「……こ…これは…………?」 意識を取り戻した祐介の視界に映ったもの――それは、イングラムM10の黒い銃口だった。 「――――っ!?」 慌てて身を躱そうとするが、身動きが取れない。そこで初めて祐介は、自分が木に縛り付けられているのに気付いた。 「暴れるな。殺されたくなければ、質問に答えろ」 聞こえてきた声に顔を上げると、銃を構えた男が、飢えた獣のようなギラついた眼つきでこちらを見下ろしていた。 その横から、自分と同じ年頃の少女がオドオドとした様子で口を開く。夕暮れの陽に金色の髪が映える綺麗な子だった。 「あ、あの柳川さん……。いきなりそんな風に聞いても、相手の方も訳が分からないと思います。まずは自己紹介だけでもしておいた方が……」 「ああ……それもそうだな。俺は柳川祐也だ」 「私は倉田佐祐理です」 それから、青い髪に長いツインテールの少し勝気な印象を受ける女の子が、すっと祐介の前に躍り出た。 「――七瀬留美よ。あんたの名前は?」 隠す意味も無いので、祐介は素直に返答する事にした。 「長瀬祐介だよ。どうしてこんな事になっているか聞きたいんだけど……」 まずはその事を確認したかった。自分が覚えているのは赤い髪の女と戦っている所までだ。 それが何時の間にか木に縛られており、今自分を取り囲んでいる三人はまるで見覚えが無い者達だった。 「んーとね……」 七瀬留美と名乗った女の子が、頬に人差し指を当てながら語り始める。 彼女の説明によると、祐介は赤い髪の女――向坂環と戦っている最中に、後ろから環の弟に殴られて気絶した。 その後柳川祐也ら三人が現場に駆けつけて、危険人物と判断された祐介はこうして縛られてしまったという訳である。 「そっか……僕はまた空回りしてただけだったんだね……」 椋に救われた時と同じ――自分は愚かで無力な男に過ぎなかった。そもそも、有紀寧は相手を殺せ、とまでは命令していなかった。 足止めをするだけなら環の命を狙う必要は無い。環が自分達を追ってくる様子は無かったし、その事だけ確認してすぐに引き返すべきだったのだ。 にも関わらず殺し合いの緊張感から冷静さを失ってしまい、ゲームに乗っていない環の命を奪おうとしてしまう体たらく。 これではゲームに乗っているとされても、返す言葉が無い。ここで殺されても、文句は言えなかった。 「これで今貴様が置かれてる立場は分かっただろう。さて、楽しい質疑応答の時間だ」 柳川がその口調とは裏腹に、真顔のままに唇を動かす。そしてイングラムM10の先端が、祐介の額に押し付けられる。 「聞きたい事は一つだ。貴様が宮沢有紀寧について知っている事を全て教えろ」 「……どうして僕にそんな事を聞くんです?」 「貴様が現れた時の話は全て、向坂から聞いている。貴様は一緒にいた女の事を、有紀寧と呼んでいたそうじゃないか。 嘘や言い逃れは許さん……正直に話さなければ撃つ」 柳川が鬼のような迫力で睨みつけてくる。その言葉通り、逆らえばこの男は躊躇わず引き金を引くだろう。 「ここで貴様が黙秘を続けた所で、死体がこの島に一つ増えるだけだ。そうなる前に吐いた方が良いと思うが?」 黙して語らずば死――祐介の顔が恐怖に引き攣り、思わず呻いてしまいそうになる。 だが有紀寧についての情報を流した事が、本人にバレてしまった場合、初音は100%殺される。 「…………」 「――ふむ、だんまりか」 自分は自殺志願者などではないが、初音の代わりに生き延びるのだけは、断固拒否する。 初音を救う。それが自らに課した誓い、そして次々と大切な存在に先立たれた祐介に残った、生きる意味そのものだった。 口を硬く閉ざした祐介を見て、柳川はあっさりと銃を降ろし、言った。 「貴様、宮沢有紀寧に人質を取られているな?」 「――――!?」 あまりの驚愕に、祐介の表情がぎしっと強張る。自分の知る限りでは、その事は当事者しか知らぬ筈。それを何故? しかし事情が分からないのは他の者も同じようで、佐祐理が不思議そうに首を傾げていた。 「ふぇー……。どういう事ですか?」 「自分の命を犠牲にしてまで殺人者に従う……。その行動は、最早人質を取られているという形以外では説明出来ん。 つまり柏木耕一と同様――長瀬は、柏木初音を人質にされていると考えるのが妥当だ。違うか?」 そう言って、柳川は祐介の方へ視線を戻した。 ――正解だった。そして同時に祐介は、どうして有紀寧に人質を取られている事がバレているのか、その理由を悟った。 柳川達は、有紀寧に殺人を強要されたという柏木耕一と出会ったのだろう。 「宮沢有紀寧の謀略のせいで、多くの人間が命を落としてしまった。だから俺は宮沢有紀寧を殺して、これ以上の被害の増加を防ぐ」 「佐祐理達は、もうあの時みたいな悲劇を繰り返したくないんです。話してください……お願いします」 佐祐理が大きな目で見つめてくる。その瞳の奥底に宿った、哀しみの色。祐介は耕一について、人を殺す為に平瀬村に向かわされた、という所までしか知らない。 しかし佐祐理の表情を見ていれば、平瀬村で凄惨な殺し合いが起きてしまった、という事が推し量れた。 同じ有紀寧の被害者。同志としてこれ程信頼出来る相手はいないが――まだ、根本的な問題が残っている。 「でも……やっぱり、駄目です」 「――何故だ?」 「有紀寧は、作動した首輪の爆弾を解除出来る機械を隠している、と言っていました……。今僕が奴を裏切ったら、初音ちゃんは助からない……」 それが唯一にして、最大の問題だった。たとえ有紀寧を倒した所で、初音を救えなければ意味が無い。 だがそこで祐介に、声が掛けられる。凛とした、強い声だった。 「大丈夫、方法ならあるわ」 「――え?」 留美が鞄から紙を取り出していた。その紙には、何かがびっしりと書き込まれている。 「おい、七瀬!?まだどちらに転ぶか分からない奴にそれを見せるのは……」 「――柳川さんは黙ってて。長瀬さんはきっと悪い人間じゃない。見捨てるなんて、私には出来ないわ」 「……チッ、どうなっても知らんぞ」 留美が祐介に見せた紙は、向坂環との情報交換に使った時の物だった。 そこには首輪についての事柄――盗聴されている事や、首輪を外しうる技術者が教会にいるといった事が書いてあった。 首輪の爆弾が作動していようと、外してしまえば関係無いだろう。祐介の心に、希望の炎が灯ってゆく。 「ありがとう――それじゃ僕も知ってる事を、全部話すよ」 祐介はようやく大きく頷いて、それからゆっくりと自分の知り得る限りの全てを話し始めた。 「……ふむ、そういう事か。宮沢有紀寧は俺達が思っていた以上に、危険な女らしいな。特に隠し持っているという銃には、十分気をつけねばなるまい」 柳川は淡々と考察しながら、日本刀を鞘から引き抜いた。それを軽く振るって、祐介を拘束していたロープを切り落とす。 ようやく動けるようになった祐介は、すくっと立ち上がって近くに落ちてある荷物を拾い上げた。 「さて、これで貴様は自由の身だ。何処へなりとも行くがいい」 「行くがいいって……祐介さんと一緒には行かないの?」 留美が尋ねると、柳川は微かに馬鹿にしたような笑みを浮かべた。 「少しは頭を使え。長瀬と俺達が一緒に居る所を有紀寧に見られたら、あの女の事だ……迷わず柏木初音の首輪を爆発させるぞ」 「あ、そっか……」 「さあ、早く行け長瀬。貴様には貴様のやるべき事があるだろう。早く初音を救い出して、教会へ連れてゆけ」 そうだった。初音を救うには、あの狡猾な有紀寧から連れ出さなければならないのだ。 それも、柳川達より早く。柳川達と有紀寧が先に出会えば、初音は捨て駒として使われるのは明らかだった。 「あの、柳川さん」 「何だ?」 「もし僕より先に初音ちゃんを見つけたら――助けてあげてください」 「……可能ならな」 柳川としては、その返事が限度だった。柳川には、人質の命を優先するつもりは無かった。そんな事をすれば、有紀寧の思う壺だ。 祐介は大きくお辞儀をした後、まずは有紀寧達と別れた地点を目指して地を蹴った。 (瑠璃子さんも……沙織ちゃんも、瑞穂ちゃんも死んでしまった。でも初音ちゃんだけは……絶対に、僕が守る!) 自分はかつて、世界滅亡の妄想へと想いを馳せていた。ただ現実から目を背けているだけの、弱い人間だった。 けれど瑠璃子に、本当の強さを教えてもらった。その瑠璃子はもういないけれど、守るべき人間はまだ残っている。 だから祐介は走った。何処かに敵が潜んでいるかも知れないけれど、そんな事は意に介さずに疾走し続けた。 * * * 診療所を襲った篠塚弥生と藤井冬弥は、一旦見つかり辛い場所まで移動して、そこに車を隠してきた。 それから少し休憩を取った後、二人は目立たぬよう徒歩で活動を開始した。 「ようやく銃が手に入りましたね。由綺さんの仇の情報も聞けましたし、上手く行き過ぎて怖いくらいです」 「ええ……」 生返事をする冬弥とは反対に、弥生は珍しく上機嫌だった。正直、あそこまで作戦通りに事が進むとは思っていなかった。 銃もある、車もある。由綺の復讐を果たし、優勝するという目標は、十分に手の届く物になったと言える。 まずは三つの村を調べ回って、参加者を――特に、由綺を殺したという柳川祐也を探し出して、殺害する。 復讐を果たし、十分な量の武器を手に入れた後は、村を避けて何処か安全な場所で車に乗ったまま息を潜める。 隠れている所を発見されたとしても、車に追いつける人間などいる筈も無いのだから心配は不要だ。 そしてゲームが終局に近づいた頃には、他の参加者達の体力も銃弾も殆ど尽きているだろう。 そこを、力を温存してきた自分達が襲撃するという算段だ。特別な力を持たぬ弥生達でも、実行可能なプランである。 (けれど……最初から最後まで漁夫の利を得るだけという風には、いかないでしょうね) 弥生は慢心しかけていた自分を叱り付け、再び気を引き締めた。これからまだ何度かは、命のやり取りをしなければならないのだ。 取らぬ狸の皮算用、という諺もある。優勝を決めたその瞬間まで、油断など許されない。 弥生が着々と優勝への構想を練っている横で、冬弥は別の事に考えを巡らせていた。 (はは……何でだろうな?由綺の仇が誰か分かったのに……全然嬉しく、無い……) 冬弥の心には、目標へ一歩近付いたという喜びではなく、また人を殺してしまったという後悔の方が多く湧き上がっていた。 那須宗一は決して悪い人間では無かっただろう。警戒する様子を見せてはいたものの、腰を据えて自分達と話し合ってくれたのだ。 そんな彼を、ただ目的の為だけに、卑怯なやり口で殺害してしまったのだ。後味が良い筈が、無かった。 ――止めろよ、馬鹿げたこと考えるの それは、折原浩平に言われた台詞。口惜しいが、今となっては彼の言葉に頷きざるを得ない。 頭に浮かぶのは、留美のはにかんだ可愛い笑顔。そして別れ際に見せた、あの悲しい泣き顔。 その顔を思い出すたびに、冬弥は胸が張り裂けるような感覚を覚えた。 かと言って、今更道を変えようとも変えれるとも思わない。人を殺したという事実は、決して消える事が無いのだから。 ただ、一時の感情と、周りの動きに流されていくだけの自分が、酷く矮小な存在に思えた。 「……い…さん。藤井さん」 そこで、弥生に呼び掛けられて、ボーっとしていた意識を現実へと戻した。 「あ、ああ……すいません。どうしたんです?」 「――あちらをご覧下さい」 弥生が指差す方向、まだかなり離れた所にある道を三つの人影が進んでいた。 距離があって良く分からないが、そのうちの一人、一際大きな人物が纏っている服装は、リサの説明と酷似していた。 だが冬弥の目はもう一つの人影の方へと、釘付けになっていた。あの制服はまさか―― (ま、まさか――七瀬さんっ!?) 冬弥は呆然として、視界の先を歩く少女を見つめる。図らずして体が硬直してしまう。 しかしそこで、冬弥の腕が、今向いている場所とは逆の方向へと強く引っ張られた。 「やっ、弥生さん!?」 「相手は三人、正面から銃撃戦を挑むのは得策ではありません。”アレ”を使いましょう」 「え、えっ――!?」 ”アレ”とは何か、冬弥には分からなかった。どうするつもりか問う暇も無く、弥生は冬弥の手を握ったまま走り出した。 * * * 「――くそ、奴は何処にいるんだ……」 柳川が僅かに苛立った様子で、しかしあくまで冷静さを保ちながら呟く。 長瀬祐介から聞いた話では、有紀寧と最後に別れたのは氷川村の右上部だったと言う。 その情報を頼りに村を歩き回っていたのだが、それらしき人影は見当たらない。 「もしかして、もう別の場所に移動してしまったのでは……。別の場所を探しませんか?」 佐祐理がそう言って、地図を取り出そうとした。だがその佐祐理の手を、突然柳川が掴み取る。 「柳川さん?」 「――静かにしろ。何か、近付いてくる」 「……?」 三人が口を閉ざすと、奇妙な静寂が周囲を包み込んだが、その静寂を遠くから響いてきた騒音が引き裂いた。 耳を澄まして集中力を傾けると、その音の正体が分かった。これは―― 「車のエンジン音?」 留美が呟くのと殆ど同時に、向こうの方から車が走ってくるのが見えた。それは、真っ直ぐこっちに向かって走ってくる。 「チィ――!」 柳川は舌打ちして、左右を見渡した。ここは開けた平地、周りにあるのは背の低い茂み程度だった。 車の突撃を防げるような遮蔽物――木や、民家のような物はすぐ近くには無い。 そうしている間にも、車は全速力で柳川達の方向へ突っ込んでくる。しかし柳川はその場から動かずに、イングラムM10を構えた。 防ぐ事が出来ないのなら、破壊するまで――! イングラムM10が火を噴き、弾丸が連続して吐き出される。銃弾のうちの何発かは車の窓ガラスに当たった。 だが車の窓ガラスにはヒビ一つさえ入る事は無く、その走る勢いに翳りも見られない。 「――な……!」 柳川の顔が戦慄に強張った。車はもう、目前まで迫っている。柳川は、横に跳ぼうとしている留美を手伝うように、その背中を押した。 続いて佐祐理を抱きかかえて、自身も反対方向へと跳躍する。本当に、ギリギリのタイミングだった。 車は佐祐理の後ろ髪を掠めるくらいの近距離を通過して、そのまま走ってゆく。柳川は背中に巨大な風圧を感じた。 佐祐理を傷付けぬよう、自身を下にして肩口から地面へ滑り込む。左肩の傷が痛んだが、今はそれどこではない。 柳川がすぐさま立ち上がると、車は前方で大きくUターンして、またこちらの方へ直進してきた。 一瞬柳川は焦燥感に襲われそうになったが、すぐにその口元を歪めて――笑った。 「面白い……鬼と機械の対決といこうか」 【時間:2日目17:00頃】 【場所:I−6】 長瀬祐介 【所持品1:100円ライター、折りたたみ傘、金属バット・ベネリM3(0/7)・支給品一式×2、包丁】 【所持品2:懐中電灯、ロウソク×4、イボつき軍手】 【状態:後頭部にダメージ、疲労、ロープ(少し太め)で木に括り付けられている。有紀寧への激しい憎悪、全身に軽い痛み】 【目的:初音の救出、その後は教会へ】 【時間:2日目18:00前】 【場所:I−7平地】 柳川祐也 【所持品:イングラムM10(12/30)、イングラムの予備マガジン30発×8、日本刀、支給品一式(片方の食料と水残り2/3)×2、青い矢(麻酔薬)】 【状態:左肩と脇腹の治療は完了したが治りきってはいない、肩から胸にかけて浅い切り傷(治療済み)】 【目的:車を何とかする】 倉田佐祐理 【所持品1:舞と自分の支給品一式(片方の食料と水残り2/3)、救急箱、吹き矢セット(青×3:麻酔薬、赤×3:効能不明、黄×3:効能不明)】 【所持品2:二連式デリンジャー(残弾0発)、投げナイフ(残り2本)、レジャーシート】 【所持品3:拾った支給品一式】 【状態:健康】 【目的:車を何とかする】 七瀬留美 【所持品1:S&W M1076 残弾数(7/7)予備マガジン(7発入り×3)、日本刀、あかりのヘアバンド、青い矢(麻酔薬)】 【所持品2:スタングレネード×1、何かの充電機、ノートパソコン、支給品一式(3人分、そのうち一つの食料と水残り2/3)】 【状態:健康】 【目的:車を何とかする。目的は冬弥を止めること。千鶴と出会えたら可能ならば説得する、人を殺す気、ゲームに乗る気は皆無】 篠塚弥生 【所持品:包丁、FN Five-SeveN(残弾数12/20)、ベアークロー】 【状態:車に乗っている、マーダー・脇腹に怪我(治療済み)目的は由綺の復讐及び優勝】 藤井冬弥 【所持品:暗殺用十徳ナイフ・消防斧・FN P90(残弾数0/50)】 【状態:車に乗っている、迷い、マーダー・右腕・右肩負傷(簡単な応急処置)目的は由綺の復讐】 【備考】 ・支給品一式×2は祐介が括り付けられていた木の近くに放置 ・柳川達が戦っている場所の近くには、茂み以外の遮蔽物は無い 【備考2】 ・聖のデイバック(支給品一式・治療用の道具一式(残り半分くらい) ・ことみのデイバック(支給品一式・ことみのメモ付き地図・青酸カリ入り青いマニキュア) ・冬弥のデイバック(支給品一式、食料半分、水を全て消費) ・弥生のデイバック(支給品一式・救急箱・水と食料全て消費) 上記のものは車の後部座席に、車の燃料は残量60%程度 - BACK