「ふう。ここまでは何とか無事にこれたけど……」 「貴明さん、本当に大丈夫なんですか?」 「そうよ。ただでさえそんなズタボロな体なのに……」 梓、皐月と別れた貴明たち一行は神塚山を経由して氷川村へと急いでいた。 しかし、貴明が藤井冬弥、少年との戦いで受けた傷のダメージは、ささらたちが負った怪我とは違い、未だ癒えたわけではない。 それが災いし、3人の足取りは決してスムーズというわけにはいかなかった。 「先輩たちの気持ちは嬉しいですけど、さすがに今は弱音なんて吐いていられませんよ。 まーりゃん先輩が他の罪もない人たちを殺すのを止めるためにも、俺たちは一刻も早く人が集まりそうな場所へ行ってあの人を見つけなきゃ……」 「ですが……」 「貴明、確かにあなたも男とはいえ――――ん? ねえ2人とも……」 「なんだ?」 「はい?」 ふと貴明に意見しようとしたマナが何かに気が付いたように足を止め貴明とささらを呼び止めた。 「――何か聞こえない?」 「えっ?」 マナがそう言ったので、貴明とささらも耳を済ませてみる。 すると―――― 『―――ぴー!』 『ちょ――まちな――タン!!』 『杏さ――待ってくだ――』 何かの動物の鳴き声と2人の女の子の声が微かに聞こえてきた。 そしてそのうちの1つはささらには馴染みある人物の声であった。 「この声は――ゆめみさん?」 「ゆめみ?」 「それって、ささらや真琴たちと一緒に行動していたって言うあのコンパニオンロボットの?」 「はい。あ……」 その時、ゆめみのことをもう少し詳しく2人に説明しようとしたささらの目の前を1匹のウリ坊が駆けていった。 もちろん貴明とマナもすぐさまそれに気づいた。 「……猪の子供?」 「うん。そう……よね?」 「なんでこんな所に……ん?」 この島には獣の類である野生動物も結構いるのだろうか、などと貴明が思っていると、ウリ坊が走ってきた方から今度は2人の少女が息苦しそうに走ってくることに気が付いた。 ――1人はストレートに伸ばした髪にリボンをした学生服の少女。もう1人はツインテールで見慣れない服をした少女であった。 そして後者の子は貴明がささらから聞いたほしのゆめみというロボットの特徴とぴったりと一致していた。 「そうか、あの子が……」 「ゆめみさん!」 貴明が言い終わるよりも早く、2人の少女の存在に気づいたささらが彼女たちに向かって叫んだ。 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ 「ちょっと、本当にどうしたのよボタンは!?」 目の前を黙々と突っ走るボタンを追いながら杏はゆめみに尋ねる。 「わ……わたしに聞かれましても〜〜〜…………」 話は少し前に戻る。 休憩を終えた後、荷物が重いからという理由で杏はデイパックからボタンを出していた。 その後、一向は高槻が言っていた暗くて長いトンネルを迂回しようと南へしばらく歩いていた。 その途中、ボタンが何かを感じとったのか、それとも見つけたのか知らないが、いきなり猪突猛進とばかりに神塚山の方へ走り出したのである。 それは本当に突然の出来事であった。 「杏さん。ボタンさんのこういう行動は今までもあったんですか?」 「う〜ん……たま〜にあったような、なかったような…………。それにしても……この山……結構きついわね……」 「だ…大丈夫ですか?」 「ま、まだまだ大丈夫よ……ん?」 杏がゆめみに苦笑いを浮かべながら言い返すと同時に、すっと前方に3人の人影が姿を見せた。 「あれ? 人がいる……?」 「え? あ……! あの人は…………」 前を向いたゆめみが前方の人影のうち、1人の正体に気づいたのと同時に―― 「ゆめみさん!」 ゆめみが会いたかった人の1人の声が杏とゆめみの耳に聞こえた。 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ 「――――ということは、杏さんもこのゲームには乗っていないんですね?」 「あったりまえでしょ」 やや風が強くなってきた山を歩きながら、貴明たち5人はボタンを探していた。これまでそれぞれの身に起きたことを一通り説明し、情報を交換しながら―――― 「そうですか……あの後またあの男の人が……」 「はい。そして沢渡さんは……」 「――もしかして、その岸田って男も私たちが倒した少年と同じ主催者側の人間……」 「いえ……それはないと思います。あとから気づいたのですが、あの人は首輪を付けていなかったので……」 「興味半分、面白半分で殺し合いに乱入したってこと?」 「おそらく…………」 「――許せないな……そいつ…………」 貴明は誰にも聞こえないようにボソリとそう呟いた。 (――殺し合いを楽しんでいるっていうのか? ――ふざけるな! 人は……人の命は遊びの道具じゃない! これならまだ少年の方が遥かにマシだ!! ――ただ己の自己満足を満たすためだけに罪もない弱者を踏みにじるこの殺人ゲームの主催者……そして岸田洋一……俺は…いや、俺たちはお前たちだけは絶対に許さない!!) 貴明の中で主催者に対する怒りの炎が燃え上がった。 「それと、これは鎌石村に行く途中だったんだけど………あっ。いたいた……ボタン!」 「ぷぴっ!」 しばらく歩いていると、貴明たちは無事にボタンを見つけ出した。 「もう、急にどうしたのよ? 私心配して……っ!?」 ボタンに駆け寄ろうとした杏だったが、突然その足を止めた。 「? どうしたの杏さ……うっ!?」 不思議に思い、マナたちも杏に近づく。すると、マナたちの目にも『ソレ』が映った。 ――矢が刺さったデイパックと黒いコート。そして……銃で撃ち殺された1人の男の死体―――― 「――ボタン……これの匂いを嗅ぎつけたのね?」 「ぷぴっ……」 ボタンをそっと抱き上げる杏をよそに貴明たちは男の亡骸と、彼の物であろうコートとデイパックに目を向けた。 「この矢は……もしかして…………」 「ああ、間違いない……まーりゃん先輩の持ってたボウガンの矢だ……」 「そんな……」 「それにこの人、銃か何かで背中から胸を撃ち抜かれて殺されている……。ということは今のまーりゃん先輩は銃も持っているってことだ……」 貴明のその言葉を聞いたささらたちに重い空気が流れた。 ――自分たちは遅すぎたのか? もうあの人を止めることは出来ないのか、と…… 「出来ることなら、別の誰かが先輩からボウガンを奪い取ってこの男を殺したと思いたい……」 そう言うと貴明は男の亡骸を仰向けに寝かせ、両手を胸の当たりで組ませた。簡単な弔いである。 「貴明さん……」 「――行こうか」 そう呟くと貴明は男の者であろう黒いコートを手にゆっくりと山を下りていった。 そんな彼の背中はささらたちには寂しそうにも見え、そして、恐ろしく見えた。 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ 貴明たちが神塚山を下りた頃には既に夕陽が西の空に沈みかかっていた。 そのため、貴明たちはやむなく近くの鷹野神社に立ち寄り、翌日の朝まではそこを拠点として急速を取ることにした。 本当は貴明はすぐに氷川村にも行きたかったのだが、ささらとマナがそんな彼に対して「さすがに今日はもう無理をしないほうがいい」と言い出し、杏やゆめみにまで「休んだほうがいい」と言われてしまったためついに折れてしまったのである。 「――わかったよ……その代わり、少し周辺を見回りしてきていいかな? それが終わったら休むから……」 そう言って貴明はささらたちにステアーと鉄扇以外の物を預けると、周辺の見回りをすることにした。 ――――ふと感じる。 俺の中から『何か』が少しずつ削り取られ、代わりに『何か』がゆっくりと侵食していくのが。 それが何なのか俺には判る。 ――削り取られているのは『掛け替えのない日常』。侵食していくのは『怒り』や『憎悪』といったどす黒い感情だ。 そしてその黒い感情は主催者や岸田という男のような人間に対するものであると同時に、まーりゃん先輩のようなゲームに乗り人を殺す人たちに対するものだ。 失ってからはじめて判る、掛け替えのない大切なもの――それを失った俺の怒り矛先はどこにいくのだろう? ――――決まっている。主催者、そしてゲームに乗った奴らにだ。 もしかしたら、まーりゃん先輩も俺の手で………… (――こればかりは久寿川先輩たちに言えないよな……) 神社に戻ろうとした貴明であったが、その時、茂みの中に日の光を反射して何か光るものを見つけた。 「これは……銃? ――って、重っ!? リボルバーみたいだけど、皐月さんのリボルバーよりも遥かにデカいし重いっ!」 貴明は茂みの中に見つけたソレ――フェイファー ツェリザカを手に取ると、その重さと大きさに一瞬度肝を抜かれた。 「弾丸は……弾切れみたいだな…………誰かが放棄したのか? まあ無理もないか……こんなに重――――」 重いんだから荷物になっちゃうよな――そう言おうとした貴明であったが、その言葉が彼の口から出ることはなかった。 ――なぜなら、貴明は見つけてしまったから…… 「イルファ……さん……………?」 そう。かつてイルファと呼ばれていたメイドロボの成れの果てを………… 【時間:2日目・17:15】 河野貴明 【場所:鷹野神社周辺】 【装備品:ステアーAUG(30/30)、予備マガジン(30発入り)×2、仕込み鉄扇、良祐の黒コート】 【所持品:フェイファー ツェリザカ(0/5)】 【状態:左脇腹、左肩、右腕、右肩を負傷・左腕刺し傷・右足、右腕に掠り傷(全て応急処置および治療済み)、半マーダーキラー化】 【思考】 1)イルファさん…… 2)俺は……下手をしたらまーりゃん先輩も殺すかもしれない…… 3)主催者を……殺す! 【備考】 ※情報交換により岸田洋一を危険人物、抹殺対象と認識しました ※聖、ことみの死については杏が未だ話していないので知りません ※他のキャラの状況、所持品は後編にて - BACK