性格反転茸




派手な音もなく、彰が倒れ伏す。
額に小さな穴が開き、後頭部は無残に破裂し、頭皮と頭蓋と脳漿とを撒き散らす。
渚と七海がそれを見て一拍、悲鳴をあげる前に気絶した。
その瞬間場の呪縛が解けた。
「てめえええええええええ!! 何しやがったああああああ!!」
朋也が皐月に詰め寄る。
形相は修羅。
裂帛の気迫は気の弱い者ならずとも硬直させるだけの迫力はあった。
が、皐月の表情は僅かも揺るがなかった。
黙って彰の死体を指差す。
「――見て分からない?」
「なんだとっ!?」
「撃ち殺したのよ。あいつを」
皐月の表情は揺るがない。
「何故、殺した!」
「あたしはあいつを知らないし、あいつを放っておけば人が死ぬから。その中にはあたしも含まれるかもしれないから。どう? 満足?」
「っ……ざけんなぁあああ!!」
痛む体に構わず、右腕を振り上げる。
「うっ……」
が、同時に皐月もH&K PSG-1を構えていた。

「じゃあ、何が不満なの? ん? マーダーは消えたよ。あたしたちの誰も死んでない。致命傷も負ってない。この上何が不満なの?」
下目使いで嘲るように言う。
事実、嘲っていたのかもしれない。
それが酷く朋也の癇に障る。
「あいつは……俺が殺す筈だったのに……」
「は。馬鹿じゃないの?」
搾り出すようにした反論も一言の下に切り捨てられる。
「なんだと!?」
「……あんたもゲームに乗ってるの? あの子がみちるを助けてくれたっていったのはブラフ?」
「んなわけねぇだろうが!」
「どうだか。あんた七海って子を見殺しにしようとしたよね。『その程度で俺が止まると思ったか』忘れちゃった?」
「っ……それは……」
怯む。
確かに、朋也は七海を見殺しにしようとした。
あそこで高槻が止めていなかったら構わずに突っ込んでいただろう。
彰を殺して、マーダーを殺して、主催者たちを殺す。
その為の犠牲は厭わないつもりだった。
それも渚を盾にされるとなったとたんあの体たらく。
あれがみちるでも動けなくなっていただろう。
つまり、その程度の覚悟。
知らぬ者は見殺しにできても大事な人は犠牲にできない。

皐月は傷を抉り続ける。
「あんたはあの子達が無事ですんだことより何より彰を殺せなかったことに腹を立てた。
今もまた気絶したあの子達の所じゃなく彰を殺したあたしのところに来た。仇の仇が憎かったから。
あんたはあたしがこの銃を下ろしたらどうするの? その握った拳。あたしに振り下ろす? さっきみたいに気絶させる? それとも今度はあたしを殺す?」
「う……るせぇー!」
これ以上聞いていられない。
聞いていたら俺の何かが崩れてしまう。
朋也は皐月に殴りかかる。
振り上げた右腕をそのまま叩き付ける。
――が、あたらない。
バックステップでかわした皐月はそのままH&K PSG-1を持ち替え銃把で横っ面をぶっ叩いた。
「がっ……!」
「――少し頭を冷やしなさい」
朋也は吹っ飛ばされ、そのまま気を失った。
「嬢ちゃん、やるねぇ」
秋夫が笑いながら皐月に近づいてきた。
「――止めないのね」
「ああ。今回ばっかりは小僧が悪い。いっぺんぶっ飛ばされて落ち着いたほうがいいさ」
「あたしがあいつを殺すとは思わなかったの?」
「それは無いと思った。せいぜいがぶっ飛ばされるくらいだろうと」
「そう。よかったわね。殺されなくて」
「全くだ」
秋夫は笑っていった。
対称的に皐月は底冷えする眼差しで秋夫を見ている。
「じゃあ、あたしは行く。さよなら」

「待て!」
高槻が皐月を止める。
「――何? そこの馬鹿に気絶させられちゃったからもう時間が無いんだけど」
「何処に行くんだ? 行くんなら一緒にいかねーか?」
「はっ。やめとくわ。そこで気絶してる足手まといを待つほど時間が無いの」
高槻の隣で気絶している郁乃と七海を一瞥して返す。
「っ……じゃあ、せめて情報だけでも持ってってくれ。一応おめえは恩人だ。死なれでもしたら寝覚めがわりぃ」
「わかったわ。じゃあ、早く教えて。本当に時間が無いの」
「ああ……つっても大した情報があるわけじゃねえんだけどな……この島にどうやって紛れ込んできたのかしらねえけど岸田洋一って奴がいやがるんだ。
こいつはマジでやべえ……根っからの極悪人だ。
大柄で糞みてえな目をしてやがる糞野郎だ。何より首輪をしてねえ。それをみりゃ一発でわかるはずだ。
こいつに出会ったら、躊躇わず殺せ。出来なきゃ逃げろ。防弾チョッキを着てやがるから狙うなら頭か腕か足だ。動けなくしてからきっちり止めを刺せ」
「……随分な言われようね。わかったわ。殺せるようなら殺しておくわよ。じゃあ、あたしは梓を追う。七海が起きたら皐月がいたって伝えておいて。それじゃ」
そういって皐月は駆け出していった。
駆け出す皐月を光が追いかけていく。
同時に、ポテトの手からも光が出て皐月を追いかけていった。
ここで受け取った情報がこの後どんな役目を果たすのか。
梓も梓の追っていた千鶴も帰らぬ人となっていることも含めて、それは皐月の知り及ぶところではなかった。

「おめえはどうすんだ? 成り行きでこの小僧の相手させちまったが、目的地はあんだろう?」
「ああ……久寿川と貴明を迎えに鎌石村まで行くとこだったんだ。お前はどうすんだ?」
「色々複雑なんだが……ロワチャンネルっつーので小僧のふりして二時に集まろうって言う書き込みがあったんだわ。で、小僧がそれを止めに行くって出てったんだが……それは七瀬のガキを殺しに行くための方便だったらしい。それで連れ戻しに来たんだが……」
そういって気絶した面々を見やる。
「状況が状況だ。俺らは帰るぜ。――もし、鎌石村に行くんなら、できるんならロワチャンネルで集まった奴がいたらあれは嘘だったって伝えてやってくれねーか?」
「ま、相手がゲームに乗ってねーと思ったら伝えといてやるよ。じゃ、取り敢えずのんきに寝てやがる馬鹿を起こすか」
「小僧だけは寝かしとけよ。また飛び出されたらたまんねえ」
そう言って秋夫と高槻は未だ眠っている郁乃たちに近付いて行った。




【時間:二日目・14:50】
【場所:C-3】

湯浅皐月
 【所持品1:S&W M60(5/5)、セイカクハンテンダケ(×1個+8分の3個)、.357マグナム弾×10、自分と花梨の支給品一式】
 【所持品2:宝石(光5個)、海岸で拾ったピンクの貝殻(綺麗)、手帳、ピッキング用の針金】
 【状態:性格反転、首に打撲、左肩、左足、右わき腹負傷、右腕にかすり傷(全て応急処置済み)梓を追いかける】
ぴろ
 【状態:皐月と共に行く】
古河秋生
【所持品:トカレフ(TT30)銃弾数(6/8)・S&W M29(残弾数0/6)・支給品一式(食料3人分)】
【状態:中程度の疲労、左肩裂傷・左脇腹等、数箇所軽症(全て手当て済み)。渚を守る、ゲームに乗っていない参加者との合流。聖の捜索。取り敢えずいったん帰る】
古河渚
【所持品:無し】
【状態:涙目。左の頬に傷。自力で立っている、右太腿貫通(手当て済み、再び僅かに傷が開く)】
みちる
【所持品:セイカクハンテンダケ×2、 薙刀、殺虫剤、風子と自分の支給品一式】
【状態:健康。目標は美凪の捜索】
岡崎朋也
 【所持品:三角帽子包丁、鍬、クラッカー残り一個、双眼鏡、他支給品一式】
 【状態:気絶。マーダーへの激しい憎悪、疲労大、全身に痛み、頬に打撲。最終目標は主催者の殺害】


折原浩平
 【所持品1:S&W 500マグナム(5/5 予備弾6発)、34徳ナイフ、だんご大家族(残り100人)、日本酒(残り3分の2)】
 【所持品2:要塞開錠用IDカード、武器庫用鍵、要塞見取り図、ほか支給品一式】
 【状態:頭部と手に軽いダメージ、全身打撲、打ち身など多数。両手に怪我(治療済み)】
ハードボイルド高槻
 【所持品:コルトガバメント(装弾数:7/7)、コルトガバメントの予備弾(5)、スコップ、ほか食料・水以外の支給品一式、分厚い小説】
 【状況:全身に痛み、疲労極大、出血大量、左肩を撃ち抜かれている(左腕を動かすと激痛を伴う)、最終目標は岸田と主催者を直々にブッ潰すこと、当面は貴明たちとの合流】
小牧郁乃
 【所持品:H&K PSG-1(残り0発。6倍スコープ付き)、写真集×2、車椅子、ほか支給品一式】
 【状態:赤面、車椅子に乗っている】
立田七海
 【所持品:フラッシュメモリ、ほか支給品一式】
 【状態:涙目】
ポテト
 【状態:たんごぶ】

【備考】
  七瀬彰の持ち物はみちるが貰いました。
  弾が無くなったので郁乃と浩平は銃を換えました。
  彼女たちは高槻と秋夫に起こされています。推して知るべし。
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