激しい雨が、大きな音を立てて村に降り注いでいた。 重い雨粒が身体を打ち、跳ねる水溜りが靴を塗らす。 坂上智代とその仲間達は鎌石村で同志を探していたが、成果は芳しくなかった。 薄暗い視界の中では効率的な捜索など望める筈も無く、ただ疲労だけが蓄積してゆく。 やがて痺れを切らしたように、里村茜が口を開く。 「雨の勢いが弱まるまで何処かで休みませんか? 雨音が邪魔で、どうしても周囲への注意が散漫となってしまいます」 「しかし私達がこうしている間にも、この島の何処かで殺し合いが起こっているかも知れない。 全く怪我をしていない私達が、休んでいる訳にはいかないだろう」 智代が苛立ちを隠し切れない様子で、反論の言葉を紡いだ。 多くの人間が既に死んでしまった中、まだ自分達が五体満足で居られている事は本来なら喜ぶべきなのだろう。 だが――この島に来てから、まだ自分は何もしていない。 した事と言えば精々、的外れな推論で行動し時間を無駄にした程度だ。 あの陽平でさえ筆舌に尽くしがたい激戦を潜り抜けているというのに、仮にも生徒会長である自分がこの体たらく。 ただひたすらに空回りを続けている自分が、酷く滑稽で矮小な存在に思えた。 自分も何か成し遂げたかった。誰かを救いたかった。脱出への糸口を探り当てたかった。 しかし茜はそんな智代の内心を意にも介さず、淡々とした口調で言った。 「智代もあの放送を聞いたでしょう? 鎌石村役場に争いを止めに行った、藤田という方や川名先輩が死んだ……。 ねえ詩子、川名先輩のチームは仲間割れしそうに見えましたか?」 聞かれて、柚木詩子は少し考え込んだ。浩之達とそう長い時間を共にした訳では無いので、即答出来なかったのだ。 やがて、考えた所で分かりはしないという結論に達し、自分が抱いた印象をそのまま話した。 「ごめん、あたしにははっきりと分からないから、見たまんまを言うね。川名先輩達は……少なくともあたしには、凄い仲が良さそうに見えたよ」 詩子の言葉を受けた茜は、隣を歩く智代を上目遣いで見上げた。 「……という事です。仲間割れを起こしたのでないなら、どうして死んでしまったかは明らかでしょう。 川名先輩達は、別の人間に殺されたんです。殺し合いに乗った――そして三人を相手に出来る程、強力な人間に殺された。 犯人はまだ鎌石村に残っているかも知れない。雨音で敵の接近を察知出来ないこの状況で、これ以上歩き回るべきではありません」 「うっ…………」 返す言葉が無くなった智代は、唇を噛み、悔しさを堪えていた。 智代がどれだけ焦っていようとも、今回は茜の言い分の方が完全に正論なのだ。 幾つもの死線を潜っている浩之達すらも打倒した殺人鬼に、突然奇襲を仕掛けられたらどうなるか……結果は火を見るより明らかだろう。 「そうだな……茜の言う通りだ。まずは休憩して英気を養うとしよう」 だから、智代はそう言うしか無かった。 あれから三人は鎌石村消防署へと移動し、そこを休憩場所に選んだ。 床に付着していた血痕から、この場所で戦闘が行われたのは容易に想像出来たが、それなりに大きいこの建物でなら敵襲にも対処しやすいと考えたのだ。 そして現在一行は消防署内の一室でテーブルを囲み、智代が作ったカボチャのポタージュを食べ始めていた。 「どうだ、美味しいか?」 期待を籠めた目で智代が問い掛ける。 「……智代。なかなかやりますね」 「うん、美味しいわよコレ」 二人がそう答えると、智代は胸に右手を当てて満足げな笑みを浮かべた。 「そうだろうそうだろう。私は女の子だからな、料理くらいお手の物だ」 得意げなその様子には、探索を行っていた頃の焦れた感じはまるで見られない。 勿論、智代は自分の目標を忘れた訳では無いし、今この瞬間だって同志を探しに行きたいと思っている。 だが休むと決めた以上焦っても無駄に疲れるだけなのだから、今は休憩に専念すべきだと判断したのだ。 そう決めてからの智代は素早く行動し、自分より体力的に劣る二人を休ませ、一人で料理を作ったのだ。 まだこの島では何も成していない智代だったが、彼女の持ち味である前向きな精神だけは失っていなかった。 程無くして三人は食事を終え、今後の行動方針について話し合いを始める。 「これからどうするかだが……雨が止んだら同志の探索を再会する、という方向で良いな?」 智代が確認するように訊ねると、茜はコクリと頷いた。 「構いません。私だって時間は無駄にしたくありませんから」 「あたしもそれで良いよ」 そう言ってから、詩子はバッと地図を広げてみせ、これまで自分達が通ったルートに線を引き始めた。 「あたし達は島の外周沿いを回ってきた訳だから……この村でまだ行ってないのは、C-3とC-4のエリアね」 「そうか。じゃあ次はその二つのエリアを探してみよう」 このまま外周沿いに島を回り氷川村まで行くという選択肢もあったが、それでは余りに時間が掛かり過ぎる。 それよりは人がいる可能性の高いこの村で捜索を続けた方が良い、と言うのが三人の一致した見解だった。 そして三人が次の話題に移ろうとした、その時だった。 消防署の入り口付近から、物音が聞こえてきたのは。 「「「――――ッ!」」」 智代達は例外無く息を飲み、すぐに各々の武器を拾い上げた。 智代は専用バズーカ砲を、茜は包丁を、詩子はニューナンブM60を深く構え、部屋の出入り口へと視線を集中させる。 彼女達が居る部屋の出入り口は一つなので、侵入者が来るとすればそこからに違いなかった。 「……どうします?」 茜が部屋の外に漏れぬよう、小さな声で問い掛ける。 「今から出て行っても鉢合わせになるだけだし、ここで待つしかないだろう」 智代がそう言っている間にも、足音は他の部屋には見向きもせず真っ直ぐに近付いてくる。 自分達は少し前まで声を抑えずに話していたのだから、恐らくそれを聞き取られ、居場所まで悟られたのだろう。 「くそっ……今近付いてきてる奴が殺し合いに乗ってるとしたら、最悪だぞ」 智代が苦々しげに呻いた。侵入者に気付くのが遅すぎた。 相手がゲームに乗っていないのならば全ては丸く収まるが、そうで無ければ状況はかなり厳しいものだろう。 先に智代達の存在を察知していて尚、正面から向かってきている――即ち、それだけの自信と実力を備えた殺人鬼が、自分達を殺しにきているのだ。 そしてこの場所では退路が無い以上、逃げると言う選択肢は選べない。 極限まで高まった緊張と重苦しい沈黙が、部屋の中を支配する。 智代は修羅場慣れしているつもりだったが、これは喧嘩などとは桁が違う。 紛れも無い、命の奪い合いなのだ――そう考えると、否が応にも背筋に冷たいものを感じる。 だがそんな智代の緊張は、扉の向こうから聞こえてきた声によって破られた。 「中に居る人達、聞こえていますか? 私は戦う気などありません……出来ればお話がしたいのですが」 その声は、智代達にとって全く未知の人物――鹿沼葉子のものだった。 【時間:二日目・22:40頃】 【場所:鎌石村消防署(C-05)】 坂上智代 【持ち物1:手斧、LL牛乳×3、ブロックタイプ栄養食品×3、食料1食分(幸村)、他支給品一式(食料は残り1食分)】 【持ち物2:専用バズーカ砲&捕縛用ネット弾(残り1発)、38口径ダブルアクション式拳銃用予備弾薬69発ホローポイント弾11発使用】 【状態:健康、若干の焦り、葉子にどう対応するつもりなのかは後続任せ】 【目的:同志を集める】 里村茜 【持ち物1:包丁、フォーク、他支給品一式(食料は残り1食分)】 【持ち物2:LL牛乳×3、ブロックタイプ栄養食品×3、救急箱、食料二人分(由真・花梨】 【状態:健康、葉子にどう対応するつもりなのかは後続任せ】 【目的:同志を集める】 柚木詩子 【持ち物1:ニューナンブM60(5発装填)、予備弾丸2セット(10発)、鉈、他支給品一式(食料は残り1食分)】 【持ち物2:LL牛乳×3、ブロックタイプ栄養食品×3、食料1食分(智子)】 【状態:健康、葉子にどう対応するつもりなのかは後続任せ】 【目的:同志を集める】 鹿沼葉子 【所持品:メス、支給品一式(食料なし、水は残り3/4)】 【状態:軽度の疲労、肩に軽症(手当て済み)、右大腿部銃弾貫通(手当て済み、激しい動きは痛みを伴う)。マーダー】 【目的:何としてでも生き延びる、まずは偽りの仲間を作る】 - BACK