何もできなかったんだと思い知らされた。 唯一の武器はもう手放しちゃっていたから、そんないい訳であたしはただ事態を傍観する側に回ろうとしてたんだ。 加勢するのは全部保科さん任せにして、あたしにはもうできることはないんだと括ってしまっていた。 でもそんなことなかった、あたしにだって何かできたことがあったかもしれないのに。 例えば地面に転がる小石、木の枝。 投げつけるだけでも注意を引くことなら充分できたのに、あたしはそんなこともせずひたすら保科さんの準備が整うのを待っていた。 あたしは何もしなかった、そう。できなかったんじゃない。 安全な所でぬくぬくと、我が身を第一にして長岡さんを犠牲にしたんだ。 ・・・・・・そう考えると、もう涙が止まる気配なんていつまで経っても訪れない気がしてきた。 「気を取りなおそ、な。長岡さんが伸ばしてくれた寿命なんやから、大切にしよ」 不意にかけられた言葉、いつの間にか足を止めちゃっていたあたしの顔を、保科さんが覗き込んでいた。 ・・・・・・そんな風に気を使ってくれる、保科さんの言葉すら痛く感じる。 どうして、あたしが残っちゃったんだろう。 「あたし、何も・・・・・・ひっく、長岡さん、一人に・・・・・・あ、あた、し・・・・・・」 「・・・・・・」 長岡さんが、何か抱えてるのかもしれないっていうのは分かってたのに。 ・・・・・・盗み聞きって訳じゃないけど、たまたま耳に入ったそれが何のことかあたしにはよく分からなかった。 でも、それでも前向きに行こうとする長岡さんの姿勢だけは分かった。 それに比べて、あたしには何もない。 ここに来て最初に出会ったのは由真だった、でも由真とは何かする前にあの変な男のおかげで分断されちゃって。 そんな時助けてくれたのが、保科さんで。 あたしは守られてばかりだった、それを痛感しちゃったことで吹き出る罪悪感をもうあたし自身止めることが出来なかった。 そんな、時だった。 「いい加減にせよ、悪いけど、私そういうウジウジした考え方いらついて仕方ないんや」 かけられたのは、思いもよらない冷たい声。 さっきまでの気を使ってくれていた温かい空気が一瞬で冷やされた、反射的に顔を上げるとそこには無表情の保科さんがいて。 ・・・・・・言葉が、出なかった。 でもその雰囲気は次の瞬間すぐとけた、ふっと困ったように保科さんは小さく微笑む。 そのまま右手を手を伸ばしてくる保科さん、思わずびくってなっちゃったけど保科さんは気にせず私の頭に手を伸ばした。 そして、そのまま何度か優しく撫でられる。 あたし、どんな顔してるんだろ。凄く間抜けな顔してると思う。 「あまり自嘲し過ぎるのは体に悪いで。とにかく生き残ったのは私等なんだから、前向きに考えなあかんやろ」 頭が、真っ白になる。 そんな真っ白な世界に、色をつけてくれるのは保科さんの声。あたしを導いてくれる、癒してくれる言葉の数々だった。 「第一笹森さん、最初にあの女怯ませてくれたやないか。・・・・・・それ言ったら何もできなかったんは私やないか」 「保科さん・・・・・・」 保科さん、苦い顔してる。 保科さんも耐えていた、保科さんも我慢していた。 でも、そんな弱みをあたしに一切見せようとせず・・・・・・保科さんは、ここまで引っ張ってきてくれた。 それは何のため? あたしのために決まってる。 泣いてぐちゃぐちゃになっていたあたし、それこそ気持ちの切り替えもできずずっと俯いていたあたし。 どうしてそんな優しくしてくれるんだろうね、あたしなんて庇って保科さんになんのメリットがあるんだろ。 ・・・・・・その答えはあたしの中で見つけることは出来なかった、勿論保科さん自身に聞けるほどあたしも図々しくはなれなかった。 「でも、これだけは忘れたらあかん。私等は長岡さんの頑張りのおかげで逃げられたんや、せやからもうこの命は私等だけのもんやない」 前を見据えた保科さんがしっかりと言い放つ、だからあたしも合わせるように頷いた。 「長岡さんのも、含まれるよね」 「そうや。私達が長岡さんの分も生き抜くんや・・・・・・まるで運命共同体みたいやな」 ぽそっと呟かれたのは、あたしに当てられたものじゃないかもしれない。ちょっとした独り言じゃないかって思う。 でも、それはあたしにとって本当に思いがけない言葉だった。 あたしは保科さんにとってずっとお荷物だったと思う、ここに来るまでも保科さんにはいつもリードしてもらってばかりだった。 でもでも、保科さんは言ってくれた。あたしとは運命共同体なんだって・・・・・・それは、あくまで同等の立場じゃないと言えない台詞ことだと思う。 それは絆だった。あたしと保科さんの間に生まれた、新しい関係を表す最高のうたい文句だった。 長岡さんという媒体を基にした、あたし達ただ二人だけにしか存在しない区分。 不謹慎かもしれない、でもすっごく嬉しかった。 「ほら、もう泣きやまなあかんで」 時に厳しく、でも時にこうやって保科さんは私のことを優しく励ましてくれる。 気がついたらまた緩くなっていたあたしの涙腺、でもこれは悲しみを表現しているわけじゃない。 伝えたいけど、言葉に出来ない。あたしの口からは漏れるのは嗚咽のみ。 そんなどうしようもないあたしに対して、親身になって面倒を見てくれる保科さんは本当にかけがえのない存在に思えた。 「あのね、保科さん。あんま笑わないで欲しいんだけど・・・・・・そのね、あたしってこんなだからあんま友達いないんよ」 「はぁ?」 何とか込みあがっていた感情を押し込めた後、あたしは今思っていることを素直に伝えようと思った。 保科さんとの絆を深くしたかった、何でそう思ったかは分かんない。 でも、受けとめて欲しくなった。あたしのことを。 そして、保科さんなら絶対受け止めてくれると思ったから。だからあたしは口にした、普段は絶対言えない弱音の類を。 「んーと、趣味が特殊っていうか。そういうのもあって、こう、凄く気にかけてくれる友達とか傍にいなかったんよ。 なのに凄く焼きもちやきで、タカちゃん・・・・・・ああ、タカちゃんっていうのはミステリ研の男の子なんだけど、タカちゃんにもうざがられてる所とか凄いあって。 あたしダメダメなんよ、でも保科さんはそんなダメなあたしをこんなにも気にかけてくれて、助けてくれて・・・・・・本当に、嬉しかったんだ」 保科さんは黙ってあたしの話を聞いてくれていた、もしかしたら呆れちゃってるのかもしれないけど・・・・・・ここまで言って、途中で止めることなんてできない。 「だから、今こそ言わせて欲しい。保科さんありがとう」 そう言って頭を下げると途端に映らなくなる保科さんの表情、今それがどのようになっているか分からないのは凄く不安だった。 でも、不安だったけど・・・・・・大丈夫だと思った。その感情に後ろ盾はないけど、絶対、絶対大丈夫だと思った。 「何や、けったいなこと気にするんやな」 けろっと言い放たれるその台詞、ああ、保科さんだって思った。 そっと顔を上げる、やっぱり呆れちゃってるかもしれないけど、それでも保科さんの顔に軽蔑の色は全く浮かんでいない。 もう言葉はいらなかった、これからもよろしくの意味をこめて手を差し出すと、保科さんも次の瞬間ぎゅっと握ってきてくれた。 だからあたしも握り返す、ぎゅって、ぎゅーって握り返す。 「あたし、保科さんと運命共同体なんだよね」 「何や、聞こえてたんかいな。・・・・・・そうやな、まぁこれからもよろしゅうな」 保科さんの手はすらっとしていて、さわり心地もすっごいすべすべしてて気持ちよかった。 ちょっと長い握手は儀式と呼んでもいいかもしれない、離した後も消えないぬくもりが何だかくすぐったかった。 あたしと保科さんの絆、その証。この島で得た大切な関係を守っていきたいと、心の底から思った。 「来栖川綾香・・・・・・あの天化の来栖川財閥のお嬢様まで、こんな殺し合いにのるなんて皮肉やな」 あれからまた歩き出したあたし達、ふと保科さんに話しかけられあたしもあの怖い人のことを思い出した。 来栖川、綾香。制服から見て寺女の人っていうのは一目で分かった。 聡明そうな人だったのに、何であんなことしてきたんだろ・・・・・・そんなのあたしに分かるわけないんだけど。 「それにしても気にかかるんわ、あの人の言ってた割烹着の男ってヤツや」 「え、そんなこと言ってたっけ?」 心当たりは全くなかった、驚いて聞き返すと保科さんはんーと口元に手を当てて何か考えるようにして・・・・・・。 「騙されたとか、してやられたとかそういう類のこと言ってたやないか。確か、すのはらようへい、とか・・・・・・」 呟き終わったと同時に、すかさずデイバッグから参加者名簿を取り出す保科さん。 ざっと目を通す保科さんの様子にあたしの入る隙間はない、とりあえず今は話しかけないほうがいいだろうし黙って隣で待ってみる。 「ん、ハルハラ? これでスノハラなんかな・・・・・・」 独り言かな、でも結論は出たみたいで保科さんは持っていた名簿を私の方に傾けてくれた。 「春原陽平、確かにおる。来栖川綾香は割烹着がどうのこうのって言うてたから、そういう風貌のヤツ見たら警戒した方がええな」 「う、うん・・・・・・」 「けど、まずはこれからどうしたらいいか。これを真面目に考えなあかんな」 あたし達の幸先は決していいものじゃない、でもきっと何とかなると信じてる。 保科さんならやってくれる、あたしも保科さんのために頑張りたい。 ・・・・・・そろそろ朝焼けが見れそうなこの時間、でもとりあえずゆっくり休みたいっていうのが一番の望みかな。 さすがに疲れたんよ・・・・・・。 【時間:2日目午前5時半】 【場所:D−5】 保科智子 【所持品:専用バズーカ砲&捕縛用ネット弾(残り1発)、支給品一式】 【状態:移動中、来栖川綾香と割烹着の男を警戒】 笹森花梨 【所持品:海岸で拾ったピンクの貝殻(綺麗)】 【状態:移動中、来栖川綾香と割烹着の男を警戒】 - BACK