激戦の傷痕深い地から少し離れた小さな廃屋。 その中に寝そべるのはかつて向坂雄二、そして神岸あかりだった者達の遺骸だった。 廃屋内にあった衣服を被せられ、彼らの体の大半は隠されている。 唯一、雄二の頭だけがいまだ露出された状態にあった。 救えなかった。 あかりも、雄二も。 姿を消した往人と綾香の戦いもとっくに終わっているだろう。 今から探しても……到底間に合わない。 消沈する気持ちのまま向坂環は一人、腰を落とした姿勢で弟の顔を眺め見る。 結局自分は雄二に大した事をしてあげられなかったように思う。 昔からただ叱りつけて振り回すだけで、碌に優しさを与えてやれなかった。 だから環は、せめて今だけでも雄二の頭を撫でた。 慈しむよう、優しく。 「生きてるうちにこうしてあげれば良かったのに、乱暴なお姉ちゃんでごめんね……」 雫が一滴降り注ぎ、雄二の頬を塗らした。 最後に雄二の顔に衣服を被せる。 「じゃあね、雄二……」 環は立ち上がって荷物を背負い、歩き出す。 こうして姉と弟は、永遠の別れを遂げた。 環が廃屋の外へ出ると人が三人待っていた。 先の騒動の終わり際に駆けつけてきた者達だ。 環はまだ彼らの事は名前しか知らない。 弟を殺害した張本人―――柳川祐也が、ぼそっと呟いた。 「俺を恨んでいるか?」 環は目を閉じて静かに首を振った。 「命を助けて頂いたのは事実です。それに―――」 再び目蓋を上げて、それからしっかりと柳川の目を見て言った。 「人を殺そうとしていた雄二と、殺人を止めた柳川さんのどちらに非があるか……子供でも分かる事です。 それを逆恨みするような人間は、もう向坂環ではありません」 柳川は「そうか」とだけ言ったきり、黙りこんだ。 代わりに留美が感心しきったように口を開く。 「環さんは……強いね」 「そんな事無いわ。私はただ―――」 「向こうで雄二が自慢出来るような姉になりたいだけよ」 ・ ・ ・ 柳川ら三人は、環との情報交換を行った。 首輪を解除しうる人物―――姫百合珊瑚の存在を教えるべきかどうか、柳川は迷った。 万一優勝を目指す者にまで情報が伝われば、真っ先に珊瑚が狙われる事になるからだ。 しかし環の仲間が待つ診療所には、あのリサ=ヴィクセンがいるという。 リサと情報を共有した方が良いと判断し、柳川は全てを話した。 情報伝達の必要性を感じた環は、怪我の応急処置を済ませると速やかに診療所の方へ戻っていった。 情報を得たのは環だけでは無い。 柳川達が初めて知った事実。 佐祐理のもう一人の探し人―――相沢祐一の死。 柳川の脳裏に、星空の下で楽しそうに語る佐祐理の顔が思い浮かぶ。 『佐祐理は、一杯やりたい事あるんですよーっ』 『舞や祐一さんと一緒にまた学校に行きたいし、お弁当も食べたいです』 『二人と一緒にまたダンスパーティーに出るのも良いですねーっ』 『ずっと一緒に、たくさん思い出を作りたいです』 平凡な、けれどとても大事な夢。 しかし川澄舞も相沢祐一ももういない。 佐祐理の願いが叶う時は、永久に訪れないのだ。 佐祐理は泣かなかった。 全てが終わるまで泣かないともう決めていたから。 「祐一さんは遠い場所に行ってしまわれたのですね……」 佐祐理は空を見ながら、ただそれだけ言った。 だけど、その姿は寂しそうで……、とても儚いものに見えて……。 柳川は佐祐理を暖めるように、彼女の手を握る事くらいしか出来なかった。 そんな二人の様子を見守る留美の手にはヘアバンドが握られている。 あの赤髪の少女の死体が神岸あかりのものだと知り、拝借してきた物である。 留美はあかりと面識すら無い。 差し出がましいとは思ったが……浩之の心境を考えると、そうせずにはいられなかった。 (あの女の子……悲しそうな死に顔だったな……) そんな事を考えてから、留美は浩之の事を思い起こす。 たとえ自衛の為であろうとも極力殺人を否定する留美と浩之は、似た者同士であった。 しかし今の浩之の境遇は、あまりにも報われないものである。 志保を、雅史を失い、そしてあかりすらも失ってしまった。 だからこそ留美は、あかりの遺品を浩之に届けたいと思ったのだ。 ただの自己満足に過ぎないかも知れない。 その行為にどれ程の意味があるか分からない。 それでも何かせずにはいられなかった。 ―――それから少し時間が経過して。 いつまでもこうしてはいられない。 まずはこれからの行動を決めなければならない。 差し当たっては―――佐祐理が困ったように言った。 「え、えーと……。この方は、どうしましょうか……?」 三人の正面。 大きな木の幹に、気絶したままの長瀬祐介が括り付けられていた。 【時間:2日目16:30頃】 【場所:I−6】 柳川祐也 【所持品:イングラムM10(18/30)、イングラムの予備マガジン30発×8、日本刀、支給品一式(片方の食料と水残り2/3)×2、青い矢(麻酔薬)】 【状態:左肩と脇腹の治療は完了したが治りきってはいない、肩から胸にかけて浅い切り傷(治療済み)】 【目的:祐介の処遇を考える】 倉田佐祐理 【所持品1:舞と自分の支給品一式(片方の食料と水残り2/3)、救急箱、吹き矢セット(青×3:麻酔薬、赤×3:効能不明、黄×3:効能不明)】 【所持品2:二連式デリンジャー(残弾0発)、投げナイフ(残り2本)、レジャーシート】 【所持品3:拾った支給品一式】 【状態:健康】 【目的:同上】 七瀬留美 【所持品1:S&W M1076 残弾数(7/7)予備マガジン(7発入り×3)、日本刀、あかりのヘアバンド、青い矢(麻酔薬)】 【所持品2:スタングレネード×1、何かの充電機、ノートパソコン、支給品一式(3人分、そのうち一つの食料と水残り2/3)】 【状態:健康】 【目的:目的は冬弥を止めること。千鶴と出会えたら可能ならば説得する、人を殺す気、ゲームに乗る気は皆無】 向坂環 【所持品@:包丁、支給品一式、レミントン(M700)装弾数(5/5)・予備弾丸(10/10)、】 【所持品A:救急箱、ほか水・食料以外の支給品一式】 【状態:診療所に向かう、頭部に怪我・全身に殴打による傷(治療済み)、全身に痛み、左肩に包丁による切り傷(応急処置済み)、右肩骨折、疲労】 長瀬祐介 【所持品1:100円ライター、折りたたみ傘、支給品一式】 【所持品2:懐中電灯、ロウソク×4、イボつき軍手、支給品一式】 【状態:気絶、後頭部にダメージ、ロープ(少し太め)で木に括り付けられている。有紀寧への激しい憎悪、全身に痛み】 【備考】 ・金属バット・ベネリM3(0/7)・支給品一式×2、包丁は祐介が括り付けられている木の近くに置いてある - BACK