夜明け前より闇色な




距離が近かったせいか、運がいいかどうかは知らないが、まあとにかく一ノ瀬ことみ&霧島聖の頭脳派コンビは目的地の学校まで辿りつくことが出来た。
まだ時刻が夜明け前だからだろうか、鎌石村小中学校は闇に照らされて不気味にそびえ立っている。それはあたかも、怪物がまさに獲物を呑み込もうと大口を開けているようにも見える。
一ノ瀬ことみはその一種独特な雰囲気に飲まれそうになるが、頭の中で般若心経を一回唱えることで解決した。
心頭滅却すれば火もまた凉し。ぶいっ。
「――で、ここに来た理由を説明してもらおうか、何故かは知らんがVサインをしていることみ君」
どうやら行動に出してしまっていたらしい。ことみは「特にVサインに理由はないの」としれっと言った後、校舎を見上げて言葉を続ける。
「それは…また後で。取り敢えず私についてきてほしいの」
トントン、と首輪を指で軽く叩く。聖はそれで事情を察して、黙って頷いた。
「…分かった。どこに行くつもりだ?」
「職員室」
言いながら、ことみは首を振って目的地がそこでないことを示す。聖が再び頷く。
「分かった、行こう」
口裏を合わせる。ことみは聖が聡明な人で良かった、と思う。頭の中に浮かぶ友人の面々は…悪いとは思ったが、絶対にしくじりそうだと思った(特に杏ちゃん)。
校舎の方へ歩いて行くと、部屋の一部分に明かりが灯っているのに気付いた。同時に、いくつかの窓が割れているのにも。
「…先客がいるらしいな」
聖がベアークローを構える。ことみも慌てて十徳ナイフを取り出す。正直な話、戦闘にはまったく自信がない。頼りは聖だが…果たして、戦闘能力はどれほどなのか。職業、性別、(見た目から判断した)年齢、性格から計測すると――
「ちーん、沖木島に墓標がふたつ」
「…おい、何を物騒な想像をしている」
ぎらりっ、とベアークローの刃がことみを向いて、光る。
「冗談でもそんな想像はするんじゃない」
「ご、ごめんなさい…」
半殺しにされた挙句また治療されて以下無限ループでは洒落にならないと思ったので素直に謝る。それに、さっきのはいきすぎた、と自分でも思った。
「ことみ君よ、君は私の事を弱いと思っているんだろうが…」
にやり、と聖が笑う。違うの? と言いかけて今度こそ半殺しになると思ったので、言わない事にした。
「私は強いぞ。それはもう、並大抵の…そうだな、人形遣いくらいは楽勝だ」
比べる対象がいまいち分かりにくかったがとにかく腕っ節に自信があることは分かった。

そうこうしているうちに開いている扉を発見する。どうやらここから入れるようだった。無論、侵入者には警戒しなくてはならない。
聖を前衛に、抜き足差し足で潜入する。聖が前方を、ことみが後方を警戒する。しばらく進んでみるが…異様なほど、静かだった。音はと言えば、木製の床がゆっくりと軋む音くらいだ。
「やけに静かだ。物音一つしないな…どうする、ことみ君」
どうする、というのはこのまま真っ直ぐことみの考える目的地へ向かうか、それとも警戒して別の部屋から探索していくかということだ。
ここに潜んでいるマーダーがじっと身を潜めている可能性はある。あるいは怯えた参加者の一人がいるということもある。誰もいないという可能性もあった。考えていけばキリがない。
ならば行動は迅速。下手に動き回って危険に身を晒す可能性を高めるよりも素早く目的地へ行き、目的を達成するのが最上だ、とことみの脳内コンピュータが叩き出す。
「真っ直ぐ、視聴覚室へ」
了解、と一声応じて再び歩き出す二人。…が、同時にあることに気付いた。
「「視聴覚室って、どこ?」」
     *      *     *
結局あちこち歩き回った挙句視聴覚室を見つけて入った時には、二人からは当初の緊張感は失われていた。かなり動き回ったにもかかわらず物音が何もしないので、『ここには誰かがいたがもう用済みになって出ていった』ということで一応の結論をみた。
「まったく…電気が付けっぱなしになっているから慎重になってみたが…拍子抜けしたぞ」
「ともかく、一応は安全だと分かってめでたしめでたし」
電気がついていた部屋は二箇所あったが、誰かが潜んでいる可能性を考えてこの二部屋は後回しにしたのだ。明かりが消えている部屋のどこにも視聴覚室はなく、残された二つのどちらを調べるか、ということになり一階よりは三階にありそうだ、とのことでこちらから探した。
「しかし、視聴覚室に明かりがついている、そしてここにあるパソコンの電源がまだついているということは」
「…誰かが、パソコンをいじったということになるの」
今は二人でそのつけっぱなしになっていたパソコンを、ことみがあれこれいじくり回している。
聖には何やら分からぬプログラム言語をあれこれ打ち込んでいるが時折警告音が鳴るだけで、成果は芳しくない、ということは聖にも分かった。
「うーん…やっぱり俄仕込みの知識じゃ限度があるの」
ことみが首を捻る。どうもだめということだろう。
「で、結局何をしようとしていたんだ? そろそろ私にも教えてくれないか」
「えーっと…」
ことみがマウスを動かし、メモ帳を開いた。これで会話しろ、ということか。
聖にもキーボードを打つくらいの操作はできる。
『しばらくどうでもいい会話をするから、口裏を合わせて欲しいの』

コクリ、と聖が頷いたのを確認して、ことみが言葉を続ける。
「何か首輪に関するデータがないかと思ってあちこち調べてたんだけど…結局何もなかったの」
「まあ当然だろうな、外されたらそもそも殺し合いなど成り立たなくなる。そんなものが都合よくあるわけがない」
『先生、お上手』とことみが打ち込む。ニヤリ、と聖が笑った。
「うん、でも些細な事でも情報が欲しかったから」
「まあな…だが、ここには何も無さそうだな。ここでは打つ手はないのか?」
「私達だけで出来ることは…もうほとんどないと思うの」
さも深刻そうに言って、ことみが『本当は、ハッキングを試みていたの。首輪を管理するにはそれ相応の大きさのコンピュータが必要だと思ったから』と打ちこんだ。
この演技派め、と聖は思いつつ横から打ちこむ。『で、それは失敗したわけか』
「だから、誰か技術を持っている人を探せれば…」
そう言いながら、器用にことみは文字を打ってみせる。『うん、私の得意なのはコンピュータじゃなくて、物理学とかの理論なの。まあそれはおいといて…さてここで問題です。この島の電力はどこでまかなっているでしょう?』
いきなりクイズか? と思ったが聖も疑問に思った。地図で見る限り、発電所などはどこにもない。本来の沖木島なら本土からの送電もあり得るが…前に考察した通り、ここは本物の沖木島ではない。
ことみが続けて打ちこむ。
『可能性としてはみっつ。この島から離れた…そう、どこかの大陸か、海中か、あるいはこの島の地下』
「ああ、なるほど…」
仮初めの会話にも、筆談にも通じる言葉で応じる。ことみが『…先生、面倒くさがり』と不満そうに打ちこむ。
『…でも、一番可能性が高いのは地下なの。海中なら電力ケーブルは不可欠だから、もし切れたら大惨事。大陸でも万が一首輪を外されたら確認しに行くのが大変。下手したら乗ってきた船ごと強奪されてあら大変』
まあよくもこんな軽口を叩けるものだと聖は感心する。
「しかし、ことみ君でも出来ない事はあるんだな。物知りだからパソコンも詳しいと思ったんだが」
聖が言っている間にもことみがキーを叩き続ける。『だから、首輪を外された時でもすぐに確認に行けるように中枢部は地下にあると考えるのが妥当。そして、その入り口は必ずこちらからも入れるようなところにあるはず』
一旦切ると、仮初めの会話に戻ることみ。
「人間そんなに上手くはできてないの。ハッキングなんてだめだめのぷー」
よく言うよ、と内心で笑う。『しかし、島のどこを探す? ハッキングできない以上位置も調べようがないんじゃないか? 首輪をわざと外しておびき出すのもいいが…』

『いい線行ってるの、先生。最終的にはそれを使うけど…まず用意するものがあるの』
「…ま、それは仕方ないな。それじゃあ人探しか…どこから探す?」
言いながら、打ちこむ。
『何を?』
『爆弾』
ニヤリ、と今度はことみが笑った。聖は絶句しかけたが…ことみは余裕で続ける。
『作り方さえ知っていれば案外簡単に作れるの。極端な話、ナトリウムを水の中にどぼーんと入れるだけでも十分に爆弾足り得る性能があるから』
なるほど。医者の勉強をする過程で化学はやっていたが…確かに、色々方法はある。
『何を使うんだ? ここが学校ということは…そこから頂戴するんだろう? 材料を』
「えっとね…」
『冴えてるの、先生。元々ここにはそのつもりで寄ったから。それで、必要なのは…硝酸アンモニウムと、灯油と…それから、雷管』
「まずは、予定通り灯台へ向かったほうがいいと思うの」
『雷管はまた別に作るけど…家庭用品で作ろうと思えば作れるから』
『ちょっと待て』
聖が止めに入ったのを、『???』と打ちこんで疑問の意を表すことみ。構わず、聖はツッコむ。
『どうして雷管の作り方なんて知ってるんだ』
物知りだとは思っている。が、これはおかしいんじゃないか。仮にも学生だ。そんなことを知っているわけがないのである。爆弾とは言っても火炎瓶だとかそれくらいの簡易的なものだと思っていた。しかし、ことみはさも当然のように、打ちこんだ。
『ご本で読んで覚えたの』
『何のご本、なんじゃーーーーいっ!!!』
叫びたいのをギリギリ、理性で押さえてチョップでツッコむ聖。
『いぢめる? いぢめる?』
目の端に涙を浮かべるアブナイ天才少女ことみちゃん。更にツッコもうとした聖だが会話が途絶えるのを危惧して本当に言いたい事を喉の奥に押しこみ、冷静な口調を装って言った。
「…そうだ、な。灯台へ行こう。佳乃も…探したいし、な」
『ち、ちなみに図書館に寄贈されてあった化学の専門書で、内容は』
『説明せんでええわいっ!』
メモ帳の中で喧嘩漫才を繰り広げる仲良しコンビ聖&ことみ、略してNHK。あーそこそこ。料金滞納は勘弁してくださいねぇ。
「…まあ、その前に、ちょっと休憩しよう、か。慎重に探っていたせいで疲れただろう?」
このまま二重に会話を続けるのに疲れ始めた聖はメモ帳の会話だけに集中したいと思い、そう提案した。ことみは未だ涙目ながらも素直に「うん。それじゃ各々ちょっとお休みなの。私はもうちょっとパソコンをいじるけど」と言った。

キーを叩く音を感づかれるのを警戒しているのだろう。聖はゆっくりと頷いた。
はぁ、と一息いれて窓の外を見る。日はまだ見えないが、もう少ししたら夜明けだ。
だが…この漫才はまだまだ続きそうだ、と聖は思うのだった。




【時間:二日目午前5時半】
【場所:D-6】

霧島聖
【持ち物:ベアークロー、支給品一式、治療用の道具一式、乾パン、カロリーメイト数個】
【状態:精神的に疲労】
一ノ瀬ことみ
【持ち物:暗殺用十徳ナイフ、支給品一式(ことみのメモ付き地図入り)、100円ライター、懐中電灯】
【状態:健康。爆弾作りを目論む】
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