幕間・生まれざる仔ら




「さて、どうしたもんかなあ……」

静まり返った森の中、白いワンピースを纏った少女が、小さく呟いた。
目の前には横たわった何者かの影。

「千鶴さんも大概よね……攫ってこいの次は運んどけ、って。
 もう、可憐な女の子にどうしろっての」

ワンピースの少女の前にぐったりと横たわるその影の名を、来栖川芹香という。
身体に外傷は見当たらなかったが、その目はしっかりと閉じられている。
規則正しく上下する胸の膨らみが彼女の生存を物語っていた。

「まあ、約束は覚えててもらってるってことだから、いいけどね……」

ぶつぶつと呟きながら、少女は何気ない仕草で芹香の襟首を掴み上げる。
義務教育に入っているかどうかという年齢に見える少女だったが、自身よりも大きな芹香の体重を
苦にする様子もなく、ずるずると引きずりながら歩いていく。

「とりあえず千鶴さんの仕事場まで持ってくか……ちぇ、面倒だなあ、もう」

可愛らしく舌打ちしたときである。
少女の脳裏にノイズが走るような感覚が走った。
間を置かず、どこからともなく声が聞こえてくる。

『やっほー。ろうどう、ごくろう』
「あ、汐」

驚く様子もなく、少女が返答する。
声は少女にとって聞き慣れたものであった。

『なんかたいへんそうだねー。いりぐち、あけようか?』
「あ、そうしてもらえると助かるかな」
『りょうかーい。ちょっとまっててね』

声と共に、何かがさごそと探るような音。
少女は濡れた地面に座り込もうとして少し眉を顰め、辺りを見回して結局、横たわる芹香の身体の上に
ちょこんと腰掛けた。

「そうだ、みちるちゃんはどうなった?」
『んー? いつもとおんなじ。さっき、あの子のところにもどってきたよ』
「なんだ、つまんない」

ぷう、と頬を膨らませる少女。

「結局、今回も何もできなかったんだ。口だけだなあ」
『うーん、でもしょうがないんじゃない?』

返ってきた声は、子供じみた口調に似合わない、どこか苦笑するような声音だった。

『これがはじまってるんだもん。みちるおねえちゃんがなにをやったって、もうおそいよ』
「ま、そうなんだけどね……」

嘆息してみせる少女。

「世界はもう、近いうちに終わる」

明日は晴れる、とでもいうような気軽な口調で、少女は世界の終末を口にする。

「けど、それでも何かできるかもしれないって、いつも言ってるからさ、あの子は。
 そのくせお気に入りの人たちに接触するのは怖がって。ああいうところ、嫌いだな」
『あはは、なかよくしなきゃだめだよ〜』

宥めるような声。

『わたしたちは……』
「分かってる。私だって別にあの子のぜんぶが嫌いだってわけじゃないよ」
『なら、いいけど。……それより、きいてよ〜』

話題を変えようとでもいうのか、声のトーンが唐突に高くなる。

「どうしたの、そっちで何かあった?」
『あのね、ほしのゆめみがね』
「……?」
『ロボ』
「……ああ、ガラクタで作ってるって言ってたあれ」

呆れたような少女。
いくら消化試合のようなものだとはいっても、適当なものを放り込むのは感心しない。
自分たちは速やかに次に備えるべきであって、妙なハプニングを起こす必要などないのだ。
何度となく言ってはみたものの、お姫様はまるで悪癖を改める様子はなかった。

『でね、ほしのゆめみがね』
「……はいはい、ほしのゆめみが?」
『せっかくつくったのに、かんじんのなかみをどっかにおとしちゃった』
「……は?」
『なかみ、どっかのせかいにおとしちゃった』
「……そこで落としものなんかしたら、絶対見つからないよ」
『そうだよね……ざんねん』

世界の終わりの向こう側からの声に、少女は溜息で応えた。

「やっぱり、私がちゃんとしないとダメだね……」
『あ、いりぐちかいつうでーす』

声と共に、少女の眼前の景色が歪んでいく。
歪みはやがて小さな円を描き、安定する。
円の向こう側は見通せない。黒、という色だけがあった。

もう一度だけ嘆息して少女は立ち上がると、腰掛けていた来栖川芹香の身体を無造作にその歪みへと放り込んだ。
抵抗なく、その身体が歪みへと飲み込まれていく。
それを見届けて、少女は自らもまた歪みの中へと踏み込んだ。
小さな身体が歪みの中へと消えると同時。
歪みは、瞬く間に掻き消えていた。
後には、何一つとして残らない。
静まり返った森は、元より誰も存在しなかったというように、ただ梢を風に揺らしていた。




【時間:2日目午前10時過ぎ】
【場所:H−7】

みずか
 【所持品:来栖川芹香】

来栖川芹香
 【持ち物:水晶玉、都合のいい支給品、うぐぅ、狐(首だけ)、蝙蝠の羽】
 【状態:盲目、気絶中】
 【持ち霊:うぐぅ、あうー、珊瑚&瑠璃、みゅー、智代、幸村、弥生、祐介】

岡崎汐
 【時間:すでに終わっている】
 【場所:幻想世界】
 【所持品:不明】
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