戦慄の浩平




空気が湿り気を帯びてきた。
雨が降る前の独特の臭いがしていた。
空は雲で覆われ、あたかもこの先良からぬことが起こりそうな気配が漂っている。
暗闇を照らしながら、折原浩平は立田七海と共に街路灯のつかない夜道を歩いていた。


高槻の元を経って約三十分。彼らは目的の鎌石村役場の玄関前に着く。
「おかしい。真っ暗じゃないか。岡崎の奴、役場に行くと言ってたはずだが」
「もしかしたら灯火管制をしているんじゃないでしょうか」
「そうかもしれないな。あいつら四人だったか。目張りした部屋でローソクつけてるのかな」
「でもお化けが出そうで怖いです」
ドアを開け一歩踏み入れた途端立ち止まる。
あたりは淀んだ空気に加え、独特の臭いが立ちこめていた。

「なあ、立田」
「こ〜へいさん、帰りましょう。古河さん達は居ないような気がします」
何かを感じるのか七海は浩平の手を引っ張る。
彼女の言うとおり、ここは素直に帰った方がいいかもしれない。
だが浩平は考える。
手ぶらで帰るのはいかがなものかと。
せっかく役場に来たからには何か情報を得るものがあるかもしれない。
「長居はしないから少しだけ中を見ていこう。えーと、灯りのスイッチは……」
玄関の電灯のスイッチを入れてみると、暗闇に慣れた目に眩しいほどの灯りがついた。
「これなら各部署の電灯も生きてるみたいですね」
「ああ、明るきゃ怖くねえだろ」
そう言いながらも体は震えていた。
第六感が「行かない方がいい」と訴えていた。
それでも浩平は勇気を出し通路を進む。

玄関を入って間もなく、広い室内は通路を挟んで両側に各部署の机が設置されている。
「どこかこの辺に……」
目星をつけたところを照らし、室内の電灯のスイッチを見つける。
全部つけると真昼のような明るさが、それまでの恐怖を一掃した。
左右を確認しようとしたところ──
「きゃあぁぁーーーーーーっ!」
静寂を破り、絶叫が響き渡った。

部屋の隅に四人の女性と一人の少年が横たわっていた。
その中の一人は浩平にとって大切な人、川名みさきではないか。
「待て、逃げるなぁっ!」
悲嘆に暮れる暇はなかった。
七海は大混乱に陥り、玄関とは反対側の裏口へと駆けて行く。
「開いててよかった! セブンなんとか」
鍵のかかってなかったドアを開け、七海は再び暗闇の中へと身を躍らせる。
だが外に出て間もなく何かに躓き転倒した。
「大丈夫かぁ? 立田ぁ」
「あっ」という小さな悲鳴とその後の物音からして七海が転んだと察する。
しかし浩平もまた「椰子の実のようなもの」に足を取られ転倒した。

「え、なに? これ、ヒドデ? ヒトデがこんなとこにいるわけ……」
手をついたところに氷のような冷たさのヒトデらしきものがあった。
手でまさぐると手首、そして腕と伝わって行く。
「どうした? 木彫りのヒトデでも落ちてたか?」
「違います! 誰か倒れてます。灯りつけてください」
「なにぃ!? 倒れてる? おお、今つけるぞ!」
浩平は急いで懐中電灯をつけた。
「きゃあぁぁーーーーーーっ!」
「うわぁぁぁっ!」
浮かび上がった光景を目にするや否や、七海は脱兎のごとく逃げて行った。

浩平は飛び退き、尻餅をついたまま大きく仰け反る。
照らされたその先には首のない少女──藍原瑞穂が横わっていた。
周辺を照らすと頭を割られた首が転がっている。
脳はスープ状と化し、頭部を蹴飛ばしたせいで付近に飛び散っていた。


放心状態から我に返るまでにどれくらい時間が経ったのかはわからない。
「げっ! 俺、この人の頭に躓いたのか」
気を取り直すと瑞穂の持ち物を調べることにする。
吐き気を堪え、着衣やデイパックを調べたものの、目ぼしいものはなかった。
「犯人が持って行ったのか。……あっ、しまった。立田のこと忘れてた」
浩平は声をからして七海の名前を叫び続けた。
しかしいくら叫んでも闇の彼方から彼女の返答はない。
暫し考えた末、裏口の外灯をつけるとみさき達の元へ戻ることにした。


五人の亡骸を観察すると改めてその惨状に驚かされる。
みさき以外は皆苦渋に満ちた表情をしている。
一人の女性は呼んで字のごとく全身蜂の巣にされていた。
隣の少女は一箇所を至近距離で撃ち抜かれていた。連射で。
また別の女性は顔面と喉を切り裂かれ、正視に堪えない状態である。
その隣に横たわるみさきだけは唯一人、穏やかな表情をしている。
彼女達とは別に、少し離れたところで横たわるというよりは転がっている、首を斬られた少年。
「おやっ? これは……」
少年──藤田浩之の腹部に刺さっている釘に注目する。
「釘打ち機を使う奴って、まさかアイツ、岸田が殺ったのだろうか」
調べてみると上着とカッターシャツの間に新聞紙や雑誌が仕込まれていた。
背中側にも致命傷はまったく見当たらない。
「もしかして……いや、間違いなく生きながら首を斬られたのか。恐ろしいことだ」
浩平は無学寺で岸田洋一に襲われたことを思い出し、その残忍さに体の震えが止まらなかった。

川の字に横たえられている四人の女性と、転がっている少年を見比べているうちにある疑念が沸き起こる。
(先輩達は同じ時間帯に死んでいる。彼は何をしていたのだろう)
推察の結果──
(ここで戦闘が起き、彼は「後始末」をしていたに違いない。その最中岸田に殺されてしまった)

改めてみさきを窺うと、胸のあたりの着衣に若干の乱れがあった。
視線を下半身へと滑らすと、スカートの裾から白い物が覗いている。
ぴらっとスカートを捲ると下着がずり下げられていた。
「まさか、岸田に純潔を奪われたのか。先輩、悪いけどちょっと見させてもらうよ。変なことはしないから」
浩平は恐る恐るみさきの秘所に顔を近づけた。
(綺麗だ。女の子のアソコを見るのはガキの頃の長森のタテスジを見て以来だな。ハァハァ……)

性交の気配は見当たらないが陰唇から「何か」がわずかに覗いている。
異物を摘み、ゆっくりと引き抜くと驚くことにそれはライターであった。
岸田は浩之殺害後、手痛い損傷を受けた腹立ち紛れにライターをみさきの性器に捻じ込んだのであった。
「岸田の野郎、許せん! 俺を差し置いて先輩のアソコに挿入しやがって!」
激昂したものの、頭に上った血はすぐに海綿体へと流れて行く。
「うぅ、悲しい時でさえ俺をカスタマイズするみさき先輩って、なんて偉大な女の子なんだ」
欲望を抑えきれず、ベソをかきながらみさきの胸へとダイビングする浩平。
「うわっ、パフパフできねえや。こんなにカチカチになって、御いたわしやあ、みさき先輩よ」
ふっくら柔らか仕上げと夢見るも、硬直したみさきの胸は浩平を満足させるものではなかった。
みさきの唇に触れてみると氷のような冷たさが指に伝わってくる。
「いつかお腹壊すくらいカレー食べさせてあげたかったのに。寒い時は体で暖めてくれるって約束したのに! ううぅ……」

一頻り涙を流すとみさきの腰を抱え、下着を元に戻してやる。
それから彼女の傍で膝を抱えながら七海の帰りを待つことにした。
「立田の奴、戻ってこないかなあ」
そのうちひょっこり戻ってくるのではないかと思ったが、時間だけが徒に過ぎて行く。
もしかしたら高槻の元へ帰ったのかもしれない。
他に行く宛てなどないのだから。

浩平は役場の外に出ると、外周を歩きながら七海を呼び続けた。
しかしいくら呼んでも返事はなかった。
(やっぱり帰ったに違いない。悪い方に考えるのは良くないことだ、うん)
夜の捜索は非常に危険であり新たな犠牲者を出しかねない。
溜息をつくと遺品のライターに火ををつけてみる。
炎を眺めているとみさきとの在りし日の楽しい思い出が浮かび上がった。
(時間が経てば先輩の美しい顔が見るに耐えないものになってしまう。衛生上の問題もあるし、役場を燃やそうかな」
今役場に火をつければ遠くにいる人からも見えるだろう。
(待てよ。これは俺の一存で決めてはならない。高槻達と相談しよう)


役場の門を出、表通りに出ると何気に道路の西の方に視線を送る。
真っ暗な闇の彼方には、昼過ぎに死んだ七瀬彰が骸を晒しているはずである。
(長森が死んだら俺も彰のようになるのだろうか。……いや、死者を生き返らせる発想なんて俺には理解できないことだ)
幼馴染みの長森瑞佳も性格からして自分と同じ考えに違いないと浩平は思う。
主催者は優勝したら望みをなんでも叶えるとはいった。
しかし殺し合いに乗った者達はなぜ死者を生き返らせることしか考えないのだろうか。
他にもっとまともなことがあるはずなのだが……。
七瀬留美と同行中に襲い掛かってきた柚原春夏という女性も、死んだ娘を生き返らせようと考えていたようだ。
(そういえば、あの時別れた藤井はどうしているのだろう)
思い出したように藤井冬弥のその後のことが気になった。
夕方の放送に彼の名前はなかったようだ。
彼は大切な人を殺した者に復讐すると言っていた。
もし目的を達したら死んだ人を生き返らせようと、我々に刃を向けるだろうか。

両手の傷がズキズキと痛み出した。
浩平はもう一度役場を振り返る。
七海が道に迷っていてもわかるように、玄関の外灯はつけてきた。
(もし帰ってなかったら高槻になんと報告したらよいものやら)
悲しみと不安と恐怖が交錯し、再び体が震え出した。
(長森、お前のいう通り俺にはしっかりした人が必要だ。先輩亡き今、頼れるのはお前しかいない。会いたいよう」
浩平は肩を落とし涙を拭いながら帰って行った。

一方七海は夢遊病者のように宛てもなく彷徨っていた。
瑞穂の惨殺死体を目にした後、何も考えずひたすら走り続けた。
疲れて走れなくなくなっても、とぼとぼと歩き続ける。
──コワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイ……
恐怖のあまり彼女の目にはもう何も映っていなかった。

時間の感覚もわからないまま歩いていたが小石に躓き、ようやく我に返る。
あたりは漆黒の闇が支配していた。
月明かりも街路灯もなくまったく何も見えない。
「う〜、怖いよう。すももがいてくれたらいいのに」
ペットのヤマネに思いを馳せ、耳を澄ますと水の流れる音が聞こえる。
(あれっ? こんなところに川があったかな。私どのあたりまで来たんだろ)
立ち上がり、一歩を踏み出したその先は不運にも斜面になっていた。
ズルッと足が滑り体が前のめりになる。

「きゃあぁぁーーーーーーっ!」
三度目の悲鳴をあげながら奈落の底へと落ちて行く七海。
何かを掴もうとするも伸ばした手は虚空を掴むのみであった。
高鳴る鼓動を急停止するかのように、心臓を握り潰すような衝撃が襲う。
土手から川原までは三メートルほどの高さしかないが、したたかに胸を打ちつけてしまった。
(そ〜いちさん……私……死んじゃうの、かな)
激痛に苦しみながら七海の意識は遠退いていった。




【時間:二日目・20:20】
【場所:C-03鎌石村役場】
折原浩平
 【所持品1:S&W 500マグナム(4/5 予備弾7発)、34徳ナイフ、だんご大家族(残り100人)、日本酒(残り3分の2)、支給品一式】
 【所持品2:ライター、支給品一式×3(浩之2と瑞穂)】
 【状態:落胆、すすり泣き。頭部と手に軽いダメージ、全身打撲、打ち身など多数。両手に怪我(治療済み)】
 【目的:高槻達の元へ帰る】

【場所:D-03川原】
立田七海
 【所持品:S&W M60(5/5)、M60用357マグナム弾×10、フラッシュメモリ、支給品一式】
 【状態:胸部打撲、気絶】
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