失策




――事の発端は三時間前に遡る。
吉岡チエと小牧愛佳はウォプタルの背に乗って、教会目指して突き進んでいた。
ウォプタルの速度なら敵と出会っても容易に逃げ切れる為、堂々と街道を往けるのもあり、そのペースは非常に速かった。
「いや〜、ウォプタル最高っスよ〜! 全身に風を受けて進んでいく感じが、もう堪んないッス!」
「う、う〜ん、そうかなぁ……。あたしはちょっと、速過ぎて怖いな……」
チエはテンション最高潮といった様子で、早口で喋りながら表情を綻ばせている。
逆に愛佳は少し怯えた顔をして、手綱にしっかりとしがみ付いている。
方向性は違えど落ち着きに欠ける二人だったが、移動自体は順調に進んでいた。
だがやがて、異変が訪れる。
「あれ……? 小牧先輩、なんだかおかしくないッスか?」
「どうしたの?」
愛佳が聞き返すと、チエは戸惑いの色を含んだ声で答えた。
「なんかびっみょ〜〜に、速度が落ちてるような……」
「……え?」
そこで愛佳はようやく気付いた。
チエの言葉通り、ウォプタルの速度がどんどん落ちてきているという事に。
そして――
「わ、わわっ!?」
「うわたたっ!?」
視界がガクンガクンと大きく揺れる。
唐突にウォプタルが急停止してしまったのだ。
二人は反動で振り落とされそうになるのをどうにか堪えた後、ゆっくりと地面に降り立つ。
一体どうしたのかと思い、ウォプタルを確認して、すぐ急停止の原因に気付いた。
「そっか……この子疲れてるんだ……」
ウォプタルは息を乱しており、心無しかその顔も疲れているように見えた。
朝から食事も与えられずに乗り回された上、今度は大量の荷物を乗せられてしまっていたので、とうとう体力の限界が来たのだ。

   *     *     *

「困ったっスね……」
「そうだね……」
「クワァ……」
茜色の陽光が木々の隙間より差し込む森で、二人と一匹の沈んだ声だけが響き渡る。
二人は森の中に身を潜め、ウォプタルの回復を待つ事にしたのだ。
歩いて教会に向かうという選択肢も存在したが、それは止めておいた。
多少出発を遅らせてでもウォプタルに乗って移動した方が、安全であるとの判断からだった。
そこら中に生えている雑草を集めて食べさせたものの、ウォプタルはまだぐったりとしている。
「う〜ん、流石に荷物が多すぎたッスか……」
「ゴメンねぇ、無理させちゃって」
愛佳はウォプタルの頭にそっと手を伸ばして、優しく撫でた。
するとウォプタルがクワァと、力の無い鳴き声を返してきた。
「この様子だともう少し休ませてあげた方が良さそうだね」
「これじゃ藤田先輩の方が先に教会へ着いちゃいそうッスね。
 むむむぅ、先に出た癖に遅刻すんなって怒られちゃいそうッスよ」
チエがにかっと笑いながら冗談っぽく言ったその時、『ソレ』が始まった。
『――みなさん、聞こえているでしょうか?』

――絶望の到来を告げる第三回放送が。

20番、柏木千鶴。
その名前が読み上げられると、愛佳はがっくりと俯いて表情を大きく曇らせた。
千鶴を自らの手で殺してしまった――改めてその事実を突きつけられると、やはりまだ胸が痛む。
愛佳の胸中には強い後悔と、やるせない思いが渦巻いていた。
(千鶴さん、ごめんなさい。あたしは貴女に助けられたのに……貴女のおかげで立ち直れたのに、恩を仇で返す事しか出来ませんでした……)
少なくとも愛佳の知る千鶴は、優しい心を秘めている人物だった。説得は、可能な筈だった。
自分は一体何処で間違ってしまったのだろうか?
千鶴が詩子達を打ち倒したあの時、強引にでも引き留めていれば良かったのだろうか?
それとも役所で――あの完全に理性を失った千鶴相手に、捨て身の覚悟で説得を続ければ良かったのだろうか?
もう、分からない。

一方チエも愛佳を慰める余裕は無く、何かを堪えるようにぐっと唇を噛み締めていた。
それも当然だろう……一緒に牛丼を食べた仲間達の名前が、一気に読み上げられたのだから。
もうあの仲間達と過ごした楽しかった時間は、永久に帰ってこないのだ。
場に沈痛な雰囲気が漂い、ただ放送だけが淡々と流され続ける。
そして彼女達へと追い討ちを掛けるかのように、告げられた。
『――89番、藤田浩之』
ほんの数時間前まで行動を共にしていた、浩之の名前が。
その名前を耳にした瞬間、チエは背中へと氷塊を押し込まれたような感覚に襲われた。
「え……藤田先輩が……? どういう……事ッスか……?」
浩之の名前が放送で呼ばれた――となると、結論は一つしか有り得ない。
混乱したチエが正解を導き出すより早く、愛佳が暗い声を洩らした。
「あの書き込みは島中のパソコンで見れる筈だから……多分役所に別の、殺し合いに乗った人が来て……」
「そ、そんな……」
そう、別の殺人鬼がやってきて、浩之は殺されてしまったのだろう。
よくよく考えてみれば、これは予測して然るべき事態だった。
ロワちゃんねるの書き込みに気付いた者が、全員時間通りにやって来るとは限らない。
敢えて遅めの時間にやってきて、漁夫の利を狙おうとする狡猾な輩だっているかも知れないのだ。
そのような危険な場所に気落ちした浩之を一人残してきたのは、明らかな失策だった。
「藤田先輩……ごめんなさい……」
チエは視線を足元に落とし、か細い肩を震わせた。
認めるしか無かった。自分達はまた一つ、取り返しのつかない間違いを犯してしまったのだという事実を。




【2日目・18:10】
【場所:D−3】

吉岡チエ
 【装備:89式小銃(銃剣付き・残弾30/30)、グロック19(残弾数7/15)、投げナイフ(×2)】
 【所持品1:89式小銃の予備弾(30発)、予備弾丸(9ミリパラベラム弾)×14】
 【所持品2:ノートパソコン(バッテリー残量・まだまだ余裕)、救急箱(少し消費)、支給品一式(×2)】
 【状態:後悔、左腕負傷(軽い手当て済み)】
 【目的:ウォプタルの回復を待って教会へ】

小牧愛佳
 【装備:ドラグノフ(6/10)、包丁、強化プラスチックの大盾(機動隊仕様)】
 【所持品:缶詰数種類、食料いくつか、支給品一式(×1+1/2)】
 【状態:後悔】
 【目的:ウォプタルの回復を待って教会へ】

ウォプタル
 【状態:疲労、休憩中】
 【備考】
  ※以下のものはすぐ傍の地面に置いてあります
   ・火炎放射器、支給品一式×4
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