この殺し合いの舞台において、一際異彩を放つ神秘的な建造物。 平瀬村の外れにある教会の中で、河野貴明達は今後の方針について話し合っていた。 行われたやり取りは、主に情報交換だ。その中でも特筆すべきはやはり、首輪についての情報だろう。 主催者側に盗聴されている事、そして首輪の解除方法が既に確立されている事は、驚愕すべき事実だった。 ささらが話し合った内容を確認しようと、紙の上に文字を綴る。 『つまり首輪の解除方法はもう調べ終わって、今はハッキングをプログラムに任せている状態なんですね?』 『うん。それで、頼みたい事が一つあるんやけど、ええかな?』 『大体予想出来るよ。工具を取りに行って欲しいんでしょ?』 貴明が確認するよう書き返すと、姫百合珊瑚は大きく頷いた。 『そや。首輪を外すのにもゆめみを修理するのも工具が必要や』 珊瑚がゆめみの構造を軽く調べてみると、所々に知らない技術が使われているものの、修理は可能であるようだった。 だが流石の珊瑚といえども、素手で修理を行うのは無理難題に過ぎるというものだ。 『僕が村まで一っ走りして取って来ようか?』 春原陽平が全員の顔を見回す。それからこほんと一回咳払いをした後、言った。 「僕はこれから仲間を集めに平瀬村に行こうと思うんだけど、どうかな? 動くなら暗くなった今が良いと思う」 勿論仲間を集めに行くという口実は盗聴対策のフェイクであり、実際は工具を探しに行くというのが本音である。 陽平の意見を受けて、ルーシー・マリア・ミソラ(通称:るーこ)は考え込むような仕草を見せた。 確かに隠密行動のしやすい夜の方が、安全性は高いが――ゲームに乗っている者と出会う可能性がゼロになる訳ではない。 「ちょっと待て、うーへい。一人では危険過ぎるだろう」 「……じゃあさ、全員で行けばいいんじゃない?それなら万が一の事があっても安心よ」 「あんま人数が多いと目立っちゃうわよ。それにここを留守にする訳にもいかないでしょ」 観月マナの意見をきっぱりと否定した後、藤林杏が言葉を続ける。 「あまり怪我が酷くない人達――あたしと陽平、マナとるーこの四人で行く、ってのはどう?」 工具を探しに行く役目を請け負う者は、外を歩き回る為に軽いフットワークを要求される。 怪我をしている者達が行くべきで無いのは明白だった。 杏が一人一人に視線を移していくと、ほぼ全員が頷く事で返事をする。 そんな中、唯一貴明だけが杏の意見に乗り気ではなかった。 (ここでただ待っていろだって? そんな事、俺には出来ない……!) 仲間の身を危険に晒して、自分は安全な場所に留まるなど耐えられない。 貴明は反論しようと腰を上げたが――途端に身体のあちこちに痛みが走った。 「はいはい、怪我人は無理しない。ここはあたし達に任せときなさいって」 安心させるように、杏がどんと胸を叩く。その仕草は彼女の言葉同様、頼もしげに見えた。 それでようやく貴明も、これ以上反論するのは諦めた。 自分の私情を押し通して強引に同行したとしても、その結果周りの足を引っ張ってしまっては何にもならない。 今は――仲間を信じる他なかった。 すぐにそれぞれが出発する準備を始め、程なくしてその作業も終わりを迎える。 開け放たれた扉の向こうで出発してゆこうとする四人と、それを見守る四人。 貴明が少し思いつめたような表情をした後、短く言葉を搾り出す。 「るーこ」 「何だ、うー?」 「……死ぬなよ」 不安げに視線を寄せる貴明。するとるーこは、ばっと両手を上げて”るーのポーズ”をとってみせた。 「るーは勇敢な戦士だ、問題無い。うーこそ、るー達の居ない間しっかりと此処を守るんだぞ」 「ああ、分かってるよ」 貴明が力強く返答すると、るーこはにこっと微笑んでから踵を返して歩き始めた。 闇夜の中に消えゆくるーこ達の背中を、貴明は唯じっと眺めていた。 * * * * * * 夜の闇と同化するように努めながら、平瀬村へと急ぐ春原陽平ら四人。 メンバーと殆ど面識の無いマナはともかく――陽平は杏やるーこと相当に親しい間柄である。 基本的に明るい性格の陽平なら、雑談の一つでもしながら平瀬村へ向かうのが普通だろう。 しかし今回ばかりは、陽平はおろか誰の口からも言葉が発される事は無く、薄暗い森の中を駆けてゆく。 ただひたすら迅速に、閑静に、工具を手に入れる事だけを目的として平瀬村を目指す。 盗聴対策で陽平が言った、『仲間を探す』などといった事をするつもりは毛頭無い。 教会で首輪の解析作業を行っている事は、既に多くの同志に知らせてある。 自分達から探し回るような危険を犯さずとも、仲間は自然と集まってくる筈なのだ。 今自分達がすべき事は脱出に必要な要素を揃えていく事、そしてそれを守る事だ。 ならば極力穏便に工具を入手し、なるべく早く教会へ戻って防衛の任に当たるのが最良だろう。 今回の陽平達の判断は的確であり、落ち度らしい落ち度は無かった。 ――だから、最も見つかってはいけない人物に見つかってしまったのも、運が悪かっただけだ。 「おやおや、あの時のチビ助君じゃないか。 随分急いでるようだけど、何処に行くつもりかね?」 陽平たちが通過した場所より少し離れた木の影に、一人の少女が息を潜めていた。 スクール水着の上に、可愛らしい制服を着込んだ、おおよそ殺し合いには相応しくない外見の少女。 しかしこの少女――朝霧麻亜子は既に多くの参加者を血の海に沈めた、強力な殺人者なのだ。 麻亜子はこれからの行動について思惑を巡らせていた。敵は四人、真っ向勝負を挑むのは正直分が悪い。 もっとも相手は何かの用事があって急いでるようなので、隙をつくのは十分可能であるが――もう一つ、気になる事がある。 (あのチビ助……たかりゃんやさーりゃんと一緒にいた奴だよね。もしかしたらこの近くに、二人が居るのかも知れない……) 学校で別れて以来会っていないが、放送で二人が無事だったのは分かっている。 だがそれは『生きている』というだけであって、五体満足でいる保障が得られた訳では無い。 (さーりゃん、たかりゃん、元気でやってるかな……) 自分はゲームに乗っている以上、再会した所で何もしてやれないのだが……無性に二人の事が気になった。 (あれは春原にるーこ……。まさかまだ平瀬村に居たとはね……) そして朝霧麻亜子の背後で、鋭く目を光らせる少女、来栖川綾香。 胴体部を防弾チョッキで守り、圧倒的火力を誇るマシンガンを携えた綾香は、他の参加者にとって死神にも等しい存在だ。 右手に持ったレーダーは、教会に居る貴明達の光点も逃さず映し出ている。 多くの人間を憎み、同時に多くの人間に憎まれている彼女だったが、この場で唯一人、誰にも存在を悟られていない。 (さて、まーりゃんはどう出るかしらね?) 少女は口元を笑みの形に歪めながら、戦場の趨勢を見守っていた。 【時間:2日目・19:40】 【場所:g-2・3境界線】 朝霧麻亜子 【所持品1:デザート・イーグル .50AE(1/7)、ボウガン、サバイバルナイフ、投げナイフ、バタフライナイフ】 【所持品2:防弾ファミレス制服×2(トロピカルタイプ、ぱろぱろタイプ)、ささらサイズのスクール水着、制服(上着の胸元に穴)、支給品一式(3人分)】 【状態:次の行動を考える、マーダー。スク水の上に防弾ファミレス制服(フローラルミントタイプ)を着ている、全身に痛み】 【目的:目標は生徒会メンバー以外の排除、特に綾香の殺害。最終的な目標は自身か生徒会メンバーを優勝させ、かつての日々を取り戻すこと。】 来栖川綾香 【所持品1:IMI マイクロUZI 残弾数(25/30)・予備カートリッジ(30発入×2)】 【所持品2:防弾チョッキ・支給品一式・携帯型レーザー式誘導装置 弾数1・レーダー(予備電池付き)】 【状態:右腕と肋骨損傷(激しい動きは痛みを伴う)。左肩口刺し傷(治療済み)】 【目的:様子見、麻亜子を尾行、麻亜子とささら、さらに彼女達と同じ制服の人間を捕捉して排除する。好機があれば珊瑚の殺害も狙う。】 ルーシー・マリア・ミソラ 【持ち物:H&K SMG‖(6/30)、予備マガジン(30発入り)×4、包丁、スペツナズナイフ、LL牛乳×6、ブロックタイプ栄養食品×5、他支給品一式(2人分)】 【状態:平瀬村で工具を探す、綾香に対する殺意・主催者に対する殺意、左耳一部喪失・額裂傷・背中に軽い火傷(全て治療済み、裂傷の傷口は概ね塞がる)】 春原陽平 【持ち物1:鉈、スタンガン・FN Five-SeveNの予備マガジン(20発入り)×2、LL牛乳×3、ブロックタイプ栄養食品×3、他支給品一式(食料と水を少し消費)】 【持ち物2:鋏・鉄パイプ・首輪の解除方法を載せた紙・他支給品一式】 【状態:平瀬村で工具を探す、全身打撲(大分マシになっている)・数ヶ所に軽い切り傷・頭と脇腹に打撲跡(どれも大体は治療済み)】 観月マナ 【装備:ワルサー P38(残弾数5/8)】 【所持品1:ワルサー P38の予備マガジン(9ミリパラベラム弾8発入り)×2、カメラ付き携帯電話(バッテリー十分、全施設の番号登録済み)、9ミリパラベラム弾13発 入り予備マガジン、他支給品一式】 【所持品2:SIG・P232(0/7)、貴明と少年の支給品一式】 【状態:平瀬村で工具を探す、足にやや深い切り傷(治療済み)。右肩打撲】 藤林杏 【装備:Remington M870(残弾数4/4)、予備弾(12番ゲージ弾)×27】 【所持品:予備弾(12番ゲージ弾)×27、辞書×3(国語、和英、英和)、救急箱、食料など家から持ってきたさまざまな品々、支給品一式】 【状態:健康、平瀬村で工具を探す、最終目的は主催者の打倒】 ボタン 【状態:健康、杏の鞄の中に入れられている】 【時間:二日目19:20頃】 【場所:G-3左上の教会】 河野貴明 【装備品:ステアーAUG(30/30)、フェイファー ツェリザカ(5/5)、仕込み鉄扇、良祐の黒コート】 【所持品:ステアーの予備マガジン(30発入り)×2、フェイファー ツェリザカの予備弾(×10)】 【状態:左脇腹、左肩、右腕、右肩を負傷・左腕刺し傷・右足、右腕に掠り傷(全て応急処置および治療済み)、半マーダーキラー】 久寿川ささら 【所持品1:スイッチ(未だ詳細不明)、トンカチ、カッターナイフ、支給品一式】 【所持品2:包丁、携帯用ガスコンロ、野菜などの食料や調味料、支給品一式】 【状態:右肩負傷(応急処置及び治療済み)】 ほしのゆめみ 【所持品:日本刀、忍者セット(忍者刀・手裏剣・他)、おたま、ほか支給品一式】 【状態:胴体に被弾、左腕が動かない】 姫百合珊瑚 【持ち物@:デイパック、コルト・ディテクティブスペシャル(2/6)、ノートパソコン】 【持ち物A:コミパのメモとハッキング用CD】 【状態:決意。ハッキングはコンピュータの演算に任せている最中、工具が欲しい】 イルファ 【状態:停止、激しい損壊、椅子に座らされている、左の肘から先が無い】 - BACK