悪鬼羅刹と血に染まりし英雄




「うぁあ……ああ……」
涙が枯れるまで泣きつくした観鈴に残ったものは憎悪と大量の武器だった。
「ああ……もう……お母さんも……往人さんも……祐一さんも……英二さんも……」
憎悪の先は奪った者。
「殺……された……」
来栖川綾香。
「がお……がお……」
名前も知らないあの顔を。
「にはは……ゆきとさん……もうぽかってやってくれないんだね……」
この手で、殺そう。
「でも……」
その前に。
「にはは……」
まずは英二を奪ったこの人から。
「はは……」
観鈴は弥生の持っていた銃を取り上げて。
村に、七発の銃声が木霊した。


「車……」
観鈴の目の前に、弥生の乗っていた車がある。
「動くのかな……」
弥生が乗ってきたものだ。動かないはずもない。
「お母さんが言ってたよね……『あんなもんはアクセル踏めばうごくんやー』って。にはは……観鈴ちんでもできるかな」
デイバックを車に乗せ、自身も乗り込む。
「あれ……踏むのがふたつある……どっちかな……」
取り敢えず右のほうからゆっくりと踏んでみる。
「……動かないや。こっちかな」
左も踏んでみる。
「……うーん、なんで動かないんだろ。観鈴ちんぴんち」
鍵やワイパー、ギアと色々触ってみる。
そして右を踏むと……
「あ、動いた。にはは。観鈴ちんすごい。じゃあ、こっちで止まれるのかな」
踏んでみる。
「あ、止まった。うんっ。大丈夫。……英二さん、いってくるね」
往人殺したあの人を、殺しに。
「うーん、でもどうやって探せばいいのかな。観鈴ちんぴんち」
ハンドルに突っ伏す。盛大なクラクションが鳴り響いた。
「わっ……ど、どうしたのかな?」
恐る恐るハンドルの真ん中あたりを押してみる。
再びクラクションが鳴る。
「わっ……あ……これ……」
何かを思いついて、観鈴は先程自分で二目と見れぬ肉塊に変えた弥生の元へ駆けていった。



「……よしっ。決めた」
あの狡猾な麻亜子の事だ。一度気付かれた時何を画策するか知れたものではない。どうせあの女は二組とも殺すつもりなのだろう。片方を殺した後春原の下へ向かうはずだ。その時に纏めて殺せばいい。いや。麻亜子は殺さない。手足を捥いで動けないようにしてから奴の大好きなささらとやらを連れて来て目の前で嬲りいたぶり尽くしてやるのだ。いや。まだ生ぬるい。奴と同じ制服を着た奴は全てだ。奴の目の前で。そうだ眼を閉じられないように瞼を切り落とすか。舌を噛まないように顎ごと刺し貫くか。ああユカイでたまらない。楽にはさせない。自分のしたことを千倍も万倍も後悔させてやる。ああさっきからうるさいな。何だ? 何の音だ? 音? 音だって!?
綾香は麻亜子を嬲り続ける妄想を中断して音源の方を反射的に振り向く。
車。
何故かクラクションを鳴らし続けたぼこぼこの車がハンドル操作も危なっかしく道を走っている。
何?
何をしてるの?
あんな馬鹿みたいに大きな音を出し続けていればすぐに見つかるどころじゃない。
自分から人を集めているようなものじゃないの。
ん?
集める?
誰を?
! 決まってる! 今の私のように馬鹿面晒して突っ立って見てる奴の事よ!
とっさに綾香はその場を蹴る。
車の窓が開いて何かが綾香のいたところに投げ込まれる。
1! 2! 3……
ド……ッガアアアアアアアアアアン!
「がぁっ!」
咄嗟に木の陰に隠れようとしたが、すんでで間に合わない。
大半は隠れられたが、傷ついた右腕が爆風に炙られる。
隠れた部分も無傷とはいかなかった。
爆圧が痛んだ内腑を抉る。
「ぐぉ……ああ……」
っざけ……るな……!
ここまで麻亜子を追い続けたというのにこんなところで……!
殺す……殺してやる……!
誰だか知らないけどお前も……お前もお前もおまえもぉぉぉぉ!



「にはは……観鈴ちんつよい」
観鈴は開いた窓を閉めた。
そのハンドルには血に塗れた服が巻き付けられている。
「ゆきとさん……観鈴ちん負けないよ……」
周囲の茂みに突っ込みながらも車を反転させ、再び綾香を狙う。
ここで綾香を見つけられたのは僥倖。
神が味方しているのか悪魔に操られているのか。
そんなことは関係ない。
唯目の前にいる敵を討つのみ。
再び、今までにない速度でアクセルを踏む。
「がお……がお……がおー……」
きょうりゅうはつよいんだ。
あんなやつに負けない。

綾香の蒔いた種は確実に育ち、綾香へと牙を剥いた。
綾香の最も望まぬ形で。




【時間:2日目・20:10】
【場所:g-2右上】

神尾観鈴
【持ち物:ワルサーP5(1/8)、H&K VP70(残弾数0)、ダイナマイト×3、ベレッタM92(15/15)・予備弾倉(15発)、フラッシュメモリ、紙人形、支給品一式】
【状態:綾香に対しての明確な殺意、脇腹を撃たれ重症(治療済み、少し回復)】

・英二のデイバック(支給品一式×2)
・聖のデイバック(支給品一式・治療用の道具一式(残り半分くらい)
・ことみのデイバック(支給品一式・ことみのメモ付き地図・青酸カリ入り青いマニキュア)
・冬弥のデイバック(支給品一式、食料半分、水を全て消費)
・弥生のデイバック(支給品一式・救急箱・水と食料全て消費)
上記のものは車の後部座席に、車の燃料は残量30%程度

来栖川綾香
【所持品1:IMI マイクロUZI 残弾数(25/30)・予備カートリッジ(30発入×2)】
【所持品2:防弾チョッキ・支給品一式・携帯型レーザー式誘導装置 弾数1・レーダー(予備電池付き)】
【状態:右腕大火傷(腕を動かせない位)。肋骨損傷(激しい動きは痛みを伴う)。左肩口刺し傷(治療済み)。全身に軽い火傷】
【目的:麻亜子とささら、さらに彼女達と同じ制服の人間を捕捉して排除する。好機があれば珊瑚の殺害も狙う。】


【備考】
ベアークロー、FN Five-SeveN(残弾数0/20)は弥生の元に残してあります
ダイナマイトの音は恐らく民家にも聞こえていると思います
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