譲れない想い




激しく殴り合う岡崎朋也と、高槻・折原浩平。だがポテトの投擲攻撃を機に、とうとう彼らの拮抗は崩れた。
「うがっ……!」
ポテトを投げつけられて動きの鈍った浩平の顎を、朋也の鋭い裏拳が正確に打ち抜く。
浩平の体が、勢い良く地面に叩きつけられる。浩平は何とか起き上がろうとしたが――腕が、足が、命令を拒否する。
「ぐ……う……」
浩平は脳を大きく揺さぶられて、いわゆる脳震盪の状態に陥ってしまっていた。
動ける筈が無い。寧ろこの状態で意識を保っていられる事が既に、驚くべき事だった。
残るは白衣に包まれた左肩を真っ赤に染めた高槻と、腹部に軽い痛みはあるもののほぼ無傷の朋也のみ。
一対一、そして満身創痍の人間と五体満足の人間の勝負――もう、これ以上続けるまでも無かった。
高槻に向けて、刺々しい睨みを効かせてくる朋也。あの長身に加えて、この猛獣のような眼力。
高槻には朋也の姿が、悠然とそびえ立つ不気味な塔のように見えた。
「もういいだろ……俺の勝ちだ。諦めて彰を――その殺人鬼を庇うのを止めろ。
出来ればゲームに乗ってない奴を、悪人じゃねえ奴を殺したくはねえ」
朋也は可能な限り、怒気を抑えて言った。本当なら今すぐにでも障害を排除して、彰を八つ裂きにしたい。
しかしそれでは、この島を闊歩する殺人鬼達と同じでは無いか。
朋也の中に残った一欠片の最後の理性が、ぎりぎりの所で彼を押し留めていた。

昔の高槻ならば、ここで素直に引いただろう。いや、そもそも最初から彰を庇いさえしなかっただろう。
自分以外の人間。それも、仲間ですら無い人間を庇う。その行為にどれだけの意味がある?
良いじゃねえか、見捨てちまえば――頭の中で、そんな囁きが聞こえてくる。
だがそれでも。高槻は静かに、朋也の目を眺め見たまま語り始めた。
「――なあ、てめえ。勘違いしてるようだから言っとくが」
「何だよ」
「俺様はどうしようもねえ悪党だ。この島に来る前までは色々と悪いことをやったさ……」
突然の告白に、その意図を計りかねる朋也。
「それがどうしたってんだ?自分は悪人だから殺してくれとでも言いたいのか?」
高槻はそんな朋也の言葉を無視して、淡々と喋り続けた。
「だが俺様はこの島で、馬鹿なクソガキ――沢渡真琴って奴に出会ったんだ」
その名前が出た瞬間、浩平も、郁乃も七海も息を飲んだ。
真琴は、彼女はもう――
「あいつは口は悪かったけど……こんな俺様に懐いてくれた……こんな俺様を頼ってくれた……」
高槻はそこまで言うと、目線を落として、拳を潰れそうな程握り締めた。左肩の傷口から流れ落ちる血の勢いが増す。
「なのに俺様はあいつを……守れなかった……。守れなかったんだよ、畜生……!」
「な……なん……だと……」
高槻の言葉に、朋也の頭の中が真っ白となる。
(こいつは――俺と一緒じゃないか。守りたい奴がいて、精一杯守ろうとして、それでも守りきれなかった。俺と何も変らないじゃないか……)
動揺する朋也をよそに、高槻は一層語気を強める。
「今も俺様の仲間は馬鹿なガキばっかりだ。けどよ……こいつらは俺様を頼ってくれているんだ。
こんな俺様を必要としてくれるんだ……。折原も、勿論郁乃も七海も俺様の大事な仲間だ」
そして最後に高槻は、この島に来てから一番強い――否、人生の中で一番強い想いを籠めて、言った。
「だから今度こそ俺様はこいつらを守ってみせる。こいつらの笑顔も守ってみせる。彰ってガキが浩平のダチだってんなら、そいつも守る。
そうだ、俺様は絶対に引かねえ……引く訳にはいかねえんだ!」
朋也はもう、答えられなかった。自分と同じ経験を経て――違う道を選んだ強き者を前に、何も答えられなかった。



あの無愛想な男の、高槻の、信じられないような内容の独白――
そこで郁乃はちらっと横を見た。彰は先ほどから何やら、銃の照準を合わせる方法を模索しているようだ。
玩具とは訳が違う。もしまかり間違って仲間を撃ってしまっては取り返しがつかない。まだもう暫くは時間がかかるだろう。
郁乃は視線を正面に戻して、高槻の背中を見つめた。
「…………ねえ、高槻」
「何だ?」
背を向けたまま答える高槻。無茶だとは分かっているが、それでも郁乃は、自分の願いを口にした。
「お願い……勝って!」
高槻は答えない。だがその背中が少し笑って見せたような気がして――直後、高槻は駆け出した。



「くっ――」
一発、二発、三発、四発。連続で繰り出される高槻の拳を、朋也はかろうじて受け止めていた。
――早い。怪我をしている筈なのに、左肩が痛む筈なのに。高槻は怯む事無く、嵐のように攻撃を繰り出してくる。
――重い。死んだ仲間の為だけでなく、生きている仲間の為にも振るわれる拳は、何よりも重い。
「けど俺だって……負ける訳にはいかねえんだよっ!!」
朋也が吼える。自分とて、風子と由真の命を背負っている。引けないのは同じだ。
彼女達の敵を取るまでは、彰を葬り去るまで、たとえ五体が引き千切れようとも戦い続けてみせる。
「うらあ!」
高槻の強烈な左フックが朋也の頬を捉える。朋也の口と、高槻の左肩から血が流れ出る。
「く……あああ!」
朋也が高速で左足を横薙ぎに振るう。腹を蹴られた高槻が低い呻き声を上げる。
「このっ……ナメんな!」
高槻は朋也の髪を掴んで、その顔に頭突きを放った。朋也の鼻から、血が噴き出す。
「ぐあっ……でも、まだだ!」
朋也は前蹴りを放って、高槻を後ろに押し退ける。
「いい加減倒れやがれっ!」
高槻が大きく右腕を振り上げて、渾身の一撃を振り下ろす。
「てめえがな!」
朋也は大きく腰を捻り、勢いをつけて右の拳を斜めに振り上げる。
どちらも防御など考えてはいない。ひたすら攻めて、自分の気持ちを叩き付けて、敵を打ち倒すのみ。
「ぐはっ……」
「げぼっ……」
クロスカウンターの形でお互いの拳が交差し、互いの体を酷く痛めつける。
骨の芯にまで届く、大きな衝撃。神経が断裂するかと思うほどの、凄まじい激痛。
それでも二人は、ガクガクと震える膝を叱り付け、咆哮をあげてまた殴り合う。
その度にまた二人の体に傷が増え、地面に赤い鮮血が飛び散る。それが自分の血か、相手の血か、判別する事はもう出来ない。
命を、魂を、削り合うような、男の意地を掛けた殴り合い。それは永遠に続くようにさえ、思われた。



しかし、死闘の終わりは唐突に訪れる。
「――やめやがれぇぇぇぇぇぇっ!!」
場の空気を吹き飛ばす、巨大な叫びが響き渡る。高槻と朋也は、ピタッと動きを止めて、ゆっくりと横へ振り向いた。
そこには真実を知る三人――古河秋生、古河渚、そして、みちるが立っていた。




【時間:二日目・14:30】
【場所:C−3】
古河秋生
【所持品:トカレフ(TT30)銃弾数(6/8)・S&W M29(残弾数0/6)・支給品一式(食料3人分)】
【状態:現在の目標は戦いを止める事。中程度の疲労、左肩裂傷・左脇腹等、数箇所軽症(全て手当て済み)。渚を守る、ゲームに乗っていない参加者との合流。聖の捜索】
古河渚
【所持品:無し】
【状態:自力で立っている、目標は朋也の救出、右太腿貫通(手当て済み、痛みを伴うが歩ける程度には回復)】
みちる
【所持品:セイカクハンテンダケ×2、他支給品一式】
【状態:目標は朋也の救出と美凪の捜索】

岡崎朋也
 【所持品:S&W M60(0/5)、包丁、鍬、クラッカー残り一個、双眼鏡、三角帽子、他支給品一式】
 【状態:マーダーへの激しい憎悪、疲労大、全身に痛み。第一目標は彰の殺害、第二目標は鎌石村役場に向かう事。最終目標は主催者の殺害】
湯浅皐月
 【所持品1:セイカクハンテンダケ(×1個+4分の3個)、.357マグナム弾×15、自分と花梨の支給品一式】
 【所持品2:宝石(光3個)、海岸で拾ったピンクの貝殻(綺麗)、手帳、ピッキング用の針金】
 【状態:気絶、首に打撲、左肩、左足、右わき腹負傷、右腕にかすり傷(全て応急処置済み)】

七瀬彰
 【所持品:S&W 500マグナム(5/5 予備弾7発)、薙刀、殺虫剤、風子の支給品一式】
 【状態:腹部に浅い切り傷、右腕致命傷(ほぼ動かない、止血処置済み)、疲労、ステルスマーダー】
ぴろ
 【状態:皐月の傍で待機】
折原浩平
 【所持品1:34徳ナイフ、だんご大家族(残り100人)、日本酒(残り3分の2)】
 【所持品2:要塞開錠用IDカード、武器庫用鍵、要塞見取り図、ほか支給品一式】
 【状態:脳震盪(回復にはもう少し時間が必要)、頭部と手に軽いダメージ、全身打撲、打ち身など多数。両手に怪我(治療済み)】
ハードボイルド高槻
 【所持品:分厚い小説、コルトガバメントの予備弾(6)、スコップ、ほか食料・水以外の支給品一式】
 【状況:全身に痛み、疲労極大、出血大量、左肩を撃ち抜かれている(左腕を動かすと激痛を伴う)、最終目標は岸田と主催者を直々にブッ潰すこと】

小牧郁乃
 【所持品:写真集×2、車椅子、ほか支給品一式】
 【状態:待機中、車椅子に乗っている】
立田七海
 【所持品:フラッシュメモリ、ほか支給品一式】
 【状態:待機中】
ポテト
 【状態:気絶、光一個】

【備考】
以下の物は高槻達が戦っているすぐ傍の地面に放置
・コルトガバメント(装弾数:6/7)、H&K PSG−1(残り2発。6倍スコープ付き)
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