Misunderstanding




古河秋生は娘の渚を背負い、みちると共に走っていた。一直線に、役場を目指していた。
「あの大馬鹿野郎……何で俺に相談の一つもしねえんだっ!」
思い起こせば、朋也の様子はどこかおかしかった。先程別れた時の朋也は、必要以上に感情を抑えているように見えた。
自分の名前を騙っての扇動などという真似をされた日には、普段の朋也の性格ならば激怒している筈だ。
にも関わらず朋也は怒りを露にしようとせずに、逆に落ち着き払った様子で対応策を練っていた。
それもこれも、みちるから話を聞いて全て合点がいった。朋也は既に、かつての朋也では無くなってしまっていたのだ。
風子、そして秋生の知らぬもう一人の少女を守れなかった事。その事実がどれ程朋也を苦しめたか、想像するのは難しくない。
無力感と復讐心に苛まれた者が行動を起こすのならば、自身を犠牲にしてでも何かを成そうとするのものだろう。
人を救おうとするにしろ、マーダーへの報復を行うにしろ、捨て身の覚悟で行う筈だ。
そんな自殺行為は今すぐ止めさせなければならない。

前を走るみちるが、心配そうにこちらを振り返る。
「おじちゃん大丈夫?もう少しゆっくり走ろっか?」
傷付いた体で渚を背負い走る今の秋生の速度は、みちるよりも更に遅い。
左肩と脇腹より伝わる痛みで何度も身体がふらつき、その度に気力で堪えてきた。
「みちるちゃんの言う通りです。わたしはもう歩けますから、降ろしてください」
渚も、気遣うように声を掛けてくる。秋生は少女二人を不安にさせてしまっている己の不甲斐なさに、内心で舌打ちした。
「おいおい、俺はおじちゃんって呼ばれるほど、衰えてねえぞ。そんな俺だから当然……こんくれえ平気だ」
精一杯強がって見せる。それは明らかに空元気だったが、休んでいる時間は無いし、娘の足に負担をかけたくもない。
だから秋生はひたすら耐えて、走り続けた。


     *     *     *



岡崎朋也の最優先目標は、十波由真と伊吹風子を殺害した張本人――七瀬彰の殺害であった。
しかし朋也は高槻、折原浩平の両名に銃を突き付けられ、動きを封じられてしまっていた。
嘘を吐いているのは朋也の方だと判断した高槻が、棘々しい視線を送りつけてくる。
「残念だったなガキ。俺様を騙そうだなんて百年はええぜ」
「クソッ……」
追い詰められた朋也の心に、どす黒い感情が膨らんでゆく。
何故どいつもこいつも自分の言い分を無視して、彰のような極悪なマーダーを信じる?
もう、何を言っても自分の疑いが晴れる事はないだろう。なら、これからどうするべきだろうか?
仮にこの場から逃亡した場合、また彰と出会えるとは限らない。
故に離脱するというような事はしない。絶対に、その選択肢はありえない。ここで必ず、どんな手を使ってでも彰を殺す。
そうだ、もう自分に残された選択肢はここで決着をつける以外ないのだ。障害を排除して、そして彰を仕留める。
彰の味方をする気ならば、ゲームに乗っていない者でも容赦はしない。銃を向けてくる以上、逆に撃たれても文句は言えまい。
しかし、まずはこの――二人から銃を向けられている状況を何とかしなければ駄目だ。

朋也が打開策を模索している最中、高槻が刺すような冷たい声を掛けてくる。
「とっとと銃を下ろせ。そうしねえと――撃つぞ」
脅す高槻の目には、何の迷いも躊躇も見られない。従わなければ警告通り、発砲してくるだろう。
ここで逆らっても犬死にするだけだ。今は言うとおりにする他無い。
「分かったよ……」
短く答えて、朋也はS&W M60の銃口を下ろす。抵抗する意志が無いという事を、示すかのように。
「ようやく自分の立場が分かったみてえだな。そのまま、銃をこっちに投げな」
「ああ。ほら――――よっ!」
「――――っ!?」
朋也は物を投げる準備動作を小さく行って、そして――真横に跳ねて地面を転がった。銃を投げずにだ。
油断無く銃を構えていたつもりの浩平と高槻だったが、大人しく降伏するかに見えた相手の突然の行動に、一瞬硬直してしまう。
二人が慌てて銃弾を放った時にはもう、照準が合わさっていた位置には朋也の姿は無く、弾丸は空を切るばかりだった。
高槻は再度銃撃するべく朋也の姿を追い、そして朋也が銃を構えている事に気付いた。

「――!!」
「危ねえ、オッサン!」
幾分早く朋也の動きを察知していた浩平が、すんでのところで高槻の腕を引く。
「がっ……!!」
しかし、予めこの展開を予測していた朋也の方が早かった。朋也の手元より放たれたS&W M60の銃弾が、高槻の左肩を貫く。
突然の激痛に高槻は銃を手放してしまったが、それでも何とか踏みとどまって、すぐに上体を伏せた。
高槻の頭の上を、紙一重で弾丸がすり抜けていく。肌に伝わる風圧に、高槻の頬を嫌な汗が伝った。
「このっ……ナメやがって!」
浩平が朋也に向けて銃を構えるが、浩平の銃はH&K PSG−1――いわゆる狙撃銃であり、いかんせん狙いをつけるのに時間がかかる。
弾丸が切れた朋也は、小刻みに左右へ跳ねて浩平の銃撃を掻い潜り、一気に距離を縮める。
そのまま朋也は大きく左腕を後方に振りかぶり、全体重を乗せてS&W M60の銃身を振り下ろした。
「うおっ!?」
浩平は咄嗟にH&K PSG−1を盾にしてそれを受け止めようとしたが、甘い。殺し切れなかった衝撃で手が痺れ、浩平は銃を取り落としてしまう。
手を押さえて背を丸めている浩平目掛け、また銃を振りかぶろうとする朋也。だが、その視界を突然白いものが覆った。
「な、何だっ!?」
「ぴこーーーーっ!」
それは生物学的にはかろうじて犬に分類されるであろう、白い珍獣――ポテトだった。
ポテトは浩平の背を踏み台にして朋也の顔に飛びつき、そのまましっかりと張り付き、彼の視界を完全に奪い去っていた。

「でかした、ポテトっ!」
相棒の作ってくれた隙を逃さず、高槻が動く。地面を蹴って、その推進力も上乗せした拳を朋也の腹へと放った。
「ぐがっ……」
高槻の硬い拳が腹にめり込んで、朋也は苦痛に顔を歪める。それでも――朋也は下がらなかった。
浩平と高槻の銃は地面に落ちたままだった。今距離を取れば、瞬く間に銃を拾い上げられるのは明らかである。
「邪魔を……するなあああっ!」
苦痛に耐え切った朋也は、がむしゃらに腕を振り回して高槻を押し退けた。そして右手でポテトを鷲掴みにして、そのまま勢い良く投擲する。
ポテトが投げつけられた先にいるのは――今にも朋也に殴りかかろうとしていた、浩平だった。ポテトは浩平の顔面に直撃し、両者に強い衝撃を与える。
「ぴこぉっ……」
ポテトはその衝撃を凌ぎ切る事が出来ず、その場でぐったりと倒れて気を失ってしまった。
「ぐっ……」
浩平は気絶こそしなかったものの、カウンター気味に受けた攻撃に、一瞬意識が飛びかる。
2対1の戦い――普通ならば高槻達が圧倒的に有利であったが、彼らのこれまで負った怪我が、勝負の行方を予想し難いものにしていた。


     *     *     *



高槻達の戦いを、固唾を呑んで見守っている郁乃と七海。先ほどから七海は、仲間が――そして、朋也が殴られた時も、辛そうに目を閉じている。
優しすぎる性格の七海からすれば、人が傷付け合う事自体が耐え難い光景だったのだ。
七海はとうとう我慢出来なくなり、戦いを止めようと足を踏み出し始める。しかし、その後ろ手を誰かにがっしりと掴まれた。
「――郁乃さん?」
「駄目よ七海、危ないわ」
七海が振り返ると、郁乃が真っ直ぐな瞳でこちらを見つめていた。
「でもでも、このままじゃみんながっ!」
「私達が行ったって、邪魔になるだけよ……。あの馬鹿を――高槻を、信じよう?」
「……はい」
語る郁乃の手には、しっかりとS&W 500マグナムが握り締められている。しかし、それを使って援護する事は出来ない。
高槻達は今、殴り合いの混戦をしている。郁乃や七海のような子供が下手に銃を撃てば、誰に当たるか分かったものではない。
郁乃も七海も、歯を食い縛りながら人が傷付いていくのを見ているしかなかった。非力な、子供の身である自身を呪いながら。
しかしそんな彼女達に、救いの声が掛けられる。
「君達、ちょっと良いかな?」
その声を発した人物は、この戦いの元凶とも言える七瀬彰だった。郁乃にとって、彰は招かねざる存在である。
郁乃は彰に向けて、ジロリと疑いの視線を浴びせ付けた。当の彰は気にした風も無く、言葉を続ける。
「頼みがあるんだ。僕に――その銃を貸して欲しい。そうすれば、あの人達を助けられる」
「――――!」
郁乃は思わず息を飲んだ。確かに非力な子供の自分よりも、彰の方が数段上手く銃を扱えるだろう。
苦境に立たされている高槻達を救う事も、彼なら十分に可能かもしれない。
だが、そう簡単に信用していいものか?彰がマーダーで無いというのは、あくまで高槻と浩平の推測に過ぎぬ。
彰が嘘をついている場合も考えられるという事を、失念してはいけない。いつもの郁乃なら、ここで安易に銃を渡しはしなかった。
彰への疑念を捨てずに、この場で最善といえる対応を考え出そうとしていた筈である。
しかし――仲間の戦いを見守る事しか許されなかった郁乃にとって、彰の囁きはあまりにも甘く。
「分かったわ……お願い、彰さん。みんなを助けてっ!」
郁乃はS&W 500マグナムを、そして予備弾すらも、殺人者に手渡してしまった。




【時間:二日目・14:10】
【場所:C−3】
古河秋生
【所持品:トカレフ(TT30)銃弾数(6/8)・S&W M29(残弾数0/6)・支給品一式(食料3人分)】
【状態:現在の目標は朋也の救出。疲労、左肩裂傷・左脇腹等、数箇所軽症(全て手当て済み)。渚を守る、ゲームに乗っていない参加者との合流。聖の捜索】
古河渚
【所持品:無し】
【状態:秋生に背負われている、目標は朋也の救出、右太腿貫通(手当て済み、痛みを伴うが歩ける程度には回復)】
みちる
【所持品:セイカクハンテンダケ×2、他支給品一式】
【状態:目標は朋也の救出と美凪の捜索】



【時間:二日目・14:20】
【場所:C−3】
岡崎朋也
 【所持品:S&W M60(0/5)、包丁、鍬、クラッカー残り一個、双眼鏡、三角帽子、他支給品一式】
 【状態:高槻、浩平と格闘中。マーダーへの激しい憎悪、腹部に痛み、現在の第一目標は彰の殺害、第二目標は鎌石村役場に向かう事。最終目標は主催者の殺害

】
湯浅皐月
 【所持品1:セイカクハンテンダケ(×1個+4分の3個)、.357マグナム弾×15、自分と花梨の支給品一式】
 【所持品2:宝石(光3個)、海岸で拾ったピンクの貝殻(綺麗)、手帳、ピッキング用の針金】
 【状態:気絶、首に打撲、左肩、左足、右わき腹負傷、右腕にかすり傷(全て応急処置済み)】

七瀬彰
 【所持品:S&W 500マグナム(5/5 予備弾7発)、薙刀、殺虫剤、風子の支給品一式】
 【状態:腹部に浅い切り傷、右腕致命傷(ほぼ動かない、止血処置済み)、疲労、ステルスマーダー】
ぴろ
 【状態:皐月の傍で待機】
折原浩平
 【所持品1:34徳ナイフ、だんご大家族(残り100人)、日本酒(残り3分の2)】
 【所持品2:要塞開錠用IDカード、武器庫用鍵、要塞見取り図、ほか支給品一式】
 【状態:朋也と格闘中、頭部と手に軽いダメージ、全身打撲、打ち身など多数。両手に怪我(治療済み)】
ハードボイルド高槻
 【所持品:分厚い小説、コルトガバメントの予備弾(6)、スコップ、ほか食料・水以外の支給品一式】
 【状況:朋也と格闘中、左肩を撃ち抜かれている(怪我の度合いは後続任せ)、最終目標は岸田と主催者を直々にブッ潰すこと】
小牧郁乃
 【所持品:写真集×2、車椅子、ほか支給品一式】
 【状態:待機中、車椅子に乗っている】
立田七海
 【所持品:フラッシュメモリ、ほか支給品一式】
 【状態:待機中】
ポテト
 【状態:気絶、光一個】

【備考】
以下の物は高槻達が戦っているすぐ傍の地面に放置
・コルトガバメント(装弾数:6/7)、H&K PSG−1(残り2発。6倍スコープ付き)
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