撤退




絶句する高槻達。
誰も事態の移り変わりについていけなかった。
それも致し方ない事だろう。
気絶していた少女が何時の間にか起き上がっていて、冷静沈着極まりない戦いぶりでこの争いに終止符を打ったのだ。
更にその少女が青い色の宝石を天にかざすと、綺麗な球状の光がそこに吸い込まれていった。
少女は宝石をポケットに戻し、やれやれといった感じで肩を竦めた。
「全く今日は厄日かしら……。馬鹿みたいに強い奴に追っ掛け回されるわ、仲間になったと思った奴がゲームに乗っているわ、ホント最悪」
ぶつぶつと呟きながら、少女はポケットから何かを取り出した。
それは何箇所か噛んだ後がある、シイタケのような物だった。
その物体を口の中にいれ、もぐもぐと咀嚼する。
食べ終わると、少女はきょろきょろと周りを見渡した。
目に映ったのは、満身創痍という言葉がピッタリ当てはまる者達の姿。
皐月は小さく溜息をついてから、言った。
「……貴方達、何をボーっとしてるの?早く治療するなり、移動するなりした方が良いと思うけど?」
そのまま少女はつかつかと歩いて、S&W M60を拾い上げた。
そこでようやく他の者達も硬直が解けたのか、それぞれ行動を開始する。


「おいオッサン、平気かよっ!?」
「オッサン……じゃなくて、高槻だって……言ってんだろ……」
浩平が、今にも倒れそうな高槻を支えようとする。
高槻の服には無数の赤い染みが付着しており、眼の焦点も微妙に合っていない。
だが余裕が無いのは浩平も同じで、高槻の体重が圧し掛かった途端にバランスを崩しそうになる。
そのまま二人は不恰好に縺れ合いながら、郁乃の座っている車椅子の方へと歩いていった。

「郁乃ちゃん……郁乃ちゃんっ!」
高槻達が車椅子の傍まで来ると、七海が気絶している郁乃の体を揺すっていた。
「ぅ……」
やがて弱々しい声を上げて、ゆっくりと郁乃が目を開く。
「郁乃ちゃん、何処か痛くないですか?」
言われて郁乃は首の付け根あたりをさすった。
「ちょっとこの辺が痛いかな……ってそうだ、彰は!?あたし、あいつに襲われたのよ!」
そこで高槻が郁乃の肩を叩き、物言わぬ躯と化した彰を指差した。
「あいつ……死んだ……の?」
「ああ。最後は知らねえガキが決めやがった」
「そう……」
郁乃は少し沈んだ表情で、彰の死体を眺め見た。
たとえゲームに乗っていたとはいえ、人が死んだ事は悲しかった。
「あいつがゲームに乗ってたなんて……まだに実感が沸かないな……。とてもそんな風には見えなかったのに……」
浩平が暗い声でぼそぼそと呟く。

そんな折に、近付いてくる複数の足音が聞こえてきた。
歩いてきたのは、岡崎朋也と古河渚の両名だった。
朋也は両手で高槻達の荷物―――彰の命令で投げ捨てた装備品を抱えている。
「これ……お前達のだろ?」
朋也はそれを手渡そうとして―――受け取る余裕すら無さそうだったので、浩平と高槻の鞄に突っ込んだ。
それから少し目線を伏せて、言った。
「彰は多分、お前と一緒に居た時はゲームに乗ってなかったんじゃないか?あいつがゲームに乗ったのは二回目の放送からだと思うぞ。
あいつ―――俺達を襲った時に言ってたよ。ゲームに優勝して美咲さんを生き返らせるんだ、ってな……」
「そうだったのか……」
それを聞いて、浩平の心の中から疑問が消えた。
彰は澤倉美咲を何としてでも守りたい、と言っていた。
その美咲の死が第二回放送で発表された。
それを聞いた彰がどうするか―――冷静に考えれば、十分に予測しうる事態だった。

「んじゃ、俺達はそろそろ行くな」
「ちょっと待てよ。確か……岡崎だっけ。お互いゲームに乗ってない事は分かったんだし、一緒に行動しないか?」
立ち去ろうとする朋也に、浩平が提案を持ちかける。
だが朋也はゆっくりと首を横に振った。
「俺達は今から役場に行かないと駄目なんだ。お前達は怪我の手当てをしないといけないだろうし、一緒には行けない」
役場には、岡崎朋也という名前での書き込みを見た人間が来ているだろう。
銃声が聞こえてきてから、もうだいぶ時間が経過してしまっている。
間に合うかどうか分からないが、それでも行かなければならなかった。
朋也はそのままくるっと踵を返そうとする。
だがそこで、渚が朋也の裾を強く引っ張った。
「朋也君、ちゃんと言わないと駄目ですっ!」
「……そうだな」
朋也は高槻と浩平の方へ向き直って、それから軽く頭を下げた。
「その……悪かったな。お前達は悪くないのに襲っちまって……」
「けっ。ごめんで済んだら警察はいらねえって言いてえとこだが……俺達もまんまと騙されてたからな。特別に、チャラって事にしてやらあ」
高槻がそう言うと、朋也は少し微笑んでから「じゃあな」と手を振って歩き去った。


「―――私を殴った事はすっかり忘れてるみたいね……。ま、どうでもいいけどね」
言葉とは裏腹に少し不機嫌そうに呟くその少女の名は、湯浅皐月。
皐月はつかつかと高槻達の方に歩み寄った。
「七海、久しぶりね。怪我は無い?」
「あ、はい。大丈夫です」
「そう。それじゃ行きましょうか」
「―――え?」
七海が目をパチクリさせる。

皐月は断りも入れずに郁乃の車椅子を押し始めた。
「ちょ、ちょっとあんた誰よ!?あたしを何処に連れて行く気!?」
「私は湯浅皐月……七海の知り合いよ。行き先は鎌石局。色々便利な物が置いてあったから、治療に使える物もあると思う」
皐月は半ば事務的に答えて、そのまま車椅子を押していく。
高槻と浩平は聞きたい事が色々あったが、体力的にまるで余裕が無いので黙って後をついてゆく。
そんな中、七海が皐月の横に並びかけた。
「あの……皐月さん」
「何?」
「なんかいつもと印象が違うんですけど……どうかしたんですか?」
七海は皐月とそれ程親しい訳ではない。
宗一と一緒に居る時に数回会った程度だ。
それでも今の冷静過ぎる皐月には、大きな違和感を覚えざるを得なかった。
普段とは言葉遣いも少し異なる。
何か……おかしかった。

皐月は黙ってごそごそと鞄の中を漁り出し、紙を七海に手渡した。
七海はそれをばっと広げて、音読し始める。
「『セイカクハンテンダケ』説明書:このキノコを食べると暫くの間性格が正反対になります。かなり美味ですので、是非ともご賞味下さい」

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「いてて……少し無理し過ぎちまったな」
「岡崎朋也……大丈夫?」
みちるが朋也を気遣って声を掛ける。
高槻に比べればかなりマシではあったが、朋也もまた大幅に体力を消耗してしまっていた。
体の節々が痛み、気を抜くと転倒してしまいそうになる。
そんな朋也の様子を見かねて、秋生が唐突に言った。
それは朋也にとって、とても冷たい声に感じられた。
「―――止めだ。家に戻るぞ」
「は?何言ってんだオッサン、そんな事出来るわけ……」
「おめえボロボロじゃねえか……そんな体で行っても死ぬだけだ」
秋生は朋也の腕を握って強引に引っ張ろうとした。
朋也はそれを振り払い、目一杯怒鳴った。
「ふざけんじゃねえ、俺の友達が襲われてるかもしれねえんだ!見捨てろっていう気か!?」
今にも秋生に飛び掛りかねないくらい、朋也は激昂している。
その目は仲間を見る目では無く、敵を睨みつけているかのようだった。

秋生は朋也の怒りの視線を真正面から受け止め―――大きく頷いた。
「良いか小僧。誰かを愛するって事は何かを捨てなきゃいけねえって事だ。ここでおめえが無理して死んじまったら、渚はどうなる?
渚を大切に思ってるんなら、ここは堪えろ」
朋也は渚の方に首を向けた。
見ると、右太腿に巻かれた包帯が血で滲んでいた。
秋生の体にも数箇所、包帯が巻かれてある。
朋也はただ体力を大きく消耗しているだけで、怪我自体は大したことが無い。
だがこの二人の怪我は自分とは違って、治るまでには時間がかかるだろう。
もし自分が死ねば―――渚の生存確率が大幅に下がるのは疑いようの無い事実だった。
「みんなすまねえ……。俺はまだ死ぬ訳にはいかないんだ……」
朋也は顔を悲痛に歪ませながら役場の方向へ目を向けて、それから秋生達が隠れていた家へと歩を進めた。

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・

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「遅かったみたいだな……」
「うん……」
呟くその声は全く力の無いものだった。
高槻達が去ってから五分後。
北川潤と広瀬真希は、彰の死体の傍で立ち尽くしていた。
「誰だか知らないけど、せめて安らかに眠ってくれ」
北川はそう言って、祈るように顔の前で手を合わせた。
真希もそれに習い、同じような仕草をする。
二人は身を寄せ合うようにしたまま、見知らぬ青年へと黙祷を捧げた。




【時間:二日目・14:45】
【場所:C-3】
古河秋生
 【所持品:トカレフ(TT30)銃弾数(6/8)・S&W M29(残弾数0/6)・支給品一式(食料3人分)】
 【状態:B-3民家へ移動、中程度の疲労、左肩裂傷・左脇腹等、数箇所軽症(全て手当て済み)。渚を守る、ゲームに乗っていない参加者との合流。聖の捜索】
古河渚
 【所持品:包丁、鍬、クラッカー残り一個、双眼鏡、他支給品一式】
 【状態:B-3民家へ移動、銃の暴発時に左の頬を浅く抉られる。自力で立っている、右太腿貫通(手当て済み、再び僅かに傷が開く)】
みちる
 【所持品:セイカクハンテンダケ×2、他支給品一式】
 【状態:B-3民家へ移動、目標は美凪の捜索】
岡崎朋也
 【所持品:三角帽子、薙刀、殺虫剤、風子の支給品一式】
 【状態:B-3民家へ移動、マーダーへの激しい憎悪、疲労大、全身に痛み。最終目標は主催者の殺害】

湯浅皐月
 【所持品1:H&K PSG-1(残り0発。6倍スコープ付き)、S&W M60(0/5)、.357マグナム弾×15、自分と花梨の支給品一式】
 【所持品2:宝石(光4個)、海岸で拾ったピンクの貝殻(綺麗)、手帳、ピッキング用の針金、セイカクハンテンダケ(×1個)】
 【状態:性格反転中、鎌石局に移動、首に打撲、左肩、左足、右わき腹負傷、右腕にかすり傷(全て応急処置済み)】
ぴろ
 【状態:皐月の後ろを歩いている】
折原浩平
 【所持品1:S&W 500マグナム(4/5 予備弾7発)、34徳ナイフ、だんご大家族(残り100人)、日本酒(残り3分の2)】
 【所持品2:要塞開錠用IDカード、武器庫用鍵、要塞見取り図、ほか支給品一式】
 【状態:鎌石局へ移動、高槻を支えている、疲労、頭部と手に軽いダメージ、全身打撲、打ち身など多数。両手に怪我(治療済み)】
高槻
 【所持品:コルトガバメント(装弾数:6/7)、分厚い小説、コルトガバメントの予備弾(6)、スコップ、ほか食料・水以外の支給品一式】
 【状態:浩平に支えられている、全身に痛み、疲労極大、血をかなり失っている(出血はほぼ止まった)、左肩を撃ち抜かれている(左腕を動かすと激痛を伴う)】
 【目的:鎌石局へ移動、最終目標は岸田と主催者を直々にブッ潰すこと】
小牧郁乃
 【所持品:写真集×2、車椅子、ほか支給品一式】
 【状態:鎌石局へ移動、首に軽い痛み、車椅子に乗っている】
立田七海
 【所持品:フラッシュメモリ、ほか支給品一式】
 【状態:鎌石局へ移動、健康】
ポテト
 【状態:郁乃の膝の上に乗っている、気絶、光一個】


【時間:二日目・14:50】
【場所:C−3】
北川潤
【持ち物@:SPASショットガン8/8発+予備8発+スラッグ弾8発+3インチマグナム弾4発、支給品】
【持ち物A:スコップ、防弾性割 烹着&頭巾(衝撃対策有) お米券】
【状況:黙祷中、チョッキ越しに背中に弾痕(治療済み)】
【目的:みちるの捜索】

広瀬真希
【持ち物@:ワルサーP38アンクルモデル8/8+予備マガジン×2、防弾性割烹着&頭巾(衝撃対策有)×2】
【持ち物A:ハリセン、美凪のロザリオ、包丁、救急箱、ドリンク剤×4 お米券、支給品、携帯電話】
【状況:黙祷中、チョッキ越しに背中に弾痕(治療済み)】
【目的:みちるの捜索】
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