君がくれたもの




「皆の意思をある程度統一させておいたほうが良いと思うんだ」
皆の自己紹介を終えて、貴明はそう口火を切った。
腹の底に怒りの火種を燻らせて。
「これから俺達は脱出に向けて動く。その時に何があるかは分からない。不測の事態には出来るだけ備えるべきだと思う」
「そやね。でも、その前に……」
ずっと俯いていた珊瑚が顔を上げる。
未だその眼は潤んでいた。
「いっちゃん、みせて」
「……うん」

珊瑚は椅子に座らせられていたイルファのところに行く。
封印されているとはいえ鬼の力でもって砕かれた身体は損壊が激しかった。
三度、珊瑚は涙ぐむ。
「いっちゃん……ごめんな……ごめんな……」
既に電気の通っていない、躯となった身体を抱きしめる。
細かな破片が珊瑚の腕に刺さる。
構わず珊瑚は抱き続けた。
「ごめんな……ごめんな……ごめんな……」
腕に僅か血が滲む。
頬に涙が一筋流れる。
「ごめんな……ごめんな……ごめんな……」
ひたすらに。
ひたすらに謝る珊瑚の声と一緒に漏れる嗚咽だけが教会に響く。
「珊瑚ちゃん……」
後ろから抱きしめられる感触。
暖かな感触。
「貴……明……?」
「うん……」
彼女にとっての最後の世界の欠片。
貴明は珊瑚をイルファごと抱き続ける。
「貴明……ウチな……いっちゃんと一回あってん」
「え?」
嗚咽にも等しいその呟きを拾って問い返す。
「いっちゃんな……ずっとウチと瑠璃ちゃんのこと探してくれててん。でな、神社でようやくあえた。でもその後すぐに女の人に……
そこでいっちゃんがウチと瑠璃ちゃん逃がしてくれてん……『必ず追いつく』ゆうて……」
珊瑚の眼からまた涙が溢れる。
静謐な空間に唯珊瑚の泣き声が木霊する。

「珊瑚ちゃん」
応えは無い。
それでも聞こえているはずだと信じて続ける。
「イルファさん……さ。イルファさんがどう考えてたかは……もう俺には分からないけどさ。
イルファさんは珊瑚ちゃんと瑠璃ちゃんを逃がしたくて……一人残ったんだよね」
「……」
嗚咽はやまない。
それでも貴明は続ける。
「そして……珊瑚ちゃんは今生きている。生きて、ちゃんとここに、いる。
だから、イルファさんが……死んでしまったことは……絶対に無駄じゃない。
それだけははっきりと言える。言う。絶対に、無駄じゃない」
「……っ」
珊瑚の体が震える。
「――俺が、守るから。これからは、俺が、守るから。
何が出来るかはわからないけど、何も出来ないかもしれないけど、出来るだけ……俺が珊瑚ちゃんを守るから。
だから、泣かないでなんて言わない。
絶対にこんな島、生きて出よう?」
「――っか……あ……き……」
珊瑚はイルファを抱いたまま動かない。
それでも懸命に貴明に応えた。
「っ……うん……っん……ぇったい……かえろ……なぁ……」
「うん……うん……」
嗚咽の中から呟きを拾って聞く。
小さなそれには、珊瑚の決意が一杯に詰まっている。
協会に、やまない嗚咽が響く。
それでも、そこに空虚さは無かった。





――俺は、多分、屑だ。
既にこの手は血に塗れている。
そして岸田や綾香……戦う意思の無いものを殺して廻る者を殺す。
その手で珊瑚ちゃんを抱いて、あまつさえ守りたいと言う。
珊瑚ちゃんだけではない。
久寿川先輩も、観月さんも、るーこも。
そんなこと俺なんかにそうそう出来る筈が無い。
それでも、守りたいと思う。
――笑わせる。
何の力も無い俺が殺人鬼二人を殺して、その間誰一人殺させないようにするなんて。
でも。
それでも。
腕の中で泣いている珊瑚ちゃんを守りたいと思う。
何処かの哲学者が言っていた。
――曰く、神は死んだ。
この哲学者が――そうだ、ニーチェとかいったっけ――どんなつもりでこれを言ったかは知らないけど、なるほど確かにここには神なんていなそうだ。
何に祈ればいいんだろうな。俺達は。
星? 悪魔? 運命?
誰でもいい。
何でもいい。
俺から何を取っていってもいい。
偽善かもしれないけど、唯珊瑚ちゃん達から何も取らなければそれでいい。


俺にこの娘を……皆を守る力を下さい――






【時間:二日目19:00頃】
【場所:G-3左上の教会】

姫百合珊瑚
【持ち物@:デイパック、コルト・ディテクティブスペシャル(2/6)、ノートパソコン】
【持ち物A:コミパのメモとハッキング用CD】
【状態:嗚咽、決意。ハッキングはコンピュータの演算に任せている最中、工具が欲しい】

ルーシー・マリア・ミソラ
【持ち物:H&K SMG‖(6/30)、予備マガジン(30発入り)×4、包丁、スペツナズナイフ、LL牛乳×6、ブロックタイプ栄養食品×5、他支給品一式(2人分)】
【状態:綾香に対する殺意・主催者に対する殺意、左耳一部喪失・額裂傷・背中に軽い火傷(全て治療済み、裂傷の傷口は概ね塞がる)】

春原陽平
【持ち物1:鉈、スタンガン・FN Five-SeveNの予備マガジン(20発入り)×2、LL牛乳×3、ブロックタイプ栄養食品×3、他支給品一式(食料と水を少し消費)】
【持ち物2:鋏・鉄パイプ・首輪の解除方法を載せた紙・他支給品一式】
【状態:全身打撲(大分マシになっている)・数ヶ所に軽い切り傷・頭と脇腹に打撲跡(どれも大体は治療済み)】

河野貴明
 【装備品:ステアーAUG(30/30)、フェイファー ツェリザカ(5/5)、仕込み鉄扇、良祐の黒コート】
 【所持品:ステアーの予備マガジン(30発入り)×2、フェイファー ツェリザカの予備弾(×10)】
 【状態:祈り。左脇腹、左肩、右腕、右肩を負傷・左腕刺し傷・右足、右腕に掠り傷(全て応急処置および治療済み)、半マーダーキラー】


観月マナ
 【装備:ワルサー P38(残弾数5/8)】
 【所持品1:ワルサー P38の予備マガジン(9ミリパラベラム弾8発入り)×2、カメラ付き携帯電話(バッテリー十分、全施設の番号登録済み)、9ミリパラベラム弾13発
入り予備マガジン、他支給品一式】
 【所持品2:SIG・P232(0/7)、貴明と少年の支給品一式】
 【状態:足にやや深い切り傷(治療済み)。右肩打撲】

久寿川ささら
 【所持品1:スイッチ(未だ詳細不明)、トンカチ、カッターナイフ、支給品一式】
 【所持品2:包丁、携帯用ガスコンロ、野菜などの食料や調味料、支給品一式】
 【状態:右肩負傷(応急処置及び治療済み)】

藤林杏
 【装備:Remington M870(残弾数4/4)、予備弾(12番ゲージ弾)×27】
 【所持品:予備弾(12番ゲージ弾)×27、辞書×3(国語、和英、英和)、救急箱、食料など家から持ってきたさまざまな品々、支給品一式】
 【状態:健康、目的は主催者の打倒】

ほしのゆめみ
 【所持品:日本刀、忍者セット(忍者刀・手裏剣・他)、おたま、ほか支給品一式】
 【状態:胴体に被弾、左腕が動かない】

ボタン
 【状態:健康、杏たちに同行】

イルファ
 【状態:停止、激しい損壊、椅子に座らされている、左の肘から先が無い】

【その他備考】
※珊瑚ならゆめみを修理できるかもしれません
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