民家の中にある、暗闇に支配された薄暗い廊下。 そんな環境下において、観月マナが狩人の存在を察知できたのは奇跡に近いかもしれない。 「危ないっ!」 「え?」 マナが思い切り、藤林杏を突き飛ばす。Remington M870を取り落とし、尻餅を付いている杏の顔に、赤い雫が降りかかった。 ことん、という音を立ててワルサーP38が地面に落ちる。 杏が顔を上げるとマナの左肩に、羽根のようなものが付いた棒が突き刺さっていた。 「あぐっ……」 「な……どうしたのっ!?」 マナは銃を取り落とし、肩の傷口を押さえながら、それでも一方向を凝視している。 杏は頭の中が真っ白になってしまい、よろよろと起き上がりながら、マナの視線を追うように首を動かした。 マナが睨みつける方向――廊下の曲がり角の辺りにある古びたクローゼットの扉の隙間から、ボウガンの銃身が生えていた。 「ちっちっちっ、駄目じゃないかチビ助君。折角楽に殺してあげようと思ったのにさ」 まるでゲームでもやっているかのように楽しげな声をあげ、少女が扉の中から姿を現す。 少女は殺し合いの場に相応しくない、可愛らしい制服を着ていた。 しかしその手にはしっかりとボウガンが握り締められており、そこから矢が放たれたのは疑いようが無い。 「朝霧……麻亜子……」 マナが洩らしたその一言で、杏は全てを理解した。 この女こそが河野貴明の言っていたまーりゃん先輩なる人物であり、今自分達はその殺人鬼に命を狙われているのだ。 「こんな所で何をしてたか知んないけど、残念ながらチミ達はここでゲームオーバーなんだな、これが」 そう言って麻亜子が鞄から予備の矢を取り出そうとする。杏は地面に落ちている二丁の銃へと目を移した。 駄目だ――到底間に合わない。こちらが銃を拾い上げて構えるよりも先に、撃ち抜かれてしまうだろう。 杏は咄嗟の判断で鞄の中に手を突っ込み、そして、 「ふざけんじゃないわよっ!」 四角くて分厚い物体――所謂国語辞書を、全力で投擲した。 異常とも言える肩力を誇る杏の投擲攻撃は、初見では到底避けきれるものでは無い。 「ぬわっ!?」 唸りを上げる辞書は麻亜子のボウガンに命中し、見事に弾き飛ばしていた。 「――――今!」 マナはその機を逃さずワルサーP38に飛びつき、構えようとする。 だが敵は百戦錬磨とも言える朝霧麻亜子だ、その立ち直りの速さは尋常ではない。 麻亜子はマナが構えを取るよりも早く横に跳ね、廊下の角の向こうへと走り去った。 「こっちよ!」 杏が素早くマナの右腕を引き、敵とは反対の方向へと走り出す。 相手の武器はボウガン、拾い上げ矢を装填するまでにはかなり時間が掛かるだろう。 その隙に自分達は距離を取り、この家を出て陽平達に危険を知らせねばならない。 確か居間には、裏口があった筈。あそこから脱出すれば逃げ切れるだろう。 マナが居間への扉を勢い任せに開け放ち、二人は中へと駆け込んだ。 そして杏がドアを閉めようとしたその時、一発の銃声が鳴り響いた。 遅れてドサリ、とマナの身体が地面に崩れ落ちた。 「え……ええ……?」 マナの腕を掴んでいる杏の手がぐっしょりと濡れ、生暖かい嫌な感触が伝わる。 冷たい悪寒が背筋を立ち上り、重い絶望が心を支配する。 「ちょっと、マナ!?」 必死に呼び掛けてみるが、マナは両眼を閉じたままぴくりとも動かない。 首から腰の辺りまでが真っ赤に染まり、その腹部からはどす黒い血が流れ出ている。 杏は知る由も無いのだが、その傷は麻亜子の切り札であるデザート・イーグル .50AEによって撃ち抜かれたものだった。 杏は何か治療に使えるものは無いかと闇雲に鞄の中を探そうとしたが――すぐに自分の頬を叩いた。 (落ち着きなさいあたし。こんな時こそ……クールによ!) ここで取り乱してしまっては、本当に取り返しがつかなくなる。 勝平を殺してしまった時のように錯乱して、周りに迷惑を掛けるのは二度と御免だ。 自分は救急箱を持ってはいるが、この状況で落ち着いて治療などさせて貰える筈が無い。 視線を横に動かすと、麻亜子が廊下に落ちているRemington M870を奪取すべく駆けていた。 杏はワルサーP38を拾い上げ、廊下の方へと銃口を向けた。 「むう、そんな危ない物を人に向けたら駄目だぞう」 杏の反撃を完全に見透かしていた麻亜子は、悠々とその場を飛び退き銃口の先から逃れる。 しかし――杏は麻亜子を狙っていた訳では無かった。 「誰があんたを狙ってるって言ったのよ?」 「……なぬっ!?」 ワルサーP38から放たれた銃弾はRemington M870のすぐ傍に着弾した。 その衝撃でRemington M870は廊下の奥まで弾き飛ばされていった。 杏は即座に鞄の中へワルサーP38を放り込み、荷物とマナの身体を手早く抱え上げた。 全身の筋肉を総動員してそのまま裏口まで担ぎ込む。 扉の鍵を――まどろっこしい。扉を強引に蹴り破り、民家の外へと躍り出た。 だがそれとほぼ同じタイミングで、この場所と陽平達が居る家との中間点辺りから、大きな爆発音が聞こえてきた。 (まさか……新手っ!?) 迷っている暇は無い。マナを抱え上げた状態で、戦火を潜り抜けられるとは到底思えない。 杏は荒々しく地面を蹴り飛ばし、民家の裏側へと身を隠した。 武器の回収を優先したのか、爆発音に気を取られたのか――麻亜子は追ってきていないようだった。 「マナ、しっかりして!」 マナの上着を脱がせ、傷口の状態を確かめる。 途端に杏は、『血の気が引く』といった感覚がどのようなものかを思い知った。 マナの腹部からは膨大な量の血が溢れ出て、救急セットの包帯を巻きつけてもまるで意味を成さない。 あっという間に包帯が真っ赤に染まる。陽平達の家の方から銃声、続いて爆発音が聞こえてくる。 (クールに……クールによっ……!) 心の奥底から沸き上がる焦燥感から逃れるように、震える手つきで包帯を取り替えようとする。 死なせたくなかった。たとえ出会ってからさほど時間の経っていない人間であろうと、助けたかった。 包帯を巻く。すぐに血に塗れて使い物にならなくなる。取り外す。 救急箱から新しい包帯を取り出す。巻く。赤く染まる。外す。 単純なその作業を何度も何度も続けて――やがて思いついたようにマナの手首に指を添えて、ようやく杏は気付いた。 「う……そ……」 マナが既に息絶えてしまっている事に。どんなに冷静さを保って行動しても、精一杯頑張っても。 「こんなの……うそ……よ…………」 常に努力が報われる訳では無いのだ。 * * * 「殺してやる……殺してやる……殺してやる……っ!!」 復讐の完遂を目の前にして、予想外の奇襲を受けた綾香の心は、ドス黒い殺意で埋め尽くされていた。 もう苦しめて殺すなどといった遊戯は止めだ。ささらを見つけるまで待ってなどいられるものか。 これだけ多くの憎たらしい連中が一堂に会しているのだ。これ以上の我慢など出来る筈が無い。 朝霧麻亜子も車に乗った襲撃者も春原陽平もルーシー・マリア・ミソラも、等しく死を与えてやる。 過程や方法なども、もう拘るまい。どんな手を使ってでも全員殺してやる。 この場にいる人間全てを殺し尽くさねば、この烈火の如き怒りを納める事は叶わない。 綾香は迫る車に背を向けて民家――春原陽平達が中にいるであろう建物に向かって駆けた。 程無くして民家の塀の前まで辿り着き、綾香は車に顔を向けて吼えた。 「さあ、近付けるもんなら近付いてみなさいよっ! 壁にぶつかってペシャンコになりたきゃね!」 あの車の運転手の狙いは単純にして明快。 車で距離を詰め、至近距離にてダイナマイトを投擲するというものだ。 ならば近付けさせなければ良い。障害物の近くにいれば、車は激突を恐れ距離を詰めれぬ筈だ。 前方から一直線に向かってくる車は、もうそろそろ方向を変えるだろう。 反転したその瞬間に……蜂の巣にしてやる。 車の奴を殺した後は陽平とるーこだ。ミサイルをぶちこんで、民家ごと潰してやる。 最後に麻亜子をズタズタに殺し尽くして、復讐は完了だ。 しかし―― 「な……死ぬ気っ!?」 車は方向を変えない。言い訳程度に速度を緩めながらも真っ直ぐに突っ込んでくる。 恐らくは自分の身の危険など顧みず、極限まで接近してくるつもりだろう。 綾香の誤算はただ一つ。車の運転手が神尾観鈴――自分と同じく、復讐鬼と化した人間であった事だ。 車は直進を続け、そのライトは焦りを隠せぬ綾香の顔を照らしていた。 (くそっ……ここは避け――いや、間に合わないっ……!) 綾香は回避動作に移ろうとしたが間に合わない事を悟り――土壇場で、ある作戦を思いついた。 綾香は素早く民家の塀を乗り越えて、そのまま庭へと侵入した。 接近する車の音に注意しながらも、一心不乱に駆ける。 車のエンジン音で距離を判断し、ぎりぎりのタイミングで傍に生えている木の裏に回りこむ。 それより少し遅れて、車が大きく孤を描いて塀の間近を通過し、窓からダイナマイトが放り投げられた。 白い閃光が夜の闇を切り裂き、巨大な爆発音が静寂を打ち破る。 巻き起こる爆風が周囲一帯にある全てを蹂躙してゆく。 煙が吹き上がり、辺り一帯が覆い尽くされ――やがて、景色が明瞭になってくる。 打ち上げられたコンクリートか何かの破片が、天より降り注ぐ。民家は庭を爆心地として、半壊状態になっていた。 民家を囲っていた塀のうち、爆風に巻き込まれた部位は完全に吹き飛んでいた。 民家本体も庭に近い部分は基本的な骨組みだけしか残っていない上に、その骨組みさえも真っ黒に焦げている。 「……やったの?」 神尾観鈴は車を止め、窓越しに崩壊寸前の民家を眺め見た。 綾香が庭に飛び込む所までは視認出来たが、それから先は車の運転とダイナマイトの投擲で手一杯だった。 あれから綾香がどうなったかは分からない。 怪我は確実に負っているだろうが、もしかしたらまだしぶとく生きているかも知れない。 絶対にそんな事はあってはならない。往人の命を奪ったあの女は、ここで確実に殺す。 もう一度至近距離からダイナマイトを投げ込んで、中にいる者に逃れようの無い死を与えてやる。 観鈴はアクセルを軽く踏んで車をゆっくりと動かし、民家のすぐ傍まで近付いた。 そこで車を停車させて窓を開ける。塀は半分以上が崩壊しているので、庭の様子まで見て取れた。 綾香の姿は見当たらないが、散在している瓦礫の下に埋もれているかもしれない。 観鈴は窓から上半身を乗り出し、ダイナマイトに火を付けようとして――そこで爆発の影響で歪んだ玄関の扉が、鈍い音を立てて開いた。 中から出てきた桃色の髪をした少女が、冷たい眼でこちらを一瞥した後、躊躇う事無くH&K SMGUの銃口を向けてくる。 観鈴が頭を引っ込めるのとほぼ同時に、少女――ルーシー・マリア・ミソラの手元から火花が発された。 「あうっ!」 直撃こそ避けられたものの、防弾性である車の頑強さが逆に災いした。 銃弾は開け放たれた窓から車の内部に侵入した後、フロントガラスに跳ね返される形で跳弾と化す。 そのうちの一発が観鈴の腹部に鋭く突き刺さっていた。 フロントガラスにぶつかった時点である程度衝撃は弱められている為、即死にまでは至らない。 しかしそれでも皮膚を切り裂き、骨を砕き、鮮血を撒き散らす程度の威力は残っていた。 ――るーこ達が民家の中で捜索を行っていた時。 藤林杏らが向かった民家の方角から銃声が聞こえてきた。 るーこ達が銃声に反応し救援に向かおうとしたその時、今度は別の方向から物凄い爆発音がした。 るーこ達は一瞬どうすべきか悩んだが、考えている暇など無いとすぐに気付き玄関に向かう。 そして今度は家のすぐ近くで爆発が巻き起こり、るーこ達もその煽りを受けたのだ。 玄関が庭とは離れた所にあった為まだ損害は軽かったが、一歩間違えば死は免れなかっただろう。 るーこ達にとって先程放たれたダイナマイトは無差別攻撃以外での何物でもなく、その犯人である観鈴はゲームに乗った者と解釈されたのだ。 「……仕留め切れなかったか」 観鈴に攻撃を仕掛けた張本人――ルーシー・マリア・ミソラが、落ち着いた声で口を開く。 すぐにその後ろから彼女の仲間である、春原陽平が姿を表した。 「るーこ、さっきのはあいつの仕業か?」 「ああ。あのうーはダイナマイトを投げようとしていたし、間違いな……?」 そこでるーこの身体がぐらりと揺れ、陽平は慌ててその身体を支えた。 陽平は下に視線を落とした後、目を大きく見開いた。 「お、おい! 大丈夫かよっ!?」 るーこの左足から、赤い血が滴り落ちていた。陽平は素早い動作で、るーこの左足に突き刺さっていた瓦礫の破片を抜き取る。 それからキッと鋭い眼つきで、前方の車を睨みつけた。 「畜生、よくもるーこを! 誰だか知らないけど許せねえっ!」 るーこが弾切れを起こしたH&K SMG‖に銃弾を装填するよりも早く、車は再び走り始める。 その背面に照準を合わせ、るーこが銃を連射したが、銃弾は全て防弾ガラスの前に阻まれた。 陽平が信じられない、といった表情を浮かべる。 「何だよアレ!?」 「く……うーの技術も捨てたものではないな」 るーこは軽く舌打ちした後、毒々しげに吐き捨てる。その間にも車は走り続け、どんどんと加速してゆく。 ライトのおかげで夜天の下でも車を見失う事は無く、遥か遠くで大きくUターンする姿まで見て取れた。 方向転換を終えた車が一直線にこちらへと向かってくる。 るーこはそのフロントガラスに向けて何度もH&K SMG‖を放ったが結果は変わらない。 全ての銃弾は金属音と共に、あっさりと跳ね返されてしまう。 車は速度を落とす所か、逆に加速してどんどん接近してくる。 「ヤベェよこれ……るーこ、一旦引こうっ!」 陽平が動揺の色を隠し切れない声で退避を訴えかける。 しかしるーこはぎゅっと口元を引き締めた後、静かに首を振った。 「無理だ……るーの今の足では到底逃げ切れない」 「そんなっ……!」 陽平はるーこを何としてでも守りたかった。銃弾なら自らの身を盾にして防ぐ事が出来る。 しかしダイナマイトによる広範囲攻撃は防ぎようが無い。 陽平がるーこを庇おうとした所で、二人揃って吹き飛ばされるのがオチだ。 「どうすりゃいいんだ……?」 これと言った打開策が思い浮かばず、陽平の顔が絶望に引き攣ってゆく。 しかしそんな陽平の頬に、るーこの白い手が添えられた。 「るーこ?」 「手はある。るーを……るーの力を信じるんだ。うーへいはるーを信じて、しっかりと支え続けていて欲しい」 あの銃弾の通じぬ鋼鉄の塊にどう立ち向かうのか、陽平には皆目見当も付かない。 しかしるーこは強がりを言うような性格でもないし、何より信頼すべき大切なパートナーだ。 だから陽平は何も聞き返さず、ただ力強く頷いた。 * * * 「往人さん、待っててね……あの人達をやっつけて……往人さんを殺した人も…………やっつけるから……」 息も絶え絶え、といった様子で観鈴が言葉を紡ぐ。 先程るーこの銃撃により受けた跳弾は、観鈴の身体に重大な損傷を与えていた。 ハンドルに巻きつけた服すらも血で真っ赤に濡れており、油断すれば手を滑らせてしまうだろう。 それでも観鈴は決して逃げようとしなかった。大切な人を奪い尽くされたこの世に最早執着は無い。 ならば残された道は一つ。この命を犠牲にしてでも、往人の仇を討つ。 立ち塞がる者は誰であろうとも容赦しない。 この命ある限りは戦い続け、目的を果たしてみせる。 この選択が間違いなのは知っている。往人が生きていれば、確実に自分を叱るだろう。 それが分かっていても観鈴はもう止まれなかった。 それ程までに、今の彼女は憎しみに支配されていた。 敵は、前方に見える民家の庭からこちらを睨んでいる。 何度か発砲してきたけれど、それは全てこの車が防いでくれた。 このまま直進して、民家の横を通過するその瞬間にダイナマイトを投げ込む。 たとえそれで仕留め切れなかったとしても、民家は確実に倒壊するだろう。 遮蔽物さえ無くなってしまえば、逃げ場の失った相手をこの車で轢き殺してしまえば良いのだ。 そこまで考えた時、観鈴は喉の奥から血を吐き出した。 「が……がお……。駄目……だよ……まだゴール…………しちゃ……いけないんだから……」 視界がぐにゃぐにゃと歪む。身体の何箇所は、もう感覚を失っている。 揺れる視界の中、目標の民家がすぐ近くまで迫ってきた。 敵は諦めたのか、もう銃を下ろしている。 観鈴は震える手で何とか窓を開け、ダイナマイトに火を点けた。 残る力を振り絞って、それを投げ込むべく振りかぶる。 「――え?」 瞬間、敵と目が合った。 陽平にしっかりと支えられているるーこが、こちらに向けて銃を構えていた。 敵の狙いは単純明快――攻撃の為に窓を開け、本体が姿を晒したその瞬間を撃つ、というものだ。 それを観鈴が理解した時にはもう、るーこのH&K SMG‖が火を噴いていた。 今度ばかりは身を引くのも間に合わず、観鈴は荒れ狂う銃弾の嵐に巻き込まれていた。 夥しい鮮血が車内に飛び散り、フロントガラスが真っ赤に染まった。 (ゆき……と……さん……) ダイナマイトを膝の上に取り落とし、観鈴は力無く座席に倒れ伏す。 もう体が殆ど動かない。数秒後にはダイナマイトの爆発に巻き込まれるだろう。 観鈴は自身に死が訪れる事を、認める他無かった。 しかし――憎しみに取り憑かれ、暴走していた観鈴だったが、最後に抱いた念は意外なものだった。 (あの……ひとたち……なかよさ……そうだった……な……) 支えあう陽平とるーこの姿を一目見て、彼らがお互いをどれだけ大切に思っているかが分かってしまった。 それは在りし日の往人と観鈴のようで――羨ましかった。 観鈴はポケットに入れてあった紙人形をしっかりと握り締める。 その瞬間、奇跡かそれとも観鈴が見た幻覚か――紙人形が光を放ち、もうこの世に居ない筈のあの人が姿を表した。 銀色の髪、黒い服、鋭いけれど奥底に優しさを秘めた瞳、それは紛れも無く国崎往人その人のものであった。 「ゆ……きと……さん……?」 「観鈴、よく頑張ったな」 優しい声で、往人が語り掛けてくる。 「がお……でも観鈴ちん……やられ……ちゃったよ……」 観鈴がそう言うと、往人は表情を大きく歪め、悲し気な目になった。 「もう良いんだ。もう殺し合いなんてしなくても良いんだ……!」 往人は倒れ伏して観鈴の体を抱き上げて、優しく両腕で包み込む。 「もう止めてくれ。復讐なんて良いから……いつもの笑顔を見せてくれ……。俺はお前の笑顔さえ見られれば、幸せでいられるんだから……」 愛でるように、ぎゅっと観鈴の体を抱き締める。 その瞬間、動かない筈の観鈴の体が動くようになり、少女は往人の背中に手を回した。 「ああっ……往人さん……往人さあんっ……!」 往人の暖かさを感じながら、ぽろぽろと大粒の涙を零す。 泣きながらも、その顔には信じられないくらい幸せそうな笑みが浮かんでいた。 「ゴール、だよ……」 そこで光が大きく広がり、観鈴の体も意識も、強風を浴びせられた煙のように霧散していった。 ――前進を続けていた車は、陽平達の前方30メートル程の所で爆散した。 燃え盛る炎、鼓膜を痛めつける凄まじい爆音。 眩いその閃光は、生命の終わりと共に放たれた、最後の輝きのようであった。 陽平とるーこは肩を並べながら、その光景をじっと見つめていた。 「あの車に乗ってたの……僕達と同じ歳くらいの女の子だったよね……」 「……そうだな」 二人はやりきれない想いで一杯だった。どうして殺し合いなどしなくてはいけないのか。 どうして自分達と同年代の少女に命を狙われ、戦わなくてはならないのか。 日常生活の中で出会えてれば良い友達になれたかも知れないのに……どうして殺さなくてはいけないのか。 どれだけ考えても、答えは出そうに無かった。 「とにかく杏達が心配だ。様子を見に行こう」 杏達が向かった民家の方角より銃声が聞こえてきてから、もうだいぶ経ってしまっている。 間に合うかどうかは分からないが、それでも行かねばならない。 陽平はるーこの体を支えながら、くるりと横を向いて――大きく目を見開いた。 「随分派手にやりあってたじゃないか。 そろそろあたしも混ぜてくれたまへ」 陽平の視線の先には、Remington M870を手にした朝霧麻亜子が立っていた。 * * * 「……まずはあの車の奴が死んだか」 陽平達が麻亜子と対峙しているその頃。 来栖川綾香はすぐ近くにあった畑を区切る、あぜの影に身を潜めていた。 マシンガンは地面に置いて、唯一無事な左腕でレーダーを握り締めている。 左目は視力の大半を失ってしまっているので、右目だけでその画面を覗き込んでいた。 レーダーに衝撃を与え過ぎた影響か、遠くの光点までは映し出せなくなっている。 高速で動き回ってた――あの車の主のものであろう光点は、先の爆音と共に消失した。 それ以来エンジン音も聞こえてこないし、どういう手を使ったかは分からないが、車ごと破壊されたと考えるのが妥当だろう。 この近辺で残る光点は四つ。一つは麻亜子が向かった家のすぐ傍で止まっている。 残る三つ――恐らく、るーこ、陽平、麻亜子のものと思われる光点は一箇所に集中している。 麻亜子は当然として、陽平もるーこも気に食わない。出来れば三人とも自らの手で嬲り殺したい。 だがしかし――綾香はぎゅっと歯を食い縛った。 綾香が土壇場で敢行した、陽平達とあの車の運転手を戦わせるという作戦は、見事に実を結んだ。 車の運転手は死亡したし、きっと陽平達だってダメージを受けただろう。 だが代償はかなり大きかった。木の幹を盾としても爆風を防ぎきる事は叶わず、吹き飛ばされてしまった。 その時の衝撃の所為で綾香の左目は失明寸前まで追い込まれてしまったし、体の節々に新たな痛みも走る。 このような状態で三人を同時に相手するのは危険過ぎる。 勿論今も自分の心は溢れんばかりの憎悪で満ちているが、しかしだからこそ、ここで無茶をしてはいけない。 麻亜子を殺せず、逆に倒されるのだけは絶対に許容出来ない。 ここは耐えて、機会を待って――最高の好機が来たら、一気に勝負を決めるのだ。 「今はあんた達だけで潰し合っときなさい。最後に笑うのは……私よ」 【時間:2日目・20:25】 【場所:g-2右上】 朝霧麻亜子 【所持品1:Remington M870(残弾数4/4)、デザート・イーグル .50AE(0/7)、ボウガン、サバイバルナイフ、投げナイフ、バタフライナイフ】 【所持品2:防弾ファミレス制服×2(トロピカルタイプ、ぱろぱろタイプ)、ささらサイズのスクール水着、制服(上着の胸元に穴)、支給品一式(3人分)】 【状態:陽平・るーこと対峙、マーダー。スク水の上に防弾ファミレス制服(フローラルミントタイプ)を着ている、全身に痛み】 【目的:目標は生徒会メンバー以外の排除、特に綾香の殺害。最終的な目標は自身か生徒会メンバーを優勝させ、かつての日々を取り戻すこと。】 ルーシー・マリア・ミソラ 【持ち物:H&K SMG‖(17/30)、予備マガジン(30発入り)×3、包丁、スペツナズナイフ、LL牛乳×6、ブロックタイプ栄養食品×5、他支給品一式(2人分)】 【状況:麻亜子と対峙、綾香・主催者に対する殺意、左足負傷、左耳一部喪失・額裂傷・背中に軽い火傷(全て治療済み、裂傷の傷口は概ね塞がる)】 春原陽平 【持ち物1:鉈、スタンガン・FN Five-SeveNの予備マガジン(20発入り)×2、LL牛乳×3、ブロックタイプ栄養食品×3、他支給品一式(食料と水を少し消費)】 【持ち物2:鋏・鉄パイプ・首輪の解除方法を載せた紙・他支給品一式】 【状態:麻亜子と対峙、全身打撲(大分マシになっている)・数ヶ所に軽い切り傷・頭と脇腹に打撲跡(どれも大体は治療済み)】 藤林杏 【装備:ワルサー P38(残弾数4/8)、Remington M870の予備弾(12番ゲージ弾)×27】 【所持品1:予備弾(12番ゲージ弾)×27、辞書×2(和英、英和)、救急箱、食料など家から持ってきたさまざまな品々、支給品一式】 【所持品2:ワルサー P38の予備マガジン(9ミリパラベラム弾8発入り)×2、カメラ付き携帯電話(バッテリー十分、全施設の番号登録済み)、9ミリパラベラム弾13発 入り予備マガジン、他支給品一式】 【状態:失意、最終目的は主催者の打倒】 ボタン 【状態:健康、杏の鞄の中に入れられている】 来栖川綾香 【所持品1:IMI マイクロUZI 残弾数(25/30)・予備カートリッジ(30発入×2)】 【所持品2:防弾チョッキ・支給品一式・携帯型レーザー式誘導装置 弾数1・レーダー(予備電池付き、一部損傷した為近距離の光点のみしか映せない)】 【状態1:右腕大火傷(腕を動かせない位)。肋骨損傷(激しい動きは痛みを伴う)。左肩口刺し傷(治療済み)。全身に軽い火傷、疲労、体の節々に痛み】 【状態2:左目失明寸前。陽平達がいる民家の近くにある、あぜの影に身を潜めている】 【目的:付近にいる人間を、手段を問わずに全滅させる。麻亜子とささら、さらに彼女達と同じ制服の人間を捕捉して排除する。好機があれば珊瑚の殺害も狙う。】 【神尾観鈴】 【状態:死亡】 観月マナ 【状態:死亡】 【備考】 車の荷物、観鈴の荷物は全て大破。 SIG・P232(0/7)、貴明と少年の支給品一式、国語辞典は杏達が捜索していた民家の中に放置。 - BACK