その女は、笑んでいた。 何一つの慈悲も、欠片ほどの温もりもなく、笑んでいた。 深い紅の双眸は、どこまでも静謐で、そして昏く澱んでいた。 白い肌に何かが撥ね、小さな赤い染みを作った。 返り血だった。 女、柏木千鶴のたおやかな指が、染みを拭う。 紅の文様が、広がった。 その手には、既に血に染まっていないところなどありはしなかった。 血化粧に笑みを湛え、千鶴が歩を進める。 手指を、振るった。 瞬間、その白く長い指が禍々しい変貌を遂げる。 古代の爬虫類のそれを思わせる無骨な漆黒の皮膚に、真紅の長い爪。 柏木の家が伝えてきた、鬼の力だった。 何気ない動作でその腕を振り上げた千鶴が、吹く風を楽しむかのように手を伸ばす。 血飛沫が、舞った。 「来栖川の臭いがする」 詠うように、千鶴が言葉を紡ぐ。 伸ばした手の先には、少女、砧夕霧の体が垂れ下がっていた。 顔面の中央を貫かれ、後頭部から爪の先が突き出している。 既に絶命しているのが明らかだった。 「腐った泥を固めて捏ねた臭い」 小さく、交響曲の端緒を開くタクトのように、爪を振る。 眼鏡が断ち割られ、鼻筋が両断された。 ずるりと、夕霧の躯が地に落ちた。 「ひとのかたちをした蟲の臭いだ」 大空を愛でるように、天を見上げて胸を張り、両の腕を伸ばす。 両の手指、合わせて十の爪の先が、左右にいた夕霧の頭を、それぞれ六つに断ち割った。 噴水のように、血潮が溢れた。 千鶴が、軽やかにステップを踏むように、その足を進める。 「生きて動けば汚らわしい」 夕霧の腕が、もがれて落ちた。 ぐらりと揺れるその肢体が、地面に倒れるまでに細切れにされる。 ぼとりぼとりと、四角い肉の塊がいくつも零れた。 「死んで斃れて、なお醜い」 居並ぶ夕霧の首が、まとめて刎ねられた。 天高く飛ぶその頭の鼻先が、順番に串刺しにされていく。 千鶴の広げた手指にちょうど十の夕霧の首が晒され、すぐに打ち捨てられた。 「生まれ落ちて疎ましく」 夕霧の膝下が、喪われた。 もぞもぞと這いずる夕霧の背に、五月雨のように爪が突き降ろされる。 びくりと震えて、動きを止めた。 「屍を晒して救われない」 長い爪が、肋骨の隙間を縫うように、夕霧の身体に突き入れられた。 一気に、左右に引き裂かれる。 回遊魚の鰓のように、夕霧の胴が割れていた。 「ああ、ああ」 千鶴がわらう。 「お前たちはやはり、来栖川だ」 幾十、幾百の骸を眼下に並べ、悠然と、まるでそれが、芳しい香りを放つ花畑だとでもいうかのように。 「鏖にしてなお、飽き足りない」 そう言って、心の底から楽しそうに。 柏木千鶴が、砧夕霧を駆逐する。 「憎い、憎い来栖川が」 駆除し、 「殺して、殺して、殺して殺して殺しても」 切除し、 「尽きることなく涌いてくる」 削除する。 「こんなにありがたい話はない」 刹那をもって、 「こんなに愉快な世界はない」 苦痛の限りを与えながら。 「死ね」 砧夕霧の喉が裂かれた。 「手足をもがれて死ね」 砧夕霧の四肢が斬り落とされた。 「脳漿をぶちまけて死ね」 砧夕霧の頭蓋が両断された。 「臓物を抉り出されて死ね」 砧夕霧の臓腑が、飛び散った。 「死ね」 砧夕霧の乳房が削ぎ落とされた。 「幸せを渇望しながら死ね」 砧夕霧の手指が寸断されて散らばった。 「喜びを思い出すことなく死ね」 砧夕霧の貌が、轢き潰された。 「生まれたことを悔やんで死ね」 砧夕霧の両の耳朶に、爪が突き込まれた。 「死ね」 柏木千鶴は、笑んでいる。 「これは」 何百体めかの砧夕霧を解体しながら、千鶴は謳う。 「これは断罪だ、来栖川の係累」 殺戮の只中で、千鶴は踊る。 「罪ゆえに死ね」 並べた骸を舞台とし、流れた血潮を書割に。 「罰を受けて死ね」 さながら終末を告げる御遣いの如く。 「尊厳を奪われ、省みられることもなく」 或いは総てを奪い去る、黒死の風の如く。 「踏み躙られて死ね」 柏木千鶴が、舞い踊る。 「死んで、死んで、死に尽くすまで」 大地と、木々と、吹き抜ける大気をすら、鮮血の赤に染めながら。 「私が、殺してやる」 柏木千鶴は、笑んでいる。 【時間:2日目午前10時すぎ】 【場所:I−4】 柏木千鶴 【所持品:なし】 【状態:復讐鬼】 砧夕霧 【残り27641(到達0)】 【状態:進軍中】 - BACK