遠くで断続的に響く銃撃音を背に、一人の女性が脚を引きずりながら村の外れへと歩いていた。 彼女は右脚の痛みを堪えながらもできるだけ早足で進む。 (この村から早く離脱した方がいいですね) 鹿沼葉子は戦闘に巻き込まれないよう氷川村を彷徨う。 そのうちに村の西のはずれに至った。 ここから先は当分民家は見当たらないようだ。 時間からして天沢郁未は他の村へと行ってしまったのかもしれなかった。 銃がなく、しかも走れぬこの体では戦うに戦えない。 どこか人気の無いところに潜んで傷を癒した方がいい、葉子はそう考えた。 地図を見ると潜伏に適した場所──鹿野神社があった。 傷ついた脚を休めることなく再び歩を進める。 第三回の放送が流れたのは麓から三分の一ほど来たあたりであった。 (郁未さん、あなたともあろう人が……逝ってしまったのですね) 膝の力が抜け膝立ちになり、そのままがっくりと手をつく。 四つん這いになりながら、葉子は唇を噛み締めた。 涙が零れ落ち、アスファルトに黒い染を作った。 少年、そして邪魔をしてくれた芳野祐介も死んだ。 知り合い──FARGOの関係者といえば、もう高槻しかいない。 (あの男のことだから殺し合いに乗っているのは間違いないわ) しかし── もし出会うことがあっても高槻と組もうとは思わなかった。 葉子にとって下卑た笑いが印象に残るその男は、思い出すだけでも不快以外何ものでもなかった。 (あのコは名前は何だったかしら……そういえば聞いてなかった。でも、もう生きてはいないでしょうね) せっかくの初物になるはずだった少女──長森瑞佳。 なぜか、もし生きていたら会って話がしてみたい気がしたが── 「バカバカしい。私としたことが何をつまらないことを考えてるのでしょう」 郁未の死は葉子の士気に多大な喪失感を与えていた。 山の中だけに鷹野神社に辿り着くよりも早く、あたりは夜の闇に支配されていた。 境内に入り社の扉を開け、懐中電灯で中を照らしたが誰もいないようである。 蝋燭に火をともすと暖かな灯りが部屋の隅々の状態を浮かび上がらせる。 疲れた体を横たえようとした時、葉子は違和感をおぼえた。 (──生活感がある。誰かここに居たんだわ!) すぐに火を消し気配をうかがう。 鼓動が高鳴り頬を汗が滴り落ちた。 メスを手に何の気配も感じないことを確認すると外に出る。 どこかいい所はないものかと見渡すうちに、意外な隠れ場所があった。 (フフ、ここなら安全ですね) 葉子は懐中電灯を照らしながら社の床下へと潜り込んで行った。 真ん中あたりまで来ると風は吹き込まず暖かい。 食事を摂ろうとデイパックを漁るうちに意外なことに気づく。 今夜の分を最後に支給品のパンはもうなかった。 翌日は食料をどこかに調達しに行かなければならない。 (平瀬村か鎌石村へ行ってみようかしら。それとも……) 距離からすれば氷川村の方が若干近いが、今日の当事者がまだ残っているかもしれなかった。 少なくともゲームに乗った者達とは会いたくなかった。 (まあいいわ。明日になってから考えましょう) パンを齧りながら今後の戦略を考える。 傷が癒えるまではおとなしくしていよう。 それまでは主催者を斃そうとする者達と、消極的ながらも行動を共にするのがいいかもしれない。 以前のように機会さえあれば殺すというのは、どう考えても無理がある。 こちらの意図がバレない限り、彼らは自分を殺すことはない。 勝者になるのは島を脱出してからでもいいのだ。 (私はきっと生き残ってみせますよ、郁未さん) 葉子は不適な笑みを浮かべながら眠りについた。 【時間:2日目19:15頃】 【場所:G−6 鷹野神社・床下】 鹿沼葉子 【所持品:メス、支給品一式(食料なし、水は残り3/4)】 【状態:就寝中。肩に軽症(手当て済み)、右大腿部銃弾貫通(手当て済み、激しい動きは痛みを伴う)。マーダー】 - BACK