侵食汚染




どうしてこんなことになったのだろう。
その瞬間、岡崎朋也は、ぼんやりとそんなことを考えていた。
真っ白に染まった世界の中で、嘲笑うような声が聞こえる。

『そりゃお前、お前が底抜けのバカだからだよ』

憎らしげな、それでいてどこか馴れ馴れしい、奇妙にベタついた声だった。
声は、軽蔑した様子を隠すこともなく続けた。

『実際、お前ほどのバカは見たことがねえ』

言って、深々とため息をつく声。
心底からの侮蔑と失望に満ちた声音だった。
不思議と誰の声なのかは気にならなかった。
一度も聞いたことがないような、生まれたときから知っているような声。

『テメエでテメエの命綱を切ってまわりゃあ、こうなるのは目に見えてたってのによ』

命綱。助かるための、希望。心当たりがなかった。
必死に思い出そうとしても、記憶は空回りするばかりだった。

『ああ、いい、いい。無理だよ、お前にはわからねえ。わかってたら、こんなことにはなってねえさ』

こんなこと。
こんなこと、とはなんだろうと、朋也は靄がかかったような頭で考える。
今度は、答えがすぐに見つかった。ひどく簡単で、間違いようのない答えだった。

「―――俺、死ぬのか」

呟いた途端、声が爆笑した。
姿は見えなかったが、きっと腹を抱え、目には涙すら浮かべて、笑っているのだろうと思った。
ひとしきり笑い尽くして、乱れた息を整えてから、声が朋也に囁く。

『当たり前だろバカ』

やっぱりな、と思う。
何しろ、と朋也は己の身体を見下ろして苦笑する。
腹に大穴が空いていた。人間の内臓を見るのは初めてだと、他人事のように考える。
他にも腕や足、肩から胸にかけて、つまりは全身くまなく、火傷と裂傷に覆われていた。
痛みを感じることもなく、おそらくは致命傷であろう傷を眺めているうちに、段々と記憶が鮮明になっていく。
奇態な眼鏡の少女。木洩れ日の眩しさ、大きな星型の手裏剣。

『―――思い出したか?』
「……まだ、よくわからない」

雑多な記憶の断片が、脳裏をよぎっては消えていく。
いくつもの映像が浮かぶ中で、朋也は奇妙なことに気がついた。

「どうして、」
『どうして思い出せない』

朋也の自問に被せるように、声がしていた。

『どうして空白がある』

心の襞を、ざわざわと撫で付けるような、声。

『―――どうして、そこに何がいたのか、思い出せない』

声は、いつしかひどく悲しげな口調に変わっていた。

『お前は』

間。

『お前は、だから死ぬんだよ』

どこか自嘲めいて、その声は聞こえた。
声に含まれた哀れみが、朋也を刺す。

『夜を待たずに、俺を待たずに』

囁くような声が、掠れていく。
声が遠のいていくのと期を一にするように、白一色だった世界が、端から黒く染まっていく。

『じゃあな、岡崎朋也。愚かなまま死んでいく、……もう一人の俺』

その言葉を最後に、声は聞こえなくなった。
代わりに、渺々と吹き抜ける風の音が、朋也の耳朶を打っていた。
しかしその音もまた、徐々に薄れていく。
完全な無音が訪れるときが、己の命脈の尽きる瞬間なのだと、朋也は理由もなく思う。
頭は働かない。ひどく、眠かった。

「智代、……杏、それから、それか、ら―――」

音が、絶える。
岡崎朋也はその生涯の最期まで、伊吹風子の存在を忌避したまま、死を迎えた。




 【時間:2日目午前10時30分すぎ】
 【場所:E−5】

岡崎朋也
 【所持品:お誕生日セット(三角帽子)、支給品一式(水、食料少し消費)】
 【状態:死亡】
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