(空腹に)負けるな国崎往人!




先程少年との激闘を演じた国崎往人はあれから休みを取る事無く、神岸あかりと共に山越えを続けていた。
往人としてはあの厄介な少年を野放しにしておくのは非常に都合が悪い。援軍が来てくれたお陰で何とか命は繋いでいるものの、来てくれていなかったら確実に、そうコーラを飲むとゲップが出るくらい確実に死んでいた。
あの少年にかかっては観鈴や晴子の命などいくつあっても足りやしないだろう。
今度こそ、絶対に仕留めねばならないと往人は思った。
「はぁ、はぁ…く、国崎さん、待って下さい〜」
呼ばれて、ようやく往人はあかりが息も絶え絶えに着いて来ていることに気付いた。
「は、速すぎますよ…っ、痛…」
背中を押さえるあかり。手当てはしたものの所詮は応急手当の上にあかりは女の子だ。ついて来れなくて当然だ。
だのに『放っておいてさっさと行ってしまおう』という結論に達しなかったのはあかりが女性だということに起因していた。いくら外見が怖くても国崎往人も紳士なのである。
旅は道連れ世は情けというからな。
聞こえないように往人は呟くと、「少し休憩にするぞ」とぶっきらぼうに言って適当な木に身を預けてそのままずりずりと地面に腰を下ろした。歩き詰めだったために何とも言えない疲労感が妙に心地よい。
「ありがとうございます…ふぅ、つかれた…」
往人の対面にあかりが座り、ぐったりと頭を垂れる。余程体力を消耗していたのだろう。
普通に考えてあかりくらいの年の女の子なら今頃は布団の中で夢を見ている最中だ。
野外で寝ていたところ、幾度となく夜中に何を勘違いしたか市民が国家権力にテレチョイスして追いたてられた事のある往人なら(主にすぐ逃げるため)どこでも寝たり起きたりできるがあかりはそうはいくまい。
「浩之ちゃん…雅史ちゃん…それに他のみんなも…無事なのかな? 会いたいな…」
顔を上げないままあかりが言う。その声はいつもにも増して弱々しい。溜まりに溜まった疲労が精神に影響を及ぼしているのだろうと往人は思った。
これまでの会話でも一度も聞いていないが、恐らく放送でも死んだ友人はいるだろう。往人のほうはまだどの知り合いも放送では呼ばれていないが――これだけ時間が経っているのだ、誰かが死んでいても…
そこまで考えて、やめよう、と往人は思った。こんなことに頭を使うのは性にあってないからだ。あかりに何か声をかけてやろうかとも思ったが、同様にそういうことも苦手だ。
「…メシは食ったのか」
なので、取り敢えず健康の心配をしてやることにした。
あかりは少し顔を上げて力なく首を横に振った。
「なら、メシにするぞ。少しでも食って体力を回復しろ」

そう言って、往人が元・月島拓也のデイパックからあるものを取り出す(実は食べ物類は神岸にあずけておいた。水はなくなったがな)。支給品のパンだ。本当はラーメンセットを食べたかったのだが生憎とお湯と器がない。
ちくしょう、まず補給すべきは○印の給湯ポットだな。
「二人分あるんだ。一応弁明しておくと、これはもらい物なんだからな。殺して奪い取ったわけじゃないぞ」
燃費の悪い往人にしてみればここでの食料の消費は痛いものがあったが何しろ自身も腹が減っていた。というか、今ようやく思い出した。
くそっ、思い出したら猛烈に腹が催促を始めたぞ。分かった分かった。今仕事を与えてやるから勘弁してくれ。
「…神岸の食料は?」
「一応あります。まだ全然食べてませんので」
「ならよし。いただきます」
「いただきます」
傷つき、ボロボロになった二人の遅すぎる食事。きっとお肌にはよろしくないに違いない。往人にはどうでもいい事だったが。
     *     *     *
腹には入れたものの、往人の腹はまだ催促を続けていた。
えーかげんにせーっちゅーねん、無駄に食料を浪費するのは避けたいんだよ、つーかパンは全部食っちまって後はレトルトのラーメンセットしかないんじゃい、我慢しやがれこんちくしょう。
「あの…国崎さん、大丈夫ですか? 目が虚ろになってますけど…私のパン、分けてあげましょうか?」
「マジか!?」
あかりの願ってもない提案に目をきゅぴーん! と光らせてあかりの肩を引っ掴む往人。
「は、はい…国崎さん、体力回復出来てなさそうだから」
うるさいよ、と言おうと思ったが国崎往人は空腹を満たせるならプライドをあっけなく捨てられる男なのである。
ビバ新たな食料。
差し出されたパンを満面の笑顔(と往人は思っている)で受け取ろうとしたが…
「――みなさん……聞こえているでしょうか。
これから第2回放送を始めます。辛いでしょうがどうか落ち着いてよく聞いてください。
それでは、今までに死んだ人の名前を発表…します」

山中に、悪夢の放送が木霊する。




【場所:E-06】
【時間:二日目午前6:00】

国崎往人
【所持品:フェイファー ツェリスカ(Pfeifer Zeliska)60口径6kgの大型拳銃 5/5 +予備弾薬10発、拓也の支給品(パンは全てなくなった、水もない)】
【状況:空腹、疲労はやや回復】
神岸あかり
【所持品:支給品一式(パン半分ほど消費)】
【状況:応急処置あり(背中が少々痛む)、疲労やや回復】
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