは眼下、山の中腹付近だった。
山道を埋め尽くしていたはずの群れは、その周囲には存在しなかった。
ぽっかりと空いたその場所には、少女がたった一人で立っていた。
無数の少女たちと同じ造作、同じ顔。
ただ一つだけ異彩を放つところがあるとすれば、それは―――

「畜生、でけえな……!」

数十メートルはあろうかという、その巨体であった。




 【時間:二日目午前11時ごろ】
 【場所:F−5、神塚山山頂】

古河秋生
 【所持品:ゾリオンマグナム】
 【状態:ゾリオン仮面・肋骨全損、肺損傷、瀕死】
長瀬源蔵
 【状態:貫通創3、内臓破裂多数、瀕死】
砧夕霧
 【残り24989(到達12)】
 【状態:進軍中】
融合砧夕霧
 【790体相当】


 【場所:G−5】
久瀬
 【状態:悲壮】
坂神蝉丸
 【状態:健康】
砧夕霧コア
 【状態:健康】

倉田佐祐理
 【所持品:マジカルステッキ】
 【状態:不幸を呼ぶ魔法少女】
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