希望を目指して




突如遠くから響いた銃声と爆発音に環の身体に戦慄が走る。
その音は自分の向かっている場所……診療所の方角から聞こえてきたからだ。
「――そんな、まさかっ!」
きしむ身体を押さえながら歩く速度を上げる。
だが環の考えとは裏腹に、思うように動いてくれない足が彼女の体勢を大きく崩していた。
「なんで……なんでこんな時に。動いて、動いてよっ!」
両足を叩きながら環の瞳から小さな涙がこぼれていた。
首輪を外すことが出来るかもしれない。
そうしたらもうこんなくだらない殺し合いなんかする必要なんか何もなくなる。
タカ坊も診療所にいる仲間達も、笑って日常に帰れるはずなんだ。
気落ちする心を奮い立たせるように再び立ち上がったその時だった。
環の耳に聞きなれた……だがずっと聞いていなかったこの島では異質な音が届く。
それが車のエンジン音だと思い出した瞬間、弾かれた様にすぐそばの大木の傍らに身を隠そうと地を跳ねていた。
全身を襲う激痛に耐えながらそっと身を乗り出すと、遠くを一台の車が走り去っていった。
「――あれはあの時の……」
車を運転していた人間。それは鎌石村で自分たちを襲おうとし、そして英二が撃った人間だった。
ウインドウ越しに見えた弥生の姿と車が来た方向に、抗いようのない絶望感に襲われる。

「行かないと……早く……みんなに伝えないと!」
押し寄せる不安を拭い去るように足に力をこめ立ち上がろうとし――突如目の前が真っ暗になり、環の意識は闇に落ちていった。

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「――こんな……ひどい」
横たわる少女の無残な死体を目の前に、敬介は呆然と立ち尽くしていた。
美しかった顔は血にまみれ、制服はところどころが破られており、そして身体に付着している白い液体。
何が起きたかをすぐ理解すると同時に、行き場のない感情が敬介の心を締め付けた。

平瀬村での戦い……秋生の言葉から察するに美汐の何かしらの言動が事態をあそこまで大きくし、晴子をはじめたくさんの犠牲をはらんでしまった。
本当に彼女が? だとしたらなんのために?
それを確認するために敬介は美汐と出会った家に戻ってきた。
最悪、再会したところで戦闘になるかもしれないと覚悟すらしていた。
彼女は殺し合いに乗っていた可能性もあり、それによって自身も仲間も危険に陥っていたのかもしれないのだ。
だがもう真実を確かめる方法は何もなく、わかることは少女の身に起こった悲劇のみ。
敬介に叩きつけられた現実はこの島の凄惨さをまざまざと感じさせ、怒りよりも恨みよりもやりきれない悲しみだけが押し寄せていた。
「何も出来ないけれど……せめて安らかに」
言いながら絶望に歪み見開かれたままの瞳を右手でそっと閉じる。
美汐との間にたいした接点があったわけではない。
それでもわずかながらでも関わり会話をした少女を慈しむ用に目を瞑ると黙祷をささげ、家を後にしていった。


「観鈴、国崎君……」
氷川村を探索する敬介の足取りは重かった。
疲れもさることながら、終わりの見えない惨劇に精神が疲弊していたのもあるだろう。
再び離ればれになってしまった愛娘の姿を求めひたすら歩き続けた。

周囲を警戒しながら見回し、そして不意に目に入った一人の女性の姿に敬介は叫びながら駆け寄っていた。
「向坂さんっ!」

全身に付けられた傷を見て顔をしかめながら必死に呼びかけるも環の口から返事はない。
最悪な想像が浮かびながら環の腕を取る……が脈も呼吸もあり、気絶しているだけと気づいたときには安堵のため息が漏れていた。
「どうしようか……ここじゃ危険すぎる」
(一度診療所に戻るか……もしかしたら緒方さんが観鈴を連れ戻して来ているかもしれない。
その時誰もいなかったらあの惨状を見たら診療所を後にしてしまうだろう)
環を休ませる意味でも闇雲に探し回るよりはと敬介は決心し、環の身体を抱え上げると、再び診療所へと足を向けた。


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「う……ん……」
「――気がついたかい?」
環の小さな呻きに気づいた敬介は、手元のタオルを絞りながら小さく声をかける。
「ここは……私は……?」
気だるさが襲ってくるがそんな事は気にしていられず体を無理やり起こす。
かけられたシーツが床に落ち、右腕が割れるように痛んだ。
「――っ」
ふらついた環の身体を敬介が優しく抱きとめると、たしなめる様に声をかけた。
「無理しないほうがいい、全身怪我だらけじゃないか」
環の呼吸が落ち着くのをゆっくり待ちながら、水に濡れたタオルを差し出すと環の額をそっとぬぐう。
冷たい水の感触に息を落ち着かせながら視線を横にそらすと、環の目に半身が焼け焦げた宗一の死体がベットに横たえられているのが映った。
「――宗一さん?」
先ほどの爆発音のせいだろうと瞬時に理解した。

慌てて周りを見渡しても他の者の姿はどこにもいない。
「……英二さんは!? 観鈴は!? それに他のみんなはっ!?」
声を荒げるながら尋ねる環にたいし、敬介は顔を伏せたままポツリと口を開き語りはじめた。
悲痛に顔を歪めながらも、それに返すように環も今まで起きていたことを話し始めた。

お互いの持つ情報をすべて交換し合った二人はもはや息をするのも億劫なほどに項垂れていた。
訪れるのは重苦しい空気に気が遠くなるような静寂……。
どうしていいかわからず黙りこくる二人の耳に第三回目ともなる放送が鳴り響いた。

「国崎君まで……」
飛び出した観鈴とそれを追っていった英二の名前が挙がらなかったことに安堵していたのも一瞬のことで
とどまることを知らず増え続ける死者の数……その中には国崎往人の名前も挙げられていた。
敬介の顔は知らず知らずのうちに不安に歪んでいた。
二人が出て行ってから数時間が経過している。
自分がここを離れた際にやはり来ていたのではないか……待つと言う選択をしなかった自分に無償に腹が立った。
拳を握り締め叫びだしたい衝動を必死に抑えながら環に視線を移すと、痛む身体を気にもせず立ち上がろうと身体を起こしていた。
「向坂さん!?」
叫ぶ敬介の言葉も気にせず環はベットから抜け出るとデイバックを手に取り……その重さに崩れながら片膝を突いた。
「無茶だ、そんな身体で!」
慌てて敬介は環の身体を支えようと駆け寄るが、切羽詰ったように環は声を絞り出し敬介の身体を突き放すように押しのける。
「みんなを探して……教会に向かわないと。寝てる暇なんか無いんです。こんなこと早く終わりにしないと!」
鬼気迫るその顔に、いつもの環の余裕は無かった。
「もう誰も死なせない。希望が目の前に広がっているのだから」
決意に満ちたその言葉に、敬介は少しの間考え込むとおもむろにデイバックを漁り始めた。
「……わかった。ならこうしよう」

言いながら、中から筆記用具を取り出すと敬介はスラスラとペンを走らせる。
この先英二たちが戻ってきた場合の事を考え、足跡を残しておく。
(もしも道中見つけれなくてもこれに気づいてさえくれれば……)
その紙を宗一の綺麗な左手に握らせると、環の元へ走り寄りデイバックを奪うように持ち上げる。
「橘さん……」
申し訳なそうに口を開こうとする環の言葉を、首を左右に振りながら制しにっこりと微笑みかける。
「――さあ行こう」

敬介の言葉に環が力強く頷き返し、二人は診療所を後にする。
ふと見上げた空はこれからの運命を暗示するように辺りを黒く覆いつくしている。
だがけして歩みは止めず、別れた仲間の身を案じながらゆっくりと歩き出した。

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敬介と環が立ち去り、中には宗一の死体が転がるのみとなった診療所。
そこに一人の人影――柳川との戦闘を終え、体力の回復を図っていたリサの姿が現れる。
無作為に歩き回るよりも、地図により指針のある診療所のほうが合流しやすいだろうと考えたためだった。
最初に別れてしまった際の合流方法を決めておかなかったのは失敗だとも考えた。
だがいつかは殺す相手だ。有紀寧とは合流出来ようが出来まいがどちらでもいいと考え直す。
診療所に戻ってきたのは自分の甘さを消すための再確認。

「宗一……」
冷たくなった宗一の手をそっと握り、寂しげに微笑みながらリサは声をかける。

返事など返って来るわけもない。返ってきたところで、馬鹿な真似はやめろと殴り倒されるのが関の山だったろう。
もう止めてくれる者はいないのだ。だからもう止まらない。
ガサリ――と手に当たる感触。
そこに握られていたのは敬介の残したメモだった。

『観鈴、緒方さん。無事にこれを見つけられていることを祈ってる。
僕と向坂さんは平瀬村に向かうよ。もしかしたらここから脱出できる糸口が掴めるかもしれないんだ。
また再会出来ると信じて―― 橘敬介』

メモに目を通したリサの顔に笑みが浮かぶ。
殺戮の道を選んだとは思えないほど優しい笑顔。
「みんな頑張っているのね……」
それはほんの少しでも共通の意識を持った仲間への賛辞だった。
「でもね……脱出なんてさせられない。私は優勝しなければならないのだから!」
だが一瞬にして顔をこわばらせるとメモを握りつぶし、休む間もなく荷物を持ち上げた。

「――ごめん宗一、私行って来るわ。地獄でまた……会いましょう」




【時間:2日目18:15】
【場所:I−7】
向坂環
【所持品@:包丁、レミントン(M700)装弾数(5/5)・予備弾丸(10/10)、】
【所持品A:救急箱、ほか水・食料以外の支給品一式】
【状態:観鈴と英二の捜索をしつつ教会に向かう、頭部に怪我・全身に殴打による傷(治療済み)、全身に痛み、左肩に包丁による切り傷・右肩骨折(応急処置済み)、焦りと疲労】
橘敬介
【所持品:支給品一式x2、花火セット】
【状態:観鈴と英二の捜索をしつつ教会に向かう、身体の節々に痛み、左肩重傷(腕を上げると激しい痛みを伴う)・腹部刺し傷・幾多の擦り傷(全て治療済み)】


【時間:2日目19:30】
【場所:I−7】
リサ=ヴィクセン
【所持品:鉄芯入りウッドトンファー、支給品一式×2、M4カービン(残弾15、予備マガジン×3)、携帯電話(GPS付き)、ツールセット】
【状態:マーダー、目標は優勝して願いを叶える。有紀寧と合流出来ればする、軽度の疲労、一路教会へ】


備考
・花火セット等の入った敬介の支給品の中身は美汐の家から回収済
・敬介の残したメモには教会の位置が記載
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