困惑




広瀬真希が示してみせた見覚えのあるロザリオを、みちるがじっと凝視する。
「……それは美凪がつけてたペンダント?」
「ええ……そうよ」
沈痛な表情で、真希が答える。少し遅れて、一人、また一人と顔を歪めていき、場が静まり返った。
岡崎朋也とみちるだけが場に流れる空気の意味を理解出来ず、きょろきょろと辺りを見回している。
古河秋生は苦々しげに大きく舌打ちをした後、真希と北川潤に向かって手招きをした。
「おめえらは敵じゃなさそうだな。となりゃいつまでもここで話してる事も無いだろ……中に入んな」
「オッサン?」
続けて何かを言い掛ける朋也。それを遮って、秋生が小さく耳打ちをする。
「――覚悟はしとけ。多分、悪い話を聞かされる事になる」
「え……?」
呆然と立ち尽くす朋也にはもう構わずに、秋生は家の中へと踵を返して歩き出した。

居間に戻るとある者は床に、ある者は椅子に腰掛け、緊張を解いてゆく。
そんな中で唯一朋也だけは、構えこそ解いているものの、銃は握り締めたままだった。
その姿がちらっと目に入り、北川はごくりと唾を飲み込んだが、すぐに口を開いた。
「――じゃあ説明するぞ。なんで俺達がみちるちゃんを知ってたか……。そして、みちるちゃんを探していた理由を」
北川は話し始めた。まずは広瀬真希と――遠野美凪の出会い。この時点で既に、みちるの外見的特長は聞いていた。
そして、藤林杏を襲っていた柊勝平との一戦。
完全に狂気に取り込まれていた勝平の様子と最期を語ると、朋也が思い切り床を殴りつけた。
「畜生! なんでアイツ、こんなクソッタレゲームに乗っちまったんだ!」
その剣幕の凄まじさに、全員黙り込んでしまう。だが程なくして朋也は我に返り、「……すまん、続けてくれ」と言った。
続けて語られるは相沢祐一達との別れ、ホテルで知った前回大会についての事項と、その後に起こった悲劇。
このみが殺された理由は未だ分からないままだが、とにかく首輪に爆破機能が付いてる事は証明されてしまった。

それから――
「あの、何してるんですか?」
「うーん、ちょっとな」
古河渚の問い掛けに生返事をしながら、北川が紙に鉛筆を走らせてゆく。
渚達がその紙を覗き込むと、そこには驚くべき内容が書かれていた。
『俺達は二日目の夜明けと共に平瀬村工場に行って、そこで知ったんだ――盗聴されている事を』
「え――」
大きく声を上げそうになった渚の口を、済んでの所で秋生が塞ぐ。
北川はぐっと親指を立てた後、紙に続きを書き始めたが、その動きが途中で止まった。
『工場を出た後、俺達は柏木千鶴と柏木耕一にいきなり襲われて、それで……』
北川はみちるの方を見て、奥歯を強く噛み締める。
「…………?」
不思議そうな瞳でみちるが視線を返したその時、彼らの耳に三回目となる放送が届いた。




――重苦しい空気が流れ、静寂が部屋の中を包み込む。放送が終わった後、誰もが俯いてしまっていた。
それ程に今回の放送は各自に大きな精神的ダメージを与えていた。

「何だよこれ……。アイツラみんな、死んじまったってのか……?」
朋也の知人、相良美佐枝、藤林椋、一ノ瀬ことみ、芳野祐介、幸村俊夫。彼女達はもうこの世にいない。
美佐枝は面倒見の良い人間だったから、きっとこのゲームの中でも誰かの世話を焼いていただろう。
椋は大人しい女の子だったが、根はしっかりしている。自分から人を傷つけようなどと、する訳が無い。
ことみは……頭が良過ぎて行動は予測出来ない。しかし彼女なら、常人の想像など及ばぬような方法で脱出を企てていた筈だ。
芳野祐介や幸村俊夫だって、殺人者になった末に死んだとはとても思えない。
ならば答えは一つ、彼女達は何も悪い事はしていないのに、理不尽な暴力で命を奪われてしまったのだ。
(クソ……クソクソクソッ! ふざけんなよ……!)
大きな喪失感と彰に抱いた以上の憎しみで、朋也の理性は弾け飛ぶ寸前だった。
再び復讐鬼としての道を歩む為に、今すぐ家を飛び出したい衝動に駆られたが、そこで声が掛けられる。
「朋也君、落ち着いてください……。きっと死んじゃった皆は復讐なんて望んでいません」
「けどっ……!?」
朋也が反論しようとした矢先、彼の胸を柔らくて暖かい衝撃が襲った。
渚が上半身を少し倒して、朋也の胸に顔を埋めていた。
「渚……?」
「――私さっき怖かったんです」
渚の声は、何時に無く震えていた。
「朋也君が人を殺しに行ったって、死んじゃうかも知れないって聞いて、凄く怖かったです」
「…………」
渚の顔は下を向いていたが、どんな表情をしているかは想像に難くない――朋也の服に染み込んだ暖かい液体が、彼女の心境を教えてくれた。
「お母さんはもう死んでしまいました。お願いですから朋也君まで……居なくならないで下さい」
「……ごめん」
朋也はそれだけ言うと両腕を伸ばし、渚の肩を抱きしめた。
(そうだ……これ以上俺が暴走する訳にはいかない。復讐心は殺人者と出会うその時までとっとけば良い。
 今はこいつを……渚を守る事だけを考えるんだ……)
とてもか細いその身体の感触が、胸に伝わる体温が、朋也の心に落ち着きを取り戻させていった。

   *     *     *

今回の放送では、北川の知人も多く名前を呼ばれてしまった。
ホテルや平瀬村で出会った仲間達からも沢山の犠牲者が出ていたが、それ以上に重い存在の死で北川の心は一杯になっていた。
「相沢……お前逝っちまったんだな……」
あの祐一が殺された。それは北川にとって、にわかには信じ難い事実だった。
祐一の土壇場での行動力は自分などとは比べ物にならない。仲間も、別れた時点では沢山居た筈だ。
だが放送で名前を呼ばれてしまった以上、祐一の死を疑う余地は存在しない。
目の前で掛け替えのない仲間を失った経験のある北川は、取り乱したりはしなかった。ただ――
(もうアイツとつるんで、馬鹿やれた時間は戻ってこないんだな……)
完全に喪失した日常を思うと、胸の奥がずきんと痛んだ。
「川名先輩や藤田も死んじゃったね……」
真希が横から話し掛けてくる。彼女は涙こそ流していたかったものの、とても悲しそうな顔をしていた。
「これが夢だったら良かったのにな……」
「そうね。潤と出会えなくなるのは嫌だけど、あたしもそう思うよ……」
この島で芽生えた絆だって確かにある。北川が真希や美凪と築いた絆は、親友の祐一とのそれにも匹敵する。
それでも人が余りにも沢山死に過ぎて、失う物が多過ぎて、二人はこの悪夢が醒める事を願わずにはいられなかった。

   *     *     *

「ちっ……もう謝る事すら、出来なくなっちまったな……」
抱き合う朋也達を横目で見ながら、秋生が一人小さな声で呟く。
霧島聖は死んだ。霧島佳乃を守れなかった侘びを入れるのは、もう永久に不可能となった。
秋生はやり切れない気持ちになったが、すぐに感傷に浸っている場合では無いと思い直す。
過ぎ去った事に思いを馳せても人は生き返らない以上、ここで心を痛めていても何も変わらない。
今は最年長の自分が、悲しみに支配されたこの場を纏めなくてはならないのだ。
「……落ち込んでるトコ悪いが、ちょっと聞いてくれるか」
秋生の声に、一同の視線が集中する。
「皆色々思う所はあるだろうけど、頭を悩ませるのは生きて帰ってからにしてくれ。非情なようだが、今俺達が考えるべきはこれからの事だけだ」
それは揉めるのも覚悟の上で行った、冷たい言い草の発言だ。
しかし秋生の予想に反して、誰も突っかかってこようとはしなかった。
生き残った者に課せられた義務は何か、この島で生き延びるには何が必要か、もう誰もが分かっているのだ。
北川がまた紙に文字を書いて、それから真希の手を引いて立ち上がった。
「まずは食事にしよう。腹を膨らませた方が良いアイデアも浮かぶってもんさ」
そう言い残して北川と真希は台所に消えていった。すぐに秋生達は残された紙に目を通す。
『いきなり悪いな……。でも俺達は、みちるちゃんにハンバーグを作ってやってくれと、美凪から頼まれてるんだ。
 伝えたい情報は大体鞄の中に入ってる紙に書いてあるから、それを見ながら待っててくれ』
北川の鞄を漁ると、長々と情報が書き綴られた紙が入っていた(教会での情報交換の際に使用したものである)。
それによると、首輪を解除し得る技術と装備を併せ持った――姫百合珊瑚とその仲間が平瀬村周辺の何処かにいる。
そして宮沢有紀寧こそがロワちゃんねるに偽の書き込みをした犯人であり、最も警戒すべき敵の一人だという事実だった。
(宮沢……お前まで殺し合いに乗っちまったのか……)
自分の知る有紀寧とは大きく逸脱した行動に、朋也は強い怒りを悲しみを覚えていた。
もう憎悪に身を任せはしないが、沸き上がる感情だけは自制しようも無い。
大きく深呼吸をして気を落ち着けた後、思考を纏めようとして――みちるの様子がおかしい事に気付いた。

「みちる……?」
みちると美凪がとても親密な関係であったのは聞いている。
だから朋也は、みちるが泣き崩れているものだとばかり思っていた。
年端もいかぬ少女が大切な存在を失ったら、悲しみを抑えきれないだろうと、そう考えていた。
しかし朋也が視線を動かした時、みちるは泣いてなどいなかった。
「そんな……筈無い……だってみちるは美凪の夢なんだから…………」
みちるは焦点の定まらぬ目をしたまま、ぶつくさと理解出来ぬ事を呟いている。
「おいみちる、どうしたんだよ?」
「……美凪が死んだら……みちるも消えちゃうに決まってるのに……」
朋也が話し掛けても、みちるはこちらを見ようともしない。まるで二人の間に、透明な壁があるかのようであった。
どう対応すれば良いか検討もつかなくなり、朋也の思考は混乱の一途を辿っていった。




【時間:二日目・18:30】
【場所:B-3民家】
古河秋生
 【所持品:S&W M29(残弾数0/6)・支給品一式(食料3人分)】
 【状態:情報を整理中、左肩裂傷・左脇腹等、数箇所軽症(全て手当て済み)。渚を守る、ゲームに乗っていない参加者との合流】
古河渚
 【所持品:包丁、鍬、クラッカー残り一個、双眼鏡、他支給品一式】
 【状態:情報を整理中、左の頬を浅く抉られている(手当て済み)、右太腿貫通(手当て済み、痛みを伴うが歩ける程度に回復)】
みちる
 【所持品:セイカクハンテンダケ×2、他支給品一式】
 【状態:呆然、混乱】
岡崎朋也
 【所持品:トカレフ(TT30)銃弾数(6/8)・三角帽子、薙刀、殺虫剤、風子の支給品一式】
 【状態:混乱。マーダーへの激しい憎悪、全身に痛み(治療済み)。最優先目標は渚を守る事】

北川潤
 【持ち物@:SPASショットガン8/8発+予備8発+スラッグ弾8発+3インチマグナム弾4発、支給品】
 【持ち物A:スコップ、防弾性割 烹着&頭巾(衝撃対策有) お米券】
 【状況:真希を手伝う。チョッキ越しに背中に弾痕(治療済み)】
広瀬真希
 【持ち物@:ワルサーP38アンクルモデル8/8+予備マガジン×2、防弾性割烹着&頭巾(衝撃対策有)×2】
 【持ち物A:ハリセン、美凪のロザリオ、包丁、救急箱、ドリンク剤×4 お米券、支給品、携帯電話】
 【状況:ハンバーグ作成中。チョッキ越しに背中に弾痕(治療済み)】

※北川達は珊瑚が教会にいる事までは知りません
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