岡崎朋也は一人、暗闇の中ですっかり蝋が溶けてしまった蝋燭を見ながらまだ出会えていない友人達の事を考えていた。 こうして伊吹風子には会えたもののまだまだ所在の分からぬ人間はたくさんいた。特に心配なのは古河渚の事だった。 渚の場合、父母である古河秋生、早苗がいるからどちらかと出会えて共に行動している可能性は高い…が、これだけ広い島なのだ、簡単に出会えていたら苦労しない。 (けど、渚にはあのオッサンがいるんだ、何となくだけど――もう、渚の家族は会えている気がする) それは勘ではなく、直感に近いものであった。僅かな時間ではあるが古河家で過ごした濃密な時間で彼ら家族の絆はどんなものより強いものだと確信している。 むしろ問題はこっちにあるのかもしれない。 このままこんなことをしていて大丈夫なんだろうか? 果たして他の仲間と合流できるのか? そもそも肩を壊した自分がまともに武器を持って戦えるのか? 敵が強力な武器を持っていたら? 俺はみんなを守りきれるのか? そしてそれ以前に――本当に、この島から脱出できるのだろうか? 逃げ場なんてないんじゃないかという疑惑が朋也の中で渦巻く。 大前提として、この殺し合いはどう足掻いても脱出できないように様々な仕掛けを張り巡らせているはず。首輪の爆弾など、その一端に過ぎないのでは? 具体的なプランがない以上『仲間を探す』以外に明確な目的がない朋也にとって、この状況は不安を煽るには十分過ぎた。 朋也の不安は加速する。 この島で――自分を必要としてくれる人間が、果たしてどれだけいるんだろう。 かつての、バスケットをしていたころの自分ならまだ体力にそこそこの自信もあったが今ではすっかり廃れ、おまけに肩まで壊している。戦闘にこれで闘えるのか。 自分より優れた人間なんていくらでもいる。 みんなが知人と会えたら自分は用済みなんじゃないか。 ここにいる連中だって、風子以外は知り合いと会えたらそちらにくっついていくに決まってる―― (ダメだ! 何を考えてるんだ俺は!) 由真やみちるに対して少しでも疑いの念を持とうとした自分に嫌悪する。 このまま疑念に囚われてばかりいたら、本当にあのウサギの思い通りになってしまう。 今一緒にいるこの仲間、こいつらが探している奴らと会えてから後のことは考えればいい。 誰に必要とされるかなんてまだ関係ない、絶対に会わせてやるんだ。 余計な雑念は捨てろ、岡崎朋也。 朋也は自分の腹に拳を叩き込んで気合を入れ直す。これからはもっともっとシビアな状況が待っているのだ、一瞬でも行動を迷えば即、死に繋がる。 薄暗がりの中、民家についていた時計で現在時刻を確認する。夜光塗料でぼんやりと光を放っている時計針が指し示した数字は、3。 こんな夜遅くになら『乗って』いる連中だって流石に眠って… (って、言ってるそばから楽観的になってるんじゃねえっての…けど、眠い…) 「んん…岡崎さん、まだ起きてるの…?」 いきなり声が聞こえたので多少なりとも驚いてしまったがすぐに由真のものだと分かった。 「何だ、十波か…あんたこそ起きてたのか」 「ついさっきだけど。ごめん、本当なら交代で見張りをするべきなのにね」 「いいさ、疲れてたんだろ? そりゃ空腹で死にかけるくらいだもんな」 「…その事は忘れて」 表情は見えないが、きっと赤くなってるんだろうなと朋也は思った。 「そっちも眠たいんでしょ? 今度はあたしが見張りするから朝まで寝てていいよ」 願ってもない申し出だったが、ちらりと先程考えたことが頭をかすめる。このまま任せていいのか、と。 (バカ、腹減って死にそうになる奴なんだぞ。裏切るような奴じゃない! いい加減にしろよ!) きっとこんな異常な状況がこう考えさせてるんだと言い聞かせて「任せる」と由真に言った。 それから由真から毛布を借り、床につく直前。 「あのさ、十波…」 「何?」 「…いや、何でもない。お休み」 「…? 変なの」 由真の笑うような声が聞こえた。 自分でも変だと思う。一体、何を言おうとしていたのか分からなかった。少しでも疑おうとしていた事を言おうとしていたのだろうか。 結局、その疑問に答えを見出せないまま朋也はごく浅い眠りについた。 * * * 翌朝。 まどろみの中で朋也は、耳の中に何やら男の声らしきものが聞こえてきているのに気付いた。 (何だ…? 一体誰が…) 気にはなったが意識が覚醒しない。しかしどうでもいいや、と思い始めてきた時。 …今までに死んだ人の名前を発表…そんな声の一部が、偶然か必然かはっきりと聞き取れたのである。 当然、朋也は跳ねるようにして飛び起きる。 「何っ!? 放送が始まったのか!? 十波、どうして起こして…って、オイ」 目の前の光景に朋也は呆れてしまう。そう、見張りを任せたはずの十波由真はすやすやと二回目のお寝んねをなさっていらしたのである。 こんな奴が裏切ると少しでも思った自分を、別の意味で恥じた。人を見る目がない、と。 「寝てんじゃねぇ! 起きろ! 風子! みちるもだ!」 怒鳴る朋也だが誰も起きる気配すら見せない。お前ら、適応能力が高すぎるぞ。 「――それでは発表します」 しかし無情にも放送は待ってはくれない。ああくそ、と朋也は悪態をつきながら自分一人だけでも放送を聞くことに集中しよう、と決意したのであった。 ――しかし、放送が終わった時には聞いていたのが自分一人で良かったと朋也は思わざるを得なかった。 死んだ人間の数が、あまりにも膨大なものだったからだ。 朋也の知り合いも何人かそこに名を連ねている。けれども一番朋也にとって衝撃的だったのは… 「冗談だろ、オッサンも、早苗さんも死んでるなんて…」 名簿を持つ手が震えているのが分かる。あの二人、あの二人だけは絶対に死ぬはずがないと心のどこかで思っていた。 「…そうだ、渚っ!」 秋生と早苗の名前で思い出す。 渚はあの中には入っていない。となれば、どこかでまだ生きているということになる。血の繋がっていない自分でさえこんなにうろたえているのだ、まして渚がこんなのを聞いたら… 「くそっ! 暢気に寝てる場合じゃなかったんだ!」 すぐにでも飛び出そうとしたとき、朋也の目には未だ放送を知らぬ三人の仲間の姿が目に映る。 こいつらを放っておいて俺一人、渚を探しに出ていいのかという疑問がよぎる。 もし目覚めて自分がいないことに慌て、なりふり構わず自分を探し、結果他の人間に襲われたりしたら? そして何より、約束を破ってまで渚を探しに行けるような権利が自分にあるのか? どう考えてもみちるや風子といった戦闘に不向きな連中を由真一人が守りきれるとは思えない。 だが、こうしている間にも渚の身が危険に晒されているとしたら… 「オッサン…俺は、どうすりゃいいんだ?」 もはやこの世にいないと知ってしまった、秋生の名を呼ぶ。あの人ならどんな選択をするだろうか? 夜が明けて、朝日が差し込む窓。その先に広がる空を朋也は見上げた。 「決まってるよ、すぐ出発するに決まってるじゃん、岡崎朋也」 そんなとき、この島で最初に出会ったクソ生意気な少女の声が後ろから聞こえた。 「ずっと…聞いてたのか、みちる」 「ううん…岡崎朋也が渚、って人の事を言ってたときから」 放送は直接には聞いていなかったということらしい。 「渚、っていう人は岡崎朋也にとって…すごく大切な人なんだよね? それで、今その人は…ひとりぼっちかもしれないんだよね? だったら今すぐ探しに行くべきだよ」 昨日見せていたものとはまったく種類の違う雰囲気に、朋也は戸惑いを感じずにはいられなかった。 なんて悲しげな声なんだろう。まるで、自分も家族を失ったかのような… 「みちる…お前――」 朋也が何か言葉をかけようとしたとき、次々に体を起こす気配が見られた。どうやら風子も由真もお目覚めのようだ。 「コラーーーッ! いつまで寝てんだこのねぼすけーーっ! さっさと出発するよっ」 威勢のいいみちるヴォイスが響き渡り風子と由真の意識を無理矢理覚醒させる。風子は相変わらずマイペースで「…んーっ、清々しい朝ですっ」などと言う側で由真は「えっ? あれっ? ね、寝てたの、あたし?」なんておろおろしている。 「早くしろーーーいっ!」 やかましいみちるの声に急かされて二人とも(と言っても風子はそんなに変わらないペースだが)簡単に身支度を整える。 みちるには先程感じた悲壮な雰囲気なんて微塵も見られない。いつも通りだ。 「気のせい…だったのか?」 朋也が疑問に思うまでもなくみちるの視線がこちらにも向けられる。 「はいっ荷物! 男のくせにトロトロするな岡崎朋也ー!」 ずいっ、と目の前にデイパックが差し出される。 「お、おう」 慌ててデイパックを受け取る。ちょいと失礼な発言があった気がしなくもないがこの際無視しておこう。 全員が荷物を持ったところで由真が思い出したかのように叫ぶ。 「あっ! そうだ放送! ねえ、あたし達が寝てる間に放送は無かったの!?」 その一言で全員が動きを止める。特に朋也は――あれだけの人数が死んだのを伝えていいのかと迷っていた。 ちらり、とみちるを横目で見る。それに気付いたみちるは1回だけ、ちいさく頷いた。大丈夫だよ、と。 隠してたって、いつかは知らなければいけない事だ。ごくっ、と喉を鳴らし覚悟したように言い出す。 「――俺が、聞いてた」 由真と風子の目が一斉に朋也の方へ向いた。二人ともが、不安と覚悟の入り混じった表情になっている。 「言うぞ」 それから数分間、自らが名簿につけた新しい印にある人間の名前を朗読していく。 死者の名前を読み上げるということは想像以上につらいものがあった。 あの放送をしている人間もこんな気持ちだったのだろうか。 今にして思えば、あの放送をした若い男の声も震えていた、ような気がする。 「これで2回目は全部だ」 読み終えた後。何分かの沈黙の後、最初に声を発したのは由真だった。 「そっか…もう、いなくなっちゃったんだ、おじいちゃん」 「おじいちゃん…ですか?」 風子がおずおずと尋ねる。由真は嘆息した声で「うん」と言って続ける。 「長瀬源蔵…それがおじいちゃんの名前なんだけどね、まあこれが何というか…親バカというか、子煩悩な人っていうか…言い方が分からないけど、とにかく、過剰なくらいあたしを可愛がってくれてた」 「いいじいさん、だったんだな」 「そうでもないわよ…悪いところもいっぱいあった。けど…尊敬してたし、誇りにも思ってた」 大事な人が亡くなったというのに、由真は気丈に、涙も流さず淡々と語っていた。 「…十波」 「何も言わないで」 冷たさすら感じる、きっぱりとした拒絶の声。 「まだ泣く訳にはいかないの。たぶん、今ごろはあたしなんかよりももっともっと辛い思いをしてる人がいるだろうから。それに…あたし達年上がびーびー泣くわけにもいかないでしょ? ね、岡崎さん?」 意地の悪い声でニヤリと笑いながら由真は言った。 あてつけか、あてつけなんだな? 「…一つ言っとくぞ」 怒りたいのを我慢して恐らく勘違いしてるであろう十波由真に事実を言ってのけてやる。 「お前、風子を何歳だと思ってる」 「へ? 小学生か中学生くらいなんじゃないの?」 「やっぱり…こいつは俺と同い年、18なんだぞ。貴様なんかよりよっぽど年上の先輩なんだ」 「え? えええぇーーーっ!? ウソォ!?」 突き付けられた新事実に後ずさりながら驚愕する由真。当然、この驚きに激怒する風子。 「何でそんなに驚くんですかっ! 失礼ですっ! ぷち最悪ですっ! 岡崎さんクラスに最悪ですっ!」 ぷりぷり怒る風子だがとても高校生が怒っているようには見えない。 一方の朋也は内心で「よっしゃ、ようやく俺と同レベルの奴が風子の中で生まれた」とほくそ笑んでいた。 「まったく、岡崎さんの連れてくる人はヘンな人ばかりですっ。類は友を呼ぶって本当です」 「「お前が言うな」」 「…ねぇ岡崎朋也ぁ、早く出発しようよぉ」 * * * 放送後の重苦しい雰囲気は、もう一同にはなかった。 風子の年齢云々が緩衝材になったのだろう。朋也も夜に感じていた色々な不安は今はほぼ感じていない。渚の無事を心配する気持ちはまだあったが、きっと知り合いか、頼りになる人間と一緒にいるはずだと希望を持つことにした。 現在岡崎朋也一行は南から廃墟となったホテルへと向かっている最中だ。 探している人物の情報を交換し合った結果、全員が全員おとなしそうな性格(まあよくもこんなやかましい人間に穏やかな性格の友人がいるものだ)らしいのでどこか目立たないところで身を潜めているかもしれないとのことで見解の一致をみたからである。 街道沿いに向かうのは見つかりやすいということで敢えて森を突っ切って行く事にした。体格の小さいみちるや風子にとっては厳しい行程になるだろうが安全のためである。 「随分歩いたわね…ねえ、ホテルはまだ見えない?」 山道の途中。ここまでやや強行で来たせいか朋也以外はみな少しずつ疲労を感じているようだ。 「いや…まだ見えないな」 「岡崎朋也ぁ…ひょっとしてもう通り過ぎちゃったんじゃないの?」 街道に沿って歩いてない以上目測を見誤ってまったく別の方向へ歩いているという可能性もあった。迷ってしまうのは一番避けたい。 「岡崎さん」 この中では2番目に元気のある風子が手を上げて提案する。 「そろそろこの辺で街道に出てみる事を提案しますっ」 「そうね、道を確かめてみるくらいならいいんじゃない?」 続いて由真が手を上げる。 「みちるもー」 「3対1で賛成多数、決定です。行きましょう行きましょう」 手を上げるが早いか、そそくさと下って街道へ出ようとする3人。 「待て、俺はまだ何も言ってないぞ」 「反対なの? 岡崎さん」 「いや、別にそうってわけじゃないが…静かにな」 「失礼です。風子はいつでも粛々とした淑女です。いつもやかましい岡崎さんと一緒にしないで下さい」 お前がいうか、と文句を言おうとしたが自分が大声を上げれば世話ない。ぐっ、と我慢することにする。ふふん、自分は大人なのだ。 「岡崎朋也、なんか偉そう」 「んなわけないだろ? 行こう」 朋也が先行して下り、整備されている街道を探す。程なくして街道は見つかった。 「ここから行けそうだな…まず俺が先に下りるよ」 街道と森の間は坂になっている。朋也は左右に用心しつつゆっくりと滑りおりた。遮るものがなくなって痛いくらいに日光が突き刺してくる。 見上げると、まだ太陽の位置は低くそれほど日が昇りきっていないように感じる。まだそんなに時間は経っていないのだろうか。 「岡崎さん? 下りるわよ」 特に何もしない朋也にしびれを切らしてか由真と風子が次々に下りてくる。 由真は周囲をきょろきょろと見回して誰もいないのを確認する。今のところ、街道には人の気配はない。 「大丈夫…みたいね。みちるー、下りてきてもいいわよ」 「んに、今行くよ――」 そう言ったときぱららららら、とタイプライターを叩くような音が聞こえて、みちるの体が不自然に跳ね上がった。 「…えっ、な、に、今の…音」 由真が声にならない声を上げた直後、バランスを崩したみちるが赤い色をした水飛沫を上げながら坂を転げ落ちてきた。 その顔が、身体が、べっとりとした鮮血に染まっている。 「――あ、あ…わぁぁぁーーーーっ!」 普段なら絶対に聞けないであろう、心底からの悲鳴を風子が上げ、ぺたりと地面にへたり込んだ。 「て…敵なのかっ!」 初めての敵襲に恐れ戸惑い、矢鱈滅多に周囲を見まわす朋也。武器と言えるものがない以上銃、しかも銃声から判断するにマシンガンの類には抵抗する術が無い。 『敵』はこちらの出方を窺っているようで出てこようとしない。だったら、すぐにでも逃げるのが得策ではあるのだが。 (みちる…) ぴくりとも動かない仲間の遺体を放っておくのは―― 「…ぅぅ…」 わずかに聞こえてきた呻き声に朋也は目を見張った。まだみちるは辛うじて生きていたのだ! 「みちるっ!」 朋也が悲鳴に近い声を上げて呼ぶ。呼ばれた当の本人は虚ろな目で必死に焦点を、呼びかけた主に対して合わせようとしていた。しかし出来ないと思ったのか、今度は震えている手を朋也へと伸ばそうとする。 「――ぉか、ざき、とも」 朋也の名前を呼ぼうとしたが、それはまたすぐに『タイプライター』に遮られた。 けたたましい音がしたかと思うと、もう一度だけみちるの体がびくん、と跳ねてそれきり動かなくなった。 「あっ」 自分でもマヌケだと思えるくらいの情けない声が漏れる。 死んだ。 自分よりも遥かに年下で、生意気で、元気なのが取り柄だったみちるが、守るべき仲間が、死んだ。 呆然とする間もなく、坂の上から『敵』が飛び降りてくる。 その『敵』こと『七瀬彰』は朋也と同じくらいの背丈で、体格もそれほど変わらず、しかし殺人鬼の目をしていた。 そしてその手に握っているのはイングラムM10。『タイプライター』の正体だ。 「…あ、ああ…」 由真と風子はただ恐怖していた。目の前で人が撃ち殺されたのだから。 だが、そんな彼女らの心情など目の前の殺人鬼が汲みとってくれるはずなどない。冷静に、冷酷に、七瀬彰はイングラムの標準を合わせた。 「美咲さんのためだ、死んでもらうよ」 ただ一言、そう言った声はゾッとするほど普通の声色だった。 その一瞬の間、朋也は考える。 (俺は結局、何をしていたんだ? このままこうやって殺されてしまうのか?) 夜に、たとえ少しでも疑ってしまっていたとはいえ、仲間を守ると決めたはずだ。 なのにどうだ、このザマは。みちるを守れなかったばかりか全員が殺されようとしている。 ちくしょう。 自分はどうしようもなくダメな人間だ。 きっと春原にさえ笑われてしまうくらいの。このままでは、自分は春原以下の人間になってしまう。 そんなのは…死ぬより、イヤだ。 だから、せめて、これだけは―― (渚…悪いが、先に行くな。後のことは、あいつらに託す) ニヤリ、と朋也は自分でも気付かないほどの小さな笑みを浮かべていた。それは『敵』に向けたものか、『仲間』に向けたものかどうかは本人にさえ分からなかったが。 ――譲れない。 「十波! 風子! 走れぇぇぇっ!」 立ったまま震えている由真を突き飛ばすと、敢然と朋也はイングラムの銃口の前に立ち塞がった。 「うっ!?」 一瞬迷うように銃口を反らしかけた彰だが、構わずイングラムのトリガーを引いた。 ぱらららら、という音が次々と朋也の体を壊してゆく。想像を絶する痛みに意識が飛びそうになるが、まだ倒れるわけにはいかない。 しっかりと大地を踏みしめ、足に力を入れて、撃たれ続けながらも朋也は彰に飛びつき押し倒す事に成功した。 倒れる直前、イングラムの銃口が反れて今度は肺を直撃したが痛くはなかった。痛覚が麻痺してしまったのだろうか。 彰と共に地面に倒れる。その時かすかにだが、足音が遠ざかってゆく音が聞こえた、ような気がした。由真と風子が逃げていったものだと、信じたい。 でなければ、こんなことをした割に悲し過ぎる結末だ。 「くそっ、どけよっ!」 朋也の下敷きになった彰が押し戻そうとする。しかし朋也も残された力を振り絞り彰の体を押さえこむ。 「まだ…行かせるわけには…いかないんだよ」 「死にかけのくせに…! さっさと死んで楽になれっ!」 横からイングラムを撃とうとするがカチ、カチッという音しかしない。弾切れだった。 「ぐっ…そこまで命を張って…何になるっていうんだ!」 朋也に力が残っている限りは状況をひっくり返せないと思った彰は悪態をつくしかなかった。 「誓った…からに決まってるだろ」 「何…? 誰にだよ」 「あんたは、その美咲さんとやらに殺してでも生き残ると誓ったんだろ? 俺は仲間を生き残らせるとついさっきだけど、誓った。――自分の、誇りにだ」 「………!」 彰が言葉を失う。呆れたのか、何か思うところがあったのか、そんなこと朋也には分からない。 だが…それでも、目的を達成できた自分に―― 腕から力が抜け、彰がようやく体を押し戻す。再び立ちあがった彰の目には、山林の風景しか映っていなかった。 朋也を見下ろす。彼は既に、死んでいた。 ――満足だった。 【時間:二日目 8:30】 【場所:F-4】 伊吹風子 【所持品:スペツナズナイフの柄、三角帽子、支給品一式】 【状態:軽い疲労、ホテルへ向け逃走】 十波由真 【持ち物:ただの双眼鏡(ランダムアイテム)】 【状況:軽い疲労、ホテルへ向け逃走】 岡崎朋也 【持ち物:クラッカー複数、支給品一式】 【状況:死亡】 みちる 【持ち物:武器は不明、支給品一式】 【状況:死亡】 七瀬彰 【所持品:イングラムM10(0/30)、イングラムの予備マガジン×8】 【状態:右腕負傷(かなり回復。まだ少々痛む)。マーダー】 - BACK