ヒーローとヒロイン?




様々な思惑が入り混じった不毛な戦いは、七瀬彰の死という形で幕を閉じた。
その後古河渚ら一行は元いた民家に戻り、体力の回復と怪我の治療に努めていた。
「はい、終わりましたよ」
「ああ、サンキューな」
岡崎朋也の手当てを終えた渚が、治療に使った道具を箱の中へと片付ける。
一人で大立ち回りを演じてみせた朋也だったが、貰った攻撃は素手による殴打のみだったので、その怪我は浅い。
治療が終わるのを待っていた秋生が煙草の煙を吸い込んで、それから尋ねた。
「おい小僧、これからどうする? もう暫くはここに留まって休むとしても……いつかは、動かなきゃならねえ」
朋也は腕組して、少しの間考えた。
確かにこのまま動かずにいても、状況は好転しない。いずれはこの島から脱出するか、主催者を倒さねばならない。
そしてそれを成し遂げるには、恐らく多くの人手が必要となる。
いざ動き始めた時に、生き残りが自分達しかいない、では話にならないのだ。
このゲームで生き長らえるには動かずにいる事が鉄則だが、その間に同じ志を持った他の参加者達はどんどん倒れてゆく。
あまり悠長に構えている訳にはいかない――しかし闇雲に動いても、効率が悪過ぎる。
「そうだな……まずは第三回放送を聞いてから、どうするか判断しねえか? 『ロワちゃんねる』ってのもあるし、情報を集めてから動くのが良いと思う」
それが朋也の出した結論だった。
扇動行為を行う者もいる以上『ロワちゃんねる』に過度の期待は出来ないが、具体的な行動に移るにはもう少し情報が欲しかった。
朋也はみちるに視線を移して、少し遠慮がちに口を開いた。
「みちるも――それで良いか? 美凪って奴と早く会いたいだろうけど、今動くのはマズイんだ」
みちるは一瞬寂しそうな顔をしたが、すぐに表情を戻して答えた。
「むむむ……仕方ないなあ。みちるも岡崎朋也に付き合ってあげるよ」
みちるの内心を察して僅かに表情を歪めた後、朋也は『ロワちゃんねる』にアクセスすべく、ノートパソコンの電源を入れようとした。
しかし突然、秋生が朋也の行動を手で制し、それから煙草を灰皿に捨てた。
「オッサン、どうしたんだ?」
「静かにしな――外に誰か来てやがる」
朋也の眉がぴくっと動き、渚とみちるの身体が緊張で硬直した。

「……敵か?」
「そこまでは分からねえよ。ただ人の気配がするってだけだ」
外にいる何者かに気付かれぬよう、囁き声で会話を交わす。
朋也は秋生の鞄からトカレフ(TT30)を取り出して、意を決したように言った。
「俺が行ってくる。オッサンはみちると渚を守っててくれ」
「朋也く――」
渚が顔を歪め、朋也を呼び止めようとしたが、秋生が彼女の口を手で塞いだ。
朋也は一度渚の方へ振り返り、大丈夫だと言わんばかりに頷いた後、玄関の方へと歩いていった。
朋也が耳を澄ますと、確かに玄関の向こう側――門の辺りから、微かな音が聞こえてきた。
玄関にある背の高い靴箱、そのてっぺんにまで這い上がって身を隠し、来訪者の侵入に備える。
すぐに玄関の扉は開かれ――朋也は迷わず、現れた人影に飛び掛っていた。

     *     *     *


嗚呼、神様仏様。私めが一体何をしたというのでしょうか?
みちるという子を探し、遠路はるばる鎌石村を訪れてみたものの、見つける事が出来たのは見知らぬ青年の死体のみ。
それでも諦めず私――北川潤と、相方兼主人の広瀬真希女史は懸命に一つ一つ、民家を探しておりました。
それもこれも今は亡き同胞、遠野美凪を思っての事。美しい友情を貫く為の、涙ぐましい努力なのです。
しかし私はほとほと、不幸の星の下に生まれているのでしょうか――

「ぐおっ!」
俺が民家の中に足を踏み入れると、突然背中に大きな衝撃が走った。
状況を把握する暇も与えられないまま、足を払われ、くるりと視界が回転する。
背中から床に叩きつけられた俺の目に入ったのは、ピエロ帽子を被った変な男だった。
男が俺に銃を向けながら、ドスの効いた声で話し掛けてくる。
「人ん家の前をこそこそとウロつきやがって……。怪しい奴だな」
いやいや、アンタの方がよっぽど怪しいですから。
大体そのダサい帽子は何だよ、それはギャグのつもりで被っているのか?
……なんて事は口が割けても言えません。この人、眼つきが危ないです。
変な事を言えば今にも発砲してきそうです。
問答無用で襲い掛かってきて、挙句の果てには不審人物扱い。
これが若者のモラル崩壊というものでしょうか、実に嘆かわしい事です。
「ちょ、ちょっと待ってくれ……俺はただ人を探して……」
「るせぇっ! 口八丁で誤魔化そうたって、そうはいかねえぞ!」
――会話が成り立ちません。助けてママン。

「そこまでよっ! 潤を離しなさいっ!」
「――――っ!?」
俺が一人で先行して、民家に入ったのが幸いした。
窮地の俺を救う為に颯爽と現れたヒロイン、その名は広瀬真希。
その手に持ったワルサーP38の銃口は、しっかりとこのピエロもどきの暴漢に向けられている。
あっさりと負けて女に助けられる男……自分の存在意義に些かの疑問を感じるが、気にしないでおこう。
「クソッ、二人いたのか!」
「早く潤を解放しなさい。じゃないと、撃つわよ?」
忌々しげに真希を睨みつける暴漢だったが、絶対的優位はこちらにある。
「……という事だがどうする、ピエロの暴漢君? 俺達は殺し合いをするつもりは無いし、素直に武器を捨てた方が……!?」
男の尊厳を取り戻すべく俺が話し始めたその時、廊下の方からドタドタという足音が聞こえてきた。
新手――今来られたらどうしようもない。俺は背筋が凍りつく感覚を覚えた。
しかし廊下の向こう側から走ってくる奴らの一人、ちんまい女の子。
美凪から聞いていた容貌とドンピシャのその子を目にした瞬間、俺と真希は叫んだ。
「「――みちるちゃんっ!?」」
「にょわわっ!?」
知らない奴に名前を呼ばれて驚いたのか、みちるちゃんがピタッと立ち止まった。
「どうしてお姉ちゃん達、みちるの事知ってるの?」
真希が銃を鞄に戻した後、首に掛けた美凪のロザリオを持ち上げてみせる。
「これ、美凪の着けてたやつなんだけど分かるかしら? 私達は美凪の願いを叶える為に……みちるちゃんを探してたのよ」




【時間:二日目・17:00】
【場所:B-3民家】
古河秋生
 【所持品:S&W M29(残弾数0/6)・支給品一式(食料3人分)】
 【状態:様子見。疲労小、左肩裂傷・左脇腹等、数箇所軽症(全て手当て済み)。渚を守る、ゲームに乗っていない参加者との合流。聖の捜索】
古河渚
 【所持品:包丁、鍬、クラッカー残り一個、双眼鏡、他支給品一式】
 【状態:様子見。左の頬を浅く抉られている、右太腿貫通(両方手当て済み)】
みちる
 【所持品:セイカクハンテンダケ×2、他支給品一式】
 【状態:驚き。目標は美凪の捜索】
岡崎朋也
 【所持品:トカレフ(TT30)銃弾数(6/8)・三角帽子、薙刀、殺虫剤、風子の支給品一式】
 【状態:様子見。マーダーへの激しい憎悪、疲労小、全身に痛み(治療済み)。最終目標は主催者の殺害】
北川潤
 【持ち物@:SPASショットガン8/8発+予備8発+スラッグ弾8発+3インチマグナム弾4発、支給品】
 【持ち物A:スコップ、防弾性割 烹着&頭巾(衝撃対策有) お米券】
 【状況:囚われのヒーロー。チョッキ越しに背中に弾痕(治療済み)】
広瀬真希
 【持ち物@:ワルサーP38アンクルモデル8/8+予備マガジン×2、防弾性割烹着&頭巾(衝撃対策有)×2】
 【持ち物A:ハリセン、美凪のロザリオ、包丁、救急箱、ドリンク剤×4 お米券、支給品、携帯電話】
 【状況:救いのヒロイン。チョッキ越しに背中に弾痕(治療済み)】
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