再会は一瞬のうちに




「そっちは大丈夫か!?」
「な、なんとか!」
遅れて立ち上がった佐祐理を庇う様に左腕で抱きかかえ、丁度道を挟んだ反対側に跳んだ留美に柳川は声をかける。
最も心配など毛ほどもしてはいなかったが、はっきりと聞こえた声にほんの少し安堵し、正面の車を睨み付ける。
眼前に迫り来る車体に向けて柳川は再びイングラムM10の銃口を向け小さく息を吸い―ー
防弾加工でもされているのであろうその車体に傷一つつかないのはわかった。
ならばタイヤはどうだ――!
考えるとほぼ同時に、イングラムM10が火を噴いていた。
だが奇襲に失敗したのを警戒してか、完璧に一直線ではなくわずかに蛇行しながら向かってきている車には思うように当てることが出来ない。
顔色を変えることなく柳川はトリガーを引き続け、飛び出す弾丸の一発がようやく左前輪を捕らえた。
同時に耳に届いたキンと鳴り響く金属音。そこで初めて柳川の顔に焦りが浮かんだ。
「――馬鹿な、タイヤまでもだと言うのか!」
目論見が外れたのを確信すると同時に佐祐理の身体を抱き寄せ、再びその場を横に飛び跳ねた。
二人のいた空間を車が猛スピードで駆け抜け、大気が震える。
今度ばかりは佐祐理を庇うことが出来ずに地面へと倒れこみ、佐祐理の口からわずかなうめき声が漏れる。
「――倉田、大丈夫か?」
「は、はい」
声をかけながらも視線は車へとすぐに戻す。
50メートルほど離れた場所で、すでに周回運動をしようとしている。
空中でちらりと見えた運転席の女性が、外した狙いに苦々しく顔をしかめているのがおぼろげながら見て取れた。
今までは銃を警戒してスピードを抑え蛇行していたのだろう。だが今ので完全に銃弾は効かないと言うのが向こうも確信したはずだ。
ならば今度こそ100%仕留め切るつもりで突進してくるに違いない。
銃で破壊することが出来ないなら……考えている暇はなかった。
あたりには身をかわす遮蔽物も何もない。この間にも車は再びこちらへスピードを上げてきている。
迷っている時間が長ければ長いほど待っているのは――死だ。

ならば方法は一つしかない。
「……こいつを持ってろ、出来れば離れて援護してくれ。
隠れていろ、と言いたい所だがあいにくそんな所はどこにも無いようだし……なっ!」
手荷物をその場に投げ捨てると、佐祐理と留美の返事を待たずに柳川は駆け出していた。
「ちょ、ちょっ、柳川さんっ!?」
方向は――向かってくる車の眼前。
フロントガラス越しに映る黒髪の女性が一瞬戸惑いの表情を浮かべたのが見えた。
しかしそれはほんの一瞬で、車はますますスピードを上げて柳川の身体に迫っていた。
全身に力を込める。失敗すれば大怪我ではすまないだろう。
だがこんなところでくだらない足止めを食っているわけには行かないのだ。

目前に迫る車を前に目標地点を決め……両脚に意識を集中し――――跳ねた。

大きく車体が揺れ、衝撃と共に柳川の全身に強い痛みが走る。
フロントに乗り上げ、ゴロゴロと転がりながら柳川の身体はフロントガラスを駆け上がる。
白くなった視界の中、意識を両腕に移し必死に車体の縁を掴んでいた。
少しでも力を緩めれば襲い来る強風に飛ばされてしまうだろうことを本能で理解しながら、中にいる人間の顔を凝視しながら睨み付ける。
怒りに満ちた柳川の眼光。
だがその睨みにまったくひるむ様子も無く、車を運転していた女性……篠塚弥生は一切の表情を崩さず、感情の篭ってない瞳で柳川を見つめ返していた。

・
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目の前に走りよる男の影が突然大きくなったかと思った直後に、車体が大きく揺れハンドルから手が離れかけるのを必死に握りなおす。
柳川の行動の意味をすぐさま読み取ってはいたが、一歩間違えれば大怪我ではすまないであろうことをよもや本当に実行するとは思いもよらなかった。
フロントガラスは柳川の身体に覆い隠され視界を阻まれている。
隣に座る冬弥はと言えば、なにが起きたのかわからない表情を浮かべたまま目の前の光景を眺めていたが
すぐさま我に返ると弥生に手渡されていたFN Five-SeveNをフロントガラスへと向けていた。
「……無駄です」
そんな冬弥の行為を冷たく弥生は制す。
防弾――確かに外から中に届くことはない。が逆に中からも外に向かっては撃てないという事。
この車の銃弾製がここまで高かったのは幸運だったが、よもやこんな方法で車を止めにくるとは想定外だった。
せいぜいかわしながら車の行けない所まで逃げ続けるぐらいだろう――と。
襲撃してから一瞬での思考、そして決断と行動。
この男は今まで会ったぬるま湯に浸かっているような参加者とは違う……。
舌打ちをしながらアクセルをさらに深く踏み、握るハンドルを右へ左へと何度も何度も回す。
弥生の願いを遂行するかのように、車はますますスピードを上げ蛇行し続ける。
このまま走らせ続けていれば、いつかは体力も尽き振り落とすことも可能だろうが、
目の前が見えない現状、突然の障害物に激突し事故になんてこともありえない話ではない。
『慌ててブレーキを踏ませる』『視界を塞いで何かにぶつける』――おそらくこれらが目の前の男の画策だろう。
向こうの思惑通りになるのも尺だが、ここで車を失うことも避けたい。
「藤井さん……周りに人影は見えますか?」
前方から集中を切らせない弥生は、冬弥にそう尋ねていた。

だがこの状況であるにも関わらず冬弥は頭を悩ませ考えていた。
すれ違った時に一瞬だけ見えた少女。
あの場にいたのは七瀬留美。あの髪型に制服。間違いない、間違えようがない。
(……だったらどうなんだ? 俺はどうするんだ?)

思わずポケットに入れた手に触れたのは、自分の行動を決めたはずの一枚のコイン。
(何をいまさら? みんな殺すんだろ?)
いまだ煮え切らない態度の自分を馬鹿にしたようにしている気がした。
(違う! 俺は由綺の敵を取りたかっただけだっ!!)

「――藤井さんっ!?」
返ってこない返事に、弥生は無表情を繕いながらも苛立った声を上げた。
「あ、はい、えっと……」
遮られている前方に慌てながらウィンドウを開けて横、そして後ろを確認する。
見える範囲には誰もいえるようには見えなかった。
そして目の前の男と一緒にいた二人の姿はまさに消えようとしていた。
「……大丈夫みたいです」
その答えに弥生はほんの一瞬の間を起き、さらにアクセルを吹かしながら告げた。
「――では少々乱暴に止めますのですぐに飛び出せる準備をしておいてください」

・
・
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猛スピードで離れていく車を留美は必死に追いかけていた。
留美に少し離れされながらもその後ろを佐祐理が追う。
「柳川さん無茶しすぎよっ!」
車に乗っているのは間違いなくゲームに乗ってしまった人間だと言うのにも関わらず、悪態をつきながらも留美の顔には笑みが浮かんでしまっていた。
無茶具合では劣らぬ馬鹿な人間の顔を思い出してしまったから。


浩平には何も言わずこんなことになってしまっているけれど、あいつは大丈夫なんだろうかな。
一瞬だけそんなことを考えた彼女の笑顔は、その時間さえも許されることのなく凍りつく。
はるか遠くに消えかけている車の、そのサイドウィンドウから顔を出した人間の顔。
本当に豆粒ぐらいにしか見えなかったにも関わらず、彼女は確信してしまった。
それこそがずっと彼女が探していた人間――藤井冬弥だと言う事を。
「――藤井さんっ!!」
衝動的に口から飛び出た叫びは、すでに大きく離されもう見えなくなっている彼に届くわけも無く……。
そして彼女の叫びに対する返事のように夕方の放送が響き渡り始めた――。




【時間:2日目18:00】
【場所:I−7平地】
柳川祐也
【所持品:下記備考参照】
【状態:左肩と脇腹の治療は完了したが治りきってはいない、肩から胸にかけて浅い切り傷(治療済み)、車のフロントガラスにしがみついてる】
倉田佐祐理
【所持品1:舞と自分の支給品一式(片方の食料と水残り2/3)、救急箱、吹き矢セット(青×3:麻酔薬、赤×3:効能不明、黄×3:効能不明)】
【所持品2:二連式デリンジャー(残弾0発)、投げナイフ(残り2本)、レジャーシート】
【所持品3:拾った支給品一式】
【状態:健康、車を追っている】
七瀬留美
【所持品1:S&W M1076 残弾数(7/7)予備マガジン(7発入り×3)、日本刀、あかりのヘアバンド、青い矢(麻酔薬)】
【所持品2:スタングレネード×1、何かの充電機、ノートパソコン、支給品一式(3人分、そのうち一つの食料と水残り2/3)】
【状態:健康、車追っている。目的は冬弥を止めること。千鶴と出会えたら可能ならば説得する、人を殺す気、ゲームに乗る気は皆無】


篠塚弥生
 【所持品:包丁、ベアークロー】
 【状態:車に乗っている、マーダー・脇腹に怪我(治療済み)目的は由綺の復讐及び優勝】
藤井冬弥
 【所持品:暗殺用十徳ナイフ・消防斧・FN Five-SeveN(残弾数12/20)・FN P90(残弾数0/50)】
 【状態:車に乗っている、迷い、マーダー・右腕・右肩負傷(簡単な応急処置)目的は由綺の復讐】


【備考】
・柳川達が戦っている場所の近くには、茂み以外の遮蔽物は無い
・柳川の所持品(イングラムM10(5/30)、イングラムの予備マガジン30発×8、日本刀、支給品一式(片方の食料と水残り2/3)×2、青い矢(麻酔薬))は
 車にしがみついてるので大量には持てない状況だと想定していますが、その辺の分配は後続にお任せします。
【備考2】
・聖のデイバック(支給品一式・治療用の道具一式(残り半分くらい)
・ことみのデイバック(支給品一式・ことみのメモ付き地図・青酸カリ入り青いマニキュア)
・冬弥のデイバック(支給品一式、食料半分、水を全て消費)
・弥生のデイバック(支給品一式・救急箱・水と食料全て消費)
上記のものは車の後部座席に、車の燃料は残量60%程度
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