遠くから鳴り響いた銃声。それは断続的に聞こえてくる。 橘敬介は向坂環と共に、その銃声の出所目指して足早に進んでいた。 「橘さん……やっぱり走りましょう。もしかしたら英二さんや観鈴が襲われているかも知れないんです!」 「駄目だ。今は自分の身体を最優先に考えてくれ」 敬介は可能な限り早く歩いてはいたが、それでも環の身体を気遣い走ろうとはしなかった。 確かに環の言葉通りの事態が起こっている可能性もあるが、殺人者同士で殺し合いをしている事だって考えられる。 ならば不確実なものの為に、環に無理をさせるべきではないと考えたのだ。 焦る心を押し留め、冷静になれと自分に言い聞かせながら、行動していた。 しかしもう一度だけ銃声が鳴り響いた後辺りが静まり返り、暫く待ってももう何も聞こえてきはしなかった。 そして―― 「……観鈴!?」 女の子の――血を分けた娘の泣き声が耳に届いた。距離的には聞こえる筈が無いのに、本能が感じ取っていた。 今度こそ理性が決壊し、敬介は猛然と駆けた。 環よりも観鈴の安全を優先するなどといった、打算的な考えの下に動いた訳では無い。 頭の中に、英二が……そして観鈴が、血塗れになっている光景が浮かび上がり、それを否定すべく勝手に足が動いていた。 「……!」 環も歩く事すら厳しい筈の体に鞭打って、懸命に敬介の後を追った。 足を一歩踏み出すたびに全身の傷が酷く痛んだが、気にしてなどいられない。 停止を訴えかける痛覚を無視して、手に汗を握り締め、走り続けた。 そんな中、今度はかなり近い場所から銃声が――何度も何度も、連続して聞こえてきた。 その後、鳴り響くクラクションとエンジンの音。それは弥生が乗っていたあの車によるものだろう。 「――――まさか!?」 ひょっとして弥生が戦いに勝利し、皆殺されてしまったのか?最悪の光景が敬介の頭に浮かぶ。 敬介達は多少道に迷いもしたが、どうにか音が聞こえてきた辺りの場所まで辿り着き――二人とも顔面蒼白となった。 赤黒い物体が……死体が二つ、赤く染まった地面の上に横たわっていた。 「え……英二さあああああんっ!」 環はよろよろとした足取りで、倒れ伏す英二の傍らに膝をつき、その身体を覗き込んだ。 英二の胸を中心に夥しい量の血が飛散しており、既に死亡しているのは確実だった。 「こっちも間違いなく死んでる。正直、見るに耐えない状態だ」 振り向くと、英二の知り合いであり、宗一を殺した犯人でもある篠塚弥生の死体と『思われる』物体が目に入った。 かつて弥生だったであろう肉塊は身体の至る所を破損しており、その姿はここで行われた戦いの凄まじさを如実に示していた。 「橘さん……。英二さんは……」 「ああ。篠塚君と戦って……やられてしまったんだろうね」 「……!」 環は悔しそうに、奥歯をぎりぎりと噛み締めた。こんな事になるのならば、消防署で弥生を殺しておけば良かった。 それなのにあの時の自分は、弥生を撃った英二を責めてしまい、能天気にも説得を提起するという体たらく。 自分の浅はかな考えがどうしようもなく恨めしくい。 結局自分は理想論でしか物事を語れない子供に過ぎず、現実に対応出来ていなかった。 環は精一杯の鬱憤を込めて、力の限り地面を殴りつけようとしたが――思い止まった。 英二が生きていればきっと、『こんな時こそ冷静になれ』と言う筈。 自分の身体は、はっきり言って満身創痍だ。浪費してよい体力など、欠片もありはしないのだ。 (でも……妙ね) 英二が弥生に殺されてしまったのなら、弥生は一体誰に殺されたのだ? 相打ちになったとは考え難い。 英二の荷物は残されていないし、弥生は明らかに致死量を越える攻撃を何発も浴びせられている。 英二を打ち倒した後に、弥生自身も第三者に襲撃され殺されてしまったのだろうか? 何が起こったか分からないが……考える必要など無いだろう。 その疑問が解消された所で、英二は生き返りなどしないのだから。 一方敬介は、何かを堪えるように肩を震わせながら、英二の手を握り続けていた。 目が湿りそうになれば、瞼を素早く開け閉めして、無理やり涙を押し戻した。 先程観鈴の泣き声が聞こえた気がしたが、幻聴かもしれない。英二が観鈴と合流出来ていたかは分からない。 だがとにかく、緒方英二は死んだ。自分の代わりに観鈴を探しに行って――死んだのだ。 敬介は、胸の奥底から湧き上がる感傷をどうにか抑え込み、両の足で直立した。 「こうなってしまった以上、もう氷川村を探し回っても仕方無い。僕達だけで教会に行こう」 「観鈴はどうするんですか?」 「放送で国崎君の死を知っただろうし、観鈴だっていつまでもこの村に残ろうとはしない筈だ。 闇雲に動いても見つけられるとは思えないし、今はただ無事を祈ろう」 「……分かりました」 観鈴の事は勿論心配だったが、彼女が何処へ行ったか全く情報が無いのだから、今の自分達にはどうにも出来ない。 このまま教会に向かおうとも、氷川村をいつまでも探し回ろうとも、発見出来る可能性はさして変わらないだろう。 敬介はようやく現実を認め、冷徹とも言える判断力を身につけていた。 診療所で休息していた時には十人以上いた仲間が、僅か半日の間に二人だけとなってしまったのだ。 ここで自分まで感情に流され、倒されてしまっては――死んでいった皆に申し訳が立たない。 敬介はそのまま歩を進めようとしたが、そこで環が弱々しい声を投げ掛ける。 「橘さん。私達、一体何をしてるんでしょうね……? この村で私達はただ悪戯に、仲間を死なせてしまっただけだった」 環は途方も無い無力感に苛まれていた。この島では行動を共にした掛け替えのない仲間達の命が、次々と奪われてゆく。 どんなに頑張っても、力の限りを尽くしても、悲しみの連鎖は食い止められない。 だがそんな彼女に対し、敬介は強い意志の籠もった視線を送った。 「向坂さん、そんな事を言っちゃ駄目だ。確かに仲間が死んでしまったのは悲しいけれど、彼らは何も遺さず逝った訳じゃない。 人の志は受け継がれてゆくものだよ。人間は、親から子へ、子から孫へ、技術と想いを伝える事で進化してきた。 だから僕は、残された者が志を受け継いでいく限り、皆の死は無駄にならないと信じている」 敬介ははっきりとした口調で、まるで在りし頃の英二の如き口振りで言った。 そうだ――自分達は死んだ仲間の分も生きていかないといけない。魂を受け継がねばならない。 環は伏せていた顔を、ばっと上げた。それから、強い声で。 「なら思い知らせてあげましょう。人の想いを束ねれば、どんな理不尽な状況も打ち破れる、と。 私、祐一や英二さんの命を奪ったこの殺し合いが……主催者が、許せません」 「同感だね。主催者は戯れに命を踏み躙り、人間の尊厳を否定した。絶対に倒さなくてはならない」 今度こそ、二人は歩き出した。 それぞれの決意、そして――死んだ仲間の想いを、胸に秘めて。 【時間:2日目19:35】 【場所:I−6】 向坂環 【所持品@:包丁、レミントン(M700)装弾数(5/5)・予備弾丸(10/10)】 【所持品A:救急箱、ほか水・食料以外の支給品一式】 【状態:まずは教会に向かう、頭部に怪我・全身に殴打による傷(治療済み)、全身に痛み、左肩に包丁による切り傷・右肩骨折(応急処置済み)、疲労】 【目的:観鈴の捜索、主催者の打倒】 橘敬介 【所持品:ベアークロー、FN Five-SeveN(残弾数0/20)、支給品一式x2、花火セット】 【状態:まずは教会に向かう、身体の節々に痛み、左肩重傷(腕を上げると痛みを伴う)・腹部刺し傷・幾多の擦り傷(全て治療済み)】 【目的:観鈴の捜索、主催者の打倒】 - BACK