Dancing in the Forest




相楽美佐枝と長岡志保がその行く手を遮られたのは、午前十時を少し回ったあたりであった。

「み、美佐枝さん……」
「……わかってる」

不安げに声を上げる志保を庇うように、美佐枝が前に出ながら言う。
鋭く見据えたその視線の先には、数十人を遥かに超える少女たちがいた。
少女たちの異常性は、一見して明らかだった。
何しろ、そのすべてが同じ顔をしていたのである。

「どう見たって、マトモじゃないわね……」

そもそも、朝の放送の時点で参加者の残り人数は半数を割り込んでいたはずだった。
頭数の計算からして既におかしいし、何よりも手元の探知機にまるで反応していない。
となれば目の前の少女たちはイレギュラーな存在であるか、

「あるいは、何かの能力によって生み出された、とかね……」

自分がドリー夢の能力に目覚めたように、と美佐枝は考える。
いずれにせよ、採るべき道はそう多くなかった。

「何なの、あいつら―――?」

背後で怯えたように言う志保に、美佐枝は短く声をかける。

「長岡さん」
「なに、美佐枝さん……?」
「―――あなた、先に行きなさい」
「……え?」

虚を突かれたような声。
そのようなことを言われるとは、考えてもいなかったのだろう。
しかし、美佐枝は淡々と続ける。

「ここは私に任せて。あなたには先に行って、輸血の器具を探してほしいの」
「……そんな、美佐枝さん!」
「あたしたちが何のためにこうしているか、わかってちょうだい」
「でも……」
「いいから、早く!」

一喝する。
霧島聖の連れてきた少女の容態は、素人目にも一刻を争うものだった。
出立から既に数時間が経過している。
現時点で少女が存命しているかどうかすら、危うかった。
周囲を警戒しすぎて移動が遅れた、と悔やんでも遅い。

「あたしもここを片付けたら、すぐに追いかけるから」
「でも、美佐枝さん一人じゃ……」
「足手まといだって、言ってるの」
「……っ!」

方便ではあるが、事実だった。
敵の数は多い。包囲されれば、志保を庇いながら戦うのは難しかった。
彼女を戦線から離脱させるなら、今しかなかった。

「……わかったら、行って」
「っ……気を、つけてね?」

志保の言葉に、美佐枝は苦笑する。

「それはこっちの台詞。あたしが追いつくまで、無茶しちゃダメよ。
 怪しいヤツにあったら、すぐ逃げて」
「う……うん」
「……さ、それじゃ、早く」

そっと、志保の背中を押す。
心配そうな顔で何度も振り返りながら、志保は木立の中へと入っていった。
それを見届けて、美佐枝は前方へと視線を移す。

「さて、っと……」

自分の役目ははっきりしていた。
できる限り注意をひきつけて時間を稼ぎ、しかる後に離脱する。
全滅させる必要はない。肝心なのは、とにかく足止めをすることだ。
そう再確認して、美佐枝は一歩を踏み出す。

「鬼が出るか、蛇が出るか……」

見れば、前方に展開する少女たちが立ち止まっている。
こちらの存在に気づいたのだろう、と考えて、美佐枝は大きく息を吸い込む。

「どんなキャラになるのか分かんないけど、トウマだったらいいなあ、うん。
 ―――行くぞ、あたし!」

ぴしゃりと両の頬を叩いて、走り出す。
正面突撃。相手の手の内を見定めてから仕掛ける余裕は、なかった。

「―――」

洗礼は、光のシャワーだった。

「う……わ、っとぉ、熱ッ!?」

身体スレスレををかすめる光の束に、慌てて首をすくめる美佐枝。
見れば、光に触れた部分の肌が赤く腫れていた。

「火傷……? レーザー光線ってわけ……!」

距離をとれば一方的に攻撃されると判断。
足を止めずに、志保が向かった方向とは反対側の林に飛び込む。
遮蔽物のない林道では、近づく前に集中砲火を浴びるだけだった。
追いかけるように、幾筋もの光線が薄暗い林を照らし出す。

「よし、樹でも充分、盾になる……!」

下生えの草はそこかしこで煙を上げていたが、生育した樹を貫くほどの威力はないようだった。
少女たちが木立の中に踏み入ってくるのを確認し、美佐枝は再び走り出した。
木々の陰に隠れながら、徐々に距離を詰めていく。

「よし、思ったとおり……! これなら……」

美佐枝を見失って周囲を見回す少女たち。
その内の一人に、美佐枝は背後から近づいていく。
遭遇した際にも感じていたことだが、少女たちの視認能力はそれほど高くない、と美佐枝は確信する。
どうやらあの眼鏡は純粋に低い視力の補正に使われているらしい。

「せぇ、のっ!」

一気に飛び出し、羽交い絞めにする。
捕捉された少女は、しかし動きが鈍い。
声を上げようとすることもなく、のろのろと自身に回された美佐枝の手を振り解こうとする。

「悪いけど……しばらく眠っててもらうわ」

少女の体温は、人間のそれだった。
その温もりに嫌悪感を覚えながら、美佐枝は少女の首に回した腕に力を込める。
数秒を待たずに、少女の全身から力が抜けていった。
美佐枝が手を放すと、どさりと倒れる少女。

「次……っ!」

物音を聞きつけたのか、周囲に草を踏みしだく音が増えていく。
身を低くしながら、美佐枝は移動を再開した。程なく目の前に新たな少女を発見する。
背後からそっと近づき、少女の首に腕を巻きつけた、その瞬間。

「……ッ!?」

美佐枝は驚愕していた。
たった今捉えた少女を中心にして、それを取り巻くように少女たちの姿があったのである。
冷ややかに輝く無数の眼鏡が、美佐枝を囲んでいた。

(罠……!)

誤算だった。
少女たちを、完全に侮っていた。
簡単に自分を見失って辺りを見回す仕草に、あるいは自分を振り解こうとする動きの鈍さと非力さに、
勝手に愚鈍な少女たちというイメージを作り上げていた。
じり、と包囲の輪が狭まる。

「こりゃちょっと……マズい、かな……?」

頼みのドリー夢能力は、いまだに発動しない。
そりゃ必殺技はピンチになってからって決まってるけど、と美佐枝は焦燥と共に思う。

(武装はもう少し早くたっていいと思うのよね……)

鼓動が、極端に早くなっていくのを感じる。
少女たちの無数の視線が、美佐枝一人に向けられていた。

(ち、ちょっと勿体つけすぎ、じゃない……!?)

ぎらりと、少女たちの広い額が、輝いた。
思わず目を閉じる美佐枝。

(―――!)

瞬間、風が唸りを上げた。
同時に、何か重いものが地面に転がるような音。
目を開けた美佐枝が見たのは、

「……大丈夫?」

言いながら、倒れ伏した眼鏡少女のこめかみから何か長いものを引き抜く、一人の少女の姿だった。
波打つ長い髪に、意志の強そうな瞳。
ベージュのセーターに眼鏡少女の返り血が飛ぶのも気にせず、美佐枝を見ている。

「え、あ……」

咄嗟に言葉が出てこない。
言いよどむ美佐枝を安心させるように微笑むと、少女は手にした物を勢いよく振るう。
少女の背丈ほどもあるそれは、

「槍……?」

時代劇にでも出てくるような、それは一本の長槍だった。
長い柄には豪奢な刺繍布で意匠が施されているそれを、少女は脇に手挟むと、何気ない仕草で
くるりと回ってみせた。

「え……?」

それは、魔法のような光景だった。
少女の回転に合わせて回る槍の穂先は、周囲の眼鏡少女たちの首を、正確に切り裂いていたのである。
血煙が、上がる。

「―――」

赤い霧の中心に、踊る少女がいた。
少女が舞踏する。長い髪と、豪奢な槍が、ゆったりと回る。
その度に、数人の眼鏡少女が、悲鳴を上げることもなく斃れていく。
狭い木立の中、ゆらりと槍を操る少女の姿はただ美しく、その足元に伏す幾体もの骸すら、
まるで舞台に置かれた小道具のように、美佐枝には見えていた。

ふうわりと、少女のスカートが翻る。
最後に、とん、とステップを踏んで、少女がその舞いを終えても、美佐枝は身じろぎひとつできなかった。

「……はい、おしまい」

少女の言葉に、美佐枝がはっとする。

「あ……ありが、とう……」

上手く声が出せない。喉が渇ききっていた。
どうにか言葉を搾り出すようにして、美佐枝が礼を口にする。

「た、助かっ―――」
「ああ、いいわよ、そんなの」

ぴ、と槍を振るって血を払いながら、少女が苦笑する。

「で、でも……」
「別にあんたを助けたわけじゃないから」

何気ない一言。
しかし、美佐枝は思わず言葉を止めていた。
少女の声音は、なぜだかひどく酷薄に、聞こえていた。

「そういえば、自己紹介が遅れたわね」
「あ、あたしは……」
「結構よ。あんたの名前になんか興味ないから」

切り捨てるような言葉に、美佐枝は絶句する。

「はじめまして。GL団最高幹部、”鬼畜一本槍”……巳間晴香よ」
「じ、ジーエル……?」
「どうやら、もう一人は逃げたようだけれど……」

戸惑ったような美佐枝の呟きを無視して、少女は艶然と微笑む。

「まあ、餌は一人いれば充分ね」

少女はそう言って、笑った。




 【時間:2日目午前10時すぎ】
 【場所:H−5】

相楽美佐枝
 【所持品:ガダルカナル探知機、支給品一式】
 【状態:混乱】

長岡志保
 【所持品:不明】
 【状態:疾走】

巳間晴香
 【所持品:長槍】
 【状態:GLの騎士】

砧夕霧
 【残り29932(到達0)】
 【状態:進軍中】
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