最悪の出会い(前編)




宮沢有紀寧は柏木初音を連れて戦場から逃亡した後、近くの民家で息を潜めていた。
時折聞こえてくる爆発音、銃声。
氷川村はどうやら想像以上の危険地帯となっているようである。
そのような状況で出歩くのは下策に過ぎる。
少し時間を置いて、血気盛んな者達の戦いが終わった頃に動くのが最善と考えたのだ。

何も正面から強敵と事を交える必要は無いし、そもそも自分は積極的に人を狩ってまわるべきではないのだ。
確かにどんな人間であろうとも、銃弾をまともに受ければ問答無用で死ぬ。
そういった意味ではこのゲームは先手必勝であり、先に襲撃を仕掛ける側が有利だ。
しかし有紀寧の戦闘能力は高くないし、初音など盾になるかどうかすら怪しい。
もっと強力な傀儡を手に入れない限り、直接戦闘は避けるべきだろう。


―――民家に入ってからもうだいぶ経つというのに、初音はまだ表情を曇らせたまま窓に張り付いて外を眺めていた。
包丁一本で死地に飛び込まされた祐介の事を心配しているのだろう。
有紀寧はそんな初音の姿を見て、呆れ果てていた。
(愚かな人ですね……。今この時も私が作動させた首輪の爆破時刻は刻一刻と迫ってきている。
あなたの命の蝋燭はどんどん短くなっているんですよ?)

有紀寧は乾いた笑みを浮かべた後、机の上でノートパソコンを起動した。
自分が創り上げたピエロ――柏木耕一の戦果を確認する為にだ。
だが開かれたロワちゃんねるの内容を前にして、有紀寧の目が大きく見開かれる。
「これは……まずい事になりましたね……」
有紀寧は、周りに聞こえないよう小さな声で呟いた。
ロワちゃんねるの死亡者スレッド。
第2回放送後も大量の死者が出ていたのは、有紀寧にとって喜ばしい事だった。
掲示板で岡崎朋也の名前を騙って扇動を行ったり、耕一を平瀬村に差し向けた甲斐があったというものである。
しかし問題は、死者リストの中に柏木一族の名前が三つも追加されていた―――即ち、初音以外の柏木家の人間が死に絶えたという事だ。
これではもう初音を人質として、強力な護衛を得る事は出来ない。
それ以前に耕一の死を知れば、失う物の無くなった初音は間違いなく謀反を企てるだろう。
もう初音も、そして祐介も隷属させるのは不可能だ。


だから有紀寧はあっさりと、拍子抜けするくらい簡単に言った。
「―――初音さん」
「……何?」
初音が首をこちらに向けて、怪訝な眼差しを送ってくる。
しかし有紀寧は刺すようなその視線を受け流して、にっこりと優しい笑顔を作ってみせた。
「流石に私も祐介さんの事が心配になってきました。ですから、祐介さんを探しに行ってくれませんか?」
「良いのっ!?」
「ええ、こうしている間にも祐介さんの身に危険が迫っているかもしれませんから」
「うん、分かったよ。―――有紀寧お姉ちゃん、ありがとっ!」
初音は花の咲いたような笑顔でそう言うと、一目散に家を飛び出していった。

それなりに判断力がある人間なら、有紀寧の態度の急変に不信を持つだろう。
パソコンを操作しての情報収集。そしてその直後に突然の解放―――推理に必要な情報は揃っている。
もし立場が逆ならば、自分ならば、相手の急変の理由すらも見抜いてみせよう。
しかし初音は疑う様子一つ見せずに有紀寧の言葉をそのままに受け取り、あろうことか礼までも述べたのだ。
救いようの無い馬鹿だな、と有紀寧は思った。

とにかくこれ以上ここには留まってはいられない。
放送を聞けば、初音と祐介は自分を執拗に狙って来るだろう。
それにあのマシンガンの女のように、強力な者達ともいずれは雌雄を決する時が来る。
一刻も早く、新たなる、それも出来るだけ強力な眷属を手に入れなければならない。
有紀寧は手早く荷物を纏め、民家の扉を開けた。
外の様子を見渡して―――そして有紀寧は過去最大級の愉悦を覚えた。
それはもう、今すぐ飛び跳ねてはしゃぎ回りたいくらいの喜びだ。

民家から少し離れた街道の向こうを、とある参加者達が歩いていた。
遠目でも分かる大きなライフルを持った金髪の成人女性、そしてその女性に守られるように後ろを歩いている小柄な少女だった。
何も出来ないような非力な少女と、保護者のように振舞っている人間。
それはあたかも、長瀬祐介と柏木初音の姿を再現しているようであった。
だが祐介達とは決定的に違う点がある。

金髪の女性―――ファイルによると、リサ・ヴィクセンという名前らしい女の立ち振る舞いは、ズバ抜けていた。
隙の全く感じられぬ足取り、周囲に放つ凍て付くような威圧感。
後少しでも距離が近かったら、有紀寧の存在は瞬く間に察知されていただろう。
明らかに素人では無い……それどころか、彼女に敵う人間などこの島に存在しないのでは?
一目でそう思わせるだけの迫力が、リサ・ヴィクセンにはあった。

待ち侘びた絶好の機会に、有紀寧は笑った。
目を細めて、唇の端を吊り上げて、悪魔の如き歪な笑みを浮かべた。
「さて、この最高級の食材……どう料理しましょうかね?」




【時間:2日目・17:30】
【場所:I-7】

宮沢有紀寧
【所持品@:コルトバイソン(4/6)、参加者の写真つきデータファイル(内容は名前と顔写真のみ)、スイッチ(2/6)】
【所持品A:ノートパソコン、包丁、ゴルフクラブ、支給品一式】
【状態:前腕軽傷(治療済み)】


リサ=ヴィクセン
【所持品:鉄芯入りウッドトンファー、支給品一式×2、M4カービン(残弾30、予備マガジン×4)、携帯電話(GPS付き)、ツールセット】
【状態:体は健康】
美坂栞
【所持品:無し】
【状態:体は健康】

柏木初音
【所持品:鋸、支給品一式】
【状態:祐介の捜索、首輪爆破まであと15:15(本人は39:15後だと思っている)】
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