後悔




緒方英二、そして篠塚弥生――それぞれの想いを吐露し、二人は対峙する。
数少ない元の世界からの知り合いなのに、二人が協力する事はもう未来永劫あり得ない。
少しでも何かが違っていたら、こうはならなかっただろう。
森川由綺が死にさえしなければ、弥生は殺戮の道へと身を投じなかった。
英二が街道沿いのルートを選ばなければ、このような窮地に追い込まれはしなかった。
だが運命の歯車は確かに噛み合ってしまい、二人に決着を強要する。
空を覆い尽くす暗雲は、彼等の行く末を暗示しているかのようであった。
守る為に、殺す為に、十メートル程の間合いを取って、互いの身体に銃口を向ける。
今の状況は両者にとって最大の好機であると共に、絶体絶命の危機でもある。
このまま攻撃するだけでは確実に撃ち殺されるし、回避を優先すれば機会を逸してしまうだろう。
ならばどうするか――決まっている。二つ纏めて行えば良いのだ。
「さあ――ラストダンスといこうか?」
「ええ、お相手させて頂きます」
瞬間、二人は動いた。
英二は銃を放つと同時に横へ飛び退こうとし、弥生もまた同じ行動に出る。
少し遅れて英二の肩が、弥生の左腕が、夥しい鮮血と共に大きく抉られた。
「うぐぁっ!」
「え……英二さんっ!」
後ろから観鈴の悲鳴が聞こえてくる。
跳ねるような激痛に悶絶しそうになりながらも、英二の目は戦意を失っていない。
大地を蹴り上げて、強引に体勢を整える。
英二は左方向にいる弥生へと、視線を向け――視界の隅で、自身の左肩から白いモノが見え隠れした。
しかしそんなものに気を取られている時間は、一秒たりとも存在しない。
怪我の痛みも不安も思考から排除し、今は弥生を倒す事だけに全ての意識を集中させる。

それでも武器に秘められた威力の差か――先のダメージから立ち直り第二激を放つのは、弥生の方が早かった。
弥生の構えたFN Five-SeveNが轟音と共に火花を噴く。
(観鈴君を無事に帰すまで……僕は死ねないんだっ!)
英二は横に転がり込む事で、襲い掛かる一撃から身を躱そうとする。
背中に思い切り殴られたような衝撃が伝わったが、何とか直撃だけは避けられた。
出来の悪いアクション映画のように地面を転がりながら、ベレッタM92の引き金を立て続けに引く。
両者の距離はかなり近いが、素人では派手に動きながら的を射抜くのは困難――だからこそ、『数撃てば当たる』という作戦を実行した。
放たれた弾丸は四発。その内の三つはあらぬ方向へ飛んでいったが、一発は弥生の左足大腿部を貫いた。
「がっ……!!」
脳が焼け付くような激痛を感じ取り、弥生は小さな呻き声を上げた。
自身の闘志とは無関係に身体が揺れ、膝が地面についてしまう。
腕から、足から、雪崩の如く血を流しながら、それでも弥生は顔を上げて再び戦おうとする。
ただ一つの目的の為に――森川由綺を生き返らせる為に、立ち上がろうとする。
そんな弥生の姿を哀しげな瞳で見据えた後、英二はすっと身体を起こした。
肩を伸ばし、腕を持ち上げて、ベレッタM92のトリガーを引き絞る。

――そして、弥生の腹部を中心に、花火のような形で大量の血が舞った。
(ここまで……ですか……)
弥生の視界が、白色の薄霧で覆われてゆく。
意識がどんどんと、希薄になっていく。
まるで走馬灯のように――否、事実走馬燈なのであろうが、次々と視界の中に見知った顔が浮かんでゆく。
あのお節介な医者、霧島聖。もし『あの世』で会う機会があれば、謝りたい。
別れ際の、呆然とした顔をしている藤井冬弥。意志は弱いけれど、優しい青年だった。
見捨てた自分が言えた義理では無いが、彼には生き続けて欲しいと思う。
死が目前に迫ってようやく、これまで押し隠していた素直な感情が溢れ出していた。
しかしその次に浮かんだ顔が、弥生に最後の活力を与える事となる。
この島では結局会う事の出来なかった、森川由綺。彼女の顔が浮かんだ瞬間、弥生の決意が蘇った。
ここで自分が死ねば、由綺は生き返らない。それだけは自身の誇りに賭けても、絶対に避けねばならない。
自分の身体が限界であろうとも、知った事ではない。
英二の道こそが正しく、自分の選択が間違いであろうとも、関係無い。
絶対に勝つ。殺して殺し続け生き延びて、由綺を取り戻してみせるのだ。
その為にはまずこの薄れていく意識をどうにかして、現実に押し留めなければならない。
「く……ああああっ!」
「――!?」
これまで冷静を保っていた英二の顔が、驚愕に大きく歪む。
弥生はボロボロになった左腕に残された筋肉を総動員して、自身のもう用を足さなくなった左足にベアクローを突き刺したのだ。
絶叫を上げたくなる激痛に襲われるが、その痛みこそが弥生の意識を現実世界へと引き戻した。
右腕に持ったFN Five-SeveNの銃口をすっと上げて、英二の胸をポイントする。
弥生の光を半分失った、しかし強い意志だけはまだ内に込めた瞳が、英二の目を睨み付けた。
これだけは――この一撃だけは、絶対に外さない。
「しまっ……!」
英二が咄嗟に身を低くしようとするが、それよりも早く破壊を齎す銃声が響き渡った。

「英二……さん……?」
観鈴の瞳は、決着の一部始終を逃さず捉えていた。
「観鈴……君……少年…………芽衣ちゃん……すまない…………」
小さな呟きの後、英二の口から膨大な血の塊が吐き出される。
胸から鮮血を吹き出しながら、英二の身体がゆっくりと前方へと傾いてゆく。
そのままドサリと地面に倒れる様は、まるで国崎往人が殺されたシーンを再生しているかのようであった。
英二の身体を中心に、街道の土が赤い死の色へと染まっていった。

   *     *     *

……勝った。
酷い手傷を負い、もう立ち上がる事さえ満足に出来そうも無いが、とにかく勝った。
「つっ……くぅ……」
身体の至る所から、弥生の意識を奪い去らんとする激痛が伝わってくる。
大量の出血により意識が混濁し、視界が壊れかけのテレビのように点滅する。
だが気絶する訳にはいかない。まだまだ自分の戦いは、これで終わりでは無いのだ。
まずは英二にトドメを刺して(生きていればだが)、観鈴を殺し、武器を奪い取る。
それから車の後部座席に置いてある治療道具を使って、怪我の応急処置をする。
今の自分の傷で助かるかどうかは正直疑問だが、何としても生き延びてみせる。
生き延びさえすれば、まだ車という移動手段が残されている以上、優勝の芽はある。
目標を成し遂げられる可能性は、潰えてはいないのだ。
弥生は必死に由綺の顔を思い浮かべて、執念で意識を押し留めた。

がくがくと震える右手に力を入れて、FN Five-SeveNをしっかりと握り締める。
獲物の――観鈴の姿を探そうとして、そしては狩られる立場にあるのは自分の方である事を悟った。
「ゆるさ……ない……」
これが先程までのおどおどとした少女と同一人物なのだろうか?
観鈴の、憎しみを込めた声と殺意の宿った視線が、弥生に鋭く突き刺さる。
その手に握られたワルサーP5の小さな銃口は、確実に弥生へと向けられていた。
「許さないっ! どうしてみんな、私から大切な人を奪っちゃうの!」
ドンッという爆発音と共に、弥生の胸に赤い点が刻まれる。
服に開いた穴から血を噴き上げ、FN Five-SeveNを取り落とし、弥生はうつ伏せにゆっくりと倒れた。

冷たい土の肌触りを感じながら正面を見ると、倒れている英二と目が合った。
弥生は血に塗れた口元を歪め、皮肉な笑みを浮かべた。
「緒方さん……殺し合いなんて……下らないものでしたね……」
「はは……。全く、だな」
英二が笑みを作って、震える声を搾り出し返答する。
少し間を置いて、弥生が寂しげな声音で呟いた。
「私は……間違っていた……のでしょうか……?」
「僕には……何が正しいか、なんて……分からない…………けど、自分の信じた道を貫いたのなら…………それは誇れる……事だろ……?」
英二の目は既に視力の大半を失っていたけれど、弥生がまた微かに笑ったのを認識する事は出来た。
「そう、ですか……」
英二が、弥生が、静かに目を閉じる。
――それきり二人の身体は、もうぴくりとも動かなくなった。
後はただ薄暗い街道の真ん中に、二つの死体が横たわるだけだった。

少しばかりの静寂の後、観鈴がぺたんと地面に両膝をつく。
往人のように、或いは相沢祐一のように、血溜まりの中倒れ付す英二――また自分を庇おうとして、大切な人が死んでしまった。
同時に、嫌でも視界に入る血塗れの女性――自分が、明確な殺意を持って殺してしまったのだ。
「あ……ぅぁぁ……」
再び絶望の淵に叩き落された観鈴は、ただぶるぶると震えていた。
自分がもっと早く戦っていれば、祐一は、往人は、英二は死なずに済んだかも知れない。
或いはここで大人しく殺されておけば、少なくとも人を殺害してしまう事だけは避けられた。
だがどれだけ後悔しようとも誰も生き返らないし、人を殺してしまったという事実も消えはしないのだ。
「うあああああああっ……!!」
観鈴は両手で顔を覆い、子供のように首を振り回しながら泣きじゃくった。
静まり返った村の中に、少女の泣き声がいつまでも響き渡っていた。




【時間:2日目19:00】
【場所:I-6】

神尾観鈴
【持ち物:ワルサーP5(1/8)、フラッシュメモリ、紙人形、支給品一式】
【状態:混乱、号泣。綾香に対して非常に憎しみを抱いている、脇腹を撃たれ重症(治療済み、少し回復)】
緒方英二
【持ち物:H&K VP70(残弾数0)、ダイナマイト×4、ベレッタM92(0/15)・予備弾倉(15発×2個)・支給品一式×2】
【状態:死亡】
篠塚弥生
【所持品:ベアークロー、FN Five-SeveN(残弾数7/20)】
【状態:死亡】

【備考1】
・聖のデイバック(支給品一式・治療用の道具一式(残り半分くらい)
・ことみのデイバック(支給品一式・ことみのメモ付き地図・青酸カリ入り青いマニキュア)
・冬弥のデイバック(支給品一式、食料半分、水を全て消費)
・弥生のデイバック(支給品一式・救急箱・水と食料全て消費)
上記のものは車の後部座席に、車の燃料は残量40%程度、車は弥生達の近くに停車
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