汚れた手




   *     *     * 第三回放送・河野貴明の場合 *     *     *

「雄二……由真……」
悪夢のような内容の第三回放送。また多くの知り合いが死んでしまった。
だが貴明の心はもう、揺らがなかった。それは『本当の強さ』というものを身に付けたからだろうか?
きっと違う。今貴明が感じているのは、イルファの死体を見つけた時と同じ感覚だ。
『掛け替えのない日常』がどんどん自分の中から失われ、生じた空白を『怒りと憎悪』が埋め尽くしてゆく。
その変化は、ゲームで生き残る上では有利に働くかも知れない。
この島に連れて来られた当初の貴明なら、このみの死で取り乱していただろう。
或いは少年との死闘の際に死んでしまっていたかもしれない。
だが貴明はまだ意志を確かに持って、生きている。
このみの死を乗り越え、花梨の命を犠牲として少年に勝利し、生き延びてきた。
心も身体も傷付きながら、色々な物を捨て去って、背負いきれない程の重荷を背負って、先に進み続けている。
本来貴明が持っている優しさや人間味を放棄してゆく代わりに、人を殺す覚悟と戦う意志を手に入れた。
今の貴明を支えているのは悪に対する殺意――それは余りにも哀しい、偽りの強さだった。

   *     *     * 第三回放送・藤林杏の場合 *     *     *

「椋……ごめん、間に合わなかったね……」
一番会いたかった、そして守りたかった妹の死。こうなる事も、ある程度予想はしていた。
椋は杏と違って、大人しくて優しい女の子だ。殺し合いなど出来る訳が無い。
悪意のある者と出会ってしまえば為す術もなく殺されてしまうのは、当然の帰結だ。
椋が生き残るには、誰かが保護してあげなければならなかったのだ。
椋と遭遇した場合、確実に保護するであろう人物は三人。杏、朋也、そして――柊勝平だ。
勝平は半ば狂ってはいたし、襲い掛かっても来たが、少なくとも椋の事は心配していた。
その勝平を、杏は自らの手で殺してしまった。椋が死んだ一因は間違いなく自分にあるのだ。
そして、ことみについても同じ事が言える。あの時無理をしてでも藤井冬弥を止めていれば、ことみは死なずに済んだかも知れない。
どうすればあの二人に償える?
自殺――論外、そんなのただの現実逃避に過ぎない。冬弥探しを続行して復讐――意味が無い。
復讐した所でことみは喜ばないだろうし、そもそも犯人が冬弥であるか定かでは無い。
椋とことみが共通して望むであろう事。それはきっと彼女達が全幅の信頼を寄せていた、岡崎朋也の幸せに他ならない。
朋也は気が短い所もあるが、ゲームに乗るような人間では無い。それは杏もよく知っている。
ならば朋也の幸せに繋がる事は一つ。ゲームの破壊――つまり、主催者の打倒だ。
それで自分が犯した罪を償いきれるとは到底思えないが、やらないよりはマシだろう。
(……って、何長ったらしい言い訳を考えてんのよ。本当は分かってるわよ……。椋を失ったあたしには、何でもいいから――)
生きる目的が必要だった。ただそれだけだった。


   *     *     *    *     *     *

第三回放送が流れてからもう四十分程経っただろうか。
春原陽平とルーシー・マリア・ミソラ(通称:るーこ)は、教会の礼拝堂で肩を並べ十字架を眺め見ていた。
「藤田も川名も死んじゃったんだな……。何だかまだ、実感沸かねえや……」
「るーもだ……。うーひろは強いうーだった。それにうーひろやうーみさとは、少し前まで一緒にいたんだ。
 それが突然、もう二度と会えなくなった。るーはその事実が何よりも悲しくて、怖い」
柏木の者達との死闘の後――再会を誓って、そしてそれぞれの目的の為に別れた十二人の同志達。
皆強い意志を持っていた筈なのに、希望を持って一生懸命生きていた筈なのに――そのうちの二人が、早くも帰らぬ人となってしまった。
もう、何が何だか分からなくなってくる。人が簡単に死に過ぎるのだ、この島では。
どれだけ固い決意を持っていようとも、どれだけ優れた戦闘能力を持っていようとも、死はすぐ近くにある。
それがこの島の冷たい現実だった。
二人が視線をぼんやりと地面に落としていると、誰かが歩く音が聞こえてきた。
足音の主――姫百合珊瑚は、礼拝堂に入るとすぐに、手招きをした。
「るーこ、陽平、ちょっとええかな?」
「うーゆり、どうした?」
「あ……ううん、やっぱ何でもないわー」
「……?」
るーこは眉を寄せて怪訝な顔をしたが、珊瑚はにこっと笑ってみせ、紙にペンを走らせた。
『首輪解除の方法が分かったで』
陽平は目を見開いて、驚きの声を上げたい衝動に駆られたが、何とか抑えた。
それから慌てて紙を取り出して、そこに文字を書きなぐった。乱雑な書き方だが、それでも珊瑚の字よりは綺麗だった。
『それは本当かっ!?』
『うん。この紙を見て貰えれば分かると思うんやけど、仕組みさえ知ってれば誰でも出来ると思う。簡単なトラップがいくつか仕掛けてあるだけや。
 ……内部構造を知らなかったら、ウチが解除しようとしてもドカン!やったけどね』
珊瑚はそう言って、陽平達に一枚の紙を差し出した。陽平とるーこはその紙にじっくりと目を通す。
そこには首輪の仕組みと外す為の手順が、これ以上無いくらいに分かりやすく示されていた。
判明した事実は二つ。首輪の解除は紙に書いてある手順通りに行えば、特殊な技術を持っていなくても問題無い。
そして解除された首輪は、装備していた者が死んだという情報だけを主催者側に送り続けるという事だった。

『……そうだね、これなら僕だって出来そうだ。首輪の仕組みが分かったって事は、ハッキングに成功したの?』
珊瑚は小さく首を横に振り、ペンを握り直した。
『うーん……まだ一部だけや。首輪の情報は引き出せたけど、他の部分はガードが固くてまだ分からへんねん。
 でも心配しないでええで。この調子で行けばいずれ他の情報……主催者の居所や正体も掴めると思う』
『そうか。うーゆりばかりに任せてすまないが、頑張ってくれ』
すると、珊瑚がぐっとガッツポーズを取ってみせた。それは珊瑚らしく無い……どちらかというと、今は亡き瑠璃のような姿であった。
『任せといて。うちが皆の役に立てるのはこれくらいやし、絶対に主催者のパソコンを乗っ取ったる!
 ……と言っても、これ以上ウチがする事は殆どないんやけどな。前の参加者の人が用意してくれてたCDのおかげで、だいぶ楽にハッキング出来るようになってる。
 もう敵の防御パターンは解析済みやから、後は放っといてもどんどん作業が進んでく筈やで』
『じゃあ早速首輪を外そうよ。こんな気分の悪い物からは、一秒でも早く解放されてえよ』
『今外す訳にはいかへんよ……敵も来てへんのにいきなり死亡信号が送られたら、主催者だって怪しむやん。
 それに首輪を外すのには工具が必要やで。教会の中を探してみたけど、使えそうな道具は無かった……』
珊瑚が少し考えて、ペンを再度走らせようとした所で、るーこは突然H&K SMG‖を拾い上げた。
鋭い眼差しを十字架とは逆の方向――つまり、教会の出入り口へと向ける。
「――おい、るーこ。いきなり何を……」
「静かにしろ。来客のようだぞ」
「……え!?」
珊瑚と陽平が聴覚に神経を集中させると、確かに足音――それも複数、聞こえてきた。
慌てて陽平は鉈を取り出し、珊瑚もコルト・ディテクティブスペシャルを構えた。
三人の緊張した視線が、一様に入り口へと降り注ぐ。陽平は、緊張するとすぐに喉が渇くんだな、と場違いな事を考えた。
重い沈黙が続く。しかしその沈黙は、来訪者の側があっさりと破った。
「るーこ、珊瑚ちゃん、それから春原だっけ?貴明だけど……入っていいかな?」
扉の向こう側から、るーこと珊瑚のよく知る声がした。

「貴明っ!?」
珊瑚が弾かれたように飛び出して、扉を勢い良く開け放つ。
そこには確かに、今や珊瑚にとって、唯一心の底から気を許せる人物――河野貴明が立っていた。
張り詰めていた緊張の糸が切れた珊瑚は、貴明の胸に飛び込んで嗚咽を漏らし始めた。
「貴明……」
「……久しぶり、珊瑚ちゃん」
貴明は複雑な表情で、珊瑚の身体を抱き締めながら思った。
(――汚れてしまった俺に、こんな事をする資格はあるのかな……)




【時間:二日目18:50頃】
【場所:G-3左上の教会】

姫百合珊瑚
【持ち物@:デイパック、コルト・ディテクティブスペシャル(2/6)、ノートパソコン】
【持ち物A:コミパのメモとハッキング用CD】
【状態:嗚咽、ハッキングはコンピュータの演算に任せている最中、工具が欲しい】

ルーシー・マリア・ミソラ
【持ち物:H&K SMG‖(6/30)、予備マガジン(30発入り)×4、包丁、スペツナズナイフ、LL牛乳×6、ブロックタイプ栄養食品×5、他支給品一式(2人分)】
【状態:綾香に対する殺意・主催者に対する殺意、左耳一部喪失・額裂傷・背中に軽い火傷(全て治療済み、裂傷の傷口は概ね塞がる)】

春原陽平
【持ち物1:鉈、スタンガン・FN Five-SeveNの予備マガジン(20発入り)×2、LL牛乳×3、ブロックタイプ栄養食品×3、他支給品一式(食料と水を少し消費)】
【持ち物2:鋏・鉄パイプ・首輪の解除方法を載せた紙・他支給品一式】
【状態:全身打撲(大分マシになっている)・数ヶ所に軽い切り傷・頭と脇腹に打撲跡(どれも大体は治療済み)】

河野貴明
 【装備品:ステアーAUG(30/30)、フェイファー ツェリザカ(5/5)、仕込み鉄扇、良祐の黒コート】
 【所持品:ステアーの予備マガジン(30発入り)×2、フェイファー ツェリザカの予備弾(×10)、イルファの亡骸】
 【状態:左脇腹、左肩、右腕、右肩を負傷・左腕刺し傷・右足、右腕に掠り傷(全て応急処置および治療済み)、半マーダーキラー】

観月マナ
 【装備:ワルサー P38(残弾数5/8)】
 【所持品1:ワルサー P38の予備マガジン(9ミリパラベラム弾8発入り)×2、カメラ付き携帯電話(バッテリー十分、全施設の番号登録済み)、9ミリパラベラム弾13発
入り予備マガジン、他支給品一式】
 【所持品2:SIG・P232(0/7)、貴明と少年の支給品一式】
 【状態:足にやや深い切り傷(治療済み)。右肩打撲】

久寿川ささら
 【所持品1:スイッチ(未だ詳細不明)、トンカチ、カッターナイフ、支給品一式】
 【所持品2:包丁、携帯用ガスコンロ、野菜などの食料や調味料、支給品一式】
 【状態:右肩負傷(応急処置及び治療済み)】

藤林杏
 【装備:Remington M870(残弾数4/4)、予備弾(12番ゲージ弾)×27】
 【所持品:予備弾(12番ゲージ弾)×27、辞書×3(国語、和英、英和)、救急箱、食料など家から持ってきたさまざまな品々、支給品一式】
 【状態:健康、目的は主催者の打倒】

ほしのゆめみ
 【所持品:日本刀、忍者セット(忍者刀・手裏剣・他)、おたま、ほか支給品一式】
 【状態:胴体に被弾、左腕が動かない】

ボタン
 【状態:健康、杏たちに同行】

【その他備考】
※珊瑚ならゆめみを修理できるかもしれません
※イルファの左腕は肘から先がありません
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