鬼――日本でよく知られている妖怪。民話や郷土信仰に登場する悪い物、恐ろしい物、強い物を象徴する存在。 人に化けて人を襲う鬼の話が伝わる一方で、憎しみや嫉妬の念が満ちて人が鬼に変化したとする説もある。 それらはあくまでフィクションの世界での話であり、現実世界に鬼がいるなどと信じている人間は殆どいないだろう。 しかし実際には確かに鬼は――柏木の血を引く者は存在する。 今やこの島で唯一、雄種の鬼の血を継いでいる人間となった柳川祐也は、源五郎池のほとりにある古びた小屋で休息を取っていた。 そんな折、部屋の隅に置いてあった旧式のデスクトップ型パソコンを発見する。 ただ休憩していても時間の無駄だ、それに聞き逃した第三回放送の内容も気になる。 柳川はパソコンのモニターについた埃を払い、電源を入れた。 目当ては当然、ロワちゃんねるだ。記憶に間違いが無ければ『死亡者スレッド』というものがある筈。 程無くしてパソコンの起動が終わり、目的のスレッドを開いて――柳川は、呆然と声を漏らした。 「な……に……?」 画面にはっきりと映し出されている名前――89番、藤田浩之 ロワちゃんねるには浩之と川名みさきの名前があった。 二人は戦いを止めようと、吉岡チエと共に鎌石村役場へ向かった筈だ。 となれば、何が起こったか考えるまでも無い。ミイラ取りがミイラとなったのだ。 「馬鹿が……。早まった行動はするなと…………言っただろう……」 柳川は目線を伏せ、途切れ途切れに呟いた。 あの甘い浩之の事だ。きっと仲間か、或いは見知らぬ誰かを救おうとして傷付き、死んだのだろう。 人を信じ殺人を極力避けようとする浩之のスタンスは、このゲームで生き延びるには不向きだったと言わざるを得ない。 しかし浩之の生き方は決して馬鹿に出来るようなものでは無いし、あの愚直な生き様は正直羨ましくもあった。 柳川がとうの昔に捨て去ってしまったものを、浩之は確かに持っていたのだ。 そして、鬼の血を引く人間も柏木初音と自分を除いて死に絶えた(柳川が知らないだけで、実際には初音ももう死んでいるのだが)。 この島に吹き荒れる殺戮の嵐は、未だ留まる事を知らない―― 柳川は腰を上げ小屋を飛び出すと、凄い勢いで走り出したが、すぐにその足を緩めた。 焦る気持ちはあった。嫌な予感もしていた。一刻も早く教会に向かわなければと思った。 だが感情に任せて強行軍を続ければ、疲労は蓄積してゆく一方だ。 消耗した状態でまたリサ=ヴィクセンとやりあえば、今度こそ確実に殺されてしまうに違いない。 それに佐祐理達が教会に着くのはまだまだ先だろう、自分一人焦った所で意味は無い筈。 このゲームの参加者の大半は、まだ年端もゆかぬ少年少女達だ。 そんな中で刑事であり大人でもある自分が、一時の感情に流されて判断を誤る訳にはいかないのだ。 隆山署で孤立していた自分は社交性のある人間では無いし、皆を導こうなどとも思わない。 狩猟者でもあり、冷淡な人間である自分の役目は一つ。 決して心を乱さず、冷徹に――どこまでも冷徹に、敵を殺し続けるのみ。そう、浩之とは逆に、殺戮の道を歩むのみ。 残り人数は約三分の一。それだけ人が死んだという事は、ゲームに乗っている人間の数ももう多くはない筈だ。 決着の時もそう遠くはない。首輪を解除する目処もある程度は付いている。 ゲームに乗った者を殲滅し、主催者の喉元に牙をつきたてるその時まで、生き延びてみせる。 当然その過程で倉田佐祐理を死なせるつもりは微塵も無いし、他の仲間だって可能な範囲で守るつもりだ。 自分の中に潜む忌々しい鬼は、皮肉な事にも主催者が施した『制限』により抑えられている。 この調子でいけば、最後まで自分の意思で戦い抜けるだろう。 どれだけ手を汚そうとも最終的に目的を成し遂げれば、川澄舞や浩之の無念も多少は晴らせるというものだ。 ――主催者の奴ら、絶対に許さねえ! ――佐祐理をお願い (ふん、言われるまでも無い……) 心に秘めた感情を排し、あくまで冷酷な鬼として、柳川は闇夜の中を突き進む。 【時間:2日目20:20】 【場所:H−6】 柳川祐也 【所持品:イングラムM10(24/30)、イングラムの予備マガジン30発×6、日本刀、支給品一式(食料と水残り2/3)×1、青い矢(麻酔薬)】 【状態:左肩と脇腹は8割方回復、肩から胸にかけて浅い切り傷(治療済み)、左腕軽傷、軽度の疲労】 【目的:佐祐理達との合流、まずは教会へ移動。有紀寧とリサの打倒】 【備考】 ※柳川が見た時点での死者スレ最終更新時刻は18:00 - BACK