蛇と狂犬




――希望と、より深い絶望を……かな。
それだけ言い残して、篁は久瀬との通信を終えた。
その一部始終を逃さず眺め見ていた醍醐が、訝しげな表情で口を開く。
「……総帥、何故あのような事を? このまま久瀬を泳がせておけば、良からぬ形で計画を妨害されるかも知れませんぞ」
醍醐は理解出来なかった。どうして久瀬に情報を与えたのか。
そもそも今回の殺し合いは、人間の想い――取り分け『絶望』という負の感情を集める為に行われた筈だ。
それならば、ダミーの情報により参加者達を爆死させた方が効率が良いのではないか。
わざわざ参加者に希望を与え、あまつさえ自分達に噛み付く可能性まで容認する意味があるのだろうか?
ギイ、という音と共に、篁の鎮座している超高級椅子が回転運動を起こす。
「まだ分かっておらぬようだな」
それから篁は目を細めて、醍醐に黒い眼光を送った。蛇の眼力の前では、狂犬は忠犬へと変貌を遂げる。
「のう、醍醐よ。初めから無理と分かっている状況で抱く絶望と、僅かな希望に縋った上での絶望。どちらの方が強いと思う?」
言われて、醍醐はハッとなった。そうだ――確実に成し遂げれぬ目標に対して、懸命に努力しようとする人間は殆どいないだろう。
人は希望があるからこそ頑張ろうとするし、その過程を経た上での挫折を味ってこそ、深い絶望の底に叩き落とされるのだ。
「クックックッ、理解したようだな。私が欲しいのはあの宝石に宿る『命』よ。『エネルギー』よ。そして……『想い』よ。
 生半可な『想い』では鍵としての役目を果たす事など出来ぬ。だからこそ少しでも多くの絶望を生み出すよう、工夫を凝らさねばならないのだ」
「ハッ、仰せの通りで! 私めの見通しが甘過ぎました、申し訳ありません」
取り繕うように、醍醐が深々と頭を下げる。
その様子を見て、篁は愉しげな笑い声を洩らしたが、やがて珍しく神妙な顔つきとなった。
「しかし前回のように、参加者が我らの意図を察知して、あの宝石を隠そうとしてしまうやも知れぬ。
 あまり悠長に構えているのも不味い。そこで、貴様に任務を与える」
「と、申されますと?」
「貴様に青い宝石の奪還を任せる。今は那須の宗一に懐いていた女が持っている筈だ」
その言葉に醍醐は即答出来ず、場が僅かばかりの間静まり返った。
本来ならば、ようやく訪れた戦闘の機会を、手放しで歓迎していただろう。
だが今回はそうもいかない。どうしても気になる事があった。

「――よろしいのですか? 今青い宝石を取り上げてしまえば、十分な量の『想い』が集まるとは思えませぬが」
「問題無い。どういった原理かは分からぬが、あの宝石はどうやらポテトという獣と共鳴しておるようだ。
 放っておいても『想い』は獣に集まり、やがて時が来れば宝石へと流れてゆく筈だ」
「…………?」
醍醐は訳も分からず眉を顰めた。腹心の彼ですら、全てを知らされている訳では無かった。
しかしすぐに醍醐は、考える必要は無いという結論に達する。自分は雇い主の命令を、ただ忠実にこなすべきなのだ。
「承知致しました。その任務、必ずや成し遂げてみせましょう!」
そう言って、醍醐は興奮に筋肉を振るわせた。いずれ訪れるであろう、闘争に思いを馳せて。
しかし篁はクンと目を見開き、かなり強い諫めの色を含んだ声を出した。
「フフフ、随分と嬉しそうではないか。しかし、貴様自身の手で参加者を殺してはならぬ。
 あくまで参加者同士で殺し合いを行うからこそ、憎悪の念が膨らむのだからな」
「なっ……、それでは任務の遂行に支障が……!」
「心配せずとも必要な装備は、ちゃんと準備してやる。所詮相手は素人、貴様ならいくらでもやりようはあるだろう?」
「グッ……!」
醍醐は苛立った様子で、奥歯をぎりぎりと噛み締めた。敵を殺せない――それではとても、満足など出来ぬ。
だがそこは歴戦の傭兵。何とか己の感情を抑え込み、ゆっくりと首を縦に振る。
「……仰せのままに」
不満げな、しかし確かに承諾の意を含んだ返事を確認すると、篁は醍醐から視線を外した。

これまで傍観を強要されていた狂犬が、制約付きとは言え、とうとう殺戮の場に放たれようとしていた。




【時間:二日目・19:05】
【場所:不明】

篁
【所持品:不明】
【状態:健康】

醍醐
【所持品:不明】
【状態:苛立ち】
【目的:極力参加者を殺害せずに、青い宝石を奪還する】
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