The winner at the end




「な…なんだ、お前はっ…」
 浩之は突然現れた男から目を離す事が出来なかった。
 体中の筋肉、いや細胞にいたるまで「この男は危険だ」と警鐘を鳴らし続けている。
 その男――岸田洋一――は、千鶴との戦闘で滅茶苦茶になった役場の中を見ながら答える。
「そうだな…例えるなら折角の楽しい文化祭に寝坊してしまった可哀想な学生、というところかな?」
「茶化すなっ!答えろ!」

 浩之は己の中にある震えを追い払うべく大喝を入れる。
 だが当の岸田は浩之の大声を鬱陶しい、とでも言うようにに顔を歪ませるといきなり姿勢を屈めた。
 その様子を見て、場違いに浩之はかけっこに似ている、と思った。

「貴様のようなガキには言うまでもないって……事だ!」
 裂帛の勢いで叫ぶやいなや、岸田が一直線に駆け出した。ぎらり、と鈍く輝きを放っている鋸が浩之に向けられる。
 浩之は真正面から迎撃するというような事をせず、横っ飛びに岸田の攻撃を避ける。
 あれでは反撃できても、相打ちになりかねない。
 岸田の第一撃が虚空を切る。

「いい反応だ!だが撃ってこないのか?」
「一介の高校生にそんな簡単に銃が撃ててたまるかっての、オッサン!」
 言いながら、浩之は44マグナムをポケットの中に入れる。怪我を負っている浩之は片手ではこれは撃てない、と思ったからだ。
「けどな、数撃ちゃ当たるって言葉もあるッ!」

 サイドステップから両足を着地させ、同時にしっかりと両手でウージーを構える。
 未だに人を殺す事への躊躇があったが…この場合、やむを得ない!
 マズルフラッシュが薄暗い役場の中を、ほんの数瞬明るくした。だが、その火線上には――
「え、いない…?」
 忽然と、岸田の姿が消えた、かに思った。

「ここだよ」

 机の物陰、そこから床と机にへばりつくようにして岸田の頭と腕が現れていた。そして手に握っているのは釘打ち機。
「やろっ!」
 源義経の八双飛びを想起させるかのような跳躍で机の上に飛び乗る浩之。着地の瞬間、ズキッと体が軋むが痛いとは思わなかった。
(これくらいの痛み、みんなが受けたのに比べればッ!)
 机から机へと本や雑誌を取りながら軽やかに乗り移っていく浩之。釘打ち機を撃つ音は聞こえてこない。

 飛び移りながら浩之は考える。距離を置いて戦うべきだ。スピードもパワーも相手の方が勝っている。何とか距離をあけて弾幕を張るしかない!
(武器の性能はこっちが勝ってるんだ、油断さえしなければ)
 部屋の隅へ移動し、物陰に隠れて岸田の位置を探る。岸田も隠れたようで、こちらからは位置が特定できない。
 浩之は出していた顔を戻すと呼吸を整え、そして思考する。
 奴の方は、こちらの位置を掴んでいるのか?それとも自分と同じか?
 相手だけがこちらの位置を掴んでいるのならそれは実にまずい。警戒をする方向を絞れるからだ。
 こちらも部屋の隅にいるのである程度攻撃してくる方向を絞れるのだが…

 再び浩之は顔を出した。さっきは大まかにしか見ていなかったので分からなかったが、視界の隅には力尽き、命を散らせた仲間の遺体が並べられているのが見えた。
(川名っ…もう一度、俺に力をくれっ)

「おい小僧ッ!」
役場の中に岸田の声が響く。室内であるせいで、声が聞こえても位置は特定できない。
「この死体どもは小僧の仲間か、ん?」
 何を言っているのか浩之には分からなかった。知り合いなのだろうか?いや、少なくとも川名の知り合いではない。他の三人――柏木千鶴、柏木梓、相楽美佐枝の知り合いかは分からないが。
「それがどうした!」
「いやいや……中々いい女だと思ってね。よい体をしていらっしゃる」
 嫌悪を感じずにはいられないほどのざらざらとして、それでいて粘つくような声質。
「……何が、言いたい」
「死んでしまったとは言ってもまだ綺麗な体だろう?ほら、まだ血色もいいじゃないか」
 まるで岸田がみさきたちのすぐ近くにいてじろじろ見まわしているような口ぶりだ。
「何が言いたいのかって聞いてるんだ!」
 浩之の怒声など気にもしていないように、岸田は続ける。
「くく……人間ってどうしようもなく緊張したり興奮すると性欲が高ぶるらしいなぁ? 実はなぁ、俺もここ最近女と犯ってなくってな…溜まって溜まって仕方がないんだよ、これが」
 『犯って』という言葉が浩之の神経に障った。半分身を乗り出して叫ぶ。
「お前、まさかっ…」
「だからなぁ、ちょいとこいつらに悪戯させてもらおうと思ってね……まずは、この可憐そうな制服のお嬢ちゃんからにしとくかな?」

「や……やめろッ!!」
 岸田の欲望の対象がみさきに向けられていると知るが早いか、浩之はみさきの遺体がある方向へと疾走した。
「川名に手を出すんじゃねえッ!」
 すっかり逆上した浩之は無我夢中で死体まで駆け寄る。彼女らのすぐ近くの机の陰!岸田はそこにいるに違いないと思っていた。
「うああああああっ!!」
 ありったけの銃弾を岸田が潜んでいると思われる机の陰へと撃ち込んだ。雨あられと銃弾が岸田に撃ちこまれて――いなかった。
「何ッ!?」
「何を狼狽えてる、こっちだマヌケが」

 反対――!
 振り向きウージーを発射しようとして、弾が出ない事に気付く。弾切れ、だった。
 弾のないウージーを構えた視線の先には岸田洋一がニヤリと笑っていた。浩之と同じように、しかし岸田は銃でなく釘打ち機を構えて。
 トカカカカ、と目にも留まらぬ早さで釘が浩之の腹部に吸いこまれていった。

「うぐぅッ!」
 悲鳴を上げて浩之が床に倒れる。その衝撃でポケットに入れていた44マグナムが顔を出す。
 浩之の腹には計8本もの釘が刺さっていた。
 にもかかわらず、浩之はまだ死んではいなかった。
 急所から外れていたわけではない。では何故浩之は生きているのか?

(あ…危なかった…あいつが持っているのが釘打ち機で…良かった。隅へ移動するときに釘打ち機を警戒して学生服ん中に雑誌やらを仕込んでおいて助かった……)
 浩之は目を開けたまま死んだフリをして、反撃の機会を窺っていた。岸田は自分が死んだものと思いこんで自分の武器を漁ろうとするだろう。その時を狙って奴を――倒す!
 だが、その浩之の思惑を知っているかのように、岸田は安易に近づこうとしなかった。

(何故だ?どうして動こうとしない…)
 こちらは目線すら動かせない以上、岸田の動向を探れない。待っていると岸田は数歩、浩之の方へ近づいてきて、言った。
「これまでの失敗があるからな……ひょっとしたら、『死んだフリ』をして騙そうとしているかもしれん。念には…念を入れておくとするか」

 動けない浩之の頭の中には『!』マークがいっぱいに広がっていた。
(バレてる!くそっ、トドメを刺すつもりか!)

「この鋸で、首を切断してやろう、くくくっ」
 見えずとも、岸田が鋸を取り出して邪悪な笑いを浮かべているのが手に取るように分かった。
「高槻への前哨戦だ…血祭りに上げてやるッ、小僧!」
(クソッ、一応避けられることには避けられるが…近距離すぎる、これじゃ撃てない!)
 だが、迷っている暇は無かった。浩之の目に、振り上げられた鋸が映っているのだから。
「ちくしょうッ!」
 やむを得ないと判断した浩之が即座に起き上がりマグナムを掴みながら岸田にタックルをかけた。
 元より『生きている』と仮定して攻撃を仕掛けた岸田にとってそれは予想外でも何でもなかった。悠々とタックルを回避して鋸を横薙ぎに振るう。
「ぐ…ッ!」
 がら空きになっていた背中に、鋸の一撃が入る。辛うじて致命傷ではなかったが、もう浩之には眼前の殺人鬼と交戦するだけの余力が残っていなかった。

 それでも浩之はよたよたと動き、岸田から距離を取ろうとしていた。
「まだだ…まだ終わっちゃいねぇ…っ、俺はまだ…死ぬわけには、いかないんだッ!」
「無駄な足掻きを…素直にあのまま切られておけば良かったのになぁ…おーおー、痛そうだ」
 岸田は余裕の表情だ。
(確かに、こっちにはもうまともに格闘も出来ねぇ。走るのも出来ねぇ…だがな、まだ必殺の一撃が残ってる!)
 がくがくと震える体を奮い立たせ、しっかりと両手に44マグナムを握る。岸田もすぐにそれに気付いたが、やれやれと肩をすくめて言った。
「ほぅ、最後の抵抗のつもりだろうが…戦闘が始まったとき、すぐにそれを仕舞ったな?くく、弾は残っていないんじゃあないのか?ハッタリは通じんぞ」
 どうやら岸田は勘違いをしているようだ。いける。このまま、最大級の攻撃を叩きこんでやれる!
「……どうかな?」
 ニヤリ、と笑う浩之。その様子を見た岸田の顔色が変わる。
「小僧、まさかッ!?」
「そのまさかだ!食らいやがれッ!」
 しっかりと腕を伸ばし、ブレないように構えて撃ったマグナムの弾が岸田の腹を直撃する。
 浩之と同じ箇所に命中した弾丸は岸田の体を動かし、後ろへと倒れさせた。

 直後、撃った時の反動が浩之に襲いかかり背中から鮮血を溢れさせる。その痛みに顔をしかめた浩之だったが、体は倒れる事無くしっかりと二の足で地を踏みしめていた。
 勝った。
 満身創痍だが、とにかく、自分はあの殺人鬼に勝利したのだ。
「くそっ、だけど……これじゃ、吉岡や小牧のところまで、行けやしねぇ…ははっ」
 がっくりと膝をつき、どたっと倒れ込む。傷が酷い。手当てしてもらわないとヤバいかもしれない。
「誰かが…来るまで…待つ、かな。もしかしたら、吉岡達に迎えに来てもらったりしてな」

 笑いながら、視線の先にみさきの遺体を見つける。また、彼女には力を分けてもらった。
「川名――」
 力の入らない体でみさきの元へ這いずっていこうとする。床に血溜まりが出来ているような気がするが、どうでもよかった。
 何分か時間をかけた後、ようやくみさきの元へ辿りついた。死んでいるとは思えないほどの綺麗な顔が、浩之の瞳に映る。
「川名、俺、精一杯、生きてみせるからな…それで、このゲームをぶっ壊して、無事に帰って…川名の墓を…いや、死んだ奴全員の墓を作ってやって…弔ってやるんだ」
 みさきの手を握る。冷たかったが――しかし、不思議な温かみを感じた。
「俺、絶対に死なないからな。約束…したもんな。………川名。俺――」

「恋人との感動の再会は済ませたかい?え、クソガキが」
「なッ――」
 後ろから聞こえる禍禍しい、二度と聞こえないはずの声が聞こえる。
 そんな馬鹿な、と言わんばかりの表情で浩之が振り向く。
 しかし、確かにそこには――
「それじゃあ、続きはあの世でやるんだな。………死ね」
 ――殺したはずの岸田洋一が、鋸を振り上げていたのだった。

    *     *     *

「ふん、キチンと死んだか確かめないからこうなる。だから貴様はガキなんだ」
 岸田が生きていた理由、それは高槻の銃撃からも彼を守った防弾アーマーが働いたからであった。

 全ては演技。
 顔を青ざめさせたのも、死んだフリをしていたのも。
 結局、最後に笑ったのは場数を踏み、幾度とない失敗から教訓を学んできた岸田だった。
 これが今までの岸田なら浩之を死んだと勘違いし、強襲されて無事では済まなかっただろう。
 岸田は悠々と浩之の持ち物から武器を奪い取って、弾薬の装填を行っていた。
「サブマシンガンに…マグナムか。サブマシンガンは弾数が足りんが…十分だ。今度こそ、奴に煮え湯を飲ませてやる…!覚悟しておけよ、くくく、ハハハハッ!」
 岸田の執念を込めた笑い声が、血で染まった役場に響く。




【2日目・15:40】


【場所:鎌石村役場】

藤田浩之
 【所持品:ライター、新聞紙、支給品一式(×2)】
 【状態:死亡】

岸田洋一
 【装備:電動釘打ち機(5/12)、カッターナイフ、鋸、防弾アーマー、ウージー(残弾25/25)、デザートイーグル(.44マグナム版・残弾7/8)、特殊警棒】
 【所持品:支給品一式、ウージーの予備マガジン(弾丸25発入り)×1】
 【状態:切り傷は回復、マーダー(やる気満々)】

【その他:浩之の残った荷物は放置しておくようです】
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