緒方英二が神尾観鈴と診療所へ戻った時にはもう、那須宗一の無残な亡骸しか残されていなかった。 その後直ぐに診療所を出て、仲間――環や敬介、リサ達の姿を探したが、成果は得られない。 そして、焦る心に追い討ちを掛けるように始まった放送。 次々と告げられる死者の名前。 そこで初めて国崎往人だけでなく、神岸あかりも死んでしまっていた事実が判明した。 「くそ……僕はなんて愚かなんだっ……!」 英二はその場に膝をつき、ぎりっと奥歯を噛み締めた。腕を大きく振り上げ、乱暴に地面を殴りつける。 皆、少しの間別行動を取ったばかりに、死んでしまっている。 芽衣の死からちゃんと学んでいれば――別々に動く危険性を学んでいれば、避けられた事態だった。 「僕がもっとしっかりしてれば、こんな事にはならなかったのにっ……!」 嗚咽にも近い声を漏らす英二。冷静になるよう努力はしていたが、もう駄目だった。 だがその時、英二の肩にぽんと白い手が乗せられた。 「観鈴君?」 英二が振り返ると、観鈴が真剣な瞳でこちらを見つめていた。 観鈴は小さく息を吸い込んで、それからゆっくりと想いを言葉にし始める。 「英二さんは悪くないよ……。だって英二さん、ずっと頑張ってたもん。ただほんの少し……運が悪かっただけだよ」 「そうかな……?」 英二が尋ねると、観鈴は手を突き出してブイサインを作ってから、答えた。 「そうだよっ。私も頑張るから……何も出来ないかも知れないけど一生懸命頑張るから……英二さんも、元気出して?」 「……そうだね。過ぎた事を悔やんでいても仕方ない。それより今度こそ……同じ過ちを犯さないようにしないとね」 英二はそう言うとすくっと立ち上がり、それからもう一度観鈴へ視線を移し、苦笑した。 「全く……これじゃ、どっちが年上が分かったもんじゃないな」 「にははっ、私強い子だもん」 観鈴も英二も大切な人はもう失ってしまったけれど――それでも祐一の願い通り、笑っていた。 二人は肩を並べ、まだ何処かで生きている仲間達を探す為に、再び氷川村の中を歩き出す。 * * * 「さて……これからどうしましょうか」 篠塚弥生は車で氷川村の中を移動しながら、次なる一手をどのように打つか、思案を巡らせていた。 柳川祐也への復讐も出来る事なら成し遂げたいが、今の武装でははっきり言って勝ち目が無い。 車による奇襲も、二回は通じないだろう。となるともう、復讐に固執してはいけない。 大事の前の小事、一番大切なのは優勝して由綺を蘇らせる事なのだ。 そう考えると自然に、これから取るべき道も定まってくる。 強敵を避け、まずは倒せる敵だけを殺してゆき、十分な武装を手に入れる。 その後は放送で状況を確認しつつ身を潜め、ゲームの終了直前になったらまた戦えば良い。 そこまで考えた時に、弥生の脳裏を一人の男の姿が過ぎった。 (藤井さんは……あれからどうなったんでしょうか?) 勿論、それはただの興味に過ぎぬ。自分から冬弥を見捨てた以上、どうなろうと気に病むつもりはない。 その上で予想すると――多分、冬弥は殺されていないと思う。 あの制服の少女と知り合いだったようであるし、意志の弱い冬弥の事、懐柔されてしまったと考えるのが妥当だろう。 となれば、次に冬弥と出会った時は敵同士という事になるが――問題無い。 敵として自分の前に立てば殺すだけだし、再び味方をしてくれると言うのなら弾除けとして使うだけだ。 由綺を生き返らせるという目的の為ならば、手段を選ばぬ悪鬼と化してみせよう。 そんな事を考えている最中、車の前方、街道の遥か先を二つの人影が歩いているのが見えた。 「音でこちらの存在はバレているでしょうし……ライトを点けますか」 弥生が車のフロントライトを点灯させると、街道が眩い光で照らされ、前方の光景が露となった。 すぐ傍に大きな木が何本も立っているので、轢き殺すのは難しいだろう。 だがそれよりも弥生は、こちらを振り向いて身構えている人物の正体に、意識を持っていかれていた。 「あの人は……」 その人物こそ弥生に手痛い怪我を負わせ、諫めようとしていた――緒方英二だった。 弥生はブレーキを踏み、車をゆっくりと英二達の近くに停車させた。 素早い動作で左手にベアクローを取り付け、右手にFN Five-SeveNを握り締めて、地面に降り立つ。 弥生は冷たい目で英二を見据えながら、言った。 「……正直、また会う事になるとは思いませんでした」 英二は観鈴を庇うように一歩前に出て、キッと弥生を睨みつけた。 「挨拶は結構だよ。聞きたい事は一つだけ――君が、宗一君を殺したのかい?」 発せられた英二の声は、驚くほど低いものだった。 「ええ、殺しましたよ。上手く取り入って、隙を衝かせて頂きました」 弥生は小さく、しかしはっきりと頷いて、答えた。 「そうか……結局道を変えてはくれなかったんだね……」 「貴方は……貴方だけは、分かっていた筈です。由綺さんが生き返る可能性がある以上、私が『他のやり方』を選ぶ事など、ありえないと」 言われて英二は、何も反論が思いつかなかった。 そうだ――これは、分かり切っていた事なのだ。 ただの復讐だけならば、弥生だって断念してくれたかも知れない。復讐した所で、由綺は帰ってこないのだから。 しかし由綺を取り戻す方法があるとなれば、話が大きく変わる。 由綺に全てを捧げて生きてきた弥生が、ゲームに乗る以外の道を選ぶ事など、絶対に有り得ない。 説得は無意味、試すだけ時間の無駄だ。 これ以上の悲劇を防ぐ為には、目的を果たす為には――もう、道は一つしか用意されていない。 英二は持っていたベレッタM92の銃口を、弥生へと向けた。 ほぼ同時に、弥生が握り締めているFN Five-SeveNの照準も、英二の胸の辺りを捉える。 「……観鈴君、下がっていてくれ」 弥生から視線を外さないまま、英二が短く喋る。 「で、でも……」 「頼む。僕は弥生君と――決着をつけなくてはいけないんだ」 二の句を告げさせないその口調は、鬼気迫るものがあった。 それで観鈴は自分が介入する余地など無いと悟り、大人しく後ろへ下がった。 弥生は英二達の様子を見て、軽い疑問を覚えた。観鈴を守るというのなら、寧ろ―― 「下がらせるだけでいいんですか?私は貴方を殺した後、その観鈴さんという方も殺しますよ。 観鈴さんを守りたいのなら、今のうちに逃がした方が良いかと思いますが」 「――また離れ離れになってるうちに仲間を失うのは、もう沢山だ。それに君に観鈴君は殺せないよ。 僕が君を……殺すからね」 『殺す』。英二が初めてはっきりと口にした、殺意の言葉。それはとても、重く哀しい響きだった。 弥生は口元を僅かに歪め、しかし相変わらず、淡々とした口調で話す。 「やはり、貴方は私と違って強いですね……。大切な方を次々と失ったのに、全く迷わず、自分の信じた道を進んでいられる……」 弥生の言葉を受けた英二が目を丸くし、それから心底おかしそうに、皮肉な笑みを浮かべた。 その反応に弥生は訝しげな表情となったが、彼女の疑問はすぐに解決される事となる。 「迷わないなんて、そんな事はないさ。こう見えてもデリケートな方でね……理奈と由綺が死んだって知った時なんて、全てを失ったような気持ちになったよ。 それでも僕が道を変えずにいられるのは……まだ、守るべきものが残っているからさ」 「……観鈴さんですか」 間を置いた弥生の返答に、英二は強く頷いた。 「ああ。僕はこれまで仲間を全く守れなかった。でも今度こそ――観鈴君だけは、絶対に守りきってみせる。 その為になら、躊躇無く君を撃たせて貰う」 英二の鋭い殺気を一身に受け、弥生は静かに――どこまでも静かに、答えた。 「――分かりました。最後の勝負といきましょう」 由綺を失って、正反対の道を選んだ二人。 彼らの二度目の――そして、最後の対決が始まろうとしていた。 【時間:2日目18:40】 【場所:I-6】 緒方英二 【持ち物:H&K VP70(残弾数0)、ダイナマイト×4、ベレッタM92(6/15)・予備弾倉(15発×2個)・支給品一式×2】 【状態:健康、目的は弥生を殺害して観鈴を守る】 神尾観鈴 【持ち物:ワルサーP5(2/8)、フラッシュメモリ、紙人形、支給品一式】 【状態:綾香に対して非常に憎しみを抱いている、脇腹を撃たれ重症(治療済み、少し回復)】 篠塚弥生 【所持品:ベアークロー、FN Five-SeveN(残弾数10/20)】 【状態:マーダー・脇腹に怪我(治療済み)・逃亡中・当面の目的は英二と観鈴の殺害、第一目標は優勝、第二目標は由綺の復讐】 【備考1】 ・聖のデイバック(支給品一式・治療用の道具一式(残り半分くらい) ・ことみのデイバック(支給品一式・ことみのメモ付き地図・青酸カリ入り青いマニキュア) ・冬弥のデイバック(支給品一式、食料半分、水を全て消費) ・弥生のデイバック(支給品一式・救急箱・水と食料全て消費) 上記のものは車の後部座席に、車の燃料は残量40%程度、車は弥生達の近くに停車 - BACK